ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
首相公邸。その自室で今、私は椅子に腰かけている。
机の上には、もう五年ほど前から纏めはじめた大きなアルバムと、USBメモリーの差し込まれたノートパソコン。
この中には、私の全てが詰まっていると言っても過言ではない。
妻と子を相次いで失った私の前に突如現れた女神──否、聖女は、今や私にとっては何者にも代えがたい無二の存在になっている。
・・・・・・だから私は、
「総理、お久しぶりですね」
目の前の真っ黒なスーツを着た、包帯の男がそう口にする。直接会うのは一年ぶりになるだろうか。
「いささか乱暴な手口を使わせていただきましたが、お許し下さい。こうでもしないと貴方は私に会っては頂けないでしょう?」
男はそう言って椅子に腰かける私に歩み寄る。
男の背後には、多くの機動隊員が控えている。
「総理の部屋に・・・・・・土足で上がり込んでくるとはな、烏丸」
私は椅子に腰掛けたまま、右肩を抑えてそう言った。
焼けた棒を右肩にねじ込まれたような感覚が走る。机や床は朱に染まり、若干の寒気さえしてきた。
「おっと、公邸の扉を爆破したことはお咎めなしですか?」
「お前を咎めるのは、私ではない。この国、この世界、この時代だ」
今出来る精一杯の
「この世界? この国? この時代? 私はこの国のため、世界のために機関を率いてきた。咎められるべきは、そちらなのでは?」
烏丸は、そう言って拳銃を私に突きつける。
「私はただ、尊いものを守りたかっただけだ」
「尊いもの? この国に住まう日本国民一億五千万人よりも、もっと尊いものがあると仰られますか?」
「ああ。もっとも、貴様にはわからないだろうがな。我が子を人とも思わぬお前には、わからんさ」
そう言って私は唾の代わりに血を吐いた。
烏丸の真っ黒なスーツに、私の血がベッタリと付く。良い色じゃないか。
だが、烏丸は全く気にした素振りを見せぬまま、拳銃の安全装置を外し、言った。
「残念ですが総理、時間です。貴方はまだ若い。今すぐそのUSBに入っている物を渡して下さい。そうすれば、貴方の命はお助けします」
自然と、笑みがこぼれた。
今までの人生を回顧する。
良い人生だった、とは言えないかもしれない。だが、悪くはなかった。少なくとも最後に、やりたいことを成し遂げられたのだから・・・・・・。
「・・・・・・お前との話は、もう終わりだ。貴様とこれ以上話すつもりは、毛頭ない」
烏丸は引き金に指をかける。
「話せば分かる、とは言って頂けないのですね?」
残念そうにそう言う烏丸に、私は大声で笑い声を上げて、言ってやった。
「ハッハッハッハッ!! 話してもわからんことを、なぜ話さねばならないのだ!!」
烏丸はまた、残念そうに言った。
「では総理、おさらばです」
烏丸は引き金を引く。
・・・・・・城崎直人。あとは、頼んだぞ。
「クソッ!! やってくれましたな総理! このUSBには、ヒーロー法改正案なんて最初から入っていなかった! ・・・・・・お前達、一刻も早く法案を探せ! なんとしてでも、見つけ出せ!!」
「烏丸総司令!」
「なんだ!」
「渋谷のスクランブル交差点に、巨大な怪物が現れました!!」
「・・・・・・これも、貴方の仕業ですか、香住総理! 仕方がない。お前達は引き続き公邸内部をくまなく探せ。私は、『あれ』を呼んでくる。時間稼ぎぐらいには、役立つだろう」
烏丸と、その機動隊は部屋をあとにした。
香住総理の亡骸と、弾けんばかりの笑顔を浮かべた、ある少女の写し出されたパソコンを残して・・・・・・。
*
──♪ ──♪ ──♪
スマホのアラームが鳴り響く。
ホテルのエントランスから外を覗き、確認する。
どうやら予定通り、迎えが来たようだ。
俺は急いでホテルを飛び出し、迎えの車に滑り込む。
「兄貴、行こう」
俺は運転席に向かって、そう言った。
どうやら狼煙は、上がったらしい。