ハロー運命、末永く。
託された。微睡みの中、その白い空間の内で目の前の大男は言った。
俺の手を温かな大きな手が包み込む。その手は震えている。何かに怯えているのかと思い俺の手を握る彼の顔を見てみると、彼はその真っ黒な瞳に溢れんばかりの涙を貯めながら目を細め笑っていた。
彼の名前を聞いてみた。
彼はこの瞬間を、俺と彼が話した時間を全て忘れてしまうと言っていたけど、それでも彼は俺に「彼女を救って欲しい」と託したのだから。きっと名前を聞くことにも意味はあると思ったから。
彼は俺の手を離し、涙を拭い軽く咳払いをした後、拳で自分の胸を叩きその名を告げた。卑屈な自己紹介をあんまりにも大きな声で堂々と言うのがおかしくて思わず吹き出してしまう。そんな俺を見て目を点にしながら困惑している彼がおかしさに拍車をかけている。
そうしていると、ここに来た時のようにふと視界の端が揺らぎ始めた。彼の姿が段々と遠くなる。
彼がこちらへと両手を大きく振る。それを見た俺も同様に両手を挙げ振り返す。空間がぼやけ意識が薄れていく。
記憶がかき消されていく。それが寂しくて、悲しくて。なんとか全てを忘れないうちに語られた彼女の物語を反芻するのだけど、回数を重ねるにつれ記憶が断片的になっていく。
この夢から覚めた自分が、一部でも、欠片でもいいからこの物語を思い出せるよう願って、俺は彼女のことを考えながらゆっくりと目を閉じた。
人理継続保障機関フィニス・カルデア。その中央管制室で藤丸立香は目を覚ます。
……所長の平手打ちによって。
◇◇◇◇
「大丈夫ですか先輩?」
「めちゃくちゃ痛い」
ジンジンと痛む左の頬を手で押えながら眼鏡を掛けた少女と並び立香は歩いている、少女の名前はマシュ・キリエライト。此処、カルデアの若き職員。初っ端からやらかしてファーストミッションから外されてしまった立香のため、部屋へと案内中の心優しき少女である。
「フォウフォフォウ!」
そんな少女の肩に乗り可愛らしく鳴いているリスか、猫か。この珍生物の名前はフォウというらしい。ちなみに名付け親は立香を先輩と呼ぶ隣の少女、つまりマシュだ。
5分ほどだろうか、暫く二人…と一匹で談笑しながら歩いていると目的地の個室へとたどり着いた。それを確認したマシュは肩に乗ったフォウを抱き立香へと渡す。
「到着しました先輩、こちらが先輩の個室です。それとはい!フォウさんです」
「ありがと…おっ!?」
すかさずフォウが立香の背中へと回り込み肩へとのしかかる。
「フォウさんが見ていてくれるらしいです。これなら安心ですね」
「そうなんだ…、ありがとうフォウ君」
左手で頭を撫でてやると気持ちよさそうに、いや、自慢げに高い声を上げ応える。
「では私はこれで。またお会いしましょう先輩」
マシュに手を振って別れる。ふと、自室の扉の右側、センサーのようなものが付いていることに気づく。もしかしてこれは……。立香が手をかざすとプシューと音を立てて扉が開かれる。
「おお~……」
自室まで自動扉だ。他の部屋を見た時から薄々気づいてはいたけどもやっぱり少し興奮してしまう。そう、少しだけ。
「はーい、入ってまーーーーーって、うぇええええええ!?誰だ君は!?」
浸っていると、こちらに背を向けて回転椅子に座っていた白衣の男がこちらにぐるりと体を向けながら驚いたように声をあげる。
いやそもそも俺の部屋では?
「ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場だぞ!?誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」
「ここが部屋だと案内されたんですけど……」
「君の部屋?ここが?あー……そっか、ついに最後の子が来ちゃったかぁ…」
そう言うと男(胡散臭い)は観念したかのように目を閉じたあとがっくりと首を落とした。一間開けた後「よしっ!」と首を上げにこやかに語り出した。
「いやぁ、初めまして藤丸くん。予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介をしよう」
「ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。遠慮なくロマンと呼んでくれていいとも!」
◇◇◇◇
「まぁまぁ、互いに所在ない同士、のんびり世間話でもして交友を深めようじゃあないか!」
まだ少ししか話してないからあんまり分からないけど……。
「藤丸くんはコーヒー好きかい?砂糖はどうだい?…ふむふむ2個ね任された!ちょちょいっと、間違えた!!」
かなりおっちょこちょいだ。
ドクター、今絶対3個入れてたぞ。でも別に問題はないからこのまま有難く受け取っておこう。
「いやぁコーヒーはいいよね、コーヒーだけでもいいし何よりケーキにも持ってこいだs熱ッッ!?」
ドクターが椅子に腰掛けているので俺はベッドの縁に腰を下ろす。零すのが怖いけどまあ大丈夫だろう。座る場所を確保したところで淹れてくれたコーヒーを口へと運ぶ。……美味しい。
「ねぇドクター、そもそもここ俺の部屋だよ?」
「うん、つまりボクは友人の部屋に遊びに来たって事だ!ヤッホゥ、新しい友達ができたぞぅ!」
友達?
