ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
頭が痛い。お腹が痛い。体の至るところが痛い。体が冷たい。寒い。動けない。
消え入る意識の中で、刻々と死が迫っているのがわかった。
死ぬこと自体は特別怖くはなかった。ボクは散々怪物になった人を殺してきた。人殺しのボクが、殺されたり死ぬことを怖がるのはなんかフェアじゃないと思っていた。
でも、そんなボクをナオが変えてくれた。一緒に生活する中で、生きることの喜びみたいなものを思い出させてくれた。幸せを、与えてくれた。付き合って、一緒の家に二人で住んで、一緒に遊んだりお出掛けしたりグータラしたり、お風呂に入ったり・・・・・・まぁそっちはボクが強引に押し入ったのだけど。そんななんでもない生活が、ボクにとっては本当に幸せだった。だからこそボクは今、
「・・・・・・怖い、よぉ」
死ぬのがものすごく怖いんだ。ナオとの生活が、あの幸せな日々を続けられないことが、壊れてしまうことが、ボクの手からこぼれてしまうことが何よりも悲しくって、恐ろしくって、怖いんだ。
これが身勝手な感情だってことは充分わかってる。形は変われど怪物は人だ。そんな人の営みを、幸せを壊しておいて自分一人が幸福を堪能して、それが失われそうになったら身を震わせて、涙を流して恐怖する。身勝手で、わがままで、どうしようもない考えだ。でも、あの幸せな日々を手にしてしまったら、そう思わずにはいられないんだ。
ナオともっと一緒に居たい。もっと色んなことをしたい。叶うなら結婚だってしたい。子どもをもうけることは無理でも、幸せな家庭を築きたい。結婚したらまずナオの家族のお墓参りに行って報告するんだ。そして結婚式には大勢友達を呼んで、大きなチャペルで神父様に愛を誓うんだ。
その後はナオと二人でなんてことのない平凡で幸せな日々を送るんだ。それこそ、ナオが言っていたように南国のニューカレドニア? に住んでみるのも悪くないかもしれない。天国にいちばん近い島。色々苦労することだってあると思うけど、それでもナオが居てくれるなら、ボクはどんなことだって耐えられるんだ。例えそこが天国でも地獄でも、ナオさえ居ればボクにとっては楽園だ。だから、だから・・・・・・
「死にたく、ない、よぉ・・・・・・ナオぉ・・・・・・」
床に流れた血に、涙が混ざる。寒い。冷たい。指一本動かせない。ここで眠ってしまえば、少し楽になれるのかな。でも、眠ったら起きてこられないかもしれない。嫌だ、そんなのは嫌だ。目蓋が重い。意識を手放した時、ボクは死ぬ。嫌だ、嫌だ、死にたくない。死にたくない。もう二度とナオと会えないなんて、一緒に居られないなんて、そんなのは・・・・・・嫌だ!
~♪ ~♪ ~♪ ~♪
そのときだった、大きな音と、小刻みな振動が辺りに響いた。フルフェイスの通信は壊れてて使えないみたいだし、それならこれは──スマホ?
ああ、そうだ。車をあのまま置いていく感じだったから、念のために忍ばせておいたんだ。
お尻のポッケだったかな? でも、音がちょっと離れてる。ポッケから落ちたみたいだ。画面は多分粉々だろうなぁ。
でも、誰だろう。ヤスならあり得そうだ。もしかしたら心配して電話をかけてきてくれたのかも知れない。まさかノリ兄や
階下から足音が聞こえる。階段を全力で駆け上がってるみたいだ。その足音は真っ直ぐに、迷い無くここに向かってくる。そして、おもいっきりその人は扉を開け放った。
「望愛ッ!!!!」
──ボクは耳を疑った。なんで? だってそんなのあり得ないんだ。なんでこの人が、ナオの声が聞こえるの? あ、そうか。これは夢なんだ。ボクはもう死ぬから、お迎えの前にこんな夢を見てるんだ。ナオの声を聞きながら死ぬのも、悪くないかもしれない。でもやっぱり、死ぬのは怖いかな。
「望愛、死ぬな!! 絶対死なせない! 守ってやるって約束したろ!!!!」
ナオはそう叫んでボクの顔を覗き込んで、慎重にフルフェイスを外してくれた。ナオの必死な顔が、良く見える。
「夢、じゃない・・・・・・の?」
「こんな馬鹿げたこと、夢であって欲しかった! 待ってろ、今止血するから」
ナオはそういって荷物の中から、ボクに貸してくれたあのパーカーを取り出した。そして返り血の跳ねていない部分を手で引きちぎって、ボクの頭や、他の傷がある場所に巻いてくれた。頭に巻いた布が、目隠しみたいになってしまって良く見えない。
「・・・・・・見えない」
「ちょっと我慢しててくれ」
そういってナオは、ボクにフルフェイスをもう一度被せた。
「なんで、ここに?」
「彼女のピンチにはすぐに駆けつける。それが彼氏ってもんだろ? よし、ちょっと移動するぞ。ほんとはあんまり動かしちゃ駄目なんだけどな」
ナオはボクの両脇に手を回して前で組み、ボクを引き摺る様にして静かに移動した。
「ボク、お姫様抱っこが良い・・・・・・」
「頭から血が出てんだから、諦めてくれ」
「えー・・・・・・」
ナオはボクを引き摺ってその部屋を出て、ボクたちは向かい側の部屋にたどり着いた。
「あそこの部屋じゃいつ攻撃されるかわかったもんじゃないからな」
「・・・・・・ありがとう、ナオ」
本当に嬉しかった。本当に、本当に・・・・・・
「あんましゃべんな。体力使うぞ?」
「うん。そうする・・・・・・あ、ナオ」
「言った側から・・・・・・なんだ?」
「手、つないでくれる?」
「・・・・・・ああ、もちろん。助けはすぐに来るからな。もうちょっと、頑張ってくれ」
ナオはそういって、ボクの手をしっかりと握ってくれた。ナオの手はおっきくって、あったかかった。