ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第二十話 それは乱れる波のように

「・・・・・・これは」

 

 既に一般人が退避し終わった都市部に、それはいた。

 大きく丸々と太った、巨大なネズミのような怪物。見た目は先程のものとほとんど同じだが、その大きさはけた違いだ。例えるならそう、空に浮かぶ飛行船のような大きさだ。これが暴れだしたら、少し離れて見えるあの砂時計のようなタワーなんて一撃でおじゃんだろう。

 

「前線司令部は県警本部なんだが、クソ。これ以上進めん」

 

 道路には乗り捨てられた数多の車がひしめき合い、進路をふさいでいる。

 このまま動かなければ、望愛は戦わなくて良いんじゃないか。このまま県警にたどり着かなければ・・・・・・。俺の心にそんな思いがよぎる。光の巨人が現れて、颯爽とあれを倒してくれればどれだけ良いことか。だが、現実はそう甘くはない。

 

「・・・・・・望愛、行けるか?」

 

 兄貴が振り返る。スーツも、マチェットもここにはある。通信は勝手に繋がる。望愛がわざわざ前線司令部に行かなくても、戦闘は出来るのだ。

 

「うん」

 

 望愛は短くそう答えた。ダメだ、今ここで望愛を行かせちゃダメだ。俺の心が警鐘を鳴らす。兄貴もそれはわかってるはずだ。わかっていて、そうせざるを得ないのだ。

 俺は望愛の手を強く握る。

 

「ナオ、」

「望愛、ダメだ。行っちゃダメだ。行ったらお前は・・・・・・」

 

 望愛は強い。きっと俺の手を振り払うことなんて造作もないはずだ。それでも望愛は、優しく俺にはにかむと、ゆっくりと俺の指を外していって、こう言った。

 

「でも、ボクが行かなきゃ。これはボクの使命だから、ね」

 

 俺には止められない。兄貴なら、と、俺は運転席を見て、諦めた。バックミラー越しに見える兄貴は静かに首を横に振った。止めるのを諦めろ、そう言うことだ。

 俺は無力だ。非力だ。望愛が負けるとは思っていない。きっと望愛なら今回も勝つだろう。でも、勝ったあと無事かどうかはわからない。弱った望愛の心は、次耐えられるかわからない。・・・・・・俺は、自分のエゴで望愛をここまで弱らせたんだ。

 俺はスプレーを置いて、兄貴と静かに車を出る。兄貴が俺の肩に手を乗せる。

 

「ナオ、止めようとしてくれて──」

「止めれなかった。結局俺は止められなかった。次帰ってきたとき、望愛は望愛じゃないかもしれないのに俺は、止めれなかった」

 

 だから兄貴、俺にありがとうは要らねぇ。

 

「タバコ、吸うか?」

「未成年だ」

「誰も見ちゃいないさ」

「望愛が見てる」

「・・・・・・だな」

 

 兄貴は遠くを見つめる。

 

「望愛な、お前に話したいことがあるんだってさ」

「話したいこと?」

 

 あの望愛が改まって何を──ああそうか。

 

「あの隠し事のことか?」

「かもしれないな」

 

 バタン、車のドアが開く音がした。望愛が着替え終わったのだ。

 

「望愛、行くのか?」

 

 もう止められない。それでも俺は、こう聞くしかない。そんな問いに、望愛はにっこり笑って答えてくれた。

 

「うん、行ってくる」

 

 俺達はいつものように抱き締めあう。いつもより強く、優しく。

 望愛が離れていく。優しく微笑み、フルフェイスを被る。

 

「ねぇナオ。ボクね秘密にしてたことがあるんだ」

「へぇ、隠し事が苦手なお前が?」

「うん。上手くなったでしょ?」

「成長、だな」

 

 馬鹿野郎が。

 

「そう、成長したんだよ。・・・・・・帰ってきたら、ボクの秘密を、ナオに話すね」

「そりゃ楽しみだ。絶対待ってるからな」

「うん。楽しみにしててね」

 

 そう言ったきり、望愛は振り返ることなく駆け出していった。その小さな背を、俺は見送ることしか出来ない。

 遠くで凄まじい雄叫びが聞こえる。怪物の声だろう。それはまるで、乱れる波のように空気を震わせた。俺の心を、波立たせた。

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