だがその上で断言する!最強はヘラクレスに決まっている!
まぁ、貴様がどうしてもと言うのなら?我がアルゴノーツの一員に加えてやらんでも……待った、何だその表情。
命が幾らあっても足りない?
0回の船長しか安心出来ない?
何の話だーーーーッ!?
『船長』
「どうしたどうしたヘクトール!!トロイアがなきゃこんなモンかよォ!?」
「小賢しいたらありゃないねぇ……!」
「お互いさまだァこの野郎!」
将として致命的なミスだった。完全にあちらの戦力を見誤った。
三ツ星の狩人。あの姿であれば問題はなし。
迷宮の怪物。狂戦士故の短略さ。
女海賊。英霊ではなく今を生きる人間。
魔術師、デミサーヴァント。複数の英霊の使役は厄介だが両者共に戦場に慣れていない。
問題はドゥリンダナを易々と捌くこの女だ。
アテーノ。俺の死後に生まれたギリシャの大英雄。こういう奴と殺し合うのは運命なのかねぇ。
「ぐぉ……!……嬢ちゃん、何処かで戦ったことあるかい?」
「おいおい!ナンパはやめとけよオジさん。また戦争でも引き起こしたいの?」
「それは俺じゃないなぁっと!これも駄目か」
振るえど突けど直撃しない、最小限の動きで躱されている。間違いなくこの槍の間合いを識られている。気味が悪い、ドゥリンダナそのものではなく俺の振るい方が見透かされている。何処かの聖杯戦争で俺と殺し合ったことがあるのだろうか。
強さは英霊としてのステータスによるものではないだろう。膂力はうちの切札の足元にも及ばないし、アイツほどの速さもない。今だって余裕ぶってはいるがおそらく全力を出してはいる。然し、戦闘が異様に巧い。交戦しながらも触手を使役し、常に動きを制限されている。これ程戦い辛いのは初めてだ、何とか拮抗出来ているのが奇跡と言っていい。
以前の戦闘ではここまでの脅威を感じなかった。俺との決戦、若しくは俺が自陣に戻ることを見越して温存していたのだ。アイツの短略さとはかけ離れている。それよりも黒髭や俺に近い、馬鹿を演じる人種なのだろう。
「あーやだやだ、さっさと死んだ方がよくないかい?甚振るのは大英雄として気が引けるんだよな」
「強がりだな。誤魔化しているだけで多少は消耗している。それにアンタだけは通しちゃいけないんでね、死ぬなら道連れだ」
「それはまた、熱烈過ぎるラブコールをありがとう」
『アテーノ』の恐ろしさはその名の絶対性。
彼女の名と付随する伝説は座を通して知った。これ以上に残酷な物語は存在しない。多くの英雄譚には登場人物達に想いがある。俺達だってそうだった。互いに譲れぬものがあり、ぶつかり合った末のあの戦争だった。故に後から知る人間達がどちらを主役として、或いは敵として想いを馳せるかは自由だ。
だがアテーノ伝説は違う。多くの派生があるにも関わらず、この物語において正しさを持つのは彼女自身だけだ。対峙する存在は常に絶対悪として描かれる。読者は定められた敵方に同情する余地もなく、ただただ正義の女に心酔する。
もしも予想が正しく、嘗ての聖杯戦争で彼女と殺し合っていたのならば、俺は自身に同情する。
存在こそが正義、唯一の善性。そんなモノと対峙するのは己が願いを否定されることと同義だ。
正直、揺らいだ。
コイツの名が正しければ、敵と見做された俺達のやり方では世界を救えないことが確定している。
神霊を捧げて螺旋を破壊するのは不可能。
それでも槍を振るうのは英雄としての直感だ。
この怪物は人理に立ってはならない。
コイツはアテーノの名を騙る厄災だ。
「埒が開かない、さっさと決着つけようか」
