意識が覚醒する。……私は上手く英雄として振る舞えていただろうか。つい先程まで隣に居た彼の顔を思い出す。微笑んだ彼の顔が強く印象に残っている。あぁ特別容姿が優れていたからとかではない、普通の少年だった。明るく懐かしくて優しい光、この霊基の根本たるもの。
冬木で彼と出会った時の第一声は酷かった。散々かっこいいセリフを考えていたのにいざ対面すると吃ってしまった。駄目だ今思い出しても恥ずかしくなってくる。「お前が私のマスターか」とか仁王立ちで言ってみたかったのに。非常に悔やまれるなぁやり直したい。
それにしてもここは何処なのだろう。自分の実体があるから座でないことだけは確かだ。かといってまた召喚されたというわけでも無さそうだ、魔力のパス的な繋がりを微塵も感じない。まぁ、悩んでいても仕方がないか。暗い空間で歩を進めると、靴の音がコツコツと小気味良く反響する。
「おっとと」
暫く歩いていると壁に突き当たる。鼻先がぶつかる寸前で何とか足を止めることに成功。我ながら何という反射神経の鈍さだろうか、これでこの先大英雄を名乗っていくのだから笑えてしまう。…本当に柄じゃない。
行き止まりのその左の方向から光が差し込んでくる。恐らく太陽や火によるのものではなく人工の光彩…かな?いや光だけじゃないなこれ。耳が拾った透き通る声は恐らく女のものだ。この場所に誰か私以外の人が居るのだろうか。その謎を解明すべくアテーノはアマゾンへと向かった……なーんて。
「ここは……」
開けた空間に出た。先程までの通路とはうってかわり開放感のある高い天井。階段状に所狭しと並べられた椅子。そして何より視界を埋め尽くすほど巨大なスクリーン。ある者は夢を見る、またある者は自身を投影し涙を流す、すり鉢形の創作の展覧場。
彼の時代でいう映画館。
足を踏み入れると同時に確信した。この映画館は自分の心象だ。
スクリーンに映っているマスターとなった彼を見ながら私は過去を偲ぶ。
それは例えば、仲間達と共に平和を求めた騎士の王。
例えば、人に願われるがまま剣を振るった孤高の竜殺し。
例えば、成功を信じ続け新たなる土地を求めた略奪者。
英雄とは様々だ。彼ら彼女らが英雄と人々に謳われ語り継がれるのは偏にその功績からだろう。人という短い生で何を成したか。重要なのはそこだ。その功績という点だけで言えば確かに私は英雄と呼ばれて差し支えない、むしろ当然とも言える。別にこれは自惚れでも、思い上がりでもない。否定すればするほど自慢のように聞こえてしまうけれど。
彼らの功績に人は夢を見る。夢を見た観衆達は彼らを讃える。ただそこに英雄と呼ばれる者達が抱いた感情は存在しない。その武勇だけが伝わり「彼女は勇敢であった」などと理想の英雄譚へと改変されながら語られていくのだ。
その最たる例が私だ。
私は怖かった。怖くて仕方がなかった。
英雄なんてとても柄じゃあない。
だから演じた。継いだ名を理由にして英雄を演じた。自分は英雄だから大丈夫だと思いたかった。
そんな明け透けの演義だったから私は今演者としてここに居るのだろうか。やっぱり全部ばればれだったわけだ、あんまりにも皮肉が効きすぎてやしないか。
客席が疎らに埋まっていることに気づく。……私以外の観客が居るのかと思ったがどうやら人間ではなかったらしい。いや最早コイツらは客ですらないな、私に付いてきただけの悪質ストーカー共だ。蛇に鳥、蛙に犬に山羊、魚。ふざけるな動物園じゃねぇぞ映画館は、人の固有結界を何だと思ってやがる。どの面下げて来やがった。
まぁでも、またコイツらの力を借りることになるのだろう。めちゃくちゃ癪だけど。それに何かあったらまた殺せばいい。英雄を演じた大根役者は今なお現役だ。ご丁寧におあつらえ向きのクラスまで戴いている。もう一度斬るくらいわけないさ。
化け物達の視線を浴びながら空いている中段中央の席へと着く。
それにしてもこういう場所にはポップなコーンとジャンクなフードが付き物だと聖杯が告げているのだけど、どうやらここには無いらしい。うーん何か味気ないなぁ。……そういえばちょうど魚が居たっけ。
フィッシュアンドチップスという食べ物もあるらしい。憎たらしい顔が右後ろに座っていたのを思い出し振り返る。私の視線に気付いた獣はこちらを見ると口角を上げこちらにヒラヒラと手を降ってくる。おいこら紅潮すんな、今すぐ止めろ気持ち悪い。食欲失せたわ。
