ジャンヌ・ダルクに恋煩い~幼馴染みの彼女と紡ぐ、千夜一夜の恋の唄~ 作:さと かんひこ
『全生活史健忘』・・・・・・いわゆる記憶喪失。検査結果等から医者は、俺達にそう告げた。
望愛が目覚めてから、四日後の事だ。
望愛は、自分自身に関する全ての出来事を、忘れてしまった。
能力を薬で抑制した状態で強引に力を引き出そうとしたことによる脳の負荷が、その直接的な原因らしい。
時間が経てば徐々に思い出す可能性もあるし、催眠療法でそれを促すことも出来なくはない、とも医者は言った。
──どのような治療を行うか、皆さんで良く話し合って下さい。
医者は最後に、そう締めくくった。
望愛はもう、何も覚えていない。
それは何も、悪いことばかりじゃないのかも知れない。
ヒーローとして、怪物となった人々を多く殺めてきたその罪悪感も、しいたげられてきた悲しみも、暗い過去も、何もかもから解放されるのだから。
・・・・・・それが、望愛にとっては最良の未来なのかもしれない。
「ナオ、望愛を一番近くで見てきたのは、お前だ。だから、どうするかは、お前に任せる」
兄貴は言った。烏丸殺しに相当疲れたのか、声がかなり枯れている。老人みたいだ。
「俺には、何かを言う資格はない。すまなかった・・・・・・」
洲本は言った。大きな手で顔を覆い、その表情はうかがえない。
俺は、俺は・・・・・・
「二人きりにさせて貰っても、良いか? 監視も、盗聴もなしでさ」
話し終わって、彼女を知ったら、俺はひっそりとここを去ろう。
あの銃、確かまだ全弾残ってたはずだ。
望愛のいない世界に、意味はない。
俺みたいな怪物に、生きる価値はない。
俺は、望愛の病室へと向かった。
真っ白で、無機質で、透き通ったその部屋のベッドに、望愛──少女は居た。
「今、入っても良かったかな?」
「はい、大丈夫です」
少女はそう言って、朗らかに笑うと、頭の後ろをかいた。
望愛が良く隠し事なんかをしてるときにやる癖だ。
でも今の彼女は、望愛じゃない。きっとその行動に、大した意味はないのだろう。
俺はベッドの横の丸椅子に腰掛ける。
少女は、一冊のノートを読んでいた。
「そのノート、どうしたの?」
俺はそれを指差して聞く。少女は、少し恥ずかしそうに笑うと、「読みますか?」と言って、ノートを差し出した。
「ありがとう」
俺はそのノートを受け取り、表紙を見た。
──『ボクの日記』
表紙には、そうかかれてあった。
そう言えば施設に居た頃、望愛は良く日記を書いていた。
飽き性な所があるから、すぐに辞めてしまうだろうと思っていたのだが、案外続いていたらしい。
俺は一枚ページをめくる。
最初のページは、前書きだ。
小さな丸い文字で、びっしりと文章が綴られていた。
────ボクの名前は有馬望愛。中学生の時からヒーローをやっている。コードネームは《ジャンヌ・ダルク》。歴史が苦手なボクでも、名前の由来になった彼女のことはよく知っている。滅亡の危機に陥ったフランスに突如として現れた救国の聖女。・・・・・・ボクには不釣り合いな名前だ────
文章を読み進めていく。
日記には、望愛の過去、俺との出会い、葛藤、苦悩・・・・・・望愛の想いが、余すことなく全て詰め込まれていた。
ちくしょう。視界がぼやける。
涙がにじむ。
────長々と書いてしまったけど、これが今までのボクの人生と、この日記を書いた理由だ。
この日記を読んでいる人が居ると言うことは、きっとこの世にボクはいないのだろう────
・・・・・・。
────これを読むあなたにお願いがあります。これを読み終わった後、この日記を跡形も残らないように燃やしてください────
・・・・・・望愛
────その上で出来れば、城崎直人という人にボクの言葉を伝えて欲しいのです────
・・・・・・望愛!
「ナオ。ボクは、ずっと貴方のことが好きでした!」
────ぎゅっ。
俺が顔を上げた直後、そう叫んだ望愛は俺を力強く抱き締めた。
「ナオ、思い出した。ボク、全部思い出したよ!」
耳元で、望愛が弾けるような声を出す。
驚きよりも、喜びよりも先に、一つの感情が、俺の中で爆発し、溢れだした。
溢れる思いはとめどなく流れ、押さえることは叶わない。
俺は、望愛を目一杯の力で抱き締め返しめ、こう返した。
「バカやろ。あんまり遅いから心配しただろ・・・・・・」
「ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・」
「良いんだ、望愛。──おかえり。愛してるぞ、望愛」
「・・・・・・うんっ! ただいま、ナオ! ボクも、愛してる!!」
俺達は、二人で抱き締め合い、二人で泣き合い、二人で喜び合った。
俺達の手元には、あのお守りがあった。
もう離さないと、心に決めて・・・・・・。