ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
望愛の叫び声が響く。
俺は震える手で、そんな彼女に手を伸ばす。
脇腹が焼けるように熱い。だが、体からはじわじわと温もりが抜けていく。不気味な感覚だ。
「の、望愛、逃げろ・・・・・・」
ようやく望愛の肩に手を置いた俺は、すがり付くように身を寄せ、言った。
声が思うように出ない。聞こえているのかどうかもわからない。でも、俺の意図は、しっかり伝わったようだ。
「・・・・・・え?」
望愛は驚いたような表情で俺を見つめる。俺は小さくうなずく。
「頼む・・・・・・逃げてくれ・・・・・・」
体温が下がっていくのがわかる。血が流れていくのがわかる。脇腹が熱い。でも、望愛の前で醜態はさらせない。
「落ち着いたかね、有馬望愛くん」
病室に響いた低い声に、俺達はハッとして振り返る。
「烏丸・・・・・・やってくれた、な」
「やぁ、直人くん。数日ぶりに会って早々こんな手荒なことをして申し訳ないと思っているよ」
烏丸はそう言ってこちらに歩み寄ってくる。
俺は無駄な抵抗と知りつつも、まだなんとか動く右手を横に伸ばし、望愛を庇って睨み付ける。
「そんな怖い顔しないでくれたまえ。必要なことだったのだよ。それに、用があるのは君じゃない」
そう言いつつ烏丸はこちらに進み出る。
人生最後の景色が、こいつの顔ってのは少し腹が立つような気がする。でも、望愛が無事ならそれで・・・・・・
そんなとき、俺のすぐ右脇から望愛が勢い良く飛び出した。
その右手には、俺の手からこぼれ落ちたあの拳銃がしっかりと握られていた。
「これ以上、この人を傷つけるな! この人に近づくな!」
拳銃を構え、銃口を向けた望愛は、そんな怒号を上げて烏丸の前に立ち塞がる。
「望愛・・・・・・なんで・・・・・・逃げろ、逃げてくれ・・・・・・!」
体に力が入らない。つかまり立ちすらままならない。か細い声を張り上げることが精一杯だ。
俺は望愛を助けに来た。だが今はどうだ? 助けられなかったばかりか、窮地に立たされ、逆に守られている。
自分の無力さに、心の底から憎悪がわき出る。
俺の声に、望愛は一瞬ちらりと振り返ると、優しく微笑み、また正面に向き直った。
「そんな怖いもの向けてくれるな、望愛くん」
「この人を、ナオを傷つけたのはあなただ!」
「確かにそうだ。だが、君は一つ勘違いをしている」
烏丸はそう言って顎をひいた。包帯のせいで表情は見えないが、まるでうつむき加減で笑っているようにすら見える。
「勘違い?」
烏丸は、聞き返した望愛に作り物の優しい声でこう言った。
「直人くんを今助けられるのは、君だけだと言うことだ」
「直人を、助ける・・・・・・?」
望愛の銃を持つ手が緩む。
「望愛、聞くな・・・・・・! 逃げろ・・・・・・!」
くそが・・・・・・。意識が
「そう、直人くんを助ける。──今さっき、ここ東京に一体の怪物が現れた。対処できるのは君しかいない。引き受けてくれるなら、我々は彼を治療してやれる」
「烏丸・・・・・・貴様ぁぁ・・・・・・!!」
腹の底から、心の底から、烏丸に対する憎悪が、怨念がわき出てくる。
望愛の心が揺らぐのは、朦朧としていても目に見えてわかった。
俺は床を這いずって、望愛の足をつかみ──損ねた。
くそ、力がでない・・・・・・くそっ!
「ナオを、ボクが・・・・・・」
「もちろん、今の君の状況は良く理解している。だから、倒せとは言わない。時間を稼いでくれれば、それで良い」
俺は望愛の足を両腕で抱き締める。
絶対に行かせてはいけない。絶対に、絶対に・・・・・・!
血は尚も止まらず傷口から湧き、流れ、川を作る。
力がとうとう失われていく。
抱き締める腕が徐々に離れていく。
望愛は、そんな俺と烏丸とを交互に見る。そして一瞬泣きそうな顔になって屈みこみ、言った。
「ナオ、ごめんね。ボク、約束守れそうに無いや」
瞳が潤んでいるのがわかった。
望愛の体が震えているのがわかった。
「望、愛・・・・・・ぁ・・・・・・の、あぁぁぁぁ・・・・・・!」
口角にすら力が宿らなくなった。自然と涙がこぼれ落ち、頬を伝って床に水溜まりを作る。
俺は無力だ。俺は非力だ。たった一人の女の子すら救えない、惨めで愚かな、怪物だ。
視界が暗くなっていく。
そのときふと、望愛の顔がすぐそこに迫った。
望愛は瞳を閉じ、目尻に涙を浮かべ、そして・・・・・・
──ちゅっ
柔らかく暖かい、わずかに湿った感触が、唇をふさいだ。
「ごめんね、ナオ。長生き、してね・・・・・・!」
唇から感触が離れ、耳元で涙声になった望愛の声が聞こえた。
俺の意識は、そこで途絶えた。
望愛。望愛・・・・・・
そのキスは、血と別れの味がした。