ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第二十八話 聖女の目覚め

 乾いた破裂音が響く。道を塞ぐ小さなネズミのような怪物が弾け、廊下や壁や天井を赤く染める。

 ロバートを先頭に、俺達は廊下を進んでいた。耳が壊れそうな機関砲の音が響こうが、血飛沫が飛び散り、異様な臭いを漂わせようが、背中の望愛は一向に起きない。

 

「・・・・・・もし弾が切れ、全員脱出が難しいとなれば、最悪レー卿とジャンヌ嬢のお二人だけで脱出していただきます。いいデスね?」

 

 振り返ること無く、前を行くロバートがそう言う。その言葉に、兄貴も同調しうなずく。

 

「望愛の怪我は取り敢えずはふさがった。ナオが多少走っても問題はないだろう」

 

 確かにそうだ。俺は怪物には襲われない。奴らは俺に興味がない。望愛一人背負って逃げることは、出来ないこともない。

 怪我のふさがった今、望愛は多少揺さぶられても問題ないかもしれない。だが、

 

「望愛にキレられちまいそうだな。最後の手段に取っとこう。こいつ、怒るとおっかないんだぞ?」

 

 そう言って俺はわざとらしく肩をすくめて見せた。

 

 もちろん、優先するのは望愛の命だ。にっちもさっちも行かなくなったら、そうさせてもらう。だが、どうせなら全員で脱出したほうが寝覚めが良いだろう。

 

 と、そんなことを思っていた、まさにそのときだった。

 

「ナオ、誰がおっかないの?」

 

 耳元で聞こえたそんな低いささやきと共に、とんでもない威圧感が周囲を漂う。

 ・・・・・・確かに俺は目覚めてくれと願ったぞ? でも、このタイミングじゃ無いんだよなぁ。

 

「あら、望愛さん。起きていらしたの?」

 

 口が震える。これは決して恐怖からだとか、命の危機がとかそう言うんじゃない。これは、武者震いだ。

 

 ──嘘だ。めちゃくちゃ恐怖だ。ザ・命の危機に震えているのだ。

 

「うん、ついさっき起きたとこだよ」

 

 望愛は元気にそう返事をする。

 

「今の気分はどうだ?」

 

「どうだと思う?」

 

 なるほど、今俺が取れる行動はただ一つと言うことか。

 

「ごめんなさい」

 

 ガタガタと震えながら俺は恐る恐る振り返り、望愛を見る。すると、

 

 

 ──チュッ

 

 

 不意に、頬に、柔らかいものが当たった。

 

「うん、よろしい! ・・・・・・ありがとね、ナオ」

 

 そこには、フルフェイスのバイザーを上げた、にっこにこの望愛の顔があった。

 

「・・・・・・今キスした?」

 

「・・・・・・うん。勢いで」

 

 直後、望愛は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつ向く。よし、いつも通りの望愛だ。

 

「ナオ、下ろして」

 

「歩けるのか?」

 

 思わず俺は聞く。望愛は大きく「うん!」と、うなずいた。

 

 俺はゆっくり望愛を下ろす。

 望愛はさっきまで昏睡していたとは思えないほど、しっかりと立ち、俺の横に並んで歩いた。

 

「状況は?」

 

 望愛が腰からマチェットを引き抜き、バイザーを下ろし、俺に聞く。

 

「戦う気か?」

 

「もちろん」

 

 正気じゃない。無茶だ。何が起こるかわからないんだぞ。

 そんな言葉が頭をよぎる。だが実際問題、俺と兄貴は戦力にならないし、ロバートはミニガンで道を作ることが出来るだけで、奴らは容易に回復する。

 

 この中でまともな戦力は、望愛しかいないのだ。

 

 ちらりと横目で兄貴を見る。兄貴は俺の目を見ると、諦めたようにうなずいた。

 結局俺達は、この聖女に頼るしか無いんだ。

 

「・・・・・・さっきのデカブツが、分裂してこうなった。取り敢えずこのビルから出て態勢を立て直す。外には多分、洲本のおっちゃんが呼んだ機動隊も居る」

 

 俺は望愛の肩に手を置く。

 

「家帰ったら、何食べたい?」

 

 今の俺にはこんなことしか出来っこない。望愛を死なせない。一緒に生きて夕飯を食べる。そんな普通のことを、約束することしか出来ない。

 それでも俺は、俺達は、この聖女に全てを託すのだ。

 

「うーん、唐揚げ!」

 

 望愛はそう言って、弾けるように笑うと、力を解き放ち、機関砲の弾切れと同時にネズミの大群に突っ込んでいった。

 

 直後に見たのは、弾け飛び、霧散する怪物達の姿と、そこを突っ切る望愛の背中だった。

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