ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第十一話 頼れる友は、頼んでなくても傘と胸を貸してくれる

 楽しかった時間と言うのはすぐに過ぎ去るもので、気づけばもう夕日が沈みかけていた。

 夕焼け空に少し雲が出ている。これから夕立が降るかも知れないな。

 

「それじゃ、そろそろ帰るか」

 

 俺は立ち上がり、望愛に手を貸す。

 

「うんっ! ヤス、今日はありがとー!」

 

 望愛は俺の手を取って立ち上がると、三人一緒に玄関まで連れ立っていった。

 

「こっちこそぉ、良いもん見せて貰ったからなぁ。ナオ、後で写真送ってやるよぉ」

 

 相変わらず気の抜けたような顔と声で抜け抜けとヤスは言う。

 ほう、良い度胸だ。命が惜しくないようだな。

 

「今すぐ張り倒してやろうか?」

 

 俺がそう抗議すると、

 

「か弱い男の娘に暴力を振ろうってかぁ?」

 

 ヤスはその道のプロ顔負けのファイティングポーズを取り、拳を突き付けてきた。

 

「空手二段の奴が良く言うわ・・・・・・」

 

 俺は両手を上げて降参のポーズをする。

 恐ろしいことこの上ない。俺の回りには望愛やヤスみたいなバーサーカーしか居らんのか。

 

「それじゃ、またな」

「おう、いつでもこいよぉ」

「またねー!」

 

 俺と望愛はそう言って手を振りヤスに別れを告げ歩き出す。──そんなときだった。

 

「あ、ナオー! 一個言うの忘れてた!」

 

 ヤスが背後からそう声をかけてきた。

 なんだ?

 

「ごめん望愛、先行っててくれ」

「わかったー!」

 

 俺は望愛にそう断りを入れて小走りでヤスのもとに駆け寄る。

 

「どした?」

「いや、そのな・・・・・・」

 

 ヤスはそう言いづらそうにする。

 先ほどとは打って変わって真面目モードみたいだ。なんだ?

 そう思っていると、ヤスがようやく口を開いた。

 

「自分の腕、見てみろよ」

 

 そう言ってヤスは俺の腕を指差す。

 

「ん?」

 

 腕? あぁ・・・・・・なるほどな。

 俺は自分の腕を見て、ヤスが呼び止めた理由にようやく気づいた。

 そこには、真新しい大きなアザが一つあった。例の病の症状だ。

 サッと血の気が引くのがわかった。

 バカ野郎、こんなことで動揺してどうする。大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。

 おいヤス、そんなに心配そうな顔すんなよ。大丈夫だって。

 

 

「ナオ、お前──」

 

 ヤスが心配そうに手を差しのべようとするのを、俺は制した。

 

「大丈夫だ。何とかしてみせる。病は気からって言うだろ?」

 

 俺はそう言って笑って見せる。なにも知らなかった前と比べたら、随分マシだ。怖くともなんともない。

 

「・・・・・・望愛が心配してたぞ。最近様子が変だって」

 

 俺に制され、手を引っ込めたヤスがそう言う。

 そんなヤスに、俺は冗談半分でこう言った。

 

「俺が挙動不審なのは前からだろ? 心配には及ばんよ」

「茶化すな」

 

 案の定、ヤスはおっかない顔と低い声で咎める。

 

「悪い悪い」

 

 そんなヤスに、俺はそうヘラヘラしながら形だけの謝罪をする。そっちのが何倍も俺らしいだろ?

 だからそんなに怒んなって。そうだ、俺も一つ聞きたいことがあったのを忘れてた。

 

「──ヤス、今度のデート、海と山どっちが良いと思う?」

「・・・・・・ナオ? いきなりどうしたんだよ?」

 

 困惑するヤスをよそに、俺は続ける。

 

「どうもしてねぇよ。でも、夏は楽しまなくちゃだろ? 急がねぇと、すぐに秋が来る。秋にはハロウィンだって控えてるし、冬にはクリスマスだってある。年を越したら正月には初詣をして、その後はスキーなんかにも行きたいな。春からは三年になって受験勉強に追い立てられながら望愛に勉強教えて貰わなくちゃな。そんでまた夏になって・・・・・・」

「ナオ・・・・・・?」

「ん? どうよ、これなら鬼達も大爆笑するだろ」

 

 あの世のSNSでは既に人気急上昇中かもしれない。来年のことを言えば、鬼は笑ってくれるらしい。

 

「あーでも、卒業したら大学には進学せずにすぐに結婚するのも良さそうだな。式は南の島で一発ドでかいのを挙げて、みんなを呼んでワイワイする。最高だろ?」

 

 いつだったかテレビでニューカレドニアなる島の話が紹介されてた。日本の南東にある島で、リゾート地にもなってるらしい。

 まさに天国にいちばん近い島だ。ああそうだ、そこにしよう。

 

「ナオ!」

 

 ヤスの声も聞かず、俺は口を動かし続ける。

 

「それでそのままそこに住んでさ、ちっちゃい民泊みたいなのを経営するんだ。誰も知り合いのいない中だから、そりゃ最初は苦労するだろうけどさ、俺達ならきっと──」

「ナオ!!」

 

