ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第四話 出撃! 極東のジャンヌ・ダルク

 パーキングエリアに一旦寄り、最後の準備をした俺たちはようやく現場に到着した。現場は深い山々と田畑が広がる閑静な田舎町。

 うちの県には村が無いから、どれだけド田舎でも一応町になる。コオロギ達に混ざって、カエルの声も聞こえてきた。

 

「・・・・・・着いたぞ」

 

 兄貴は手頃なところに車を停め、後ろの俺たちを振り返る。だが・・・・・・

 

「兄貴・・・・・・」

「皆まで言うな・・・・・・起こしてやりなさい」

 

 兄貴はそう言って優しく微笑む。

 俺はゆっくりと隣を見た。

 いつもの事ながら望愛さん、フリーダム過ぎませんか!? 今から得たいの知れない化け物とガチンコで殴り合うんですよ!? 気持ち良さそうによだれ滴しながら寝るんじゃありません!! ・・・・・・可愛いから写真撮っとこ。

 

「・・・・・・お前ってほんと望愛のこと好きだよなぁ」

 

 兄貴は呆れ顔で俺にそう言う。

 

「そりゃぁもう、大好きに決まってるだろ?」

 

 何を今さら。ってそんなこと言ってる場合か! とっととこの寝ぼすけを起こさねば。

 

「望愛さん、起きなさい。お仕事の時間ですよ」

 

 俺は望愛の肩を二、三度軽く叩く。望愛はすぐに薄目を開けて目を覚ました。

 

「・・・・・・ん? ふあぁ~、もう着いたの?」

「いえす」

「ん、わかった」

 

 まだ眠気が取れない望愛はそう言うとベルトを外して立ち上がり、

 

 

 ──ゴンッ!!

 

 

「・・・・・・いちゃい」

 

 天井に頭をぶつけた。この子はアホなのか? アホの子なのか? アホの子なのだろう。(可愛いから良いが)大変不安だ。

 だが驚くこと無かれ、これでもこいつはこの国最強のヒーローなのだ。コードネームは《ジャンヌ・ダルク》。・・・・・・名前負けしてるとしか思えんが、この国は望愛にそうあるように求めた。

 こんなちんちくりんに命運を託すなんて、多分この国はもうダメだと思う。ぶっ壊してやろうか。

 

「そんじゃ俺たちは外に出てるから、着替えたら出てくるんだぞ?」

「ほれ、制汗スプレー。スーツ着る前に振っとくんだぞ?」

「りょーかい!」

 

 頭をぶつけた衝撃で目が覚めたのか、俺たち二人に向かって元気に望愛は親指をたてて返事する。不安だ。

 俺は制汗スプレーを望愛に手渡すと、兄貴と共にそそくさと車を出て、背を向ける。

 お着替えシーンを見たいと思うのは思春期男子特有の感情だが、俺はそれを別の機会にとグッとこらえる。

 さて、と。ようやく兄貴と二人になれた。あの事について聞くなら、今だろう。

 

「なぁ兄貴」

「ん? どした?」

 

 兄貴は早速ライターでタバコに火をつけ、ふかしていた。受動喫煙という言葉を彼は知っているのだろうか?

 コオロギやカエルの声に包まれながら、兄貴はどこか納得したようにこう言った。

 

「あぁー、そろそろタバコに興味が出てきたか? 流石に法に触れるのは良くないからなぁ・・・・・・。ほら、未成年のお前はライターだけで我慢しな」

 

 は?

 

「いや別に要らねぇよ?」

「まぁまぁそう言わずに・・・・・・」

 

 いや兄貴よ、未成年の弟分のリュックサックに強引にライターを押し込むのはどうかとおもうぞ?

 

 ・・・・・・まぁいい。今はその事については後回しだ。俺が本当に聞きたいこと、それは──

 

「望愛の結婚ってさ、来年だよな?」

 

 一瞬場が凍る。心なしかカエル達の声も小さくなったように思える。

 兄貴はタバコを口から外し、煙を吹くと、それをポケット灰皿に入れて俺の方向き直った。

 

「・・・・・・やっぱり気づいたか」

 

 俺はこくりとうなずく。

 

「ちょっと遅すぎたけどな」

「気づけただけ上等だ。・・・・・・ありがとな」

 

 兄貴はそう言って俺の背をポンと叩く。

 なぜ兄貴が礼を言う? そんな疑問をよそに、兄貴は話を続けた。

 

「実は望愛な──」

 

 そのときだった、兄貴の言葉を遮るように、一人の男が現れた。

 

「二人とも来たか」

 

 俺達は思わず話をやめ、振り返る。そこには、元柔道国体出場選手の名に恥じぬ、がっしりした体型の、厳つい中年男性──洲本弘一郎(すもとこういちろう)と、取り巻きの黒服の姿があった。

