ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第三十五話 幸せな時間は、すぐに過ぎ行くものだ

 ──トントントントン

 

 包丁がまな板を叩く音が響く。

 俺は今、キッチンで夕飯を作っている。

 風呂から上がり、しばらく経った。だが、左手に走ったあの感触が未だに取れない。

 

「もしかして、怒ってる?」

 

 望愛が後ろから顔を覗き込む。

 

「怒ってると思うか?」

 

 俺は望愛を見ずに、そう答える。

 包帯の上から滑り止めのついた手袋をはめて包丁を持っている。いつもと違うから手元が狂いそうで怖い。

 

「じゃあ、なんでこっち見てくれないの?」

「指切りそうで怖いんだよ。いつもと違うから」

 

 そう言うと望愛は「なるほど」と呟いて、ちょっと後ろに下がる。

 

 ──良し、サラダはこんなもんだな。

 

 本当はサラダは後からの方が良いのだろうが、この手でどこまで出来るか、一度試してみたかったのだからしょうがない。

 俺は冷蔵庫から鶏肉を取り出す。弁当で全部使ってしまってたから、昨日の内に望愛に買っておいて貰った。

 ・・・・・・そういえば、

 

「望愛ー」

「どしたの?」

 

 すぐ後ろから声が聞こえる。ぴったりついてきているようだ。まるでカルガモの雛だな。

 

「俺が居ない間、飯どうしてたんだ?」

 

 そう聞くと、望愛は「えっとねぇ」と少し考えた後、こう答えた。

 

「最初の三日間はロバートさんが作ってくれたの。その後すぐどっか行っちゃって、後はノリ兄に作って貰ってた」

「なぬ!?」

 

 そうか、あの男は胃袋つかむ系だったか。油断した。

 イギリスだから、フィッシュ&チップスか、それともスコッチエッグか? 何はともあれ、してやられた・・・・・・。

 

「でも、」

「でも?」

 

「やっぱりナオのご飯が一番美味しいかなぁー。ロバートさんのも美味しかったんだけどね」

 

 良し、勝った! 料理上手の血を引き継いでいて良かった。まだまだ負ける訳にゃいかんぜよ。

 

「どしたの? ちょっとゴキゲン?」

「いやぁ? そんなこともないぞぉー?」

 

 そう言いながら俺はタレを作り、鶏肉をそれに馴染ませる。唐揚げはこれが大切だ。

 馴染ませたら後は油を加熱して、衣をつけて・・・・・・

 

「「ふぁいぁー!!」」

 

 ジュー! と、揚げ物特有の良い音が鳴る。

 

「んー、良い音だぁ・・・・・・」

「だねぇ・・・・・・」

 

 唐揚げのポイントは二度揚げだ。一度揚がったら少し休ませてもう一度ダイブ! あのロバートには出来ない芸当だろう?

 

 

 さて、唐揚げも無事に揚がった。米も炊けた。サラダもオーケー。後は配膳して、

 

「「いっただっきまーす!!」」

 

 望愛は自分の皿にどんどん唐揚げを取り分けていく。

 

「マヨつけるかどうか、迷うよねぇ」

「どうした望愛、だじゃれか?」

「ちがわい!」

 

 可愛い。

 望愛は取り分けた唐揚げを頬張る。

 口に入れた瞬間、目がキラキラと輝き、良い笑顔になった。

 

「おいひー!」

 

 そう言って、どんどん米も唐揚げも口に入れていく望愛。この分だと、もう少し作っても良かったかもしれないな。

 バクバクと食べる望愛を、俺は少し幸せな気分で見つめる。望愛のこんな顔を見られるのは、きっと俺の特権だ。

 

 結局俺は、ほとんど望愛の食事シーンを見つめるだけに終わった。

 

 

 その後は、テレビにゲームを接続して対戦してみたり、一緒にお笑い番組を観てゲラゲラ笑いあったり、かなり夜遅くまで起きていた。

 幸せな時間は、過ぎるのが早いものだ。

 

 お互いが眠たくなってきた。それぞれの寝室に入り、俺達はベッドに横になる。壁一枚挟んだ向こうに、望愛のベッドがあるから、音で様子が大体察せられる。

 

 ベッドに寝転び、今日のこと、今までのこと、これからの事を考える。来年のことを言えば鬼が笑うらしいが、それなら俺はコメディアンだ。

 段々目蓋が重くなってくる。あくびも出る。そろそろ寝ようか。そう考えていたとき、横の部屋で音がした。

 望愛がベッドから出た音だろう。足音も聞こえる。

 扉が開く音が聞こえ、足音はこちらの部屋に向かってくる。

 ガチャり、扉が開く。望愛だ。

 俺は気付かないふりをして、背を向けて狸寝入りする。

 すると望愛は、扉を閉め、俺のベッドに入ってきた。添い寝と言う奴だ。

 背中合わせ、ではないな。微かだが、背中に息が吹きかかる。思春期男子には、辛い展開だ。

 

「ナオ、起きてる?」

 

 ふと、望愛が聞いてきた。ばれていたらしい。

 

「おう」

 

 俺は答える。望愛は、静かに続けた。

 

「ボク、もう長くないんだ」

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