ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第三十三話 決意

 土砂降り、と言うには少し弱めの雨に打たれて、ずぶ濡れになりながら俺は帰路につく。

 傘を忘れた近所の子供たちがカバンやらを頭に乗せて家に駆け込んでいく。雨に濡れているのに、楽しそうだ。今の俺とは、大違いだな。

 

 水滴が髪を伝ってぽたぽたと落ちる。

 すぐ横の車道を走るトラックが水しぶきを上げて通りすぎる。

 これは家に帰ったら風呂直行コースだな。

 

 

 

 分厚い雲は、どんどんとその黒さを増していく。遠くでは雷すら鳴り響いている。

 ふと、昔のことを思い出した。

 

 この地域では珍しく、大嵐が直撃した日のことだ。

 俺達の施設のすぐ近くに雷が落ち、施設が停電した。

 そのとき俺達は小学三年生。俺が自分のことをまだ僕と言っていた頃の話だ(その頃にはすでに望愛もボクだった)。

 ビビリな望愛は部屋の隅っこで小さくなって、涙目でぎゅっと俺の服の裾をつかんで離さなかった。

 望愛はそのとき確か、こう言ったんだ。

 

「ナオ、ボクの横にいて。どっか行かないで・・・・・・」

 

 今にして思えばなんてことない、暗闇と雷への恐怖から来る言葉。

 でも、何を勘違いしたかそのときの俺は、望愛は俺のことが好きだからなんじゃないかと思ったらしい。

 初めて望愛を意中の相手として認識した瞬間だったと思う。もっとも、そんな想いも一週間もすれば忘れてしまったのだが。

 

 望愛は昔から雷と暗闇と自分より大きな生き物が大の苦手だった。苦手、というより、恐怖の対象だというのが正しいか。

 今、俺の横には車道がある。雨の中だから、多少車がブレーキを踏んでも、滑ってしまうだろう。

 俺がまだ怪物になって日が経っていなかったり、怪物になる寸前だったら、もしかしたら間に合うかもしれない。

 俺は、望愛にとっての恐怖の対象になる訳にはいかない。

 怪物として自我を失い、暴れまわる訳にはいかない。

 あいつが俺を殺して、引きずらせる訳にはいかないのだ。

 

 あと一歩。いや、二歩か。

 

 俺に力があればどれだけ良かったかと、悔やんだ日もある。願った日もある。だが、こんな力なんて望んじゃいなかった。

 だからこれは、俺の責任問題だ。責任は、自分でとるべきだろう。

 

 雨粒が目に入る。視界が歪む。

 俺は目をつぶって擦る。

 よし、行こう。俺は目を開け、真横に一歩踏み出そうとした。そのときだった、

 

「・・・・・・!」

「ナオ、何してるの?」

 

 目の前に、望愛が居た。

 小学生が使うような黄色い傘をさし、左手には俺の黒い傘を持ち、そこに立っていた。

 流石に、望愛の前で死ぬわけには──

 

「ナオ、死んじゃやだよ!」

「え?」

 

 思わず声が出てしまった。

 語気を強めてそう言った望愛は、眉間にしわを寄せて俺にどしどしと歩み寄ってくる。

 気迫に押されて、俺は一歩後ずさる。

 

「良い? ボクより先に死ぬなんて、許さないからね!」

 

 望愛は怒ったようにそう言い放つと、「ん!」と、傘を差し出してきた。

 俺は困惑しながらそれを受け取り、交互に見比べる。・・・・・・なんで、

 

「なんでわかったんだ?」

 

 思わず俺は聞く。すると望愛は、はぁ、と息をつき、こう返した。

 

「ノリ兄からメッセージが来たからだよ。ほんとに飛び込むつもりだったの?」

 

 ズボンのポッケからスマホを取り出し、画面を俺に見せる。確かに、兄貴から望愛にメッセージが送られている。

 お見通しだった、と言うことか。

 でもな、だってな・・・・・・

 

「だって望愛、俺が怪物になったら殺せって言われてるんだろ? でも、そんなことしたら絶対引きずるだろうから、だったらせめて──」

 

 その瞬間、激しい音と共に、左頬に痛みが広がる。俺は思わずもう一歩後ずさり、頬に手を当て正面を見る。

 望愛は、赤くなった左手を下ろし、泣いていた。

 

「バカ! バカバカバカバカ、ナオのバカぁ!!」

 

 張り裂けんばかりの大声で、傘も投げ捨て、望愛はまくし立てる。

 

「ナオがどんな死に方したってボクは引きずるよ! 当然でしょ! ボクはナオがなんだって構わない! 人間だろうが、怪物だろうが、ナオはナオだ!! なんと言われようが、ボクは絶対にナオを殺さない、誰にも殺させない!! ナオは・・・・・・ナオには! ボクよりもずーっと長生きして、元気に、幸せに暮らして欲しいんだ!!」

 

 顔を雨と涙でぐしゃぐしゃにしながら、望愛はそう息継ぎもせずに叫ぶ。

 

 俺は、何も言えなかった。俺の死ぬ決意よりも、何倍も何十倍も強くて、熱くて、優しい決意を、望愛は持っていた。

 

 俺のヒーロー(彼女)は、世界一強くて、熱くて、優しかった。

 

「・・・・・・バカやろ、そっちこそ俺より長生きしなくてどうすんだよ」

 

 俺はうつむく。雨雲が切れてきたのか、少し明るくなる。

 足元の水溜まりに、顔が映る。なるほど、俺も存外、酷い顔をしている。

 

「大切な人に先立たれるのは、やだよ」

 

 さっきとは打って変わって弱々しい、か細い声。触れれば壊れてしまいそうな、そんな声。

 

「んなもん、俺も嫌だわ」

 

 俺は静かに目を閉じ、決意する。

 

「だったら──!」

 

 ──死なない決意を、殺されない決意を、ここに誓う。

 

「・・・・・・おう、ごめんな。ありがとう」

 

 俺は顔を上げ、笑って見せる。これからはあんな酷い顔、望愛の前じゃ絶対にしない。

 雨はどうやら上がったようだ。

 雲間から陽光が降り注ぐ。それはまるで、カーテンのように帯状に広がる。

 

「・・・・・・うん。うん! ボクもビンタしてごめんなさい」

 

 光に照らされた望愛の顔が、いつも以上に明るく見える。

 ずぶ濡れになって、謝り合った俺達は、二人並んで帰路につく。

 

「おう。帰ったら、早速風呂入らないとな」

「うん! ボクが背中流してあげるね!」

 

 にっしっし、と、望愛が笑う。

 

「お手柔らかに・・・・・・」

 

 服は重く湿っているが、その足取りは軽かった。

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