ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
彼女──有馬望愛がヒーローになったのは、今からもう四、五年ほど前のことになるだろうか。
中学に入ると同時に、彼女はヒーローになった。
ヒーローには、様々な特権や恩恵が与えられる。国からは年に一度、億単位で俸給が出るし、申請すれば宮殿のような家に、大量のお手伝いさん達を国が用意してくれたりもする。
平時の生活も、監視こそされるが基本自由で、未成年ならどんな学校にだって願えば通える。・・・・・・無論、戦闘時の死のリスクを負ってではあるが。
望愛と俺は今、高校二年生。地方都市の築五年駅まで徒歩五分の一軒家に同棲している。この生活は、望愛が望んだものだ。正直言って、最高だ。
高校生で、彼女と二人きりで同棲しているカップルが、この日本に果たしてどれだけの数がいるだろうか?
親兄弟の目を憚らず、時間の制限もなく、無限におうちデートでイチャコラ出来るのだ! その点は、神に感謝せねばならないだろう。
・・・・・・もっとも、俺は神なんざ信じちゃいないし、そんな奴が実在するならぶっ殺してやりたいが。
「・・・・・・ナオ、なにしてんの?」
「お風呂。見りゃわかるだろ?」
曇った鏡越しに、俺の背後の脱衣所に立った望愛がぼやっと見える。表情が若干見えずらいが、多分ジト目で睨んでるのだろう。
ってか望愛さん、あんたこそなにしてんの?
「・・・・・・怪しい。またなんか変なこと考えてたでしょ?」
変なこととは失敬な。この素晴らしき生活を回顧して悦に浸っていただけだが?
あとドア閉めてくれません? 背中向けてるから良いものの、見えてはいけない物があるのですが。
「ナニモカンガエテナイヨ」
「ふーん・・・・・・まぁ良いや。ボクも入る!」
・・・・・・は? いやいやいやいや、待て待て待て待て待て!?!?!?
「落ち着け望愛、早まるな! 俺達にゃまだ早い! と言うか多分やめといた方がいい!」
俺は思わず立ち上がり、振り返る。その拍子に石鹸に滑って転びそうになったのは内緒だ。
「え、なんで?」
「なんでじゃねぇ! あと服脱ごうとすんな! シャツの下なんも着けてねぇだろ!」
望愛はみるみる服を脱いでいく。なんならこう言っている間にこいつはもう上の服を脱ぎ終わっているのだ!
「ボクとナオの仲でしょ? 大丈夫だって。間違い? 過ち? なんて起きないって!」
ついにズボンまで脱ぎ終わった望愛は、風呂場に一歩足を踏み入れる。
望愛さん・・・・・・つまり俺に我慢しろって言ってるんですよね? 高校二年、思春期真っ只中の、彼女大好き人間にそれは辛いですぜ・・・・・・。
「もしなにかあったら・・・・・・一緒に責任とってね?」
お前は悪魔か。
「いやお前にゃ責任負わせないが!? でも国を賭けた責任問題なんて、俺にゃ負いきれねぇよ!」
「頑張れ!」
望愛は小さくガッツポーズをする。
「他力本願過ぎませんか!?」
そうこう言っているうちに望愛は一歩また一歩と風呂場に入ってくる。
うちの風呂場はそんなに大きくない。俺はたった三歩にして追い詰められてしまった。
「背中流してあげるね!」
「お、お手柔らかに・・・・・・」
結局風呂から上がるまでの数十分間、俺の精神は磨り減らされ続けたのであった。
風呂場の鏡、取り外さなくちゃな。
夕食を終えた夜、俺は自分のベッドに潜り、考え事・・・・・・もとい、望愛のことを考えていた。
壁一枚挟んだ隣には望愛の部屋がある。物音が聞こえない辺り、もう眠ったらしい。寝付きが良いのは相変わらずだ。
今聞こえるのは、外から響くコオロギやスズムシなんかの鳴き声ぐらいなものだ。
ヒーローや、その他諸々の存在は、一般国民には秘匿され続けている。理由は様々あるが、国民の混乱を防ぐため、そして人道的に公開できないため。この二つが主な理由だ。
ヒーローは強力だ。だから様々な面で優遇される。その一方で、強力であるがゆえに人道を無視した制約が課されている。
結婚・
望愛達ヒーローは、国によって結婚の時期、相手を管理される。
ヒーローは、人智を超えた能力を使う。なんでも遺伝子に鍵があるようで、両親共に別々の能力を有する子には、二人の能力が遺伝するらしい。
・・・・・・つまり、俺は望愛とは決して結ばれない。
俺も望愛も、それを承知で今の生活を続けている。・・・・・・要は諦めたのだ。それにそもそも、俺の体は子供が望めない。
望愛は、来年の彼女の誕生日に結婚する。お相手は二十も歳上の英国紳士のヒーローらしい。
写真を一度見たが、中々にダンディーな人だった。能力がなければ、きっと二枚目俳優にでもなっていただろうに。
「・・・・・・あと、一年か」
この生活が終わるまであと一年。彼女は英国紳士と結ばれ、幸せな結婚生活を送るに違いない。
結婚したヒーローは、子供の育成云々のため引退する。望愛も勿論、引退す──────まて、明らかに何かおかしい。何故気付かなかったとかは今はどうでも良い。
望愛は来年でもまだ十八歳。俺が言うのもなんだが、まだまだ十分に戦えるはずだ。早い、あまりにも早すぎる。
「何故だ・・・・・・?」
俺はベッドから起き上がり、明かりすら点けずに顎に手を当てて考える。今日は熱帯夜。噴き出した汗が肌をじっとりと濡らし、その逆に血の気はサッと引いていく。
隣からはもぞもぞ望愛が寝返りを打つ音と、寝言が聞こえる。
そんなときだった。
──プルルルル、プルルルル・・・・・・
時刻は午前二時。隣の部屋から、スマホの着信音が聞こえてきた。余談だが、別々の部屋なのは制約の都合があるからだ。効果はほぼゼロだが。
望愛はすぐに電話に出て、何やら話をしている。聞く限り、あまり良い内容では無いようだ。・・・・・・ダシャレじゃないからな?
電話の内容を察した俺はタオルケットを蹴飛ばしてベッドから出ると、パジャマからジャージに着替える。
紺色に、蛍光グリーンのラインが入っている奴で、通気性は抜群だ。
スマホの充電は百パーセント。リュックの中にエチケット袋と酔い止め、虫除けスプレーと、汗かきな望愛のために制汗スプレーを詰め・・・・・・デカすぎる疑問を除けば、準備は万端だ。
丁度詰め終わった頃、望愛も電話と準備を終えたらしく、俺の部屋にドタドタ駆け込んできた。
「出動だって!」
寝汗をぐっしょりかいたらしい望愛がそう言う。まるでシャワーを浴びてきたみたいだ。
「りょーかい。ほれ、酔い止め飲んどけ。あと汗ふきな」
俺はそう言って酔い止めとタオルを渡す。
「ありがと!」
望愛はすぐに俺が渡した酔い止めを口に含む。水なしで飲める飴タイプの奴だ。
そうこうしているうちに、家の前に車が止まった音がした。・・・・・・望愛の仕事の時間が、やって来た。
コオロギ達は、まだ鳴いている。