ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第十二話(下) いざ聖女サマに告解を

 ボクは一人、家路についた。

 ナオとヤスは一体何の話をしているんだろう? ・・・・・・いや、ほんとは何の話か、わかってるんだ。

 さっきナオにメイド服を着せたとき、気づいてしまった。ナオの腕とか背中にある大きなアザ、──白血病の症状に。

 きっと二人は、その話をしてるんだ。不安な思いが、心に広がる。

 

 どうして話してくれなかったの? なんで相談してくれなかったの? 

 

 当然だ。ナオは優しいから、ボクに気を遣って黙ってるんだ。前だってそうだったじゃないか。

 ナオは最後の最後までボクに話してくれなかった。

 ナオは、優しいんだ。だから何にも、話してくれないんだ。

 胸がきゅっと絞まる。あと一年。それがボクがナオの側にいられるタイムリミット。

 もう、甘えてばかりじゃいられない。ナオに安心して一年後を、ボクの居ない新しい人生を迎えて貰うんだ。

 

 ・・・・・・それでもやっぱり、寂しいんだ。苦しいんだ。ナオと離れたくないって、一緒に居たいって叫びたくなるわがままなボクがいる。

 なんで話してくれないのって怒ってる自分勝手なボクがいる。甘えてばっかりのボクのことが憎くて憎くてたまらないボクがいる。

 そして、ナオのことが大好きで大好きでたまらないボクがいる。

 やっぱりボクは、ダメな奴だ。

 

 

 そうこうしていたら、家についてしまった。決して大きな家じゃないけど、ナオが居ないと広く見える。

 

「・・・・・・ただいま」

 

 いつもの癖でついそう言ってしまう。誰も居ない家に、ボクの声だけが響く。

 外はいつの間にかかなり暗くなってる。太陽は沈み、分厚い雲が空を覆う。一雨降りそうだ。

 

「ナオ、大丈夫かなぁ」

 

 ボクは一人リビングのソファーに座り、テレビをつける。この時間はバラエティー番組をやっている。

 世界の衝撃映像とか、UMAの目撃情報とかを取り扱ってる人気番組だ。

 

 ボク達が戦う怪物は、その存在が政府によって徹底的に秘匿されてる。

 でも、この現代社会ではそれにも穴が出来てきている。

 少しずつ、少しずつだけど、怪物達やボク達ヒーローの存在は、世間に広まっていっている。政府も機関も、万能じゃないんだ。

 ボクはつまらなくなってテレビを消した。ナオと一緒ならどんな番組でも面白いのに、一人でいると途端につまらなくなってしまう。

 

 ・・・・・・気づけば外では、大雨が降っていた。屋根や窓を大きな雨粒が叩く。

 鼓動が少し早まる。ナオは今、傘を持っていない。もし帰る途中でこの雨に降られていたら?

 

「ナオ・・・・・・」

 

 不安だ。心配だ。ボクの足は、考えるより先に動いていた。

 ボクはソファーから立ち上がり、荷物を纏めて、電気を消して、靴を履いて、傘を二本持った。準備は万端。

 

「よし、行こう」

 

 ボクは思い切り玄関扉を開け放った。

 

 

 ──ガンッ!!

 

 

 その瞬間、扉が何か固いものに当たった様な音が響いた──ん? 固いもの・・・・・・?

 

 

「痛ってぇぇぇ!?!?」

 

 その瞬間、親の声よりも聞いたその人の声が、辺りに響き渡った。

 

 えぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?!?!?!? ナ、ナオォォォォォォ!?!? なんで!? なんでナオが?? え??

 

「ナオ!? どうしたの!?」

 

 ボクは手を差し出し、とっさにそう聞く。

 ナオは尻餅をつき、鼻を押さえて悶絶している。ボクに気づいたのか、ナオはそのままゆっくり顔を上げて話し始めた。

 

「あのね、今さっき帰ってきたの。それでドア開けようとして、気づいたらこうなってたの」

 

 うんうんなるほど。・・・・・・つまり、

 

「・・・・・・もしかしてボクのせい?」

「・・・・・・(こくり)」

「ナオごめんねぇぇぇぇ!!!! 痛くない!? 骨折れてない!? お医者さん行く!? ってナオ、それ・・・・・・」

 

 瞬間、サッと血の気が引いた。何故ならナオの鼻からは、

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?!?」

 

 滝のように大量の鼻血が噴出していたからだ。足下は真っ赤に染まり、血溜まりができて・・・・・・

 

「ナオぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 そしてナオは、気を失った。

 

 

 

 ボクが失神したナオを家に運び込んで、服を着替えさせてあげたり、体を拭いてあげたりしてベッドに寝かせた頃には、時刻はもう十二時前になっていた。

 今から夕飯を食べる気にはならない。そもそもボクあんまり料理得意じゃないし。

 

 幸いナオの鼻血はすぐに止まり、その後すぐ気持ち良さそうに寝息を立てはじめたから、取り敢えず一安心だ。

 

「ふふっ・・・・・・ナオの寝顔、可愛いなぁ」

 

 ボクは無防備に眠るナオのほっぺたをつんつんと突付く。お、案外ぷにぷにしてるー。えへへぇー、もっと突っついちゃえ!

