貴女が護りたいものを踏み躙り、貴女の苦悶に濡れる我々が、貴女の手を取りたいだなんて。
───とある文字書きが何かを見つけちゃったように。
本当に、びっくりするほどの偶然でね。
今この一瞬に産まれた命が皆同じ名を付けられて、同じ大きさ、同じ重さ、同じ性別、同じ顔立ち、同じ歯の形状、同じ香り、同じ黒子。
それくらいの可能性でね。
理屈じゃないんですよ。
我々は貴女を愛さずに居られないんです。
だから
ほら
繋がっちゃった。
今回も目的を果たした。
魔神柱を打倒し、聖杯を回収して特異点は無事に修正された。にも関わらず、心には形容し難い虚しさがあった。
……無事に修正された?
隣にアテーノは居なかったのに?
目を開ければそこには暗がりの客席があった。
俺と向かい合うように並べられたそれを見て、舞台に立っているのだと理解する。
この場所には心当たりがあった。
第一特異点修復後に訪れた映画館。英雄アテーノという英霊の過去を映し出す心象にして、夢の中。
パチパチと、拍手が聞こえた。
舞台から飛び降りて、音の鳴る方へ駆ける。
ここが彼女の夢の内ならば必ず居るはずだ。
まず何を伝えよう。
ありがとうと言いたい。
ごめんと言いたい。
やり切ったことを褒めて欲しい。
人影が見えた。
「アテーノ、よかった!俺、君に……?」
舞い上がったものの、いつものように怪しげに微笑を浮かべる彼女の姿に違和感があった。
何が、とは分からないが直感的にそう思う。
「ん、見てたよマスター!とりあえずお疲れ様、ま座れよ。抱擁ぐらいはくれてやるから」
その言葉に確信する。
コレはアテーノではないと。
「誰だ」
「酷いなァ!もしかして忘れたいくらいにショックだったか?悪い悪い、あんなヘマ二度と「そうじゃなくて」
煩い音を遮る。
その声で、その顔で喋るな。
人差し指を眉間に突き付け、ガンドを構える。
「アテーノはね、俺のこと『立香』って呼ぶんだよ」
「ちっ!君達そういう関係かよ…!」
アテーノ(偽)は焦ったように席から飛び退き、数秒沈黙した後腹を抱えて吹き出した。
「……ぷ、あははははははは!凄いよ、100点満点だ!せっかく君の一番に化けたんだからこのやり取りは絶対しておかないとね!まぁ、君の知識にあるかは分からないけど自然に出た言葉なら尚素晴らしい!」
「質問に答えろよ」
「ごめんごめん!───僕はプレラーティ、ただの代理人だよ。個人的に縁があってね、今回の英雄回顧録を担当させてもらうことにした」
偽者が指を鳴らせば、小柄な少年が現れた。
幻術は解かれた筈なのにその仕草、冗談めいた口調は未だ彼女を彷彿とさせるものだった。
……少しだけ冷静になった。
おそらくサーヴァントだ。抵抗しても歯は立たないだろう。彼はいつの間にか先程の席に座り直しており、俺に隣に座るよう促している。
仕方ない、聞きたいこともあるし大人しく従っておこう。
「あ、ポップコーンとチュロスどっちがいい?残念ながらフィッシュ&チップスはないよ?流石にあんな魚食べたらお腹を下すからね」
「……いらない。それより君とアテーノはどういう関係?」
「あれ?もしかして妬いてるのかい?……冗談だよ、ただのファンみたいなものさ。彼女達の旅路を僕は陰ながら応援していた。まぁ最期にすこーしだけ背中を押したりもしたけど、別に親しかったわけじゃないから安心しなよ」
ポップコーンを食べながら懐かしむように少年は話す。
全ての『アテーノ伝説』に登場する英雄は彼女一人だけ。他の英雄は登場しない筈。彼の言葉に、改めてアテーノの人生は文献とはかけ離れていると感じる。
「……僕がこの空間に侵、じゃない間違えた!選ばれたのはその縁と幻術のルーツ、あとは名前かな。おっと、もう始まるようだ。携帯電話の電源は切ったかい?それじゃあ上映開始だ!」
ブザーが再び鳴り響く。
◇◇◇◇
「───アテーノ。
アテーノ、起きてください。起きないと殺しますよ」
「……ぐぁ…!ぎぃぃい……?!」
焼きつくような痛みと、誰かの声で覚醒する。
男が居た。
緋色の髪、罅割れた頬。
何より目を引くのは、夜のように黒い結膜に、炎のように赤い角膜。
夜空を見上げるワタシを覗き込む誰か。
その物騒な言葉を咎めようとすれば、形容し難い違和感と不快感が襲う。
「今、 を、? 、 ?わ、ワ、タシ、……私、を呼んだ、よな?」
「ええ、貴女を呼びました」
それを確かめようとすれば、更なる欠損が顕になった。
アテーノ、と彼は呼んだ。
馴染み無い名の筈なのに、何故か私の名称だと確信を持った。
欠落を感じる、核心的な何かが抜け落ちている。
その空白をするりと、新たな名が埋めている。
思い出した。
あの女神の提案に乗ったんだ。
だって、皆死んだから。
最期くらいは、
どうせなら憧れみたいにって格好つけて。
「……は、はは。マジか、マジかよ。終わってるって、駄目だ。止めてくれよ。ふざけるな、ふざけるなふざけるな」
分からない。
皆死んだから?
