ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第三十四話 我が家

 十日ぶりの我が家が、目の前にそびえる。

 鍵をさし、ドアノブに手を掛ける。心なしか、緊張する。

 

「どしたの?」

 

 半歩後ろの望愛がそう聞く。

 

「いや、何でもない」

 

 そう言うと同時に俺は、ガチャリとドアを開けた。

 家の中は、当然だが出てきた頃と何も変わらなかった。

 

「ただいまー!」

 

 望愛は俺の脇を通って一目散に家の中に駆け込む。

 

「ほら、早くー! お風呂行こー!」

「へいへい」

 

 少し遅れて、俺も玄関に入る。望愛は既に靴を脱ぎ、ぴょんぴょんとび跳ねていた。

 

「・・・・・・ほんとに二人で入るのか?」

「だって風邪ひいちゃうでしょ?」

 

 デスヨネー。

 俺はため息をつきつつ、靴を脱ぐ。その瞬間、

 

「よし、行こー!」

「うわっ!」

 

 望愛がいきなり俺の左手をつかみ、風呂場へと駆け抜けた。右手じゃないのは、せめてもの慈悲だろうか。

 

 

 *

 

 

 ボクは今、お風呂の前の脱衣所に立っている。服はもう脱ぎ終わって、後は入るだけだ。

 雨の上がった夕暮れ過ぎの外。コオロギ達の鳴き声と、帰宅していく人々の足音が聞こえる。

 曇りガラスのドアの向こうはお風呂場だ。中ではもうナオがこっちに背を向けてシャワーを浴びている。

 

 ぼんやりと、ナオの背中が曇りガラス越しに見える。ボクの大好きな、おっきな背中が。

 ボクは胸に手を当てる。

 ナオはやっぱり、もう少しおっきい方が良いのかな、なんて思ったりするけれど、こればっかりはしょうがない。

 自分の鼓動が、手のひらに伝わってくる。

 ドクン、ドクンと脈打ち、血を巡らせ、ボクの命を回していく。

 ・・・・・・生き物が一生に鼓動する回数は、ある程度決まっているらしい。

 こうしている間にも、ボクは一歩ずつ死へと向かっている。ナオのいない、あの世の世界に向かっている。

 

「ナオ・・・・・・」

 

 今更になって、死ぬのがとても怖く感じる。でも、それはきっと良いことなんだと思う。

 この世で楽しかったこと、嬉しかったこと、幸せだったことがあったからボクは、死ぬのが怖いんだ。

 そして、ガラス一枚挟んだそこに、死の恐怖を教えてくれた人がいる。

 一生かかっても返せない幸せをくれた、その人がいる。

 ボクの、相棒がいる。

 ボクは振り返り、洗濯機の蓋の上に目をやる。

 さっきまでボクのポッケに入っていた、真っ白なスカーフで包まれた小さく長細いもの。

 ボクはそのスカーフを外し、中を見た。

 

「・・・・・・やっぱりボクには、出来ないよ」

 

 そこには、ナイフがあった。これを使えば、今すぐにでもナオ(怪物)を殺せる。

 こっちに背を向けている今、一突きで仕留められる。でも、ボクに出来ない。

 だってそこにいるのは、怪物でもなんでもない。ボク(ジャンヌ・ダルク)にとっての、白馬の騎士(ジル・ド・レー)なんだから。

 

 ボクはナイフをスカーフごとゴミ箱に捨てる。

 ボクは、ヒーローとしては失格なんだろう。でも、それで良い。

 どうせすぐに死ぬんだ。最期くらい、自由に生きても良いよね。

 ボクは風呂場に足を踏み入れる。今日は、とっておきのいたずらを用意してきたんだ。

 

 

 *

 

 

 俺たちは今、風呂場に居る。

 雨水で冷えた体に、温かいシャワーが染み渡る。

 

「ナオー」

 

 すぐ後ろで、背中合わせに座っている(はずの)望愛がそう呼ぶ。我が家の風呂は狭い。ちょっと動けば体のどこかしらが相手に当たる。

 ・・・・・・まぁ、望愛のはちっちゃいから、当たる心配は無いのだが。

 

「あ、今変なこと考えてたでしょ?」

「はっ!?」

 

 何故だ、心が読まれてるのか!?

