ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
俺たちは急いで玄関先に出る。月明かりが照らす静かな深夜、そこにはもはや見慣れた外国産高級車……の痛車があった。
「夜遅くにすまんな二人とも、乗ってくれ」
痛車の窓が下り、運転席から顔を覗かせた男──湯村則之ゆむらのりゆきは、そう言って後部座席のドアを開ける。痛車には似合わない、真っ黒な背広を着ている。
「ノリ兄いつもありがとね!」
「サンキュー兄貴」
「おう! 可愛い妹と弟のためだからな!」
俺たちはそう言って手慣れた動きで車の中に滑り込む。・・・・・・正直今が夜中で助かった。
オタクに寛容な社会となったこの現代でも、流石に全面萌えキャラコーティングされた高級外車に白昼堂々乗るのは勇気がいる。
もっとも、望愛は大して気にしていないようだが。
「そんじゃ、アクセル全開でいくぜ!」
「おー!」
望愛の相づちと共に兄貴は急発進する。窓から見える風景がどんどん後ろへと流れていく・・・・・・確実に法定速度オーバーなのだが、それでも引っ掛からないのは車の上にパトランプがついているからだろう。
便利な世の中だなぁ。
さて、移動中に俺たちと兄貴の関係性を説明しよう。
親のいない俺と望愛は施設で育った。そんな施設で、俺たちの事を弟や妹みたいに面倒みてくれたのが、この十歳歳上の兄貴だ。
俺と望愛の関係をよく知る人物にして、俺たちの秘密の共有者でもある。現在二十七歳、彼女無し、オタク街道まっしぐらの国家公務員だ。
「ノリ兄、今日のはどんな奴なの?」
望愛が運転席の兄貴に聞く。さりげなく隣に座る俺の手を握っているのは恐らく不安だからとかそういうんじゃなく、単純に癖なのだろう。
昔っから何をするにも望愛は俺と手を繋いだり服の端っこを摑んだりしてたからなぁ・・・・・・ありがとうございます!
ちなみにこのどんな奴とは、言うまでもなくヒーローたる望愛が戦う相手・・・・・・と言うか怪物のことだ。
中々グロテスクな見た目をしてるから、食事中に見ることはあまりオススメしない。吐くぞ?
「それじゃ、上のモニターにご注目ー!」
兄貴はそう言ってちょっとテンション高めに後部座席上のモニターを展開し、映像を流す。これが深夜テンションと言う奴だろう。
そこには巨大なオオスズメバチの・よ・う・な・姿の化け物が映っていた。
オオスズメバチとの違う点は、大きさと、その姿。・・・・・・驚くこと無かれ、六本の脚は全部人間の腕とそっくりで、目玉に至っては人間と同じものがびっしり集まって複眼を形成している。
正直言って大変気持ち悪い。生理的嫌悪感を覚える見た目だ。現に隣の望愛なんかは口を押さえて、
「うっ・・・・・・」
──緊急事態だ。
「望愛ァー! ほら、エチケット袋あるから! こん中に出して! 兄貴はモニターすぐに片付けて!」
俺は急いでカバンからエチケット袋を取り出し、望愛に差し出す。
「わかった! 望愛、大丈夫か?」
兄貴はすぐにモニターを格納し、バックミラー越しに様子をうかがう。そして望愛は、
「うっ・・・・・・だ、大丈オロロロロロロロ──」
・・・・・・今日も絶好調だ。
「・・・・・・落ち着いたか?」
「まだもうちょっと気持ち悪い・・・・・・うっ!」
あれから十数分後、望愛は未だにえずいていた。隣の俺は、そんな望愛の背中をゆっくりとさする。
おおよしよし、可哀想に。全部出してすっきりしちゃいなさい。
「ナオ。いつもボクの背中さすってくれてありがと・・・・・・」
「死にかけの奴が言いそうなセリフ吐くのやめろ。ほら今はキラキラ吐くのに専念しな」
「わかっ──オロロロロ・・・・・・」
望愛は乗り物酔いが激しい。その上気持ち悪いものを見るのすぐにこうなる。・・・・・・故に酔い止めとエチケット袋は任務には必須なのだ。
「──もう大丈夫、多分胃の中全部出尽くした」
顔色を悪くした望愛はそう言って俺にグッジョブサインを送る。
「一応袋まだ持っときな。兄貴、次のパーキング寄れる?」
現在の俺たちは高速道路のど真ん中。パーキングエリアに寄れるのなら、そこで望愛にうがいをさせてやりたい。
ちなみに渋滞に巻き込まれないのは、道路規制が敷かれているからだ。もちろん、望愛のために。
「あー・・・・・・まぁ、大丈夫か。うがいとか諸々済ませたらすぐ出発だからな?」
「りょーかい!」
「わかった・・・・・・うっ!」
望愛ぁ・・・・・・。