ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
声が聞こえる。
辺りは真っ暗で、足元さえ見えない。
どうやら女の子の声のようだ。
声はかなり遠い。
体がすごぶる重たい。
それでも、それでも俺は何故か、その声の方に行かなくてはならないと思った。
どれだけ歩いただろう。
女の子の声が、段々近くなってきた。
どこか懐かしいような、恋しいような、聞き馴染みのある人の声だ。だが、誰の声だかが思い出せない。
頭にもやがかかったように、思い出せない。
俺はまた歩く。
また俺は、長いこと歩いた。
どうやら声の主は、すすり泣いているらしい。
なんでだ。なんでこんなに胸が苦しくなるんだ?
かなり長いことこうしているが、不思議と疲れは感じなかった。
なんで、なんで俺は疲れてもいないのに、こんなに胸が苦しいんだ? こんなに息が上がってるんだ?
何をこんなに、焦ってるんだ?
この、心にぽっかりと空いた大きな穴は、一体なんだ?
頭にかかったもやは、一体なんだ?
俺は一体、何を・・・・・・
──ナオ・・・・・・ナオ・・・・・・
・・・・・・!!
今、確かに聞こえた。
すすり泣く女の子の、心の声が聞こえた。
──助けて・・・・・・ナオ、助けて・・・・・・
彼女は、俺を呼んでいる。
俺に助けを、求めている。
・・・・・・この声を、俺は確かに知っている!
忘れちゃいけない、あの人の声を、顔を、名前を!
ようやく、思い出した。もやが晴れた。
気づけば俺は走っていた。
声のする方へがむしゃらに走っていた。
胸の苦しみも、体の重みも今はない。
ただ、俺は走っていた。
全ては、望愛のために。あの子を、助けるために!
まだだ、まだ終わらせない。
俺と望愛の人生は、物語は、未来は、まだ始まっちゃいない。
神だろうが、仏だろうが、どうしようもない運命だろうが、邪魔する奴は、幕を下ろそうとする奴は、みんなまとめてぶっとばす!
バッドエンドなんかじゃ終わらせない!
ハッピーエンドは、俺達の手でつかみ取る!!
──こんな終わらせ方、させてたまるかよ!!!
闇が、晴れた。
俺は気が付くと、病院のベッドに転がされていた。
ベッドのそばには、兄貴の顔も見える。
目覚めた俺に、兄貴がなにやら話しかける。
ごめん兄貴、今は話を聞いている暇ないんだ。
俺は右手で人工呼吸器を口から引き剥がすと、左手の点滴を引き抜いた。
鈍い痛みが手に走る。だが今は、気にしちゃいられない。
俺は体を起こす。そして、驚く兄貴に聞いた。
「望愛はどこだ? 俺はどれだけ寝てた?」
いきなりのことに困惑しながらも、なんとか兄貴は答えてくれた。
「望愛は、渋谷で怪物と戦ってる。今の時間は、大体深夜の一時時ぐらいだ」
夜七時頃に撃たれたのを考えると、六時間弱は寝てたことになる。・・・・・・急がないと。
俺は点滴の台を杖がわりにして、ベッドから降りて歩く。だがその瞬間、脇腹に強い痛みが走った。
「ナオ・・・・・・! まだ傷は塞がってねぇんだ、安静にしてろ」
俺は、そう言って駆け寄る兄貴の胸ぐらをつかんで、強引に引き寄せ、言った。
「安静になんてしてられるか! 俺はあいつを助ける、何がなんでもだ!!」
大声で叫んだことも相まって、また脇腹が激しく痛んだ。でも、そんなことどうだって良い。
俺は約束した、一緒の墓に入ると。南の島、ニューカレドニアに連れていくと。
その約束を、あいつに破らせるわけにも、俺が破るわけにもいかねぇんだよ!
「・・・・・・どうしてもと言うなら一つ、提案がある。聞くか?」
俺の気迫に押されてか、兄貴は観念したように、静かにそう言った。
「なんだ?」
俺は聞き返す。兄貴は俺の肩に手を当て、答えた。
「ナオ、『人間』であることを、諦められるか?」
一瞬の沈黙が、病室を包む。
頭の中を、望愛との思い出が駆け巡る。
望愛の笑顔が、声が、鮮明に思い出されていく。
幸せなあの日々が、鮮やかによみがえる。
人間であることを諦められるか? だと?
・・・・・・今さらためらう必要なんて、どこにもねぇよ。
「俺は城崎直人。人間である以前に、あいつの、有馬望愛の、彼氏だ!」
兄貴はにっこり笑って、うなずいた。