ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
午前八時半。
天気は清々しいほどの秋晴れだ。暑くもなく、かといって寒くもない。珍しく過ごしやすい天気だ。
そんな中、二時間ほども眠っていないのに、望愛は弾けるような元気な笑顔を浮かべ、会話を楽しむ。
・・・・・・ただ、その笑顔は、会話は、俺に向けられたものではない。
『ロバート・ブルース』ことロバート・オオサワ。イギリス出身のヒーローで、彼女の婚約相手だ。
二人は今、東京の名所を見て回り仲を育む、いわゆる『デート』を行っている。
そんな二人を、機関の職員達が人混みに紛れて護衛する。
現在地は浅草寺雷門前。恐ろしいほどの人混みでも、ロバートの姿は良く見える。・・・・・・逆に望愛はほとんど埋もれてしまっている。
「来なかった方が良かったんじゃないか?」
隣に立つ兄貴が俺に耳打ちする。俺は驚いて兄貴の方を振り向く。
「そんなにイライラしてるように見えるか?」
「そう言う訳じゃ無いけどよ。あんまり見てて気持ちの良いもんじゃないだろ、あれは」
兄貴はそう言って眉間にシワを寄せ、苦々しげな表情を浮かべる。
確かに、そうだ。望愛も、ロバートも、本心からはきっとこんな展開望んじゃいないはずだ。
偽りの笑顔を浮かべ、偽りのムードを作り、そして偽りのカップルとなり、偽りの愛を育む。
嘘と虚構と、打算によって形作られ、セッティングされたシナリオ通りのデート。祝福するのは、日英両機関の幹部と、政府首脳だけ。
きっと彼らも今、どこかに設置されたカメラ越しに、二人のデートをモニタリングしているのだろう。
そして彼らはこう言うのだ。『実に素晴らしい真実の愛ですね。二人のデートは大成功だ』と。反吐が出る。
俺と兄貴は今、政府特命の『現地観測員』という名目のもと、望愛達から少し離れたところで二人の動向を逐一上に報告している。
兄貴に無理を言って、ポストを一枠空けて貰ったのだ。感謝してもしきれない。
俺達は二人が移動するのに従い、一定の距離を保って移動する。
二人は今、浅草名物の人形焼きを食べている。
望愛が袋から一つつまみ上げ、ロバートの口に放り込んでやる。二人は一瞬見つめ合い、そして微笑み合っ────
「ナオ、大丈夫か?」
兄貴が俺の肩を叩く。俺はハッと我に返る。
「やっぱ、きちぃな・・・・・・」
額から嫌な汗が流れる。
今、俺の中に生まれたこの感情は、焼きもちや嫉妬なんていう、綺麗なものではない。
これは多分、もっとドス黒く、混沌とした、醜悪な感情だ。決して人に見せてはいけない、醜い俺の、醜い感情だ。
「兄貴」
「・・・・・・どした」
「後で人形焼き、おごってくれ。俺まだ食べたことねぇんだ」
「わかった。好きなだけ買ってやるよ」
浅草寺から離れ、望愛とロバートは下町の方へとやって来た。人通りはまばらで、穴場のような雰囲気を醸し出している。
ふと、望愛が顔を赤らめてうつむいた。
何やら話している。話を聞いたロバートは苦笑し、うんうんとうなずく。
望愛は何度か頭を下げたあと、キョロキョロと辺りを見渡し、近くの公園のトイレへと駆け込んでいった。
俺と兄貴は、二人で顔を見合わせ苦笑する。
ロバートもてくてくと公園に向かい、ベンチに座り込んだ。
──ブー、ブー、ブー
望愛がトイレに入った直後、ポケットの中のスマホが震える。
もしやと思い、俺はスマホをとりだし確認する。・・・・・・スマホには、望愛からのメッセージが届いていた。
『ナオ、見てるんでしょ?』
俺はすぐに「うん、兄貴と一緒」と送信する。
既読はすぐについた。十秒ほど遅れて、メッセージが届く。
『ごめんね』
『ボク、ロバートさんにあんなことしちゃった』
あんなこと、とは多分、人形焼きのことだろう。
「気にすんな。大丈夫だから」
送信する。不思議と手が震える。
メッセージが届く。
『気にするよ!』
『本当にごめんね』
『ごめんね』
ぽつり、画面に雫が落ちる。天気は見事なまでの秋晴れ。狐の嫁入りだろうか?
文字を打つ手が震える。
「謝んな」
「何があっても」
「俺は」
その続きを打とうとして、手が止まる。指が震えて、定まらない。
──ナオ、大丈夫
メッセージが届く。
メッセージは続く。
『大丈夫』
『ボクも同じだよ』
メッセージを読む。雫が落ちる。視界がぼやける。
『お土産、部屋に帰ったらすぐに渡すね』
写真が送られてくる。
二つの良縁守の写真を見たとき、俺は遂に耐えきれなくなった。
もし神や仏がいるのなら、どうかお願いします。俺と望愛の縁を、守ってください。
空は、雲がちらつくものの、見事に晴れていた。