ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
「ナオ、そこを退いてくれ」
困ったような顔でそう言う洲本のおっちゃん。心なしか声は押さえ目だ。
背後には三名の機動隊を引き連れ、腰に拳銃を提げている。
「てっきり東京には来てないと思ってたんだけどな・・・・・・」
背中や額から汗がにじむ。
「伝えてなかったか?」
「知らないな」
「それはこちら側の伝達ミスだ。すまんな」
俺はそう会話しながら、逃げ道を探す。
せめて望愛だけでも逃げられたら、俺はそれで十分だ。この状況じゃ、贅沢は言えない。
「あんたは味方だと思ってた」
「お前が変な気を起こさなけりゃ、味方だったさ。今だって、話せばわかると思ってる」
「俺はもうこれ以上、望愛を戦わせるわけにはいかない。誰にもこいつを、傷つけさせはしない!」
俺は銃口を洲本に向ける。
洲本は銃を構えようとした機動隊を手で制すと、一歩、歩み寄ってきた。
「動くな!」
「ナオ、俺とお前の仲だろ? 誰も俺達の殺しあいなんざ望んじゃいない」
「俺も、あんたと殺しあいなんてしたかねぇ。だから道を開けてくれ」
話は平行線をたどる。
背後の窓から逃げる案も考えた。だが、今の望愛が窓から飛び降りられるとは考えずらい。
なら、望愛からもらったあの力を使うか? いや、発動条件も、コントロールの仕方もわからないまま使うのは危険すぎる賭けだ。望愛を巻き込んでしまう。
「ナオ。そいつはいい銃だ。人に向けるようなもんじゃない」
「あいにく手元にこれしかなくてな」
洲本との距離は大股十歩ぐらい。
手の届く位置まで詰められたら、その時点で俺の負けだ。柔道のプロに、接近戦で勝てると思うほど、夢見がちじゃない。
「ナオ。大勢の人が、命の危機にさらされてる。どうしても望愛が必要なんだ」
「他のヒーローがいるだろ?」
「関東支部所属の三人のヒーローは皆遠方に出払っててな、到着するまで少なくともあと半日はかかる」
「病み上がりの人間を半日戦わせるのか? そんなバカな話があってたまるか!」
「機動隊も、もちろん全力で支援をしてくれる。増援のヒーローが来たらすぐに退かせる。今のこの国には、望愛が必要なんだ」
それってつまり、
「要は時間稼ぎの捨て駒じゃねぇか! 散々こいつの人生滅茶苦茶にしといて、聖女だと持ち上げといて、用済みになったらそれか!」
洲本はぐっと押し黙る。
「図星か」
「世の中、綺麗事だけじゃ切り抜けられないことだってある。能力を持って産まれ、ヒーローとして活躍してきた望愛には、その覚悟があるはずだ」
「人と違う能力を持って産まれてきただけで、そんな覚悟を勝手に背負いこまされる世界なんざ、さっさと滅んじまえばいい!」
「それに巻き込まれるのは、
「そんなもん知ったことか! 無辜の一般市民だ? 無自覚の共犯者の間違いだろうがよ! どこで誰が何人死のうが、俺にとって望愛より大事な人間なんて、一人もいやしねぇんだよ!」
俺は銃のハンマーを下ろす。あとは、引き金をひくだけだ。
それを見た洲本は、苦々しい表情で拳銃を取り出すと、俺に銃口を向けた。
病室がしーんと静まり返る。俺と、望愛と、洲本の息遣いだけが、今ここに存在している。
「・・・・・・ん、うーん・・・・・・・・・・・・」
望愛がそう言って少し身じろぎをする。そろそろ眠りが浅くなってきたのかもしれない。
「ナオ、もう一度言う。そこを退け」
洲本は額から汗の玉を流し、そう言った。
「何度だって言ってやる。道を開けろ」
右手でかまえる銃に左手を添える。そろそろ片手だけではしんどくなってきた。
銃をもつ手が震える。正直、勝てる自信は全く無い。当てられるかどうかすら怪しい。
洲本はきっと、撃ちたくても撃てないのだろう。俺の背後には、望愛がいる。望愛に当たれば、大変なことになる。
「お前がやろうとしていることは、国家反逆のテロ行為だ。ナオ、友達の
「丁度良かった。俺の葬式で泣いてくれるような知り合いが少なくってな。ヤスの奴、香典まで置いていってくれたら文句無いんだけどよ」
そう言って苦し紛れのひきつった笑みを浮かべる。完全に強がりだ。虚勢だ。だが、張らないよりはいくらかましだと信じてる。
「時間がない。ナオ、頼む。銃を下ろして、そこを退いてくれ。あの人が来る前に! 早く!」
「誰が来ようと、俺の返事は一つだ! 俺は、望愛と一緒に──」
────たん。ぺちゃ。
俺が言い終わるその直前。そんな音が病室に響いた。
まるで、左脇腹を思いっきりバッドで殴られたような衝撃を受け、俺は後ろのベッドに叩きつけられ、尻餅をついた。
目の前には、驚いた様子の洲本と、その右手の銃を奪い取って発砲した、真っ黒な背広の男が立っていた。顔には、包帯を巻いている。
「あ・・・・・・かっ・・・・・・」
俺は声にならない声を上げ、無意識に押さえていた左脇腹に目をやる。
そこには、尋常じゃないほどの量の血を湛えた、小さな滝が出来上がっていた。
撃たれたのだと気づくのに、時間はいらなかった。嫌な感覚だ。
あ、望愛・・・・・・弾が・・・・・・
俺はとっさに後ろを振り向く。
ベッドの上の望愛はいつの間にか目を覚まし、座り込んで口元を手で押さえ、目を見開いて俺を見つめていた。
良かった、望愛は無事だった・・・・・・
「洲本、次はもっと早く撃てよ」
背広の男が、何やら小言をぶつぶつと言っている。
だが、そんな小言をかき消すように、一つの大きな叫び声が、病室に響き渡った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
俺の頬に、望愛の涙が、こぼれ落ちた。