 

「そそ、そんなことより、どした?」

「ぶー」

 

 ぶーたれる望愛をよそに、俺は取り敢えず話をそらして、半身になって振り返る。するとそこには、

 

「ボク、だいぶおっきくなったと思わない?」

「・・・・・・!?!?!?」

 

 いつの間にか、体ごと振り向いていた望愛が、胸をそらして立っていた。

 いやまて、落ち着け。俺は今座っているんだ。そうだ、座っているんだ。それで向こうは、立っている。

 振り返った俺の目線にあるものは・・・・・・

 

「もー、何で目そらしちゃうの? そんなにちっちゃい?」

「ちげぇよ! その、なんつーか、えっと・・・・・・察しろ!」

「そんなこと言わずにさぁー、教えてよぉー」

 

 望愛は、背を向けた俺の両肩に手を乗せ、左から顔を覗き込む。それを俺は必死にそらす。

 落ち着け、落ち着け直人。そうだ、二人で風呂に入ってるんだ。こんなこと、予想できてたじゃないか。

 心頭滅却すれば火もまた涼し、ここは心を仏のようにして・・・・・・

 

 ──ふぅっ

 

「わっ!」

 

 瞬間、左耳を生ぬるい何かが通りすぎる。

 俺は思わず声をあげて、バッとそちらをを振り向く。

 鼻先の当たる寸前の所に、望愛の顔があった。

 

「えへへ、ビックリした?」

「ビックリするわ!」

「だって、全然ボクのこと見てくれないんだもーん」

 

 ちょっとわざとらしく、望愛は頬を膨らませる。こいつ、知っててやってるだろ。

 

「望愛よ、わかってやってるだろ?」

「・・・・・・?」

 

 マジか。

 

「え、あんたほんとにわかってないの?」

「なにが?」

 

 望愛は、目を丸くして、首をかしげた。

 いやいや、マジか。こいつ、本当にわかってないのか。

 

「あー、ナオがコーフンしちゃうこと?」

「・・・・・・まぁ、そんなもんだけどよ、ダイレクトに言うなし」

「いやいや、でもボクだよ? ちっちゃいし、色気無いし、コーフンするぅ?」

 

 望愛はそう言って笑う。

 いや、望愛さん。違うんですよ。さっきからあんた気付いてないかもしれないですけど、当たってるんですよ。俺の背中に。あと俺は貧乳好きだからな。

 俺は静かに、小さく、うなずいた。

 

「へ? いやいや、ウッソだぁー! だってナオ、おっきい方が好きでしょ?」

 

 望愛はより一層前に乗り出してくる。つまり背中に・・・・・・

 

「大体ボク、男の子みたいな体型でしょ? 付き合ってて言うのもなんだけど、ナオ、もうちょっと女の子らしい体型の子の方が好みでしょ? 中学の時のリリちゃんみたいな」

 

 説明しよう。リリちゃんこと大舘りんとは、中学一年の時に俺が好きだったクラスの女子のことだ(ちなみにおもいっきりフラれた)。

 

「大舘の話は止めてくれ・・・・・・黒歴史だ」

「リリちゃんスタイル良かったよねぇ、ナオはあんなのが好きなんでしょ?」

 

 更に望愛が身を乗り出す。そろそろ限界が・・・・・・

 

「嫌味か! 嫌味なのか!」

「べっつにぃー? そんなつもり無いですよーだ」

 

 ふてぶてしく望愛はそう言い放つと、いきなり立ち上がる。やっぱり嫌味なんじゃないか!

 まぁなにはもとあれ、なんとか解放された。助かっ──

 

「えい!」

 

 突如、左手が引っ張られたかと思うと、柔らかい感触が手全体走った。まさか・・・・・・!?

 俺は恐る恐る左を振り返る。そこには、

 

「あっ・・・・・・」

 

 俺の頭は、オーバーヒートを起こした。

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