ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
──ボク、もう長くないんだ
鼓動が早まるのがわかった。
体がこわばるのがわかった。
血の気が引いていくのがわかった。
俺はただ、目の前の壁を見つめていた。まるで、今の俺の頭の中のような色をしている。
血の気が引き、体温が下がる。望愛と密着している背中だけが、暖かかった。
「ナオ、足冷たいね」
望愛が足を絡めてくる。互いの爪先が触れ合う。
俺の足が冷たいからか、望愛が眠たいからか、彼女の足は、驚くほど暖かい。
「俺が冷たいんじゃない。望愛が眠たいだけじゃないのか?」
動揺を見せないように、俺はそう返す。気丈に振る舞っているつもりだが、上手く出来ているだろうか?
「・・・・・・いきなりベッドに入って、こんなこと言われて、驚かせちゃった?」
望愛がそう聞く。心なしか、声は震えていた。
そうだ、本当に取り乱したいのは、望愛なんだ。
触れ合う背中と足からも、わずかな震えを感じた。
俺は彼氏だ。たとえ、望愛がどんな状態に置かれていても、受け入れなくちゃならない。それが、こいつの彼氏としての義務だ。
俺を殺さない、殺させないと言ってくれた、世界で一番可愛い女の子。俺は、どんな事実も、告白も、受け入れる。
修羅場なら、地獄なら、絶望なら、とっくの昔に経験済みだ。
俺は深呼吸して、鼓動を無理やり落ち着かせる。そして、静かにこう言った。
「・・・・・・今日は、ちょっと寒いな。もうちょっと、くっついても良いか?」
俺は振り返らない。顔を見たら、きっと俺は冷静さを欠いてしまう。
一瞬、沈黙が流れる。
望愛は、なにも言わずに俺の体に手を回した。
体が一層密着する。
息遣いが、耳元で聞こえる。やはり、震えている。
背中から望愛の心音が伝わる。少し早いだろうか。それでも、徐々に徐々に、ゆっくりとしたテンポを刻んでいく。
「ナオ、ひんやりしてるね」
「寝苦しい夏には丁度良いだろ?」
「うん。気持ちいいよ」
静かに、そんな軽口も叩いてみる。互いの動揺を、紛らわすために。
「高校生になった日、覚えてる?」
しばらくして、望愛が口を開いた。もう、震えは収まっている。落ち着いた、静かな声だ。
「もちろん。俺が告白して、望愛がそれを受け入れてくれた。そんな日だからな」
忘れるわけ無いだろ? と、俺は付け足した。
望愛は、フフッと、少し笑うと、続けた。
「中学校を卒業する頃だったかな? ちょっとずつ、頭痛が酷くなってきたんだ。元々
望愛が俺の服をギュッとつかむ。
「本格的に酷くなったのは、高校生になってから。あまりにも痛いもんだから、機関の主治医の先生に聞いたんだ。そしたら・・・・・・」
望愛は呼吸を整える。鼓動が少し早まっている。
二、三度深呼吸して、望愛は続けた。
「あと十年、生きるのは難しいって言われちゃった。それがナオと付き合って丁度半年あたりのことなんだ。・・・・・・五年、生きてればいい方なんだって」
望愛の声が震える。呼吸が少し乱れる。
それでも望愛は、平静を装って、続ける。
「これが、ボクが約束してた、ナオに話したいこと。ボクの、隠し事だよ」
また、沈黙が流れる。震える息遣いが、すぐそこで聞こえる。
五年後。俺達は二十二歳だ。
短い。あまりにも、短すぎる。望愛が一体、何をしたというのか。
こんなに優しくて、健気で、自分を犠牲にしてまで他人のために尽くす望愛が、どうしてこんなに早く死ななくてはいけないのか。
カミサマと言う奴は、天と言う奴は、世界と言う奴は、本当に性格が悪い。意地が悪い。
綺麗な花は側に置きたい? そんな身勝手で、望愛は死ななくてはならないのか。だとしたら俺は、そんな神を、天を、世界を、許すわけにはいかない。
「ボク、やっぱり生きてちゃいけないのかな?」
ふと、耳元で望愛の声が聞こえた。今にも泣き出しそうな、震え声。俺の服をつかむ望愛の手に、力が入る。
「いっぱいいっぱい、やりたいこととか、行きたい場所とか、食べたいものとかあるんだよ? でも、ボクには出来ないんだ。たとえヒーローを引退しても、ボクには自由がない。ボクに与えられるのは、形だけの家庭と、歳の離れた好きでもない夫と、ヒーローになる呪いをかけられた子ども・・・・・・ボクは、生まれてきたこと自体が間違いだったのかな?」
震える声には、やがて嗚咽が混じる。
体が震える。声が震える。俺の体に回した腕に力が入る。
望愛は、俺の背に顔をうずめた。
温かな湿り気が、服越しに伝わる。
望愛は、ついに声を荒げた。
「こんな思いするくらいなら、ボクなんて生まれてこなかったら良かったんだ!!」
背中越しに、嗚咽混じりの泣き声が聞こえる。
背中に顔をうずめ、望愛は自分を呪った。生まれてこなければとさえ、言った。
──俺には、それを否定する義務がある。
「望愛、来年も、海に行こう」
俺はそう言って体を動かし、望愛と向かい合う。
いきなりのことで困惑する望愛をよそに、俺は続けた。
「去年のハロウィン、覚えてるか? 久々に施設に顔を出して、ヤスに借りた服でお菓子配った。確か望愛は、魔女の衣装だった。真っ黒なローブに、とんがり帽子。良く似合ってた。施設の奴らも、絶賛してたよな。逆に俺のドラキュラの衣装は、威厳がないだの、服に着られてるだの散々だった。今年もまた、ヤスに借りてリベンジしたい。付き合ってくれるか?」
俺は望愛の背に手を回す。
「クリスマス。施設にいた頃はほんとにサンタが来てくれるんだってウキウキしてたよな。小六の時だったか? まだ正体に気付いてなかったお前は、こっそり俺に『サンタさんが来る瞬間を見よ?』って誘ってきたよな。俺もノリノリで参加して、でも結局俺達は眠気に勝てずに、寝ちゃったよな。今年は、起きてられるかな?」
望愛は目に涙をためて、じっと俺を見つめる。
「今年の正月は、一緒に初日の出を見に行ったよな。ビルの影になって見えないんじゃないかって心配してたけど、ちゃんと見えてホッとした。テンションが上がったお前は、スマホでバシバシ連写して、後から画像フォルダを圧迫して消すのに苦労しただろ? その後は、二人で初詣に行って、神社にお祈りしてから、甘酒を飲んだ。まさかお前があれで酔っぱらうとは思ってなかったから、びっくりした。おぶって帰るとき、何て言ってたか覚えてるか? 『これからもずっと一緒にいよ?』って言ってたんだぞ? ・・・・・・人間って、酔っぱらったら本音が出るんだってな」
望愛はボロボロと大粒の涙をこぼす。
俺は一呼吸おいて、こう言った。
「望愛。生まれてきてくれて、俺の横にいてくれて、ありがとう」
望愛は、俺の胸に顔をうずめた。じんわりと、温かな湿り気が広がっていく。
望愛は、声を押し殺して、嗚咽した。
そんな望愛の背中を、俺は夜通しさすった。
望愛がやっと落ち着いた頃には、もう空は白み始めていた。
その間も望愛の心臓は、絶えず鼓動し続けていた。力強く、優しく。