しまった。こんなキショい奴に構っている場合ではなかった。慌ててもう一度画面へと向き直ると、大きく映し出された彼と目が合う。
"ここからはキミが中心になる物語だ”
"英雄ではなく、ただの人間として星の行く末を定める戦いが、キミに与えられた役割だ”
とても綺麗な女性だ。通路で聞こえてきた声は彼女のものだったのか。この人もおそらく私と同じサーヴァントなのだろう。少しばかり羨ましい。英霊となるほどの才と強さを持ち、女性としての麗しさを持つ彼女が羨ましく感じてしまう。酷い八つ当たり、なんと醜い感情だろう。そういえばこんな事前にもあったっけ。
それにしても役割ねぇ……。同情でも憐憫の感情でもないけども、主人公というのはどこまでも難儀な役割だと思う。主人公の好敵手が、主人公の母が、兄弟が、恋の相手が。それらが居なくなったって物語は続いていく。
主人公はその物語の象徴であり、物語そのものとも言える。だからこそ降板は許されない。それが折れる時が物語の終わる時だから。
"この状況で君に話すのは強制に近いと理解している。それでもボクはこう言うしかない”
"マスター適性者48番、藤丸立香”
……もし人生に運命というものがあるのならば、私の運命は彼女と出会い剣を握ったあの夜で。藤丸立香の運命はきっとこの2016年の今日なんだろう。
"君が人類を救いたいのなら。2016年から先の未来を取り戻したいのなら”
"君はこれからたった一人で、この七つの人類史と戦わなくてはいけない”
"その覚悟はあるか?君にカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?”
知っていたとも、この問答も。それに対する彼の答えも。それだけは私に焼き付いているから。でも……もしかしたらとも思ってしまう。その可能性は有り得ないんだけどな、矛盾してしまうから。私がここに居るということ自体が結末なのだから。
"もちろんです”
覚悟なんてあるわけもないのに。
君はそう言うんだ。
寧ろそれが分かった上で召喚に応じたんだ。愚かだった僕は世界を救う君に夢を見た、憧れた、剣を握った。そうして出来上がった存在が君の前に現れた以上きっとこれは逃れられなかったものだ。
彼の、「人類最後のマスター」という物語のプロローグはこれでお終い。
◇◇◇◇
座で浸っていた自分が恥ずかしくなる。なーにが「一緒にぶっ壊れてやる」だ。覚悟なんて出来ちゃいなかったんだなぁ私。だって、ほら。その証拠に先程まで上映されていた少年の決意がこんなにも胸糞悪いだろう?
長く伸びた自分の髪を指で梳かす。慣れた髪型でないことに戸惑いつつも、髪留めが立香の元に届いたことに胸を撫で下ろす。そういえば、この髪を伸ばし始めたたのはアテーノになってからだったか。必死だったなぁほんと。魔術において髪とは重要なものだと彼は言っていた。触媒になったり魔術の要素になったりetc…。私の場合は申し訳程度の魔力タンクだったか、そもそも貯める魔力すら微量だったけど。
そんなことを考えながら私の足下に座ってブンブンと尻尾を振っている犬を撫でる。犬…犬?こいつはそもそも犬なのか?まぁどうでもいいか犬っぽいし。足6本あるし目もガンギマリだけど。正直こいつに何の愛着も持っちゃいないけど懐いてくれるんなら取り敢えず撫でるぐらいしてやってもいい。
「おーよしよし、お前は本当に気持ち悪いなぁ~」
「ワゥ!?」
何驚いてるんだ。妥当な評価だろ。さっきの映像でマシュと共に一瞬映っていた白いリスのような愛らしい小動物と交換してもらいたい。何なんだあれは可愛すぎるだろう。ずるいぞ私の周りには神性持ちのゲテモノしか居ないってのに。……いや、中身に関してはあっちのが余程えげつねぇな。
「まぁ立香がもっかい喚んでくれるまでなら構ってやるよ」
「ワゥ!」
本当に何で懐いているんだろうなぁ。こいつだけじゃない、他の五匹だってそうだ。私はお前らが怖くて仕方なかったんだぞ?罪の無い人達を手にかけて、挙句の果てには苗床にまでしていたお前達が。私はどうしようも無く憎かったよ。……お前らはどんな気持ちで私の中にいるんだ。
また私を殺しに来たのか?