なんて事ない筈の単語に何処か引っかかった。
「何でそこで頭を抱えるんだい!?ボクとの友達そんなに嫌!?」
そんな彼の声でふと我に帰る。やっぱりまだ頭がボーッとしていたのだろうか。そんなことを考えながら慌ててドクターの言葉を否定する。
「違う違う!なんだかボーッとしちゃって」
「なるほど、シミュレーターの後遺症かな。初めてなんだ無理もないさ。……カルデアのあれこれについて説明しようと思ってたんだけど次の機会にした方がいいかい?」
「ううん大丈夫、問題ないよ。ほらっ」
そう言って腕をまくり力こぶを作ってアピールする。この状況で筋肉とか何にも関係ないけど。……多分あれは気のせいだったのだ、話を聞いておこう。それに説明会が行われている中、自分だけ布団ですやすやするのは何だか気が引ける。
◇◇◇◇
「……次はここの構造何だけど…おっと」
ガタリ。
小さな説明会の途中、ロマニの肘が机の上に置いてあった一冊の本へと当たり床へと落ちた。立香は拾うため手を伸ばしたのだがそのタイトルを目にし固まる。先程と同じ違和感に襲われる。本の名は、
「『アテーノ伝説』……?」
「フジマルくんも見たことあるだろう?少し子供っぽいかも知れないけどね」
そう言ってロマニは本を拾って座り直し子供のように目を輝かせながら語り始める。
「アテーノの物語はいたってシンプルなんだ。これは特に有名なギリシャのやつだね。神の生まれ変わりであるアテーノは世界を救うために10匹の獣を倒し最後には邪神を討つ。うん、それだけ。でもだからこそ人々は彼女に憧れるんだ」
『アテーノ』は誰もが知る英雄の名前だ。とても有名な物語だし、読んだことだってもちろんある。でも、まただ、さっきみたいにまた何かが引っかかっている。ここに来るまではこんなこと無かったはずなのに。
「君が来るまで読んでたんだ。……でもこれなかなか謎が多くてね、大昔から今まで多くの国や地域で読まれてきた御伽噺なんだけど、元々は誰が書いたものなのか不明、いつ頃書かれたのかも分からないんだ……って藤丸くんどうかしたかい?」
再度頭を抱える立香を心配しロマニが声をかける。様子を見るため椅子から立ち上がり近づこうとしたところで白衣に取り付けられた端末にレフ・ライノールからの通信が入る。
「ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?」
◇◇◇◇
燃えている。
───誰も生きてはいないのだろう。
「システム レイシフト最終段階に移行します。
座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木」
黒煙が喉に入り噎せてしまう。
でもまだ……!
「ラプラスによる転移保護 成立
特異点への因子追加枠 確保」
マシュを見つけていない。
まだ生きているかもしれない、それに、託されたから。
………託された?一体誰に…何を…。
「アンサモンプログラム セット。
マスターは最終調整に入ってください」
燃える管制室に機械音声が響く、八つ当たりとは分かっているけど淡々と告げるそれが酷く憎く思える。ふと視界の端に見覚えのある薄桃色が見えた。
「マシュ……!」
「……………、あ」
目が合う、良かった。まだ生きてた……!生きてた……!生き、て……。……、…あ。……ああ。瓦礫で下半身が潰されている。薄々と分かってしまう。……手遅れだ。でも、でも、でも、そんなの駄目だ、絶対にだめだ。
「……しっかり、今助ける…から……!」
理性に逆らって、貧弱な自分の体に鞭を打ちながら必死に瓦礫を動かそうとする。指の爪が剥がれそうになり手から血が滴る、だけど、どれほど力を込めてもそれはビクともしない。焦りからだろうか、それとも滑る血と汗のせいだろうか。もはや掴むことすら適わなくなってきた。
「………いい、です……助かりません、から。それより、はやく、逃げないと」
カルデアスが赤く染まる。
「観測スタッフに警告。
カルデアスの状態が変化しました。」
「シバによる近未来観測データを書き換えます。」
「近未来百年までの地球において
人類の痕跡は 発見 できません。」
「人類の生存は 確認 できません。
人類の未来は 保障 できません。」
「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……いえ、そんな、コト、より───」
「中央隔壁 封鎖します。
館内洗浄開始まで あと 180秒です」
「……障壁、閉まっちゃい、ました。……もう、外に、は」
「……うん、でも、なんとかなるよきっと」
「コフィン内マスターのバイタル 基準値に 達していません。」
「レイシフト 定員に 達していません。
該当マスターを検索中・・・・発見しました。」
「適応番号48 藤丸立香 をマスターとして 再設定 します。」
「アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。」
「…………あの………………せん、ぱい」
途切れ途切れの声で、少女は振り絞って言葉を紡ぐ。
「手を、握ってもらって、いいですか?」
君を助けられなかった手だけど、汗と血でべちゃべちゃだけど、それでも良いのならと彼女の手を握った。───何故と聞かれると上手く答えられない。不安でどうしようも無く怖かったからかもしれない、死ぬ前に女の子にカッコつけたかっただけなのかもしれない。あぁでも、
もしかしたら。
英雄のように、あの大英雄である彼女のように。
マシュを救いたかったのかもしれない。
「レイシフト開始まで あと3」
「2」
「1」
「全工程 完了
ファーストオーダー 実証を 開始します」
沢山のお気に入り、並びに感想ありがとうございます。
嬉ションが止まりません。