ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第五十話 一錠の悩み

 ボクは手のひらの薬を見つめ、唾を飲み込む。

 話が本当なら、ボクはこれを飲めば普通の女の子になれる。

 ・・・・・・そして、ナオと添い遂げることが出来る。

 

 でも、それで良いのかと思う自分もいる。

 普通の人間になったら、誰がナオを守るのか? と。

 あの日ナオが出したあの力。きっと、あれを使いすぎるとナオは人でいられなくなる。

 ボクは今、本当にこれを飲むべきなのだろうか。そもそもボクは、ヒーローを辞めても良いのだろうか。

 大勢のヒーローがこの国で、世界で、生まれ持った宿命に縛られ、傷付き、倒れている。

 そんな中で、ボク一人がのうのうと一抜けをしても良いのだろうか。

 

 目の前に、手の届くところに思わぬチャンスが訪れたとき、尻込みしてしまうのはボクの悪い癖だ。こう言うときの決断力が、ボクには無い。

 昔は、今まではそれでもなんとかなっていた。それは、ボクのとなりにはいつもナオが居たから。

 いざというとき、ナオがボクを引っ張ってくれた。導いてくれた。手を引いてくれた。そして、一緒にいてくれた。

 でも、今はそうじゃない。今ここに、ナオはいない。やっぱりボクは、ナオがいないと駄目なんだと心底思い知らされる。

 

「もし今ナオがいたら、なんて言うだろうなぁ・・・・・・」

 

 思わずボクは呟く。きっとナオは、ヒーローから解き放たれることを喜んでくれるだろう。

 副作用のことを心配こそすれ、それでも喜んでくれるはずだ・・・・・・でも、どうしても踏ん切りがつかない。

 

 

 ──コンコン

 

 

 ドアがノックされる。ボクは時計を見る。もう約束の十分が経過してしまったようだ。

 

「望愛さん、準備できたようデス。行きましょうか」

 

 ドア越しにロバートさんが言う。ボクは急いで薬と紙を胸元に隠す。・・・・・・ポッケが無いのがこんなに不便だとは思わなかった。

 

「はい、わかりました」

 

 ボクはそう言って内側からドアを開け、部屋の外に出る。

 そこにはタキシード姿のロバートさんと、お付きの人が数名立っていた。

 

「望愛さん、行きましょうか」

 

 ロバートさんは再度そう言って、手を差し出す。

 

「はい・・・・・・」

 

 ボクは少しうつむき加減で答え、彼の手を取る。ごつごつとした、大きな力強い手だ。

 

 ロバートさんはにっこりとうなずき、ボクの手を優しく引いた。

 

 長い長いレッドカーペットの廊下を、ボクたちは進む。

 不思議と緊張はしなかった。ボクの頭の中には、ナオのことと薬のこと、そして今後のことしかなかった。

 足取りは重い。それでもロバートさんは、ボクにあわせてゆっくりと先導してくれた。

 

 ボクたちは大きな扉の前に出る。この向こうが、会場だ。

 

「さぁ、望愛さん。笑って下さい」

 

 ロバートさんが優しく言う。

 ふぅー、と、ボクは息を吐く。そして、もう慣れてしまった作り物の笑みを浮かべ、返事をした。

 

「はい、ロバートさん」

 

 扉が開かれる。割れんばかりの拍手の音が響く。

 大勢の人々が、ボクたちの姿を見上げる。皆作り物の笑みを浮かべて、大喝采を送る。

 ボクたちはそれに優しく微笑んで、手を振る。

 

 全ての人が、同じ顔にみえた。まるでロボットか操り人形のようだ。

 個性の無い、感情の無い、ただ同じ動きをするだけの存在。まるで今のボクみたいだ。

 そんな無個性な彼らにボクは手を振り、会場を見渡す。見渡す。見渡──

 

「──!!」

 

 

 そんな中に、その人は立っていた。

 会場の隅の隅。端っこの方に追いやられ、回りよりも頭一つ身長の低い彼は、それでも懸命に人と人との間から顔を出し、ボクに拍手する。

 

「・・・・・・ナオ」

 

 自然と口から声が出た。

 そうだ、そこにはナオがいる。ナオだけは、ボクの姿を真っ直ぐに見てくれる。

 ボクは胸に手を当てる。カプセル錠の形が手に伝わる。

 

 

 

 ────迷う必要は、無くなった。

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