ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第四十四話 包帯の男、ジャック

 まだ八時過ぎだと言うのに、空港は多くの人でごった返していた。

 俺達は一時間ほどの空の旅を終え、ついに東京にたどり着いた。

 

 東京国際空港──通称、羽田空港に、俺達は居る。

 

「飛行機なんて中学以来だったからなぁ・・・・・・」

 

 手荷物を受け取り、望愛や兄貴と合流する。

 高所恐怖症の俺にとって、飛行機とジェットコースターは大いなる敵だ。

 

 ・・・・・・そもそも人間に羽がないのは空を飛ぶ必要が無いからだ。飛行する必要があれば、俺達はとっくの昔に空を飛べていたはず。

 人間は地に足をつけて生きているわけだから、高所恐怖症ってのはむしろ至極自然なことなのだ。

 

 と、俺は誰にするでもない言い訳を心の中で行なう。

 

「おーい、ナオー。どうしたのー?」

 

 心の中で言い訳をしていると、望愛が俺の顔を覗いてくる。

 俺はハッとして一歩後ずさり、慌ててこう言った。

 

「はっ! いや、何でもない。全然、ぜーんぜんなんにもないぞぉー? 空なんて全く怖くなかったぞ! うん!」

 

 そう言った瞬間、望愛はにやりと笑った。

 

 ──完全に俺は墓穴を掘ったようだ。

 

「ナオ、高いとこ苦手だもんね」

「見栄はってすんませんでした」

 

 こう言うときは素直にごめんなさいするのが一番だ。・・・・・・って、そもそも俺何か悪いことしたか?

 

 

「・・・・・・よし、そろそろ時間だな。二人とも、着いてきてくれ」

 

 兄貴が腕時計を見、そう言って空港の窓口へと歩いていく。

 俺達は二人並んでその後を追った。

 窓口にたどり着くと、そのまま中へと通された。

 

「迎えはもう到着してるみたいだ。今係員さんが呼びに行ってくれてるから、ちょっとここで待機だな」

 

 兄貴はそう言って、用意された椅子に腰かける。・・・・・・その顔には少しばかり影がかかっていた。

 

「迎え? 前来たときはそのまま官邸の人が車で迎えに来てくれたけど、違うの?」

 

 望愛が驚いたように兄貴に聞く。何やら今の状況はイレギュラーらしい。

 兄貴は言いずらそうに、少し声を潜めてそれに答える。

 

「実はどうしても二人に会いたいって言う人が居てな。迎えに来るついでに、二人に面会したいそうなんだ」

 

 兄貴がそう言った直後、控え室の扉がノックされた。

 兄貴は緊張した面持ちで居ずまいを正すと、静かに「どうぞ」と、扉の向こうに声をかけた。

 そんな兄貴の様子を見て、俺達も姿勢を正し、扉に注目する。

 

 扉はゆっくりと開く。そして、その人物が姿を表した。顔を包帯で覆われた、その人物が・・・・・・。

 

「初めまして。有馬望愛さんと、城崎直人君。私は烏丸敏浩(からすまるとしひろ)。どうしても君たちに会いたかった。どうぞ、よろしく・・・・・・」

 

 真っ黒なスーツの上に、これまた黒いレザーコートを羽織り、黒のソフトハットを被ったその男は、枯れた低い声で丁寧に俺達にお辞儀する。

 

 その瞬間、望愛の顔から血の気が引いていくのが見えた。

 顔面蒼白になった望愛は小さく震え、うつむいてしまった。

 

 

 ──烏丸敏浩

 

 

 その名を聞いた瞬間、望愛はうつむき、小さく震え、手のひらを強く握りしめる。

 ・・・・・・事情はわからない。わからないが、この男が望愛にとって地雷であることは明白だ。

 

 俺は望愛の耳元で小さく「大丈夫だからな」と呟き、椅子から腰を起こす。そして望愛の視界を遮るように、彼女と烏丸との間に立った。

 男のギラギラとした真っ黒な瞳が、包帯の間から俺を見据える。今なら、蛇に睨まれた蛙の気持ちがわかるかもしれない。

 