いつの間にか鳥が私の左隣の座席に座っていた。あの時と変わらない白く綺麗な翼は邪魔になるからか器用に畳まれている。私の心中を察してかは分からないが鳥は悲しげな表情をその端麗な顔に浮かべた。少し間を置きこちらを見た鳥と私の視線が交差する。鳥はぱくぱくと口を動かした。
「へ、私?何で私達をもう一度殺さないか?
……実はな、今はお前らのことそんなに憎く思ってないよ。単にどうして私に懐いているのか不思議なだけ。私はそうだな、うん。何かなぁ……もう使命も終わったしどうでもいっかな~って」
答えを聞いた鳥は目を丸くしきょとんと首を傾げた後再び私に質問を投げかける。
「使命が終わったなら何でまだアテーノでいるのかって?
痛いとこ突いてくるなお前……。ほらあれだよ、私十年以上はお前らと戦ったろ?もう忘れちゃったよ今更アテーノ以外の振る舞い方なんて。ただの少女なんて彼の旅路に不要だし、必要だとも思わないさ」
鳥は申し訳無さそうに下を向いてしゅんとしてしまった。……別にあれはお前のせいではないだろうに。寧ろお前は私を憎んでもいいはずなのに、そんな顔をされると罪悪感で胸が締め付けられる。
その慎ましさをあのクソ魚と蛙にもどうか見習って欲しい、鳥以外の5匹はとっとと私に頭下げるべきだ。
「英雄を演じるなら彼を助けないのか?
……だからなんでそんな鋭いのお前。無理なんだよ私には。あの時だってお前らを殺すのに精一杯だっただろ?所詮そんなもんさ、抗うのが精一杯。運命を捻じ曲げるほどの力持ってる…わ…けじゃ……?」
思わず言葉が詰まってしまう。プロローグを流し終えた筈のスクリーンに再び映像が流れていることに気付いた。映っているのは彼が目を覚ました部屋、自室だろうか。美女は居らず藤丸立香がそのベッドに腰をかけて俯いている。
「なんでまだ……」
私はこのシーンを知らない。……もっとも、忘れてしまっているだけと言われたらそれまでなのだけど。微かな記憶だ、知らない事自体が問題なのでは無い。気になるのはホワイダニット、なぜこの場面を映す必要があるのだろうか。こんなシーンは人類最後のマスターに必要なのか。取り敢えず足元の犬を両手で抱え画面を注視する。
スクリーンが顔を上げた彼の表情を映す。
「あ……」
泣いていた。
大粒の涙で頬を濡らしているわけでも、幼子のように大きく声を上げ嗚咽を漏らしているわけでもない。ただその青く澄んだ瞳が涙を溜め大きく揺れていた。
彼の手には赤い何かが握られている。……私の髪飾りか。
別に私に縋っているわけでも、祈っているわけでもないだろう。ただそこにあっただけ。だからこうして不快感で満ちるのも、ただの思い上がりでしか無い。
諦めている。
彼を救うことを私は諦めている。
それでも、あぁ、どうか一縷の望みを持たせて欲しい。
彼の行く末を知る者として聞く責任がある。
なんてひどいエゴの塊だろうか。
結局私に覚悟なんてなかった、だから最後に……。
君の口から聞かせておくれ。
◇◇◇◇
手が震えている。
恐怖からだろうか、不安からだろうか、憧れを前にしたからだろうか。
きっとそれら全てだ。
自身に課せられた使命、グランドオーダー。失われたこれからの未来を取り戻す人類を守るための戦い。あまりにも大きすぎる使命、でもやらないという選択肢はない。自分しか背負える者はいないのだから。
初めて目にしたサーヴァントと呼ばれる歴戦の英雄達の戦い。それは人の領域を越えたまるで兵器と兵器のぶつかり合い。鮮烈、その一言に尽きた。これから先自分に出来ることなんてあるのだろうか。
……俺
……生きて帰れるのかな。
怖い、怖くて仕方がない。
情けないということは自分でもよく分かっている。嘆いて震えたところで、弱音を吐いたところで状況が変わるわけではない。だからこれはきっと足枷にしかならない。
カルデアの外の世界は消失してしまったらしい。ここへ来る時、笑顔で送り出してくれた父親と母親の顔が思い浮かぶ。友人の顔が思い浮かぶ。彼らだけではない、他にもたくさんの人の顔が。
みんな死んでしまったのか。
目が熱くなり視界が揺れる。
泣いたって無意味だと分かっているのに。
あぁ、溢れてしまう。
そう思ったのに、涙が頬を伝うことはなかった。
冷たい指で誰かが自分の目に溜まった涙を拭ったから。
「よっ」
「びっくりした……!」
