ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
食事会が始まる。
総理の厚意で、会場の隅の隅、端っこの端っこではあるが、なんとか席を与えられた俺と兄貴は、二人並んで椅子に腰掛けている。
周囲に座るのは、俺よりも頭一つ分以上大きな英国紳士や、屈強な日本人の巨漢達。皆、機関の人間だ。
いつか兄貴が言っていた言葉を俺は思い出す。
──ヒーロー機関の関係者達にとって、憧れの存在なんだと──
その言葉通りなのか、彼らは積極的に話し掛けてくる。
やれ「ジャンヌ嬢とはどこで知り合ったのか」だの、「出会ってどれぐらい経つのか」だの、「どこまでいったのか」だの・・・・・・最後のは若干セクハラだからな?
最初は少し緊張していたが、皆、案外フレンドリーに接してくれたのもあって、段々と緊張がほぐれてきた。やはり望愛の影響力は偉大だ。
そんな彼ら彼女らとの話し合いの最中、ふと会場全体を見渡してみる。
案外年齢や性別はばらつきがあり、俺より少し上ぐらいの若い人だって居れば、長い髭を蓄えた長老のような人物もいたりする。
秘密主義かつ能力主義のヒーロー機関らしいとも言える。そしてそんな会場前方には、日英両首脳の姿があった。
なんでも、今のイギリス首相と香住総理は古くから親しい友人で、家族ぐるみで付き合いがあるらしい。
望愛とロバートの今回の件も、そう言った彼らの友人関係が影響しているのかも知れない。
しばらく経ち、俺達が談笑していると、突然照明が暗転し、会場正面がほのかに明るく照らされた。どうやら、
『皆様、拍手でお迎えください!』
司会の女性が日本語でそう言い、ワンテンポ遅れてイギリス英語で復唱される。
会場にいた全ての者が椅子から立ち上り、拍手をする。出遅れた俺も急いで立ち上がり、人と人との間からなんとか顔を覗かせる。
カツカツと歩む音が、拍手に混じって聞こえる。
俺はその正体を知りたくて、なんとか背伸びをして、首を伸ばして見ようとする。
だが、やはりガタイのいい高身長な彼らの背に邪魔されて、思うように見ることが出来ない。
そんな俺の動きを知ってか、一人の男が後ろを振り返ってニカッと笑うと、少し横に逸れてくれた。
俺は会釈し、その間から顔を覗かせる。
──そこから見えた景色に、俺は思わず息を飲んだ。
ウエディングドレスを思わせる真っ白な衣装に、きれいな化粧。
垢抜け、とでも言うのだろうか。昨日までの姿からは想像もつかない大人びた、美しい望愛の姿があった。
俺は口をぽかんと開けたまま、気付けば先程よりももっと強く手を叩いていた。
「望愛、綺麗だな」
ボソッと、兄貴がそうささやく。
「あぁ・・・・・・ほんとに、綺麗だ」
俺はそう返し、何度もうなずく。
望愛はにこにことはにかみながら、隣のロバートと共に会場全体に手を振る。
ふと、望愛の手が止まった。
俺と望愛の視線が交差する。
目と目が合う。
望愛は目を閉じ、胸に手を当てるような動作を見せる。
そしてゆっくりと目を開け、今日一番の笑顔を見せた。
そんな望愛の目を、俺はきっと生涯忘れないだろう。
望愛は今この瞬間、きっと俺の想像もつかないような、大きな決断をした。
不思議と、俺の中にそんな確信が芽生えた。
食事会は、幕を上げる。
大きな波乱を、内に秘めて・・・・・・。
*
食事会は幕を上げた。
豪華な料理が次々にテーブル上に運ばれ、皆それを作法の通りに食べてゆく。
・・・・・・正直に言って、あまり味は分からなかった。
望愛に教えて貰ったマナーを守るので精一杯で、味に気を遣っている暇は無かったのだ。
そういえば、さっき周囲を見渡したときに、違和感を覚えた。
一段落ついたところで、もう一度会場を見渡して、やっとその違和感の正体に気づいた。
──支部長、
あのミイラのような包帯頭を、見間違える訳がない。
身長もそこそこあったし、埋もれている訳では無いだろう。なら、何故・・・・・・
「おい、兄貴」
俺は横の兄貴に小声で呼び掛け、肘で軽くつついた。
「どした?
兄貴は紙ナプキンで口を拭くように隠しながら、小声で答えた。
「ちげぇよ。会場にくる前に二人で済ましたろ」
「それもそうか。んじゃどうした?」
俺は一呼吸置き、呟いた。
「烏丸が、居ない」
ガタリと音を立てて兄貴が立ち上がり、驚嘆する。
──絶叫が響いたのは、その直後の事だった。
大丈夫ですかッ!!
前方から放たれた女性の声が、会場に木霊する。
一瞬の静寂の後、ざわめきが全体に広がった。
何が起きているのかわからない俺はただ、キョロキョロと辺りを見渡した。
ボソボソと何かを呟きながらうつむく兄貴をよそに、俺は前方に目をやった。
・・・・・・先ほど望愛の居た所に、人だかりが出来ている。
冷たいものが、背を撫ぜた。
俺は人と人との合間を縫って、そこに向かう。
後ろから兄貴の呼び止める声が聞こえるが、そんなもの関係はない。
人だかりのところまで来た俺は、集まる彼らを押し退け、間をくぐり抜け、中に入った。そして、見てしまった。
「望愛っ!!!!」
まるで眠ったように床に倒れ伏す望愛に駆け寄り、抱きかかえる。
「望愛! おい望愛っ!!」
呼び掛けるも、望愛は目を覚まさない。
バクつく俺の心臓をよそに、望愛の鼓動は一定のリズムを保っていた。
「レー卿、今医者を呼びました」
低い男の声が、背後から響いた。ロバートだ。
「顔色も心拍も安定しています。今のところ命に別状は無いでしょう」
ロバートは額に汗を流しながらも、冷静にそう言って片ひざをつき、俺の横に並ぶ。
「何があった?」
そんな冷静さに腹が立つ。俺はロバートを睨み付け、聞いた。
そんなロバートは横目で俺を見ると、またも冷静に、こう言った。
「事態が落ち着いたときにまた、お話しします。今はただ、彼女と共にいてあげてください。貴方にしか、出来ない仕事です」
そう言ってロバートは優しく微笑む。
そんな大人なところまで無性に腹が立つのは、きっと俺がまだまだ子供だからなのだろう。