ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第十二話(上) いざ聖女サマに告解を

 土砂降りの雨の中、俺はようやく家にたどり着いた。

 ・・・・・・ここまで来たら、もう言うしかない。ドアノブに伸ばした手が震える。

 

「大丈夫。多分、きっと、恐らく」

 

 と、口に出しては見たものの、やはり緊張する。

 怒ったあいつのグーパンチは、かなり堪えるからなぁ。嗚呼、良い人生だった──。

 俺は今までの全ての人生を回顧し、覚悟を決めてドアノブを握った。

 

 ・・・・・・よし、開けよう。そして潔くボコられよう。これが俺のケジメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 ──ガンッ!!

 

 

 瞬間、俺の鼻っ面と額に鈍い痛みが走る。俺は勢い良く後ろにのけ反り、尻餅をつく。

 

「痛ってぇぇぇ!?!?」

 

 俺は何が起こった理解できず、ただ激しく痛む鼻を抑え、目を白黒させた。

 

 何何何何!?!?!? 痛い痛い痛い!!! 何が起こった!? 何で俺は鼻を押さえて尻餅ついてんの!? 何で? Why!?

 

 俺が大混乱をしていると、不意にとある人物の声が聞こえた。

 それは馴染み深いなんてものではない程の、冗談抜きで親の声より聞いた、その人の声だった。

 

「ナオ!? どうしたの!?」

 

 俺は鼻を押さえながらゆっくりと視線を上にして、声の主の顔を確認する。

 ・・・・・・そこには、目と口を真ん丸にして驚き、俺に手を差しのべようとする望愛がいた。

 なるほど。どうやら望愛が勢い良く開けた扉に、俺が鼻を思い切りぶつけたようだ。

 

「あのね、今さっき帰ってきたの。それでドア開けようとして、気づいたらこうなってたの」

 

 俺は鼻を抑え、しどろもどろに状況を説明する。

 望愛は恐る恐る、自分の事を指差し、言った。

 

「・・・・・・もしかしてボクのせい?」

「・・・・・・(こくり)」

「ナオごめんねぇぇぇぇ!!!! 痛くない!? 骨折れてない!? お医者さん行く!? ってナオ、それ・・・・・・」

 

 望愛は大声をだし、目を涙ぐませて謝る。しかし次の瞬間、顔を真っ青にして後ずさりした。

 待て待てそんなに青くなるなよ。俺はそんな重傷じゃない! せいぜい鼻血がちょっと出てるかもなだけだろ? 大丈夫だって。大じ──

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?!?」

 

 俺は鼻を押さえていた自分の手を見て、驚愕・・・・・・いや、恐怖した。

 鼻からは、滂沱(ぼうだ)の血が溢れていた。

 

 え!? 鼻血ってこんなに出るの!? 手とか服とか真っ赤じゃねぇか!! 待って、血溜まりも出来てる!! 

 やばいやばいやばいやばい!! 死ぬの!? 俺白血病うんぬん関係無しに死ぬの!? 

 鼻血出過ぎて失血死とか嫌なんだけど!? あっ・・・・・・意識が・・・・・・遠く・・・・・・

 

「ナオぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 望愛のそんな叫び声を最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 次に俺の意識が戻ったのは、自室のベッドの上だった。

 

 

 

「──ん、ここは? あぁ、部屋か」

 

 窓の外はもう明るい。どうやらあの後意識を失った俺はそのまま眠ってしまったらしい。

 服も新しいのに取り替えられている。きっと望愛が一人でここまでやってくれたんだな。

 

 ふと、腰辺りに違和感を覚えた。そこだけ掛け布団が引っ張られているような感じがした(寒がりな俺は、基本夏場でも毛布を被ってる)。

 

「よっこらせ、と」

 

 俺は上体を起こして確認する。するとそこには、望愛がいた。

 ベッドに突っ伏してすーすーと気持ち良さそうに寝息をたてている。一晩中ずっと俺の看病をしてくれていたようだ。

 

「望愛、ありがとな」

 

 そう言って望愛の頭を優しく撫でる。さらさらとした短い髪は、俺にとってはきっとどんなものよりも手触りが良い。

 

「う~ん・・・・・・ナオぉ、もう大丈夫ぅ?」

 

 望愛は俺が頭を撫でると、そんな寝言までし始めた。

 

「ボクがいなくても・・・・・・寂しくない?」

 

 俺は空いた左手を、望愛の左手に重ねる。

 

 バカ、寂しいに決まってんだろ。

 

 寝言に返事するのはあまり良くないらしい。だから俺は、そんな言葉を心の中に押し留めた。

 

「えへへぇ・・・・・・ナオぉー。ボク、ずっと一緒が良いなぁー・・・・・・」

 

 望愛は、眠っているのに、優しくはにかんだ。

 

 望愛。俺も、お前とずっと一緒に居たいよ・・・・・・。

 

 

 

 

「──ん・・・・・・」

 

 しばらく後、望愛が目を覚ました。

 

「望愛、おはよ」

「ナオ・・・・・・もう大丈夫?」

「おう、望愛のお陰だ。ありがとな」

 

 そう言うと望愛はえへへ~と、気の抜けた笑みを浮かべた。

 

「そうだ。望愛、寝起きで悪いんだけどさ、言っときたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」

「うん。良いよ-」

 

 望愛は左手を重ね合わせたままゆっくりと上体を起こし、居住いを正して俺を真っ直ぐ見つめる。俺は静かに右腕をそんな望愛の肩に回して抱き寄せた。そして、

 

「再発、したんだ。白血病。黙っててごめん」

 

 そう、耳元で告白──否、告解した。

 望愛はニ、三度小さく頷くと、こう言った。

 

「・・・・・・ありがとう、ナオ。ちゃんと言ってくれて。ボク、ずっと不安だったんだ。ナオがどっか遠くに行っちゃうんじゃないかって」

「バカ。俺はどこにも行かねぇよ」

「ほんと? あと一年、ずっと一緒にいてくれる?」

「一年間と言わずに、お前が望むなら俺は何年だって一緒に居てやる。だから、さ──」

 

 俺は体を引いて、望愛の顔を真正面から見る。そして、こう言った。

 

 

「──一緒に逃げよう、望愛。誰も追ってこれないような遠い遠い所に。天国にいちばん近い島に」

 

 

 自分に嘘はつかない。自分の気持ちを誤魔化すのはもうやめだ。

 

 俺はフランス語はおろか、英語すらまともに話せない。だが、頑張ればきっとどうにかなる。

 望愛のためならどんな苦行でも苦にはならない。追っ手が何人来ようが俺が全員追っ払ってやる。

 望愛には指一本触れさせるものか。・・・・・・今度こそ俺は、お前を守ってみせる。

 

 

 そんな俺の告解(プロポーズ)に、望愛は驚いたようにピクリと肩を震わせた。

 そして次の瞬間には、ぼろぼろと大粒の涙を瞳から溢れさせ、嗚咽した。

 それでも何とか強引に笑顔を作り、俺に言葉を紡いだ。

 

「ナオ、ありがとう・・・・・・でも、でもボクっ──!」

 

 

 俺は咄嗟に望愛の唇を奪い、言葉を遮った。『でも』の続きは、もうわかっている。

 だから、望愛が続きを言う必要はないんだ。

 自分を傷つけてまで、言葉を続ける意味は、どこにもないんだよ。

 

 俺は重ね合わせた左手をしっかりと握り、右腕で望愛を優しく抱き締めた。俺にはこうすることしか出来ないんだ。

 彼女の唇は少し湿っていて、そして何より柔らかかった。

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