 先程よりも大きなヤスの声が耳を貫く。驚いて口が止まる。

 

「なんで・・・・・・なんで泣いてんだよ」

 

 ヤスは、自身も泣きそうな顔をして、そういった。

 

「え?」

 

 その言葉で、俺はようやく自分が涙を流していることに気づいた。

 確かに視界がぼやけている。

 

「・・・・・・悪い、洗面所借りる」

 

 こんな恥ずかしい姿、望愛には見せられない。

 俺は手で涙をぬぐい、うつむき加減でヤスの家に入ろうとする。が、

 

「待て」

 

 ヤスに腕をつかまれ、止められた。

 

「ナオ。お前、不安なんだろ?」

 

 ヤスは優しくそう言葉を紡ぐ。優しい言葉が、胸に突き刺さる。

 

「やめろ」

 

 こんなことで、俺が不安になっちゃいけないんだ。あいつは、望愛は、俺よりもっと不安なんだ。

 

「不安だから、怖いから、明るい未来の空想話を、俺にしたんだろ?」

 

 ぐさりぐさり、ヤスの言葉が胸をえぐる。

 

「やめろ」

 

 怖い? 俺がこんなことで怖がってたら、命の危険をおかして戦う望愛はどうなるんだよ。俺は怖くなんかない。

 

「死ぬのが、怖いんだろ?」

 

 ざくり。その言葉が、核心を貫いた。

 

「やめろっ!!」

 

 俺は腕を強く振り払う。

 死ぬのが怖いだと? あいつはそんな恐怖の中今まで何年も何年も戦い続けて来たんだ。

 

「俺は、怖くなんか無い。不安なんかじゃない。今回もきっと良くなる。そうだ、きっとそうだ・・・・・・」

 

 ちくしょう、涙が止まらない。ぬぐったそばから溢れてきやがる。

 そんな俺に、ヤスは一歩一歩近づいてくる。そして、

 

 

「ナオ、隠し事も怖いことも不安なことも、全部捨てて、逃げたって良いんだ」

「──!」

 

 

 ヤスは、優しく俺を抱き締めた。

 

「死ぬのが怖いのは当たり前だろ? 俺だって怖い。だから、怖くても良いんだ。泣いても良いんだ。嫌なことから逃げ出したって構わない。だから・・・・・・自分を誤魔化すな」

 

 もう無理だった。堪えられなかった。なんだよヤス、優しすぎるんだよ。

 俺はヤスの胸を借りて、泣いた。こんなに泣くのは、いつぶりだろうか。

 ──ああ、思い出した。あの時は、望愛に抱き締められたんだった。全く俺は、不甲斐ない奴だ。

 

 

 

「・・・・・・すまん、もう大丈夫だ」

 

 俺が落ち着いた頃には、すっかり空は暗くなっていた。分厚い雲からは、今にも雨が降りだしそうだ。

 

「服、ぐしゃぐしゃにしちゃったな。ごめん」

「大丈夫。服の替えなら幾らでもある。ナオは、俺の親友は、替えがきかないからな」

「ヤス・・・・・・」

 

 ヤスはさも当然のようにそう言った。

 いかん、また泣きそうだ。

 

「なぁヤス。やっぱり俺、望愛に打ち明けることにした。隠すのはもう止めた。また病室であいつに怒られながら泣かれたら堪ったもんじゃないからな」

 

 最初のときは確か、手術の直前にバレたんだっけな。

 当日の朝一で病室に殴り込んできた望愛に泣きながらバカだのなんだの罵られたことは、よく覚えてる。

 そんな望愛は見たくないって、あの時思った筈だったのにな・・・・・・。

 

「そっか。そりゃ良かった」

 

 ヤスはそう言って頷くと、優しくはにかんだ。

 

「ヤス、ありがとな」

「おう。そうだぁ! 次のデート、海に行ってこいよぉ。望愛の水着、見たいだろぉ?」

「もちろんだ! そうさせて貰う」

 

 そう言って俺達は笑い合う。ヤスも、気づけばいつもの口調に戻っていた。

 もう怖いものなんて何もない。俺はもう、自分を誤魔化さない。

 ふと、頬に冷たい雫が落ちてきた。雨だ。

 

「冷たっ! それじゃヤス、帰るわ!」

「ナオ、傘貸してやるよぉ」

 

 そう言ってヤスはいそいで玄関から傘を引っ張り出し、俺に手渡してきた。

 

「すまん! ありがとな!」

 

 俺はそれを受け取り、開く。雨粒が当たる音が響いた。

 俺は少し小走りになって、帰路に向かう。

 

「気を付けてなぁー!」

 

 ヤスが俺の背にそう声をかける。

 さて、後は走るだけ・・・・・・あ、一つ言い忘れていたことがあった。

 

「ヤス!」

「ん? なんだぁ?」

「マイクロビキニ、考えといてやるよ!」

 

 俺はそう言い残すと、雨の中望愛の待つ家に向かって駆け出していった。

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