ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
息が詰まるほどの沈黙が、車の中に満ちた。
俺達が乗っているのは真っ黒な高級車だ。
座席はとてつもなくふかふかで、座り心地も抜群。こんな状況じゃなければ、俺は今ごろ望愛と二人ではしゃいでいる頃だと言うのに・・・・・・。
俺達三人は、左右から望愛をはさんで守るように、後部座席に座った。
俺は左隣に座る望愛の手をしっかりと握る。
望愛も俺の手を握り返すが、その手は驚くほど冷たく、そして力がなく、やはり小刻みに震えている。
「大丈夫か?」
俺は望愛の耳元で小さくそう聞く。望愛は何度も何度も、力なくこくこくとうなずいた。
大丈夫じゃないのは明らかだ。
そう言えば先程から兄貴も珍しく緊張しているように見える。
あまり兄貴が冷や汗をかいている場面は見たことがない。かなり新鮮だ。
窓の外に林立する高層ビル群がみるみる内に後ろへ流れていく。
俺は、そんな窓に反射する自分の顔を眺め、考えていた。
はじめましてと名乗った
思考は渦となって頭をめぐる。
ここで立ち止まるわけにはいかない。決して。
望愛と共に逃げると、約束した。全てを捨てて、一緒になると。
──息子さんを、弟さんを、お兄さんを、ボクに下さい!!
あの日の望愛の声が、蘇る。
俺は、望愛と一緒の墓に入る。こんなところでは、止まれない。
車にしばらく揺られ、遂に俺達はたどり着いた。
この国の首長たる内閣総理大臣が執務を行い、歴史的大事件を幾度も見守り、時には巻き込まれた宰相の城。首相官邸だ。
車列は官邸の裏に回り、停止する。
俺達三人は、既にそこに出てきていた案内人に促されるままに、官邸の中に入った。
官邸の中に入る直前、ふと俺は振り返る。
そこには、先程まで俺達が乗っていた車のそばに立ち、こちらをじっと見つめる烏丸の姿があった。
「兄貴」
正面を向き直した俺は、横を歩く兄貴の袖を少し引き、小さく声をかける。兄貴はちらりと横目で俺を見、「どうした」と、これまた小さく返した。
俺は少し間を空け、望愛に聞こえないくらいの小さな声で、こう言った。
「・・・・・・あんたは、味方か?」
俺は兄貴の次の言葉を待つ。
兄貴は顎に手を当て、少し考えた後、目線で前を見ろと促す。そして──
「俺よりももっと信用も信頼できる強力な後ろ楯が、あそこにいる」
と、呟いた。
俺は正面を見る。するとそこには・・・・・・
「──有馬くん、湯村くん。久しぶりだな」
鋭い目に、スラッとした立ち姿勢をした、一人の壮年の男が立ち、二人にそう声をかけた。
男の名は、
*
──有馬くん、湯村くん。久しぶりだな
内閣総理大臣、香住誠四郎。
四十九歳と言う、政治家としては遥かに若いその年齢で総理の座につき、この国を動かしている。
常に険しい表情をしており、またその歯に衣着せぬ物言いもあって、『不機嫌総理』などと言うあだ名をつけられた。そんな男が、今・・・・・・
「直人くん見て見て! これがね、就任式のときの有馬くん! どうだ、良いだろう? 欲しい? ちょっと待ってね、今スマホ出すから」
首相官邸のすぐ横にある総理の住まい、公邸の私室で大きなアルバムを開き、自慢げに、そして嬉しそうにそれを俺に見せつける。
「えっ! 良いんですか!? ありがとうございます! それじゃお礼に、この前撮った猫耳メイド服の望愛の写真を・・・・・・」
「そんなものもらって良いのかい!? ありがとう直人くん!!」
テンションの上がった俺と総理は、そう言ってスマホを取り出し、画像のやり取りをする。
城崎直人十七歳。俺は今、心を通わせられる同志を手に入れた。
「もぉー、ナオもセーさんもボクの目の前でそう言うことするの止めてよぉー。バカ」
そんな俺達に、総理の顔を見て落ち着きを取り戻した望愛は、ムスッとほっぺたを膨らませて抗議する。しかし、
「はっはっはっ、有馬くん。そんなセリフも表情さえも、我々にとってはご褒美なのだよ!」
「流石セーさん! そのとーり!」
そう言って俺達は腰に手を当ててアッハッハと高らかに笑い合う。
そんな俺達の姿を見て、兄貴と望愛は大きなため息をついた。
一通り画像の交換や望愛の可愛かった瞬間、仕草を語り合った後、俺達四人はようやくソファーに座り、落ち着いた。
「では、直人くん。改めまして、こんにちは。私が内閣総理大臣を勤めさせてもらっている、
朗らかな笑みを浮かべ、彼はソファーから腰を浮かせて、前のめりになって向かい合う俺に手をさしのべる。
テレビ中継や新聞からは絶対に想像できないであろう、優しげな表情だ。
「城崎直人です。改めまして、よろしくお願いします」
俺もそう返し、腰を浮かせて差し出された手をとり固く握手する。
「君のことは有馬くんから良く聞いているよ。『優しくて、頼もしくて、料理も上手なとっても強い最高の彼氏』だとね」
俺は少し赤くなってサッと横の望愛を見た。
望愛は俺を上回るスピードで、顔を背けた。
そんな俺達を見て、セーさんもとい、香住総理と兄貴は微笑む。
「いやはや、有馬くんの話にたがわぬ好青年で私も安心したよ」
俺達は握手を解いてソファーに座りなおす。
「もし、どうしようもないクズな輩が来たらどうしようかと悩んだ昨日の夜は無駄だったと言うわけだ。アッハッハ・・・・・・」
香住総理は死んだ目でそう言って大きく笑う。
そんな総理を、俺は内心震えながら、見ていた。正直、チビりそうだ。
ひとしきり笑い終えた総理は、一つため息をついた。そして立ち上がり、部屋の出口の扉に手を掛け、こう言った。
「直人くん──いや、
その姿は、先程までのセーさんとしてのものではなく、この国を背負う総理大臣・香住誠四郎としてのものだった。
俺は立ち上がる。そして望愛の方を振り返る。
心配そうな顔をした望愛が、俺を見上げる。俺はそんな望愛に、ポケットからライターを取り出し、手渡す。前に兄貴からもらったものだ。
「大丈夫、すぐに戻る。俺が帰ってきたら、コース料理の作法とか教えてくれよ?」
スーパー庶民の俺は、高級料理の食べ方など知らんのだ。これでは明日恥をかいてしまう。
「・・・・・・うん。わかった、早く帰ってきてね。ボクのレッスンはちょっと長いよ?」
望愛は少しぎこちなく笑う。
「もしかして夜通し?」
「早く帰ってきてくれたら、日付が変わる前には終わるよ」
「長い夜になりそうだ」
俺はそう言い終わると、望愛の頭にポンと手をおき、離して、扉に向かって歩き始めたのだった。