ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
おっちゃんは居ずまいを正し、俺をまっすぐ見つめる。自然と俺の背筋も伸びる。
「・・・・・・望愛から話は聞いたか?」
おっちゃんは静かにそう言う。俺はこくりとうなずいた。
「やっぱり、あんたが望愛に指示してたのか」
「いや、違う」
俺の言葉を、おっちゃんは真っ向から否定する。
「今から少し前。望愛から、ナオにその事を話したいと言われた。『ナオはボクに秘密を打ち明けてくれた。ボクも、もう隠し事はできない』からだそうだ」
おっちゃんは紅茶に口をつける。
そうか、あれは望愛自身の決断だったのか・・・・・・。
「それじゃあ、話を戻そう。お前も知っての通り、望愛には時間が無い」
時間が無い。その言葉が、改めて俺に、切迫した現実を認識させる。
俺には到底、どうすることも出来ないその現実を。
「来年の望愛の誕生日を以て、あいつはイギリスのヒーロー、『ロバート・ブルース』こと、ロバート・オオサワ氏との結婚が成立する」
ロバートの本名はオオサワと言うのか。日系の先祖が居るのだろうか?
「望愛とオオサワ氏との結婚に向け、二人には来月・・・・・・と言っても来週になるんだが、初顔合わせの
「行く。当たり前だろ?」
俺はおっちゃんの言葉を遮るように返事をした。行かない理由なんて、何処にもない。
「そう言うと思っていた」
おっちゃんは、少し苦笑いしてそう言った。
「んで? まさか話はこれで終わりじゃないだろ?」
俺は、紅茶のカップに口をつけ、苦笑いするおっちゃんに問う。たったこれだけの話なら、わざわざ呼び出すことはないだろう。
俺の問いに、やはりおっちゃんはうなずいた。
「もちろんだ。むしろここからが本題だな。ナオ、ガイア理論って知ってるか?」
「ガイア理論?」
あまりにも突然な事に、俺は思わず聞き返した。おっちゃんは、こくりとうなずき、説明を始めた。
「この世界を、一つの意思を持った生命と捉える考え方だ。我々生物は世界、あるいは地球と言う巨大な生命の体に暮らしている」
「つまり俺達は地球にとって寄生虫とか大腸菌みたいな存在ってことか?」
人体には数多の生物が暮らしている。それと同じようなものだろうか。
「そう。俺達はそんな小さな存在だ。だが、細菌やウィルスみたいに、体内にすんでいてもその宿主に悪さをする奴らだって居る訳だ。そうなったら宿主はどうする?」
おっちゃんはそう、分かりきったことを聞く。
どうするってそりゃ・・・・・・
「免疫細胞とかを出して倒すんだろ?」
そう口に出したとき、ハッとした。
ガイア理論は、この地球を生き物だと捉えた考え方。
生物には恒常性と言う物が存在する。常に同じ状態を維持したがる性質だ。
そして体内の環境が崩れそうになったとき、原因を追求し、せん滅し、なんとしてでもその恒常性を保とうとする。
もし、人類が地球にとってその恒常性を乱す存在と認識されているとしたら?
何万年もの間環境を破壊して成り立ってきたこの文明を、病気を判断したのだとしたら?
「この世界が、怪物を産み出し、人類を滅ぼそうとしている・・・・・・?」
俺の言葉に、おっちゃんは少しにやりとした。
「怪物達は、世界にとっての免疫細胞だ。俺達
だとしたら望愛や他のヒーロー達は、この世界と戦争をしていると言うことになる。
「えらくスケールのでかい話になってきたな・・・・・・本気か?」
「どう思う?」
「さぁな」
俺は苦笑し、紅茶を喉に流し込む。
おっちゃんは、静かに語り始めた。
「望愛の命が短いのは、それが原因かも知れないな」
「は?」
おっちゃんは、俺に構わず話を続けた。
「ホメオスタシス。恒常性と呼ばれる、世界の示した規範が、望愛や他の短命だった傑物達や、世界を大きく変えうる存在を早い内に死に追いやり、変化を防いだのかも知れない。・・・・・・それはモーツァルトや滝廉太郎のような音楽家であるかもしれないし、或いはナポレオン・ボナパルトの息子、ナポレオン二世やイングランドのエドワード黒太子のような軍人であるかもしれない。そして織田信長の子信忠や・・・・・・救国の聖女ジャンヌ・ダルクかもしれない」
「まて」
俺は思わず語調を強めてそう言い、続けた。
「他のはよく知らんが、ジャンヌ・ダルクは他殺だぞ? それすらも世界の意思だって言いたいのか?」
おっちゃんは、うつむき加減でこう言った。
「俺はずっと、そう思って生きてきた。妻と子を失って二十年ずっと、そう信じて生きてきたんだ」
おっちゃんが顔を上げる。俺をまっすぐ見つめる。狂気をはらんだその虚ろな目で、俺をじっと見据えた。
「産まれてくることすら出来なかった俺の子達が、世界に影響を与えうる存在だったから死んだと、信じてきた。全ての事象は無意識の内に、自覚無く世界の意思に従うように起きていると、信じてきた。そうじゃなけりゃ俺は、耐えられない。妻や子を目の前で死なせてしまった、ヒーロー失格の俺は、自分を保って居られないんだ・・・・・・」
「おっちゃんも、ヒーローだったのか」
「ああそうだ。俺はヒーローだった。コードネームは『ベルトラン・デュ・ゲクラン』。甲冑を着た、豚だよ。俺は、お前が羨ましい。尊敬すらしている。だがこれだけは忘れるなよ。俺は怪物を、世界を、許さない」
熱に浮かされたように、悪魔に取りつかれたように、その男はそう言った。