ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
小一時間後、俺は洲本のおっちゃんから、望愛と避難したあのビルに置いてきた荷物を受け取り、家をあとにした。
ガイア理論。おっちゃんの言葉が正しいのなら、俺達人類は世界の意思によって滅ぼされることになる。
人類が滅びようがどうしようが、正直俺にはどうでも良い。ただ、望愛さえ生きてくれれば・・・・・・。
だが、望愛は死の運命にある。認めたくはないが、そうなのだ。
俺が家をあとにするとき、おっちゃんは俺にこう告げた。
──俺は人類を守る。俺の大切な人が生きたこの文明を、守り抜く。何としてでも。それが、この世界への、復讐だ。
俺は切れそうになっている牛乳と中濃ソースをスーパーで買い足し、家路につく。
俺は、おっちゃんが羨ましかった。
おっちゃんのように復讐の鬼になれれば、どれだけ気が楽だろうか。
世界という強大な敵を定めて生きることは、どれほど単純で、明確で、生きやすいだろうか。
俺も正直な所、そちら側になりたいとすら思ってしまった。でも、俺にはそうはなれない。
俺は家の玄関前に立ち尽くす。
俺が復讐の鬼になったら、狂気に取りつかれたら、きっと望愛は悲しむだろう。怒るだろう。
その原因が自分にあると知れたら、それこそ望愛の逆鱗に触れることになる。
怒った望愛の平手打ちは、とんでもなく痛いのだ。そして怒った望愛は、三日間は口をきいてくれない。
たとえ彼女の死後でも、望愛は化けて出てきそうだ。サバサバしてそうで、案外望愛は執念深い。
・・・・・・五年も前に望愛のプリンをこっそり食べたことをつい最近掘り返されたのには驚いたが。
「望愛、怖いからなぁ」
俺は一人、そう呟く。
俺は玄関扉を開けた。
「おかえりー!」
直後、凄まじい速さで望愛がリビングから飛び出し、俺に抱きついてきた。
「ぐおぁっ!!」
俺はそれを何とか受け止める。望愛は、はじけんばかりのニッコニコな笑顔で、再びこう言った。
「おかえり!!」
洲本のおっちゃん。俺は、あんたのようにはなれないみたいだ。
「おう、ただいま。お腹空いたろ? 今作るから待っててくれよー」
俺はそう言って受け止めていた望愛を下ろし、靴を脱ぐ。
「お昼は何にするのー?」
俺の後ろを望愛がとことことついてくる。
俺はおっちゃんから返して貰ったリュックの中からソースを取り出し、こう言った。
「焼きそばでどうだ?」
確か冷蔵庫にはまだ、中華麺が残っていたはずだ。
俺は、愛する人のために、人類を滅ぼす。
愛する人に、せめて安らかな眠りと最期の時を捧げるために。
彼女の最期を、見送るために。
腹をすかせた望愛が、食卓で今か今かと待っている。
俺も大概、狂っているのだろう。