ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
間も無く医者が到着し、望愛はヒーロー機関直属の病院に緊急搬送された。
食事会は即刻中止となり、驚きと困惑を残したまま、解散の運びとなった。そして今、俺は・・・・・・
「おいロバート。俺が高いところ苦手なの言ってなかったか?」
「む? それは初耳デス。今すぐ戻りますか?」
「上昇真っ只中のエレベーターからどう戻ろうって?」
俺は今、ロバートと二人で、東京タワーの展望台に向かうエレベーターに乗っている。
事の発端は二時間ほど前までさかのぼる。
望愛は緊急搬送先の病院で、命に別状はないとの診断が下された。
ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、機関本部によって病院は即刻閉鎖、誰も病院に近づくことが出来なくなった。
そんな最低最悪のタイミングで、ロバートが俺に「先ほど出来なかったお話しをしたい」と持ち掛けてきた。
そして、今に至るのだ。
平日の昼過ぎと言うこともあって、展望台に集まる人はまばらだ。あまり大きな声でなければ、怪しまれることはないだろう。
「・・・・・・それじゃ、話してもらおうか。ロバート、何があった?」
展望台においてある椅子に腰掛け、俺はそう聞く。ロバートは「少し長くなりますよ?」と前置きをし、話し始めた。
「今からおよそ、十三年ほど前になりますか。日本のとある科学者が、ある物質を発見しました。ヒーロー機関に所属していた彼は、その物質の持つ力と副作用、その特異な構造を目の当たりにし、こう名付けました。──抗能力物質・
ロバートは膝を組み直した。
「リスには、ヒーローの能力を一時的または永久に抑制する効果がありました。しかしその反面、百合に良く似た、凄まじい毒性を有した、危険な物質でもあったのです」
ロバートは天井を見上げた。
「リスの実験は、発見から十一年後、ヒーロー研究の二大先進国であった日本とイギリス、そしてその二か国に一歩遅れをとっていたフランスとアメリカの四か国の共同で行われました。・・・・・・私の妻は、その被験者でした」
彼は、静かに目蓋を閉じ、椅子にもたれ掛かった。
「妻は能力こそありましたが、ヒーローの選考からはギリギリ外れ、英国ヒーロー機関のメディカルスタッフとして働いていました。彼女の能力は、治癒、でした」
俺はハッとロバートを見た。
ロバートの能力は、治癒だ。
彼は、力無くにこりと微笑み、話を続ける。
「能力が他者に継承されるルートは、主に二つあります。一つは、親から子への継承。そしてもう一つは・・・・・・粘膜同士の接触による継承。これは、感染と称した方が良いかも知れませんね」
「粘膜同士の、接触?」
俺は思わず復唱した。ロバートはこくりとうなずく。
「キスや、そのもっと先の事を行うと、その能力は継承、もとい相手にうつることがあります。かなり可能性は低いものですがね。この能力は、妻から受け継いだものデス」
ロバートの話しに、俺は息を飲んだ。
「それじゃ、俺のあの時の力は・・・・・・」
「ええ、あなたが怪物予備軍だからと言う訳では無く、貴方が望愛さんから力を継承したと言うことでしょう」
ロバートは、静かにそう言って、続けた。
「私は元々、何の能力もないただの軍人でした。しかし、海外との合同演習中に偶然怪物と出くわしてしまいました。駆け付けたヒーローによって怪物は倒されましたが、私の隊は、私を除いて全滅。私も死の淵を彷徨いました。そんなところを、妻に助けられたんデス」
過去を懐かしむように、ロバートは微笑んだ。
「以来、私と妻は
ロバートの表情が険しいものになった。
彼は一呼吸置き、口を開いた。
「私は、能力の虚弱な妻に代わり、ヒーローになることを言い渡されたのです。通達通り私は、妻と結ばれることになりました。そして、この力を継承しました」
これでお仕舞いなら、どれだけ良い話だっただろう。それでも、ロバートは険しい表情をより一層険しくし、続けた。
「私は先ほど、能力を持たないと言いましたね。でも、たった一つだけ、私も知らなかった力があったのです。・・・・・・私は、他者から確実に能力を継承、いえ、さん奪する。そんな能力を持っていたのです。そして──」
ロバートはそう言って、俺の胸を指差した。
「その力は、貴方にも受け継がれている」
「え?」
困惑する俺をよそに、ロバートは続けた。
「レー卿、貴方骨髄移植を受けていますね?」
俺は少し驚きながらも、うなずいた。
ロバートは続ける。
「海外からの移植だったのでは?」
俺は目を見開き、食って掛かる。
「おい待て、それじゃまさか──」
「ええ。貴方に骨髄を提供したのは、おそらく私です。その頃はまだ私もノーマークでしたし、私自身つい最近調べてみるまで知りませんでしたがね」
俺は自分の両手を見詰め、ただただ困惑していた。ロバートは、そんな俺に構わず話を続ける。
「私が妻の力を継承した翌日、彼女は実験の成功の代償に、命を落としました。そんな私に、新たな任務がやってきました」
俺は顔を上げる。
額からは既に尋常じゃない量の冷や汗が流れているが、そんなものはもう気にはならなかった。
ロバートは、大きなため息をつき、言った。
「余命幾ばくもない『ジャンヌ・ダルク』、有馬望愛の力を継承せよ。機関は私にそう告げました」
俺は自分の太ももに、思い切り拳を打ち付けた。じんわりと、鈍い痛みが広がる。
そして、ロバートは続けた。
「ジル・ド・レー卿。望愛さんは、『初めて』でしたか?」