───皆って誰なんだ。
憧れみたいに?
───憧れって誰なんだ。
何も、何も分からない。
この夜以前の光景が、英雄となる前の私が居ない。
剣を握った理由であるはずのそれらが抜け落ちている。靄がかかっているわけではなく、虫食いのように完全に喪われたのが分かる。
恐怖がある。
つまり、その恐怖を押し潰せるほどの思い出だったはずなのに、忘れて、今生きている。
生きてしまった。
今有るのは、この身が『アテーノ』という確証だけ。
絶望に涙を流せば男は困惑し眉を顰めた。
そして、一言。
「おや、顔に不具合がありますか……」
「〜〜ッ!?テメぇッ!!」
拳を突き上げて顎を打ち抜く。
なんだコイツは、
なんなんだコイツは!
「ゴバァっ?!ひっ…!な、何をするのですか!」
「うるせぇ、うるせぇうるせぇうるせぇ!!色々あって頭ン中滅茶苦茶なんだよコッチは!死に損なったと思えば急に煽りやがってよォ……!?」
痛みも忘れ、倒れ伏した男の胴体に馬乗りになる。
不意の一撃とはいえ、長身の男は随分あっさりと下敷きになった。私は激情のまま、首元に掴みかかる。
「本当に!貴女の顔は修理していません!だから顔面はそのままです!つまり元より欠陥が!」
「まだ言うかよこの野郎!?謝れ!!私と私を産んだ顔も思い出せねぇ母さんに謝れ!」
核心した。
コイツは人間じゃないと。
例え事実だとしても、泣いている女に対する態度と発言じゃない。
「もういい、最後にいいの一発ブチかましてチャラにしてやんよォ!」
「ひっ……!?」
「歯ァ食いしばっ…」
右腕を振りかぶる瞬間思い出した。
私の腕、あの時吹き飛んだよな?
硬直。そのまま首を回し、殴る為に引いた腕を恐る恐る確認する。
そこには、銀色の腕が拳を握っていた。
「……義手?……は、え?あ、てか、これ」
少し冷静になって漸く異常を感じることが出来た。
精神的なものではなく、肉体的に。
感覚が妙だ。
右腕以外に伝わる風の冷たさ、
半身に伝わる炎の温もり。
下敷きにした男の衣服のゴワゴワ感。
全て直に感じている。
極めつけは視界。
男を地面に固定する肌色。
膨らむ二対の肌色。
───肌色、肌色、肌色?
裸。
全裸。
素っ裸。
裸体。露出。赤裸々。裸形。裸身。すっぽんぽん。真っ裸。丸裸。生まれたままの姿。剥き出し。
この状態に該当する単語が脳内を埋め尽くす。
「──────なんで?」
いや、理由は一旦置いておいて。
そんな状態の女が、男を押し倒している。
馬乗りで、組み伏せて。
やば。
完璧変態じゃん。
慌てて飛び退く、周囲に自分の衣服は見当たらない。
……仕方ない。他にやりようもない。
私は自身に魔術をかけた。
「悪かった、ごめん。た、立てるか?」
羞恥はもちろんあるが、それと同じくらい彼に対する罪悪感も湧いている。起きがけ超失礼な事を言われたとはいえ、突然殴り飛ばして謝罪しないのはダメだよな。言うほど駄目か?
まぁ、いい。一応謝って手を差し出そう。
「……ありがとうございます。ところで、君。その服は魔術で編んだのですか?」
「その事については後で話すから!とりあえずマジマジと見ないでくれ、私の顔だけ見て手を握ってくれ」
男は先程の現象を不思議がって私の身体を見つめている。視線の先、私が纏うものはごく普通の衣服───に見えているはずだ。てか見えていないと困る。
私の使える唯一の魔術は
ささやかな『幻術』だ。
つまり、だな。
私はまだ全裸だ。
ハチャメチャに視姦されている感覚だな。
流石に恥ずかしい。
だが私の羞恥心なんて今は置いておくべきだ。
聞かなければいけないこと、知らなければいけないことが山ほどある。
「……まだ感情の整理がついてない。身体中痛くて仕方が無いし、右腕が付いてるし全裸だし。今生きてることにすら戸惑ってる。教えてくれよ。お前は誰だ、邪神ってのは何だったんだ?」
男は咳払いを一つ。
「では順を追って説明しましょうか。我が名はイスト・エクスマキナ。聖杯を回収すべく、抑止力より遣われし鍛冶神ヘファイストスの現身です」
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