ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第三十八話 洲本

 後頭部が未だに少し痛む。

 俺達は朝食を食べ終わり、一息ついていた。

 テレビでは朝のワイドショーが流れている。どうやらこの前の市街地での怪物との戦闘は、過激派組織によるテロ行為だと報道されているようだ。

 崩れた瓦礫の撤去や、行方不明者の捜索は未だに続いているらしく、VTRにはそんな作業に従事するボランティアや自衛隊員の姿が映し出されていた。

 

「テロねぇ・・・・・・」

 

 俺はため息をつく。これに便乗して、国内から不穏分子を消し去りたいのだろうか。

 ワイドショーでは、この事件に対しての記者会見の様子も映された。

 

 中央の座席には面長で鋭い目をした総理大臣の香住誠四郎(かすみせいしろう)が腰掛け、記者の質問に答える。

 その左右にはタヌキの置物みたいな顔と体型をした副総理の宝塚惟弼(たからづかこれすけ)と、サル顔で禿げ上がった頭の官房長官岩屋次郎(いわやじろう)が控えている。

 

「みんな、どっかでみたことあるような顔だよねぇ」

 

 望愛がちょっと首をかしげて、そう言う。いわれてみれば確かに、どこかでみたことあるような、無いような・・・・・・。

 

 そう思いながら、ボーッとテレビを見ていたときだった。

 

 

 ──プルルルルル、プルルルルル

 

 

 俺のスマホが鳴った。こんな朝から電話を掛けてくるなんて、絶対ロクな話じゃない。

 

「誰だ? こんな朝っぱらから・・・・・・」

 

 そうぼやきながらスマホを取り出し、画面を確認して・・・・・・俺は少し驚いた。

 相手は、洲本のおっちゃんだった。

 

「もしもし」

 

 俺は電話に出て、そう声をかけた。

 

『ナオか』

 

 電話の向こうの洲本のおっちゃんは、落ち着いた低い声で短くそう言う。

 

「うん。どしたの?」

『良かった。横に望愛は居るか?』

「?」

 

 なぜそんな質問をするのだろう? 取り合えず俺は「居るけど、それが?」と返した。

 すると洲本のおっちゃんは、『そうか』と言って、続けた。

 

『ナオ、お前に話がある。今から一人で駅前に出てこれるか?』

 

 一人で、か。

 

 もしかしたら洲本のおっちゃん、ひいては機関そのものが、俺が望愛の秘密を知ったことに気付いたのかもしれない。

 あるいは、望愛にそう指示したか・・・・・・。

 

 俺は場所を少し移動して、リビングの望愛に聞こえない所で、声で、こう返した。

 

「ちょうど良かった。俺も洲本のおっちゃんと話がしたかったんだ。昼までには帰れるか? 昼飯の都合があるんだ」

『・・・・・・わかった。手早く済まそう。それじゃあまた、駅前で』

「おう」

 

 俺は電話を切り、ポッケに突っ込む。

 遠くの空に、入道雲がかかっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 暑さの残る八月末。俺は十五分ほど掛けて、駅にたどり着く。

 その男は、既にそこに居た。

 大柄でがっしりとした体型。流石は柔道元国体出場選手と言ったところだろうか。

 連日三十度を超す気温の記録するこの炎天下のなかでも、彼・・・・・・洲本のおっちゃんは汗一つ垂らさず、背広に黒いサングラスと革靴でそこに立っていた。

 

「よう、ナオ。具合は良さそうか?」

 

 洲本のおっちゃんは、俺を見つけるなりそう声をかけた。目線はやはり、右腕に向いている。

 

「お陰さまでピンピンしてるよ」

 

 俺は右腕を持ち上げ、目線の辺りに持ってきて力強くグーパーして見せた。

 

「今は痛みもそんなに無い。いたって健康だ」

「そりゃ良かった。・・・・・・それじゃ、行こうか」

 

 洲本のおっちゃんの後ろには、黒いバンが停まっていた。

 

 

 

 駅から車で十分程度走る。

 洲本のおっちゃんの家は、小さな一軒家だった。

 

「そこに座っててくれ。今、紅茶でも淹れよう」

 

 そう言われて俺はリビングに通された。

 四人掛けの小さなテーブルとイス。そして未だに動いているのが不思議に思えるブラウン管のテレビだけの、小さな寂しいリビングだ。

 

「・・・・・・ん?」

 

 俺はふと、テレビ台に置かれている二つの写真立てが目に入った。

 俺はイスから立ち上がり、それに近づいた。

 

 一枚目は、タキシード姿の若い青年と、ウエディングドレスを着た、お腹の大きな若い女性が並んではにかんでいた。おっちゃんと奥さんだろう。奥さんは、妊娠しているのかもしれない。

 

 そして二枚目は、エコー写真だった。黒と白とグレーの世界に、はっきりと双子の姿が写っていた。おっちゃんの、子供達だろうか。

 

「あぁ、見つけてしまったか」

 

 写真を見ていると、後ろから洲本のおっちゃんの声が聞こえた。

 お盆の上に二つのティーカップを乗せたおっちゃんは、それをテーブルに置くと、俺に並んで、頼んでもないのに説明を始めた。

 

「こっちは俺が結婚したときの写真だな。俺の奥さん、美人だろ?」

 

 おっちゃんは一枚目の写真を指差し、嬉しそうに、優しそうに笑う。

 

「昔は良く美女と野獣なんて呼ばれたりしてたよ。でもな、俺より奥さんの方が強かったんだぞ?」

「え?」

 

 思わず声が出てしまった。写真に写るその女性は、お腹こそ大きいが、腕や顔はかなり華奢(きゃしゃ)だ。到底おっちゃんより強いとは思えない。

 

「それでこっちは、俺と奥さんの子供達。双子だったから、親戚の年寄り連中からは難しい顔をされたんだけどな。でも見てみろ、可愛いだろ?」

「いやエコーだから良くみえねぇよ」

「それもそうか」

 

 二枚目を指差したおっちゃんは、そう言って大笑いする。こんなに優しそうなおっちゃんは、初めて見た。

 

 そう言えばふと、気になったことがある。

 玄関に、靴は幾つあった?

 そもそも何故産まれてきた子供の写真じゃなく、エコーを置いている?

 奥さんや子供達は今、おっちゃんを置いてどこへ行った?

 おっちゃんの左薬指には、指輪が一つ。

 それならきっと、答えは一つ。

 

「なぁ、おっちゃん・・・・・・」

「・・・・・・気付いたか。そう、みんなとっくに居ないんだよ」

 

 おっちゃんは静かに立ち上がり、イスに腰掛ける。

 

「あのエコーを撮った、三日後だったかな。奥さんは、お腹の子供達と一緒に、死んでしまった」

 

 おっちゃんは紅茶に一口、口をつける。

 俺も、おっちゃんに向かい合うようにイスに腰掛けた。

 

「怪物の襲撃に遭ってな。騒動の次の日、瓦礫の下から見つかった。まるで眠っているようだったよ」

 

 おっちゃんは紅茶に映る自分を見つめる。

 

「親戚連中からはやっぱり双子だったから、なんて言われたよ。それも、葬式でな。・・・・・・っと、こんな話してもしょうがねぇな。すまん」

 

 おっちゃんは顔を上げ、少し寂しそうに笑った。

 双子は昔、忌み子として嫌われていたのだと言う。もう随分昔の事だと思っていた。

 

「さて、それじゃ本題に入ろうか」

 

 おっちゃんは居ずまいを正すと、そう言った。

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