ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
スピーカーから響く避難放送。周辺地域全体が封鎖されるらしい。
「望愛、ケガすんなよ?」
「大丈夫、わかってるよ!」
生身の俺は邪魔になるだけだ。望愛にそう言い残して、俺は水着のまま砂浜から離れて道路の方に向かう。機動隊が用意周到なのは相変わらずらしい。目隠し用にブルーシートを張り、中の様子を伺えないようにしている。
「そろそろ来てても良い頃だけどな・・・・・・」
俺はブルーシートを潜り、道をキョロキョロ見渡す。あんな目立つ車、見つけられなければそれは俺に問題があるだろう。普通一台二、三千万する車を痛車にするかね?
「お、坊主。また一緒か」
ふと、俺は声をかけられた。声の主は機動隊員のおっちゃんだ。機関の機動隊は、警察とは違って普通はヘルメットなり肩なりに『特災対』の文字がプリントアウトされているものだが、市民の誘導・避難を専門とする部隊は別らしく、警察とほぼ同じデザインとなっている。
このおっちゃんはよく俺や望愛に話しかけてくれる。名前までは知らないが、そこそこ信頼のおける大人だ。
「デートしに来てたんですけどね、まぁこんな感じになっちゃって」
「そりゃ災難だったなぁ。うちの娘もな、どこの海かまでは聞いてないんだけど、今日彼氏と海水浴らしくってな。ほんと、子供の成長って早いもんだなぁ」
このおっちゃん、なんでも俺達より少し歳上の娘さんがいるらしい。・・・・・・一瞬嫌な予感が走った。どうか当たらないでくれと願うばかりだ。
おっちゃんは「って、こんな話坊主にしても仕方ないわな」と言って豪快に笑った。
「そういえば、兄貴見ませんでしたか?」
「あー、ノリのあんちゃんか。まだ見てねぇな。って、もしかしてあの娘、今丸腰か?」
「こんなことになるなんて思ってませんでしたから。武器も機関が管理してますし」
そう言うと、おっちゃんは「ならこれ、持ってってやりな」と、自分の持っていた警杖(長い警棒)を渡してくれた。
「良いんですか?」
「俺達にゃ盾があるからな。ほら、早く行ってやりな。嬢ちゃん守るのが、彼氏の役目だろ?」
そう言っておっちゃんは俺の背を叩く。・・・・・・本当にこの人は。
「ありがとうございます!」
俺はそう言ってブルーシートを再び潜り、走った。
いくら戦い慣れた望愛でも、素手での戦闘は危険すぎる。武器が有ると無いとじゃ、ずいぶん変わるだろう。
幸い、人の姿はほとんど無かった。居るのは怪物が外に出ないように遠巻きに囲っている機動隊ぐらいなものだ。
望愛の姿は、少し離れたここからでも良く見える。状況は互いに仕掛けては避けての攻防戦が続く。
俺は更に足を早める。サンダルが脱げるが、気にしちゃいれない。チクチクと足が痛む。固いものでも踏んだみたいだ。それでも俺は走って、走って、走り抜いて・・・・・・
「望愛ぁぁぁぁぁ!! 受けとれぇぇぇぇぇ!!!!」
警杖を投げた。杖は綺麗な弧を描いて飛び、望愛へ向かう。
望愛は一瞬俺の方を振り返り頷く。そして、
──バシッ!!
「取った!」
空高く飛び上がった望愛が、見事にそれを摑んだ。
この瞬間、陸上部で槍投げを噛っていて良かったと俺はつくづく思った。
空中の望愛は杖を構え、地面に、怪物に吸い込まれていく。
地上のネズミはまるで魅入られたかのように動かない。望愛との距離が縮まる。杖を投げた俺はそのまま地面に手をつき、ただ眺めていた。
パチンッ!!!!
そんな音と共に、それは弾けとんだ。真っ赤に飛び散るそれの残骸は、もはや原型を留めてはいなかった。
俺の目の前には、返り血を浴びてうつむく望愛の姿が映った。その表情は、フードが隠して窺えなかった。