ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~   作:さと かんひこ

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第五十四話 怪物の決断

 心のざわめきは、波紋のように静かに広がり、収束する。

 

 望愛をつれて逃げる。

 

 俺に求められたのは、その一つだけ。

 だが、その一つのことがどれほど重要なことかは、兄貴のその目をみればわかった。

 要は望愛は、ヒーロー機関にとっての人質なのだ。

 人質を確保してしまえば、あとはどうとでもなる。そう言うことなのだろう。しかし、

 

「兄貴、俺に白馬の王子さまは務まらねぇよ」

 

 そう言って俺は右腕の包帯を外す。

 内出血の跡は、未だに醜く俺の腕に残っている。

 そんな俺に、兄貴は静かに告げる。

 

「何も、王子さまになる必要はない。王子さまにはなれずとも、姫をさらう怪物にはなれる。だろ?」

 

 兄貴は微笑む。

 

「美女と野獣、ねぇ。そんな良いもんじゃ無いだろ?」

「良いものにするかしないかは、ナオに任せる。どうする? やってくれるか?」

 

 俺はため息を一ついて立ち上がり、目を閉じる。

 

 目を閉じると、今まで望愛と過ごしてきた時間が、思い出が、まるで走馬灯のように駆け巡った。

 

 ──有馬・・・・・・望愛、です。よろしく・・・・・・

 

 

 ──ナオ、ボクの横にいて。どっか行かないで・・・・・・

 

 

 ──ボク、ヒーローなんだ!

 

 

 ──一緒に責任とってね?

 

 

 ──それじゃ、行ってくるね!

 

 

 ──ナオ、ありがとう・・・・・・

 

 

 ──ナオー! 着替えてきたよー!

 

 

 ──声が、聞こえたの

 

 

 ──帰ってきたら、ボクの秘密を、ナオに話すね

 

 

 ──手、つないでくれる?

 

 

 ──うーん、唐揚げ!

 

 

 ──本当に良かったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

 ──ナオ、死んじゃやだよ!

 

 

 ──ナオのバカぁ!!

 

 

 ──ボク、もう長くないんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一緒に生きて、これまでみたいに楽しく過ごして、それで一緒のお墓に、入りたいです!

 

 ──息子さんを、弟さんを、お兄さんを、ボクに下さい!!

 

 

 望愛・・・・・・。

 

 

 ──約束してくれなきゃヤダ

 

 

 

 こんな醜い俺でも、疲れてしまった俺でも、お前の怪物(ヒーロー)に、なりたいよ。

 

 俺は、お前と・・・・・・望愛と、幸せになりたい。

 

「・・・・・・望愛と約束したんだ。一緒に生きるって。一緒の墓に入るって」

 

 

 ──行こっか、ナオ

 

 

「約束したんだ。南の島に、逃げようって」

 

 俺の進むべき道は、歩むべき道は、もう決まっている。

 

「俺は、望愛と一緒に生きたい。望愛と一緒に、幸せになりたい」

 

 俺は、もっと望愛に笑って欲しい。喜んで欲しい。はしゃいで欲しい。

 何者にも縛られない、自由な姿で、いて欲しい。

 ただ、それだけだ。

 

「俺はあいつを鎖から、解き放つ。王子さまになるつもりは毛頭ない。俺は怪物(ジル・ド・レー)。聖女を守る、守護の騎士」

 

 俺は兄貴の方に向き直る。

 

「どうすれば、望愛を助けられる?」

 

 兄貴は嬉しそうに、微笑んだ。

 

 

 

 

「──これが、計画と、当日のナオの動きだ。一応この手帳にも同じことを書いておいた。ホテルに帰ったら、準備よろしく」

 

 そう言って兄貴は俺に小さな手帳を渡す。

 俺はそれを受け取ると、中をパラパラとめくり、そしてポケットの中に仕舞った。

 

 兄貴の語る計画の内容はこうだ。

 午後七時頃、合図と同時にロバートがとある行動を起こす(この行動については、ロバート本人と総理以外誰も知らない)。

 その行動で機関の連中や警察が混乱を起こしたのと同時に、俺は兄貴の手配した車に乗って病院の裏口から侵入。

 望愛を連れてそのまま病院を出て、行きと同様の車に乗り、そのまま東京を脱出。

 脱出を確認次第、香住総理以下政府首脳はヒーローや怪物の存在を全世界へと公表する・・・・・・。

 

 個人的にはロバートが計画の中枢を担っていると言うのが気にくわないが、囮として存分に引き付けて貰おう。

 ・・・・・・いっそのことそのまま消え去ってしまえば、文句はないのだが。

 

「ここまでで質問は──」

「ない」

「りょーかい。それじゃ、今日はここでお開きにしよう。ナオ、ホテルまで送るからついてきな。ロバートさんも、明日に備えて休息をとってください」

 

 俺は兄貴と共にエレベーターに向かって歩いていく。

 

 数歩歩いたところで、俺はふと足を止めた。そうだ、言わなきゃならないことが一つ、あったんだった。

 俺は振り返る。ロバートはまだ、椅子に腰かけている。

 俺はそんなロバートに近づき、正面に立ってこう言った。

 

「ロバート・ブルース。俺は出来ることなら、この手であんたを殺してやりたい」

 

 ロバートは顔を上げ、俺を見つめる。

 

「でも俺は、あんたに構ってる暇はない。俺はどんな手段を使おうと、望愛を助ける。その為に、今は一旦見逃してやる。だが忘れるな、英雄ロバート・ブルース。俺はお前を許さない。たとえ何があろうとも・・・・・・」

 

 ロバートは少し微笑むと、こう言った。

 

「貴方は、優しいですね。本当に、本当に・・・・・・」

 

 

 俺は早足で兄貴に追い付く。

 明日の夜、全てが決まる。

 不思議と俺の心に、恐怖はなかった。

 

 夕日が、痛いほど眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──香住総理、貴方もバカですなぁ。我々機関の指図に従って下されば、長生きできたろうに。・・・・・・機関の存在は、なんとしてもひた隠しにさせて貰いますよ。この私、烏丸敏浩の名に懸けて」

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