 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 俺は一歩、烏丸の方へ踏み出す。そして、包帯と手袋で覆われた右手を差し出した。

 

「改めまして、『ジル・ド・レー』の城崎直人と申します。どうぞ、よろしく」

 

 一瞬、沈黙が流れる。

 

 沈黙の後、静かに俺を見据えていた烏丸が、目を細めた。

 

「ああ、よろしく。私は・・・・・・そうだな、『ジャック』の烏丸と呼んで貰おうか」

 

 烏丸は俺の手をしっかりと両手で握りしめ、握手に応じた。

 

 ジャックとはまた、望愛(ジャンヌ・ダルク)の前で大きく出たものだ。

 救国の聖女ジャンヌ・ダルク。彼女の父親の名は、ジャック・ダルクと言う。なんでも、相当ジャンヌを溺愛したようだ。

 

 ふと、俺の目にあるものが映った。

 烏丸が着るスーツの襟元に取り付けられた、特徴的な丸い二つの装飾だ。

 

 一つは金色のふちの中に『特対災』の文字とコウノトリのエンブレムが象られた丸いバッジ。

 そしてもう一つは、縦半分に割った菊が三つ象られた、長方形の変わった記章だ。

 

 ・・・・・・そう言えば洲本のおっちゃんも、これと似たようなものをつけていたように思う。だが、確か菊の数は二つだった。

 

「気付いたかね、城崎直人くん。私のこの記章に・・・・・・」

 

 俺がその装飾に目を取られていると、そう烏丸が口を開いた。あまり心地が良いとは言えない、恐怖心をあおるような、そんな声だ。

 

「城崎直人くん。自衛隊のバッジを見たことがあるかい?」

 

 握手を解いた烏丸がそう聞く。俺は半歩下がると、その問いに答えた。

 

「見たことはありません。でも、階級によってバッジが変わることぐらいは」

 

 自衛隊や他国の軍では、階級によってバッジの種類やエンブレムが異なる。

 バッジが特殊な海自を除く陸空自衛隊では、実質トップの大将格にあたる幕僚長が桜四つのエンブレムを襟章として使う。

 そこから(中将格)将補(少将格)になるにつれて桜が一つずつ減る。佐官(一佐、ニ佐、三佐)になると形ごと変わる。

 

 洲本のおっちゃんは菊のマークが二つで、確か自衛隊だったら上から三番目だのなんだの言っていた────そうか。そう言うことか。つまり、こいつは・・・・・・

 

 そのとき、包帯で見えないはずの烏丸の口がぐにゃりと不気味に歪んだ気がした。

 

 自衛隊で将を表すのは、桜三つの襟章。

 洲本のおっちゃんは菊二つで副支部長。そして上から三番目。

 それなら一個上の菊三つは支部長相当にあたるはず。

 もう一つのバッジのコウノトリは、望愛やおっちゃんの所属する支部のエンブレム。

 

 ・・・・・・あの支部には、支部長が不在だ。

 

「・・・・・・あそこの支部に、支部長は居ないはずでは?」

 

 俺は静かに聞く。男は、ゆっくりと口を開いた。

 

「洲本からはそう聞かされているのかね。彼には後で嘘つきは泥棒の始まりと言っておこう。──私が、あの支部の支部長だ」

 

 俺は横目で兄貴を見る。

 兄貴に動揺した素振りはない。どうやら知っていたようだ。

 

「まぁ、そう驚かないでくれたまえ。実際問題、支部長の仕事も、司令の役割も洲本に任せきりだった。私はこっち(東京)()()()()をしていたものでね。私は要は欠番の支部長と言うわけだ」

 

 烏丸はそう言ってコートをひるがえし、俺達に背を向ける。

 

「さて、そろそろ出立の時間だな。総理が官邸でお待ちかねだ。さぁ、こちらへ」

 

 烏丸は控え室の扉を開く。

 俺達は、彼の促すままに控え室を出、空港の裏から車に乗り込んだ。

 

 護衛の数が、やけに多かった。

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