ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
乾いた破裂音が響く。道を塞ぐ小さなネズミのような怪物が弾け、廊下や壁や天井を赤く染める。
ロバートを先頭に、俺達は廊下を進んでいた。耳が壊れそうな機関砲の音が響こうが、血飛沫が飛び散り、異様な臭いを漂わせようが、背中の望愛は一向に起きない。
「・・・・・・もし弾が切れ、全員脱出が難しいとなれば、最悪レー卿とジャンヌ嬢のお二人だけで脱出していただきます。いいデスね?」
振り返ること無く、前を行くロバートがそう言う。その言葉に、兄貴も同調しうなずく。
「望愛の怪我は取り敢えずはふさがった。ナオが多少走っても問題はないだろう」
確かにそうだ。俺は怪物には襲われない。奴らは俺に興味がない。望愛一人背負って逃げることは、出来ないこともない。
怪我のふさがった今、望愛は多少揺さぶられても問題ないかもしれない。だが、
「望愛にキレられちまいそうだな。最後の手段に取っとこう。こいつ、怒るとおっかないんだぞ?」
そう言って俺はわざとらしく肩をすくめて見せた。
もちろん、優先するのは望愛の命だ。にっちもさっちも行かなくなったら、そうさせてもらう。だが、どうせなら全員で脱出したほうが寝覚めが良いだろう。
と、そんなことを思っていた、まさにそのときだった。
「ナオ、誰がおっかないの?」
耳元で聞こえたそんな低いささやきと共に、とんでもない威圧感が周囲を漂う。
・・・・・・確かに俺は目覚めてくれと願ったぞ? でも、このタイミングじゃ無いんだよなぁ。
「あら、望愛さん。起きていらしたの?」
口が震える。これは決して恐怖からだとか、命の危機がとかそう言うんじゃない。これは、武者震いだ。
──嘘だ。めちゃくちゃ恐怖だ。ザ・命の危機に震えているのだ。
「うん、ついさっき起きたとこだよ」
望愛は元気にそう返事をする。
「今の気分はどうだ?」
「どうだと思う?」
なるほど、今俺が取れる行動はただ一つと言うことか。
「ごめんなさい」
ガタガタと震えながら俺は恐る恐る振り返り、望愛を見る。すると、
──チュッ
不意に、頬に、柔らかいものが当たった。
「うん、よろしい! ・・・・・・ありがとね、ナオ」
そこには、フルフェイスのバイザーを上げた、にっこにこの望愛の顔があった。
「・・・・・・今キスした?」
「・・・・・・うん。勢いで」
直後、望愛は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつ向く。よし、いつも通りの望愛だ。
「ナオ、下ろして」
「歩けるのか?」
思わず俺は聞く。望愛は大きく「うん!」と、うなずいた。
俺はゆっくり望愛を下ろす。
望愛はさっきまで昏睡していたとは思えないほど、しっかりと立ち、俺の横に並んで歩いた。
「状況は?」
望愛が腰からマチェットを引き抜き、バイザーを下ろし、俺に聞く。
「戦う気か?」
「もちろん」
正気じゃない。無茶だ。何が起こるかわからないんだぞ。
そんな言葉が頭をよぎる。だが実際問題、俺と兄貴は戦力にならないし、ロバートはミニガンで道を作ることが出来るだけで、奴らは容易に回復する。
この中でまともな戦力は、望愛しかいないのだ。
ちらりと横目で兄貴を見る。兄貴は俺の目を見ると、諦めたようにうなずいた。
結局俺達は、この聖女に頼るしか無いんだ。
「・・・・・・さっきのデカブツが、分裂してこうなった。取り敢えずこのビルから出て態勢を立て直す。外には多分、洲本のおっちゃんが呼んだ機動隊も居る」
俺は望愛の肩に手を置く。
「家帰ったら、何食べたい?」
今の俺にはこんなことしか出来っこない。望愛を死なせない。一緒に生きて夕飯を食べる。そんな普通のことを、約束することしか出来ない。
それでも俺は、俺達は、この聖女に全てを託すのだ。
「うーん、唐揚げ!」
望愛はそう言って、弾けるように笑うと、力を解き放ち、機関砲の弾切れと同時にネズミの大群に突っ込んでいった。
直後に見たのは、弾け飛び、霧散する怪物達の姿と、そこを突っ切る望愛の背中だった。