ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
俺が目覚めてから一週間が経った。
右腕の容態も安定したとのことで、無事に退院の運びになった。なったのだが・・・・・・
「アイスコーヒーとメロンソーダ一つずつ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
・・・・・・俺は今、兄貴と二人で近所のファミレスにいる。
若いボブカットの店員さんの背中を見送りながら、俺は先ほど勝手に注文した兄貴に、ため息混じりにこう言った。
「コーラが良かったんだけど」
すると兄貴は、少し驚いた様子でこう返す。
「いや、ファミレスって言ったらメロンソーダだろ」
「知らねぇよ」
そうこうしているうちに、さっきの店員さんがアイスコーヒーとメロンソーダを持ってきてくれた。
腕を包帯でぐるぐる巻きにされている俺に、店員のお姉さんは優しい微笑みを投げ掛け、厨房に戻っていった。
そんなお姉さんの優しさを胸に、俺は本題に入った。
「んじゃ、あの日の事を聞こうか。あの日、俺は何をした? あの後、何があった? あの怪物は、どうなった?」
俺は左手でグラスをつかみ、ストローでメロンソーダを吸う。
兄貴もアイスコーヒーを一口飲む。そして、ポツポツと語り始めた。
「・・・・・・これが、一週間と三日前、俺達の目の前で起きたことだ」
話し始めてからおよそ十分後、兄貴はそう締めくくり、ほぼ満杯のアイスコーヒーに口をつけた。
客が少ない時間だからだろうか、店の中はやけに静かだ。
兄貴が語ったことはこうだ。
望愛の背後に怪物が現れる。それに気付いた俺はとんでもない声量で叫び声をあげ、同時に信じられないほどの速さで廊下を駆け抜け、怪物に拳を突き出した(俺が覚えているのはここまで)。
怪物は即座に弾けとび、それと同時に残っていたちっこい怪物達も音を立てて弾けていった。
拳を突き出した俺はその後意識を失って即倒。ロバートに負われて病院へ・・・・・・と言う流れらしい。
腕が黒くなったのは、単純に内出血をしたかららしい。そのお陰か、腕はパンパンに膨れ上がって大変だったそうだ。昏睡していて本当に良かった・・・・・・。
「・・・・・・流れはわかった。まさか内出血だとは思わなかったけどな」
俺は少し頬をひきつらせて、メロンソーダを吸う。
「そこまで内出血が酷くなったのはきっと、白血病の影響もあるんだろうな」
兄貴が言う。確かに、白血病になると血が止まりにくくなったり、アザや内出血がすぐに出来たりする。腕の黒変もうなずける。
なら、次の疑問は、
「何で俺が突然そんな力に目覚めた?」
まさか、隠された能力が突然開花した! とか、そう言うんじゃないだろう。
多分きっとそれとは真逆の、よろしくないものに違いない。俺にはその、素質がある。
兄貴は一気にグラス半分ほどまでアイスコーヒーをあおる。そして、観念したように言った。
「お前が思ってるのと、多分同じだ」
兄貴はそう言って俺を指さす。
俺はごくりと唾を飲み込む。嫌な汗が額から頬を伝って、首筋を流れていく。
なるほどだとしたらこれは、とんだ喜劇じゃないか。
ずっと非力だと思ってたが、ちゃんと俺にも力があった。気づかなかっただけで、気づいてはいけなかっただけで、出しちゃいけなかっただけで、ちゃんとあるんじゃないか。
「・・・・・・俺は正真正銘、怪物になったって事だな?」
沈黙が流れる。カラカラと、店の扉が開く。客が出ていったようだ。
若い夫婦と、四、五歳ぐらいの女の子。もしかすれば、俺達にもあんな未来があったのかも知れない。
俺は左手で、右腕を抑え込んだ。じわりじわりと、熱い痛みが湧いてくる。
兄貴は小さくうなずいて、こう言った。
「でも、まだそうと決まった訳じゃない。検査だってしてない。それに機関はその事をまだ知らない」
落ち着きを促すような優しい声。俺の心の揺らぎをまるで見透かしているようだ。
でもな兄貴、俺も馬鹿じゃない。機関がそんなに甘くないことだって知ってる。むしろ今まで生き長らえてきた俺はイレギュラーなんだ。
それに俺は、自分が怪物になるかもしれないって知ったとき、俺はもう一個大事なことに気付いてしまってる。
考えうるなかで最高に最悪で最低なシナリオだ。
確証が持てなかったから、信じたくなかったから口には出さなかったけどな、もう、良いだろ。
今、状況は限りなくそれに近づいている。
「なぁ兄貴。俺が望愛との同棲を許された本当の理由ってさ」
「やめろ、ナオ」
兄貴が静かに、だが鋭く制止を促す。やっぱりか。やっぱりそうなのか。俺は続けた。
「望愛に、あいつに俺を殺させる為だったんじゃないのか?」
黙り込んだ兄貴の表情が、グレーをクロに変える。推定無罪が、確定有罪に変わった瞬間だ。
「そりゃ、やりやすいだろうよ機関としては。ちょっとでも怪しいと思ったら寝首をかいて殺せって言えるんだからな」
いちいち大がかりな準備なんてしなくても、望愛なら俺の隙をついて殺すことなんて簡単だ。
あいつの前では、俺はいつだって無防備だ。
あまりにも予想が上手く当たるもんだから、少し面白くなってきた。自然と表情筋がつり上がる。
俺はそれを隠そうと、口の前で左右の手を組み、肘をついた。
「このこと、望愛は知ってんのか?」
兄貴はうなずく。俺は畳み掛ける。
「このことを知ってるのは?」
「俺と望愛と、ロバートさんだけだ」
ようやく兄貴は、重い口を開いた。
「このことを指示したのは、洲本副支部長だ。彼は今、あのビルにいる」
後に俺は後悔することになる。あの日、荷物と一緒に包帯代わりに使った、
俺はファミレスを後にする。
ふと、雨がぽつりぽつりと降ってきた。しまった、雨予報だったのを忘れていた。
だが今さらコンビニに寄るのもめんどくさい。俺はそのまま、歩いて帰路についた。