ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第三十一話 怪物か雛か、それとも騎士か

 あの日、ボクは一歩も動けなかった。そもそも、気付けてすらいなかった。

 振り返ったときにはもう、あいつの歯がそこにあったんだ。

 全てが終わったと、怪物はもういないと勘違いしていた自分が迂闊だった。

 せっかく助けて貰ったのに、ボクは死んじゃうんだって、ある意味これが報いなのかもって、覚悟を決めた。

 でも・・・・・・そうはならなかったんだ。

 

 

 風を切る音で、ボクは目を開けた。ナオが、床をえぐりながら凄い速さで迫る。

 多分、開放状態のボクと同じぐらいの速さだ。

 驚く間もなく、ナオはボクの目の前に立った。

 気付いたときにはもう、何もかも終わってたんだ。

 右腕を突き出したまま微動だにしないナオを、ボクは尻餅をついて見上げる。

 怪物は、欠片も残らず弾けとんだ。階段は、血まみれと言うより、血みどろになっていた。

 ナオは、全身に返り血を浴びて立ちつくす。肩とか背中からは湯気が立ち上ってた。

 

 ボクは、産まれて初めて、ナオを怖いと思った。思ってしまったんだ。

 

 ナオが怪物予備軍なのは知ってる。そんなナオと、ヒーローのボクが一緒に暮らすことを許された理由についても、大体察しがつく。

 でも、ナオはそうならないって、心の何処かで思ってた。信じてた。だから、怖かったんだ。

 ナオそのものが怖かったのもあるし、ナオに手を下さなくちゃならないかもしれない自分も怖かった。

 でも、すぐにボクは後悔することになる。

 

 ナオがゆっくり、床に横倒しになった。

 腰が砕けてたボクは、這いずってナオに近寄る。

 そのとき、聞こえたんだ。小さな声で、「望愛・・・・・・望愛・・・・・・」って。

 

 ボクは、一瞬でもナオを怖く思った自分が、三日経った今も、ナオが目覚めたあとも、心底許せないでいる。

 

 

 

 

 ナオが目覚めてから、更に三日経った。

 外ではもうつくつくぼうしが鳴いている。秋が近い。

 

「はい。ナオ、あーん」

 

 ボクはそうやって、ナオに切り分けたリンゴを差し出す。

 やっぱりお見舞いの王道はリンゴだよね!

 

「あーん。んー! 美味い!」

 

 ナオはそう言ってほっぺたをほころばせる。幸せそうで何よりだ。

 ・・・・・・じー。

 

「・・・・・・望愛さん、なんでフォークを見つめてんの?」

 

 ナオがそう聞いてくる。ナオもわかってるくせにぃ。

 

「ぱくっ!」

 

 ボクは、ナオが口をつけたフォークで、リンゴを一つ、とって食べた。

 

「んー! 美味ひいね!」

 

 自然とボクも表情が緩む。二倍増しで美味しい気がする。いや、気がするんじゃない。多分事実だ!

 

「間接キスってこんなに堂々とするもんか?」

「もっとロマンチックなのが良かった?」

 

 もしそうなら、次から気を付けよう。

 

「いやもう良いや・・・・・・あ、リンゴおくれ」

「はーい!」

 

 ボクはまた、ナオの口にリンゴを運ぶ。まるで親鳥と雛みたいだ。

 

「腕、まだ痛む?」

 

 ボクはちょっと気になってたことを聞いてみた。真っ黒に変色しちゃったナオの右腕には、大きなギブスがはめられ、指先は包帯が巻かれている。

 

 ナオはそんな右腕を持ち上げて、こう返した。

 

「一昨日の夜よりは痛くはないなぁ」

 

 目が覚めた初日の夜は痛みに悶えてたからなぁ・・・・・・。

 

「ま、何があったかはわからんが、望愛を守れたんだから結果オーライよ!」

 

 そう言ってナオはギブスを左手で叩いて見せる。そして、

 

「・・・・・・痛い」

「ナオ、おバカになった?」

 

 腕を押えて悶えた。やっぱりナオは、ナオのままだ。

 

 この数日間、かなり平和な時間が流れている。こんな平和が、ずっと続けばどれだけ良かっただろう・・・・・・。

 

 

 後ろで、病室の扉が開く音がした。ノリ兄だ。振り返らなくても、臭いでわかる。

 

「お楽しみ中だったか?」

 

 ボクはあからさまに鼻をつまんで、言った。

 

「ノリ兄、くちゃい」

 

 ノリ兄はちょっと苦笑いして、うつむいた。

 

「まだ今日は一本目だ・・・・・・許せ」

「タバコってそんなに美味いの?」

 

 今度はナオがそう聞く。するとノリ兄は、顔をばっと上げて言った。

 

「吸ってみるか? ジッポ、渡したろ?」

 

 そんな言葉に、ナオは言いづらそうに、こう言った。

 

「あー、あれなぁ・・・・・・。他の荷物と一緒にビルに置いてきた」

 

 つくつくぼうしの声が、一層強くなった気がした。

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