ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
俺は兄貴に連れられ、立ち入り禁止となっている病院の屋上にたどり着いた。
外された呼吸器の警報を聞いて駆けつけた看護師さん達は、空の病室を見て今頃大慌てだろう。
「ナオ、痛むか?」
兄貴がそう聞く。夜風が嫌に心地よい。
「こんなもん、痛い内に入らねぇよ」
俺はそう言って強がって見せる。
渋谷の方向は炎と土煙に包まれ、異様な雰囲気を醸し出していた。あの中に、望愛は居る。
「さっさと始めよう。・・・・・・どうしたら良い?」
兄貴はうなずくと、教えてくれた。
「案外簡単なもんだ。ナオ、ただお前は、自分の想いを、自分の出せる限界の声で、想いで、叫べ。
お前になら出来る。兄貴はそう言って、俺から距離をとった。なんでもこれから、やることがあるそうだ。
あのビルでも確か、俺は大声で望愛の名を叫び、力を手にした。
そう言えば、その前の海水浴場では、叫び声が聞こえたあとに、あの怪物を見つけた。
ヒーローと怪物は、もしかしたら似たようなものなのかもしれない。
「おっと、そうそう。こいつを、ロバートさん経由で望愛から託されてたんだ。ほら」
兄貴はポケットから小さな袋を取り出すと、それを俺に投げる。
「うわっとと・・・・・・」
俺はそれをなんとかキャッチすると、早速袋を開けた。そこには・・・・・・
「──『良縁守』」
手のひらサイズの、ストラップのような小さなお守りが一つ、そこには入っていた。
望愛が浅草でのお土産だと言っていた、あのお守りに間違いないだろう。
俺はそのお守りを袋から取り出し、右手でしっかりと握って、胸に押し当てた。
「望愛、絶対に助けて見せるからな」
向かい風が吹く。
まるで俺を拒むように。
世界とやらは、運命とやらは、どこまでも俺のことが嫌いらしい。
だから俺は当て付けに、お前が最も嫌がることをしてやろう。
息を大きく吸い込む。
──ナオ!
望愛の呼ぶ声が聞こえる。
愛する人の、声が聞こえる。
望愛、今助けに行くからな・・・・・・
「────望愛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
ドクン。心臓が大きく脈打つ。
胸が張り裂けそうになる。だが不思議と、力が湧いてきた。
体が熱い。内側から体が膨張するような、広がるような感覚が、全身に走った。
息が切れるまで叫んで、叫んで、そしてもう一度、今度はさっきよりももっと大きく、限界のその先まで息を吸い込む。
そして・・・・・・
「大好きだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声帯がはち切れそうな程、のどの奥から血が吹き出しそうな程、肺が破裂しそうな程、俺は叫んだ。吼えた。唄った。
どれだけ叫んだだろう。
両腕からは湯気が立ち上ぼり、汗の粒が無数に現れていた。
全身の血管がドクドクと大きく脈打ち、心臓が普段よりも大きなリズムを刻み、心なしか体が軽くなった気がする。
成功したのだろうか?
試しに一発、軽く屋上のフェンスを小突く。
──ガシャン
フェンスは音を立てて吹き飛び、地面に向かって落下した。
・・・・・・成功したみたいだ。
気づくと兄貴はもうそこにはいなかった。
叫び始めた頃にはまだ居たから、きっとその間に行ってしまったのだろう。
着せられた入院着が少し窮屈だ。
俺は前のボタンを全て外し、着崩した。お腹は冷えるが、仕方ない。
渋谷の町は炎で煌々と燃え上がり、うねる。
俺は二、三歩後ろに下がり、身構えた。
そろそろ、行こうか。
俺は一気に助走をつけ、走り、飛んだ。
驚くほど体が軽い。
景色は光の速さで後ろに流れ、足を掛けたフェンスは砕け散った。
俺は建物の屋根や屋上を足場に、渋谷に向かう。
建物はぐしゃりと音を立ててきしみ、ときには崩れた。
痛みもなにも、今は感じない。
ただ、目の前を真っ直ぐ望み、駆け抜ける。
そうして俺は、渋谷にたどり着いた。
破壊された車からは火の手が上がり、それは他の車や、建物を巻き込んで炎上する。
崩れ去った瓦礫の下には、物言わぬ躯と化した人々の姿もちらほら見えた。
背筋を冷たいものが通る。
望愛も、もうこうなっていたら・・・・・・
嫌な予感に、身震いする。
まさにそのときだった、
──ナオ・・・・・・ナオ・・・・・・!
「・・・・・・!!」
声が、聞こえた。
小さな、か細い、弱々しい声が。
聞き間違えるはずがない。この声は、間違いなく、
「望愛ッ!! 望愛ぁー!!」
俺は、声のする方へ走った。
慣れないながらも、なんとかスピードを調整しながら、見落とさないよう、聞きこぼさないよう、神経を尖らせた。そして、そして・・・・・・
「あっ・・・・・・!」
見つけた。
瓦礫に足を挟まれ、鉄筋に腕を貫かれて血を流し倒れた、望愛を見つけた。
怪物が迫るなか、全てを諦めて、瞳を閉じた、望愛を見つけた。
「望愛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺は地面を蹴り、叫び、渾身の力で拳を、突き出した。