ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
ボクは手のひらの薬を見つめ、唾を飲み込む。
話が本当なら、ボクはこれを飲めば普通の女の子になれる。
・・・・・・そして、ナオと添い遂げることが出来る。
でも、それで良いのかと思う自分もいる。
普通の人間になったら、誰がナオを守るのか? と。
あの日ナオが出したあの力。きっと、あれを使いすぎるとナオは人でいられなくなる。
ボクは今、本当にこれを飲むべきなのだろうか。そもそもボクは、ヒーローを辞めても良いのだろうか。
大勢のヒーローがこの国で、世界で、生まれ持った宿命に縛られ、傷付き、倒れている。
そんな中で、ボク一人がのうのうと一抜けをしても良いのだろうか。
目の前に、手の届くところに思わぬチャンスが訪れたとき、尻込みしてしまうのはボクの悪い癖だ。こう言うときの決断力が、ボクには無い。
昔は、今まではそれでもなんとかなっていた。それは、ボクのとなりにはいつもナオが居たから。
いざというとき、ナオがボクを引っ張ってくれた。導いてくれた。手を引いてくれた。そして、一緒にいてくれた。
でも、今はそうじゃない。今ここに、ナオはいない。やっぱりボクは、ナオがいないと駄目なんだと心底思い知らされる。
「もし今ナオがいたら、なんて言うだろうなぁ・・・・・・」
思わずボクは呟く。きっとナオは、ヒーローから解き放たれることを喜んでくれるだろう。
副作用のことを心配こそすれ、それでも喜んでくれるはずだ・・・・・・でも、どうしても踏ん切りがつかない。
──コンコン
ドアがノックされる。ボクは時計を見る。もう約束の十分が経過してしまったようだ。
「望愛さん、準備できたようデス。行きましょうか」
ドア越しにロバートさんが言う。ボクは急いで薬と紙を胸元に隠す。・・・・・・ポッケが無いのがこんなに不便だとは思わなかった。
「はい、わかりました」
ボクはそう言って内側からドアを開け、部屋の外に出る。
そこにはタキシード姿のロバートさんと、お付きの人が数名立っていた。
「望愛さん、行きましょうか」
ロバートさんは再度そう言って、手を差し出す。
「はい・・・・・・」
ボクは少しうつむき加減で答え、彼の手を取る。ごつごつとした、大きな力強い手だ。
ロバートさんはにっこりとうなずき、ボクの手を優しく引いた。
長い長いレッドカーペットの廊下を、ボクたちは進む。
不思議と緊張はしなかった。ボクの頭の中には、ナオのことと薬のこと、そして今後のことしかなかった。
足取りは重い。それでもロバートさんは、ボクにあわせてゆっくりと先導してくれた。
ボクたちは大きな扉の前に出る。この向こうが、会場だ。
「さぁ、望愛さん。笑って下さい」
ロバートさんが優しく言う。
ふぅー、と、ボクは息を吐く。そして、もう慣れてしまった作り物の笑みを浮かべ、返事をした。
「はい、ロバートさん」
扉が開かれる。割れんばかりの拍手の音が響く。
大勢の人々が、ボクたちの姿を見上げる。皆作り物の笑みを浮かべて、大喝采を送る。
ボクたちはそれに優しく微笑んで、手を振る。
全ての人が、同じ顔にみえた。まるでロボットか操り人形のようだ。
個性の無い、感情の無い、ただ同じ動きをするだけの存在。まるで今のボクみたいだ。
そんな無個性な彼らにボクは手を振り、会場を見渡す。見渡す。見渡──
「──!!」
そんな中に、その人は立っていた。
会場の隅の隅。端っこの方に追いやられ、回りよりも頭一つ身長の低い彼は、それでも懸命に人と人との間から顔を出し、ボクに拍手する。
「・・・・・・ナオ」
自然と口から声が出た。
そうだ、そこにはナオがいる。ナオだけは、ボクの姿を真っ直ぐに見てくれる。
ボクは胸に手を当てる。カプセル錠の形が手に伝わる。
────迷う必要は、無くなった。