触手に意識を割いたその刹那、怪物が翼を広げ空へと飛翔する。意図は読めないが構う道理はない。離れるというのなら直接マスターを狙うのみ。
視線を敵船へ移そうとした矢先、彼女のたった一言に引き留められる。
「魔眼起動」
その言の葉を、あの時代、あの場所を生きた俺には聞き逃せなかった。妄言と切り捨てるのならそれまで、だがもし本当に保有していれば?伝説上のアテーノ本人であるならば考えられない話だが、俺は偽者の怪物であることに賭けている。
思考を巡らせる間にも上空では禍々しい魔力が徐々に増していく。
カルデアのマスターを狙おうにも傍には盾を構えたデミサーヴァントがいる。そして何より上空から魔眼が放たれるのであれば、アレが射程に巻き込まれてしまう。
「~~~ッ畜生!」
ここで仕留めるしかない。
宝具の開帳は間に合わない。
甲板を蹴り上げ、空を舞う怪物に肉薄する。
狙うは一点。
長い前髪に隠れていた右眼に狙いを定める。
金属音が響いた。
同時に全身に走る衝撃、己が宝具すら手放し無防備に急所を曝け出す。
俺が放った全霊の一撃は何かに
機構の左手にて砕ける銀の神秘。
その輝きを識っている。
嘗てトロイアを陥落させた知将が戦女神より賜った寵愛。
オリュンポスの神々によって造り出された無敵の防御兵装。
アイギス、その残骸だ。
「がっ……!」
彼女の剣が迷いなく心臓を貫く。
霊核が砕かれた。
「アンタ、その眼は」
「最期に見苦しいものを見せて悪い。でも今更でしょ?全部使わなきゃ勝てないお前のせいだよ」
触れてしまう程の距離に迫る彼女の顔。魔眼と嘯いていた右眼には、敷き詰められたような小さな眼球が蠢動していた。うじゃうじゃと一つ一つが意思を持って。
おそらく蛇。若しくは蛇に近い何かに巣食われている。酷いな、身体を捧げる代償にはあまりにも釣り合っていない。魔眼なんて大層な代物ではなく、極小レベルの僅かな魔力源。
使い切りの神体結界に虚仮威しの魔眼。
なんて難儀な役割なのだろう。
きっと英雄も怪物すらも偽りなのだ。
いや、大英雄本人であるかどうかは些事か。確かなのは、目前の女はその身を犠牲に力を得た凡人でしかなく、己の総てを用いて俺を殺してみせたということ。
安堵の笑みを浮かべる彼女を見て俺が抱いたのは、
賞賛とそして同情。
肝心なモノを彼女は見落としている。
「……なに笑ってんだ。霊核が砕かれてんだぞ、潔く退去しろよ」
「いや何、安心したのさ。アンタやっぱり
「何を……っ?!離れろてめぇ……っ!!」
「惜しかったな嬢ちゃん。お前さんが本気を出す相手はオジさんじゃなかったのさ」
漸く感付いたようだがもう遅い。
先程までの余裕綽々とした態度はどこへやら。取り繕うこともせず、分かりやすく焦りを露わにする。貫かれたまましがみつく俺を強引に引き離し、蹴り落とす。
「■■■■■■■■■―――!」
か細く漏れ出た声に英雄の威厳はない。それを掻き消すのは大気を震わすほどの咆哮。敗者の影より姿を現したのは鉛色の巨人。
後世ではギリシャ
憎たらしいアイツと彼女とそして─────。
「やっちまえヘラクレス!!」
両者共に最強と謳われる大英雄、きっと多くの者が人生の全てを捧げても望む対決だ。伝説と伝説の対峙、文字通りの神話の闘い。
だが実際の光景は、あまりにも非情に映る。
恐怖の瞳を浮かべる少女に、斧剣が渾身の力を持って振り下ろされる。我に帰った彼女は全身を巨大な翼で護るように覆う。動揺しつつも即座に持ち直し、ヘラクレスの速度に対応出来るのは流石としか言いようがない。
───だが無駄だ。
ぐしゃりと、鳴った。
堕ちる俺よりも速く、
両断された少女が海面で二つの飛沫を上げた。