 

「うーん・・・・・・ん、うーん」

 

 おっと、やりすぎちゃった? ボクはすっと手を引っ込めた。最近はちょっと疲れていたみたいだから、ゆっくり休ませてあげないと。

 ナオはすーすーと気持ち良さそうな寝息を立てている。見てるとボクまで眠くなって──ふわぁー。

 ボクもだんだん目蓋が重くなってきた。視界がぼやける。

 まだ、まだあと少しだけ、起きていたい。ボクにはもう、時間がないんだ。

 今のうちにもっといっぱいナオの顔を、姿を、声を、その全てを記憶していたいんだ。目蓋に焼き付けたいんだ。鼓膜に刻み込みたいんだ。

 別れた後も、その後にすぐ訪れるお迎えの時も、ずっと大好きなナオを忘れないように、心に留めておけるように・・・・・・。

 でも、重くのし掛かってくる睡魔にボクは勝てなかった。

 

「ナオ・・・・・・」

 

 気づけばボクは、そのままベッドに突っ伏したまま眠ってしまっていた。その日見た夢は、あまり良く思い出せないけど、良い夢だったことに違いはない。

 

 

 

「──ん・・・・・・」

 

 朝、ボクは目を覚ました。

 

「望愛、おはよ」

 

 頭を起こすと、ナオのそんな声が聞こえた。

 あぁ、ナオはもう起きてたんだ。左手が暖かい。見ると、ナオのおっきな手の平が、ボクの左手に重ねられていた。

 

「ナオ・・・・・・もう大丈夫?」

 

「おう、望愛のお陰だ。ありがとな」

 

 ナオはそう言って、にっこりと笑う。

 えへへ~。嬉しいなぁ。

 寝ぼけてるからなのか、表情がふにゃふにゃする。そんなとき、ナオはやけに真剣な目で、ボクを見つめてこう言った。

 

「そうだ。望愛、寝起きで悪いんだけどさ、言っときたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」

 

 そのとき、一気に目が覚めた。心がざわつく。緊張が走る。

 

「うん。良いよ-」

 

 ボクは左手を重ね合わせたままゆっくりと上体を起こし、ナオを真っ直ぐ見つめた。

 真剣な、力強い目だ。

 そしてナオは、ボクの肩に右手を回して抱き寄せて、耳元で静かにこう言った。

 

「再発、したんだ。白血病。黙っててごめん」

 

 りんと、心の中で鈴が鳴ったような気がした。その直後、体の内から熱いものが込み上げてきた。

 ボクはなんとかそれを抑えて、ナオを抱き締め返した。

 

「・・・・・・ありがとう、ナオ。ちゃんと言ってくれて。ボク、ずっと不安だったんだ。ナオがどっか遠くに行っちゃうんじゃないかって」

 

 ナオの温もりが体に広がる。

 ボク、不安だったんだよ? 怖かったんだよ? でも、言えなかったんだ。ナオを困らせちゃうと思ったんだ。

 

「バカ。俺はどこにも行かねぇよ」

 

 ナオは優しくボクにそう言う。

 

「ほんと? あと一年、ずっと一緒にいてくれる?」

「一年間と言わずに、お前が望むなら俺は何年だって一緒に居てやる。だから、さ──」

 

 ナオは体を引いて、ボクの顔を真正面から見る。そして、こう言った。

 

 

「──一緒に逃げよう、望愛。遠い遠い南の島に。天国にいちばん近い島(ニューカレドニア島)にさ」

 

 

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。でも、それがプロポーズだって気づくのに、そんなに時間はいらなかった。

 気づけばボクは、ぼろぼろ涙を流していた。体の内から込み上げてきた熱いものを、抑えきれなかった。

 嬉しかった。本当に嬉しかった。救われたような気がした。そして、申し訳なかった。

 ボクにはそれを、受けることは出来ない。許されない。嬉しさと、申し訳なさでもうぐちゃぐちゃだ。

 

 ダメだ、ちゃんと笑わないと。ちゃんと笑って、安心させてあげないと。

 

 ボクは口を開く。でも、中々言葉が出ない。ただボクの口は、ぱくぱくとするだけだ。

 体が、心が、その言葉を紡ぐことを拒否している。それでも、言わなきゃならない。ボクは、ナオのその告白を、断るんだ。

 

 

「ナオ、ありがとう・・・・・・でも、でもボクっ──!」

 

 

 その瞬間、ボクの唇はナオに奪われた。続きは言わなくても良いんだって、言われているみたいな、優しくって、力強い口づけだ。

 なぜだか、許された気がした。ボクはナオに、秘密の一つも話してないのに、ボクはナオの告白を、想いを断ったのに。

 ナオはそれでも、ボクを許してくれるの?

 

 ナオは重ね合わせたボクの左手をしっかりと握りしめて、右腕でボクを優しく抱き締めた。

 ボクはまた、ナオの優しさに甘えてしまった。

 ナオの唇はとっても暖かくって、そしてちょっと湿ってた。

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