ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第五十一話 ラ・ピュセル、或いは天使、または望愛

 食事会が始まる。

 総理の厚意で、会場の隅の隅、端っこの端っこではあるが、なんとか席を与えられた俺と兄貴は、二人並んで椅子に腰掛けている。

 周囲に座るのは、俺よりも頭一つ分以上大きな英国紳士や、屈強な日本人の巨漢達。皆、機関の人間だ。

 いつか兄貴が言っていた言葉を俺は思い出す。

 

 ──ヒーロー機関の関係者達にとって、憧れの存在なんだと──

 

 その言葉通りなのか、彼らは積極的に話し掛けてくる。

 やれ「ジャンヌ嬢とはどこで知り合ったのか」だの、「出会ってどれぐらい経つのか」だの、「どこまでいったのか」だの・・・・・・最後のは若干セクハラだからな?

 最初は少し緊張していたが、皆、案外フレンドリーに接してくれたのもあって、段々と緊張がほぐれてきた。やはり望愛の影響力は偉大だ。

 

 そんな彼ら彼女らとの話し合いの最中、ふと会場全体を見渡してみる。

 案外年齢や性別はばらつきがあり、俺より少し上ぐらいの若い人だって居れば、長い髭を蓄えた長老のような人物もいたりする。

 秘密主義かつ能力主義のヒーロー機関らしいとも言える。そしてそんな会場前方には、日英両首脳の姿があった。

 

 なんでも、今のイギリス首相と香住総理は古くから親しい友人で、家族ぐるみで付き合いがあるらしい。

 望愛とロバートの今回の件も、そう言った彼らの友人関係が影響しているのかも知れない。

 

 

 しばらく経ち、俺達が談笑していると、突然照明が暗転し、会場正面がほのかに明るく照らされた。どうやら、主賓(しゅひん)の登場らしい。

 

『皆様、拍手でお迎えください!』

 

 司会の女性が日本語でそう言い、ワンテンポ遅れてイギリス英語で復唱される。

 会場にいた全ての者が椅子から立ち上り、拍手をする。出遅れた俺も急いで立ち上がり、人と人との間からなんとか顔を覗かせる。

 カツカツと歩む音が、拍手に混じって聞こえる。

 俺はその正体を知りたくて、なんとか背伸びをして、首を伸ばして見ようとする。

 だが、やはりガタイのいい高身長な彼らの背に邪魔されて、思うように見ることが出来ない。

 そんな俺の動きを知ってか、一人の男が後ろを振り返ってニカッと笑うと、少し横に逸れてくれた。

 俺は会釈し、その間から顔を覗かせる。

 

 

 ──そこから見えた景色に、俺は思わず息を飲んだ。

 

 

 ウエディングドレスを思わせる真っ白な衣装に、きれいな化粧。

 垢抜け、とでも言うのだろうか。昨日までの姿からは想像もつかない大人びた、美しい望愛の姿があった。

 

 俺は口をぽかんと開けたまま、気付けば先程よりももっと強く手を叩いていた。

 

「望愛、綺麗だな」

 

 ボソッと、兄貴がそうささやく。

 

「あぁ・・・・・・ほんとに、綺麗だ」

 

 俺はそう返し、何度もうなずく。

 望愛はにこにことはにかみながら、隣のロバートと共に会場全体に手を振る。

 

 

 ふと、望愛の手が止まった。

 俺と望愛の視線が交差する。

 目と目が合う。

 望愛は目を閉じ、胸に手を当てるような動作を見せる。

 そしてゆっくりと目を開け、今日一番の笑顔を見せた。

 

 

 そんな望愛の目を、俺はきっと生涯忘れないだろう。

 

 望愛は今この瞬間、きっと俺の想像もつかないような、大きな決断をした。

 

 不思議と、俺の中にそんな確信が芽生えた。

 

 

 食事会は、幕を上げる。

 大きな波乱を、内に秘めて・・・・・・。

 

 

 *

 

 

 食事会は幕を上げた。

 豪華な料理が次々にテーブル上に運ばれ、皆それを作法の通りに食べてゆく。

 ・・・・・・正直に言って、あまり味は分からなかった。

 望愛に教えて貰ったマナーを守るので精一杯で、味に気を遣っている暇は無かったのだ。

 

 

 そういえば、さっき周囲を見渡したときに、違和感を覚えた。

 一段落ついたところで、もう一度会場を見渡して、やっとその違和感の正体に気づいた。

 ──支部長、烏丸敏浩(からすまるとしひろ)の姿がどこにも見当たらないのだ。

 あのミイラのような包帯頭を、見間違える訳がない。

 身長もそこそこあったし、埋もれている訳では無いだろう。なら、何故・・・・・・

 

「おい、兄貴」

 

 俺は横の兄貴に小声で呼び掛け、肘で軽くつついた。

 

「どした? お花摘み(便所)か?」

 

 兄貴は紙ナプキンで口を拭くように隠しながら、小声で答えた。

 

「ちげぇよ。会場にくる前に二人で済ましたろ」

「それもそうか。んじゃどうした?」

 

 俺は一呼吸置き、呟いた。

 

 

「烏丸が、居ない」

 

 

 ガタリと音を立てて兄貴が立ち上がり、驚嘆する。

 

 ──絶叫が響いたのは、その直後の事だった。

 

 

 大丈夫ですかッ!!

 

 

 前方から放たれた女性の声が、会場に木霊する。

 一瞬の静寂の後、ざわめきが全体に広がった。

 

 何が起きているのかわからない俺はただ、キョロキョロと辺りを見渡した。

 ボソボソと何かを呟きながらうつむく兄貴をよそに、俺は前方に目をやった。

 

 ・・・・・・先ほど望愛の居た所に、人だかりが出来ている。

 

 冷たいものが、背を撫ぜた。

 俺は人と人との合間を縫って、そこに向かう。

 後ろから兄貴の呼び止める声が聞こえるが、そんなもの関係はない。

 

 

 人だかりのところまで来た俺は、集まる彼らを押し退け、間をくぐり抜け、中に入った。そして、見てしまった。

 

「望愛っ!!!!」

 

 まるで眠ったように床に倒れ伏す望愛に駆け寄り、抱きかかえる。

 

「望愛! おい望愛っ!!」

 

 呼び掛けるも、望愛は目を覚まさない。

 バクつく俺の心臓をよそに、望愛の鼓動は一定のリズムを保っていた。

 

「レー卿、今医者を呼びました」

 

 低い男の声が、背後から響いた。ロバートだ。

 

「顔色も心拍も安定しています。今のところ命に別状は無いでしょう」

 

 ロバートは額に汗を流しながらも、冷静にそう言って片ひざをつき、俺の横に並ぶ。

 

「何があった?」

 

 そんな冷静さに腹が立つ。俺はロバートを睨み付け、聞いた。

 そんなロバートは横目で俺を見ると、またも冷静に、こう言った。

 

「事態が落ち着いたときにまた、お話しします。今はただ、彼女と共にいてあげてください。貴方にしか、出来ない仕事です」

 

 そう言ってロバートは優しく微笑む。

 

 そんな大人なところまで無性に腹が立つのは、きっと俺がまだまだ子供だからなのだろう。

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