自分が驚いた反応を見て、いつの間にか隣りに座っていた少女が白い歯を見せニコリと笑う。その表情に思わず胸が高鳴り鼓動が早くなる。そういえば彼女から預かった髪留めを右手に握り締めていたままだった。
「俺まだ喚んでないんだけど……」
「ヴぇ”っ、……ま、まぁ!こういう事も出来るのさ!なんたって英雄だからな私は!」
冬木、ファーストオーダーで召喚に応じてくれたサーヴァント。その名を知らぬ者はいない伝説の大英雄。
「それに英雄は泣いてる子供を放っておけないからね」
「アテーノはこれから一緒に戦ってくれるの?」
「もちのろん!でも期待しすぎるなよ立香、そこまで強いってわけじゃないからな」
「十分すぎるくらい強かったような……。あっそうだ、返すよこれ」
「うぃ、ありがとな」
髪留めを受け取った彼女はそれを口に銜え髪を結ぶ、長く艶やかな金髪を大きく一つに束ねると根元を括って固定する。結び終えた彼女は少し深呼吸をして何かを決意したように、そっと口を開いた。
「……早速なんだけどさ。
お前、マスターを辞める気はないか?」
衝撃だった。一緒に戦うと宣言した矢先、彼女の口からでた提案は予想外のものだった。泣いていた弱い自分に漬け込んでくる魅力的で甘い言葉、仮に頷いたとしたら彼女は間違いなく確実にそうしてくれるだろうと分かる真剣な眼差し。嬉しくないと言ったら嘘になる、でも。
「それは出来ないよ」
「ワーオ即答。理由を聞かせてもらっても?」
「俺さ、マシュにカルデアの外の景色を見せてあげたいんだ」
あの時、レイシフトが行われる直前。燃える管制室で自分は瓦礫の下敷きになっていたマシュの手を握った。初めは目の前の彼女に触発されたせいかと思った、だけど違う。あの時握ったのは俺がそうしたかったから。理由なんてなかった、ただ自分がそうしたかっただけなのだ。
「……同情か?」
「そうかも」
下らない理由だとアテーノは思った。会ったばかりの少女のために自分は逃げ出さない?逃げた方がずっと楽なのに。呆れるほどのお人好し、正真正銘の馬鹿じゃないのか。でもその馬鹿に憧れた大馬鹿には口を挟む権利なんてないのだろう、と嘆息する。自分が情けなくて少し意地の悪い問いをした、それにも関わらずこうもあっさりと肯定されると立つ瀬が無い。
「それにさ、あの後所長が殺されたんだ」
「へぇ……」
「何も出来なかったんだ。だから今度は守りたい」
逃げ出したい、きっとこれから先も何度もそう思うのだろう。自分は弱い、よく分かっている。英雄である彼女とは違い魔術とは無縁だったただの一般人。アテーノはそんな自分の声に応じてくれたらしい、それなら…。
「だから、力を貸してほしい。
俺とマシュと一緒に世界を救って欲しい」
「……………狡いよなお前」
少女は少年が頷かないことを知っていた。だがこうもストレートに感情をぶつけられることは想定外だった。それはマスターという立場からの強制ではなく、仲間としての懇願。英雄を演じている以上、彼女は彼からの懇願を断ることは出来ない。
「私はお前をここから逃がせる力がある。それでも、本当にいいんだな?」
「うん、でもありがとう」
「……何で感謝するんだよ」
「だってアテーノは俺のために言ってくれたんでしょ?何か安心したんだ、そう言ってくれる人が居るんだって」
自分の身を案じてくれる存在が何よりも嬉しかった。如何なる方法であれ、英雄で在りながら人理に反してまで自分を助けようとしてくれる彼女がとても頼もしく見えた。
溜息を付いた彼女は腰掛けていたベッドから立ち上がり、立香の前へと向き直り片膝をついて青い瞳で自分のマスターを見つめる。交わる視線、マスターとサーヴァントの青は海のように澄んでいた。アテーノは立香の手を握るとそのまま口元へと引き寄せ唇を落とした。
「サーヴァント、プリテンダー。欺瞞に塗れたこの身なれど我が聖剣、藤丸立香の為に振るうことを誓おう」
「……ちょっと狙いすぎじゃない?」
「張り倒すぞお前」
これからの旅路への不安をかき消すように、顔を合わせて少年と少女は笑う。
「藤丸立香」というプロローグはこれでお終い。
高評価並びに感想ありがとうございます。
誤字報告助かります。前話で初めて報告貰ったんですが赤ペン先生思い出しましたね。
次話はプロフィール回にしようかと思ってます、箸休めですね。