 その姿を見て兄貴はペコリとお辞儀をする。俺もそれにならう。独特の威圧感が、その場に広がった。

 

「話を遮ってしまったか?」

 

 ダンディーな低い声で、洲本のおっちゃん(普段俺はそう呼んでいる)はそう聞く。

 ギクリ。

 

「・・・・・・いえ、大丈夫です。洲本副支部長」

 

 兄貴は首を横に振って答える。

 位置付けとして、兄貴は洲本のおっちゃんの部下に当たる。

 

「そうか。・・・・・・望愛は中に?」

 

 洲本のおっちゃんはそう言って車をちらりと見る。兄貴は小さくうなずいた。

 

「ええ」

「・・・・・・そうか、ありがとう。ナオも夜中なのにごくろうさん」

 

 おっちゃんは俺の肩に手を置く。大きくてごつごつとした、皮の厚い手のひらだ。柔道家は皆、こんな手をしているのだろうか。

 

「ご苦労なんてそんな・・・・・・俺は彼氏としての最低限の義務を果たしてるだけだ」

「そうか・・・・・・あと一年、よろしくな」

 

 そう言うとおっちゃんは少しはにかみ、離れたところにあるテントに取り巻きともども歩いていった。

 

「・・・・・・この話は今は止そうか」

「・・・・・・だな」

 

 俺達は目を合わせてうなずく。絶好のチャンスを失ったのは痛いが、それが得策だ。

 洲本弘一郎は、俺や望愛にとって父親みたいな人物だ。

 顔は厳ついが、おおらかで気前がよく教養もある。お手本みたいな人だ。・・・・・・機関の幹部でなければどれだけ良かったことか。

 

 

 望愛達日本のヒーローは、内閣府直轄の機関『特殊災害対策特別会議室』。通称、特災対の下部機関に所属している。兄貴も無論、この機関の所属だ。

 これの下部機関、『ヒーロー機関』は日本各地に支部があり、ヒーロー達はそれぞれの支部長の指示のもと、任務に従事する。

 うちの地域の支部は慣例上支部長が不在ならしく、副支部長の洲本のおっちゃんが事実上の司令として望愛達所属ヒーローに指示を出している。

 

 

 ・・・・・・そんなこんなで数分後、ヒーロースーツに着替え終わった望愛が、小脇にフルフェイスと制汗スプレーを抱えて堂々と歩いてきた。

 相変わらず緊張感の欠片もない、ニッコニコな表情を浮かべて。

 

「準備万端! ナオ、スプレーありがと!」

「はいよっ!」

 

 俺はそう言って望愛の投げたスプレーをキャッチしてリュックサックにぶちこむ。

 望愛のスーツは動きやすいように体にピッタリフィットしたスパイスーツ風の物だ。

 白を基調に、腕や体側にピンクのラインが走っている。そして胸とフルフェイスの額部分には、ひし形のマークの中に『特』の字が刻まれた黒いロゴがつき、腰のベルトには鞘に収まった鉈のようなもの(マチェットと言うらしい)をぶら下げている。

 ・・・・・・許されることなら小一時間写真を撮りまくりたいのだが、前にそれをやろうとしておっちゃんに秘匿事項云々とお小言を言われたので止めておく。

 だが、これだけは言わねばなるまい。

 

「やっぱりお前って可愛いなぁ・・・・・・」

 

 その瞬間、望愛は虚を突かれた様に驚き、目を見開いて頬を紅潮させた。

 

「はっ・・・・・・!? もぅ、止めてよぉ~!!」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしがる望愛は、そう言って俺をポコポコ殴る。

 可愛いものに可愛いと言って何が悪い! あとその反応云々全部逆効果だからな? ・・・・・・んでいつものことながらなんで兄貴は目を覆ってんの?

 

「尊い・・・・・・直視できない・・・・・・」

 

 おっとそうだ、この人は次元を選ばないタイプのオタクだった。・・・・・・でも俺たちに尊みを覚えるのはなんか違くね?

 

「もう・・・・・・。それじゃ、行ってくるね!」

 

 おっと、もうそんな時間か。

 

「おう! 行ってらっしゃい! 待ってるからな!」

 

 ・・・・・・これもいつものことながら、やっぱりこの見送る瞬間だけは慣れない。心拍数が上がる。もし帰ってこなかったらと思うと、怖くて怖くてしょうがない。

 だが、そんな情けない姿、望愛には見せたくはない。俺の小さな小さなプライドに懸けて、精一杯の笑顔を望愛に贈る。

 

 俺たちはグータッチをする。望愛はニッコリ笑ってフルフェイスを被ると、山に向かって一目散に走っていく。・・・・・・俺はその背を、見送ることしか出来ないのだ。

 

「・・・・・・俺ってホント、情けねぇよなぁ」

「言うな。俺も同類だ」

 

 俺と兄貴は望愛を見送ったあと、テントへと向かった。

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