ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
心のざわめきは、波紋のように静かに広がり、収束する。
望愛をつれて逃げる。
俺に求められたのは、その一つだけ。
だが、その一つのことがどれほど重要なことかは、兄貴のその目をみればわかった。
要は望愛は、ヒーロー機関にとっての人質なのだ。
人質を確保してしまえば、あとはどうとでもなる。そう言うことなのだろう。しかし、
「兄貴、俺に白馬の王子さまは務まらねぇよ」
そう言って俺は右腕の包帯を外す。
内出血の跡は、未だに醜く俺の腕に残っている。
そんな俺に、兄貴は静かに告げる。
「何も、王子さまになる必要はない。王子さまにはなれずとも、姫をさらう怪物にはなれる。だろ?」
兄貴は微笑む。
「美女と野獣、ねぇ。そんな良いもんじゃ無いだろ?」
「良いものにするかしないかは、ナオに任せる。どうする? やってくれるか?」
俺はため息を一ついて立ち上がり、目を閉じる。
目を閉じると、今まで望愛と過ごしてきた時間が、思い出が、まるで走馬灯のように駆け巡った。
──有馬・・・・・・望愛、です。よろしく・・・・・・
──ナオ、ボクの横にいて。どっか行かないで・・・・・・
──ボク、ヒーローなんだ!
──一緒に責任とってね?
──それじゃ、行ってくるね!
──ナオ、ありがとう・・・・・・
──ナオー! 着替えてきたよー!
──声が、聞こえたの
──帰ってきたら、ボクの秘密を、ナオに話すね
──手、つないでくれる?
──うーん、唐揚げ!
──本当に良かったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
──ナオ、死んじゃやだよ!
──ナオのバカぁ!!
──ボク、もう長くないんだ
──一緒に生きて、これまでみたいに楽しく過ごして、それで一緒のお墓に、入りたいです!
──息子さんを、弟さんを、お兄さんを、ボクに下さい!!
望愛・・・・・・。
──約束してくれなきゃヤダ
こんな醜い俺でも、疲れてしまった俺でも、お前の
俺は、お前と・・・・・・望愛と、幸せになりたい。
「・・・・・・望愛と約束したんだ。一緒に生きるって。一緒の墓に入るって」
──行こっか、ナオ
「約束したんだ。南の島に、逃げようって」
俺の進むべき道は、歩むべき道は、もう決まっている。
「俺は、望愛と一緒に生きたい。望愛と一緒に、幸せになりたい」
俺は、もっと望愛に笑って欲しい。喜んで欲しい。はしゃいで欲しい。
何者にも縛られない、自由な姿で、いて欲しい。
ただ、それだけだ。
「俺はあいつを鎖から、解き放つ。王子さまになるつもりは毛頭ない。俺は
俺は兄貴の方に向き直る。
「どうすれば、望愛を助けられる?」
兄貴は嬉しそうに、微笑んだ。
「──これが、計画と、当日のナオの動きだ。一応この手帳にも同じことを書いておいた。ホテルに帰ったら、準備よろしく」
そう言って兄貴は俺に小さな手帳を渡す。
俺はそれを受け取ると、中をパラパラとめくり、そしてポケットの中に仕舞った。
兄貴の語る計画の内容はこうだ。
午後七時頃、合図と同時にロバートがとある行動を起こす(この行動については、ロバート本人と総理以外誰も知らない)。
その行動で機関の連中や警察が混乱を起こしたのと同時に、俺は兄貴の手配した車に乗って病院の裏口から侵入。
望愛を連れてそのまま病院を出て、行きと同様の車に乗り、そのまま東京を脱出。
脱出を確認次第、香住総理以下政府首脳はヒーローや怪物の存在を全世界へと公表する・・・・・・。
個人的にはロバートが計画の中枢を担っていると言うのが気にくわないが、囮として存分に引き付けて貰おう。
・・・・・・いっそのことそのまま消え去ってしまえば、文句はないのだが。
「ここまでで質問は──」
「ない」
「りょーかい。それじゃ、今日はここでお開きにしよう。ナオ、ホテルまで送るからついてきな。ロバートさんも、明日に備えて休息をとってください」
俺は兄貴と共にエレベーターに向かって歩いていく。
数歩歩いたところで、俺はふと足を止めた。そうだ、言わなきゃならないことが一つ、あったんだった。
俺は振り返る。ロバートはまだ、椅子に腰かけている。
俺はそんなロバートに近づき、正面に立ってこう言った。
「ロバート・ブルース。俺は出来ることなら、この手であんたを殺してやりたい」
ロバートは顔を上げ、俺を見つめる。
「でも俺は、あんたに構ってる暇はない。俺はどんな手段を使おうと、望愛を助ける。その為に、今は一旦見逃してやる。だが忘れるな、英雄ロバート・ブルース。俺はお前を許さない。たとえ何があろうとも・・・・・・」
ロバートは少し微笑むと、こう言った。
「貴方は、優しいですね。本当に、本当に・・・・・・」
俺は早足で兄貴に追い付く。
明日の夜、全てが決まる。
不思議と俺の心に、恐怖はなかった。
夕日が、痛いほど眩しかった。
「──香住総理、貴方もバカですなぁ。我々機関の指図に従って下されば、長生きできたろうに。・・・・・・機関の存在は、なんとしてもひた隠しにさせて貰いますよ。この私、烏丸敏浩の名に懸けて」