ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
──トントントントン
包丁がまな板を叩く音が響く。
俺は今、キッチンで夕飯を作っている。
風呂から上がり、しばらく経った。だが、左手に走ったあの感触が未だに取れない。
「もしかして、怒ってる?」
望愛が後ろから顔を覗き込む。
「怒ってると思うか?」
俺は望愛を見ずに、そう答える。
包帯の上から滑り止めのついた手袋をはめて包丁を持っている。いつもと違うから手元が狂いそうで怖い。
「じゃあ、なんでこっち見てくれないの?」
「指切りそうで怖いんだよ。いつもと違うから」
そう言うと望愛は「なるほど」と呟いて、ちょっと後ろに下がる。
──良し、サラダはこんなもんだな。
本当はサラダは後からの方が良いのだろうが、この手でどこまで出来るか、一度試してみたかったのだからしょうがない。
俺は冷蔵庫から鶏肉を取り出す。弁当で全部使ってしまってたから、昨日の内に望愛に買っておいて貰った。
・・・・・・そういえば、
「望愛ー」
「どしたの?」
すぐ後ろから声が聞こえる。ぴったりついてきているようだ。まるでカルガモの雛だな。
「俺が居ない間、飯どうしてたんだ?」
そう聞くと、望愛は「えっとねぇ」と少し考えた後、こう答えた。
「最初の三日間はロバートさんが作ってくれたの。その後すぐどっか行っちゃって、後はノリ兄に作って貰ってた」
「なぬ!?」
そうか、あの男は胃袋つかむ系だったか。油断した。
イギリスだから、フィッシュ&チップスか、それともスコッチエッグか? 何はともあれ、してやられた・・・・・・。
「でも、」
「でも?」
「やっぱりナオのご飯が一番美味しいかなぁー。ロバートさんのも美味しかったんだけどね」
良し、勝った! 料理上手の血を引き継いでいて良かった。まだまだ負ける訳にゃいかんぜよ。
「どしたの? ちょっとゴキゲン?」
「いやぁ? そんなこともないぞぉー?」
そう言いながら俺はタレを作り、鶏肉をそれに馴染ませる。唐揚げはこれが大切だ。
馴染ませたら後は油を加熱して、衣をつけて・・・・・・
「「ふぁいぁー!!」」
ジュー! と、揚げ物特有の良い音が鳴る。
「んー、良い音だぁ・・・・・・」
「だねぇ・・・・・・」
唐揚げのポイントは二度揚げだ。一度揚がったら少し休ませてもう一度ダイブ! あのロバートには出来ない芸当だろう?
さて、唐揚げも無事に揚がった。米も炊けた。サラダもオーケー。後は配膳して、
「「いっただっきまーす!!」」
望愛は自分の皿にどんどん唐揚げを取り分けていく。
「マヨつけるかどうか、迷うよねぇ」
「どうした望愛、だじゃれか?」
「ちがわい!」
可愛い。
望愛は取り分けた唐揚げを頬張る。
口に入れた瞬間、目がキラキラと輝き、良い笑顔になった。
「おいひー!」
そう言って、どんどん米も唐揚げも口に入れていく望愛。この分だと、もう少し作っても良かったかもしれないな。
バクバクと食べる望愛を、俺は少し幸せな気分で見つめる。望愛のこんな顔を見られるのは、きっと俺の特権だ。
結局俺は、ほとんど望愛の食事シーンを見つめるだけに終わった。
その後は、テレビにゲームを接続して対戦してみたり、一緒にお笑い番組を観てゲラゲラ笑いあったり、かなり夜遅くまで起きていた。
幸せな時間は、過ぎるのが早いものだ。
お互いが眠たくなってきた。それぞれの寝室に入り、俺達はベッドに横になる。壁一枚挟んだ向こうに、望愛のベッドがあるから、音で様子が大体察せられる。
ベッドに寝転び、今日のこと、今までのこと、これからの事を考える。来年のことを言えば鬼が笑うらしいが、それなら俺はコメディアンだ。
段々目蓋が重くなってくる。あくびも出る。そろそろ寝ようか。そう考えていたとき、横の部屋で音がした。
望愛がベッドから出た音だろう。足音も聞こえる。
扉が開く音が聞こえ、足音はこちらの部屋に向かってくる。
ガチャり、扉が開く。望愛だ。
俺は気付かないふりをして、背を向けて狸寝入りする。
すると望愛は、扉を閉め、俺のベッドに入ってきた。添い寝と言う奴だ。
背中合わせ、ではないな。微かだが、背中に息が吹きかかる。思春期男子には、辛い展開だ。
「ナオ、起きてる?」
ふと、望愛が聞いてきた。ばれていたらしい。
「おう」
俺は答える。望愛は、静かに続けた。
「ボク、もう長くないんだ」