Side:店主
春から夏へと移り変わる頃、汗ばむ日と肌寒い日が訪れる気まぐれな天気が続きますが皆様はいかがお過ごしでしょうか。
この時期は少し難しくなる業務があるものの、日々各地の天候に応じて温かい料理とさっぱりした料理の両方をご注文頂けるので、料理人としては楽しい季節です。実際バータイムである今も、モンドからのお客様は気温が低かったのかホットワインのような温かいカクテルを、璃月からのお客様は暑かったのかモヒートなどの涼しげなカクテルを注文されています。稲妻だとこの時期はたしか――。
「店主殿、もう遅いですが食事はできますか?」
「いらっしゃいませ、綾人様。そういえば稲妻は梅雨の時期でしたね。よろしければこちらのタオルとおしぼりをお使いください。ずいぶんお疲れのようですね」
神里綾人様から雨で濡れてしまったのであろう上着をお預かりして、おしぼりとフェイスタオルをお渡しする。
綾人様は体がすっかり冷えてしまっているようで表情は平時と同じですが、元々白い肌がいまは"青白い"と形容した方が良いほどに顔色が悪くなってしまっています。指先も長時間雨に晒されたためか、少しふやけてしまっているようです。
体を拭き終わったタイミングでメニューをお渡しする。
「ありがとうございます。急な屋外作業の立ち合いで夕食を食べそびれてしまいまして」
「でしたら、お食事の前に温かいスープはいかがでしょう?」
「いいですね、冷えてしまったこの体では料理を十分に楽しめませんし。ではコンソメスープを」
~コンソメスープ~
コンソメ、それはある地方で"完成された、完璧な"という意味の言葉。
その言葉を名前に冠するこのスープは濁りのない、金色とも形容される澄んだ琥珀色をしています。コンソメスープは大変な時間と手間がかかるため、オーダーを受けてからではなく毎朝仕込んでいます。作り方を説明しますと、コンソメスープの作りは二段階に分かれます。ベースになる"コンソメ・ブイヨン"作りと、それに具材を追加しての"コンソメスープ"作りです。まずは"コンソメ・ブイヨン"から。
コンソメ・ブイヨン
食材は、鶏ガラ、牛すね肉のすじ、牛骨、玉ねぎ、セロリ、ニンジン、トマト、ニンニクとハーブ。
鶏ガラと牛すね肉、牛骨を水で万遍なく洗ってなべ底に入れます。玉ねぎは皮を剝いて1/8にカットします。セロリ、ニンジンは硬い野菜なのでしっかりと煮崩れてくれるように二口分くらいに切ります。トマトはヘタを取って1/4にカット。ニンニクは生だと香ばしさが足りないのでカットした後、表面に焼き色が付くまで軽く火を通します。
各食材の下処理が完了したら、まず鶏ガラと牛ガラを鍋に入れて一度沸騰させます。沸騰した後は少し温度を下げて鍋の表面がぷくぷくなる程度の温度で15分程度煮詰めていきます。暫くすると大量に灰汁が出てくるので一欠けらも漏らさないように丁寧に取り除きます。灰汁が落ち着いてきたら野菜とハーブを入れて、すべての食材の味がスープに染み渡るまで温度を保ちながら灰汁を取りながらじっくりと煮詰めていきます。5時間程煮詰めると食材がクタクタに煮上がって野菜が溶け込み、みそ汁のような色合いになります。後はこの濁ったブイヨンを濾してコンソメスープのベースとなる"コンソメ・ブイヨン"の完成です。
コンソメスープ
先ほどのレシピで作った"コンソメ・ブイヨン"をベースに、さらにいくつかの食材加えて"コンソメスープ"へとまとめ上げます。
追加する食材は、牛すね肉の粗びきミンチ、卵白、皮むきトマト、リーキ*1、セロリ、ニンジン、玉ねぎ。
トマトは一口大にくし切りにして、リーキ、セロリ、ニンジン、玉ねぎはそれぞれスライスしておきます。そして、トマトと卵白はミンチ肉と混ざりやすいので先にスムージーのようにミキサーで混ぜておきます。
スムージーのようになったトマトと卵白と他の野菜を鍋に入れ、かき混ぜてよく馴染ませます。野菜たちが混ざったらミンチ肉を入れて粘りが出るまでひたすら練りこみます。粘り気が出たら作り置きしておいたコンソメ・ブイヨンを入れ、火にかけてひたすらかき混ぜます。火にかけ続けると卵白が固まって浮かび上がり、スープの表面が灰色に濁ってきます。ここまで煮詰められたらお玉に持ち替えて、スープを中央から広がるように意識して中央部分のスープを掬って端の方に流すように混ぜます。ここからさらに煮詰めていきます。
4時間ほど煮詰めるとスープの色がずっと濃くなり茶色くなってきます。仕上げに臭い消しの黒粒コショウを入れ5分炊いて煮込み作業は完了です。煮込み終わったらスープを濾して完成です。濾す際は二重の網と布を使って、ゆっくりと自然に落ちるのに任せるように時間をかけて濾していきます。最後に表面の油をペーパーで丁寧に取り除いて、"コンソメスープ"の完成です。
「コンソメスープです。温かいうちにお飲みください」
Side:神里綾人
今日は大変な一日でした。元々は他の奉行所と下期の国事に関する取り決めと来月の行事に関する細かい打ち合わせを予定していました。しかし、ファデュイの監視・調査を任せた終末番から急報が入りました。ファデュイへの対処は天領奉行の助力もあり、こちらには大した損害もなく治めることができたものの、諸々の始末が終わったころには21時を回っていました。
先ほどまでは適度な集中状態だったため気づきませんでしたが、雨天の中で体を動かし続けたためか酷い疲労感を感じます。ついでに食欲はありませんが少々の空腹感も。
こういうときは一刻も早く家に帰るべきですが、この時間では夕餉はすでに片付けられています。帰路にある食事処も閉まっているでしょう。本当に困ったものです……。
仕方ありません。他家に知られれば小言を言われるかもしれませんが夕餉はオケアノスで済ませることにしましょう。
「店主殿、もう遅いですが食事はできますか?」
店主はずぶ濡れの私に一瞬驚いた様子でしたが、すぐに上着を預かって温かいお絞りとタオルを貸してくれました。梅雨特有の鈍い暑さと神の目のお陰で多少はマシだったものの、それでも体温を奪われていたので助かります。
食事は悩ましいですが……明日に備えて体を休ませるために消化に良いもの、うどんなど軽いものにしましょうか。
「――お食事の前に温かいスープはいかがでしょう?」
何を食べるべきか思案していると店主殿からそのような提案を頂きました。たしかにスープを飲めば食欲も出てくるでしょう。
「いいですね、冷えてしまったこの体では料理を十分に楽しめませんし。ではコンソメスープを」
私は提案を受け入れて、小さな頃からの好物であるコンソメスープを注文することにしました。
コンソメスープは、綾華が生まれた頃に父と二人でここに来て飲んだ思い出の一品です。当時の記憶は薄れつつありますが、初めて飲んだ時の衝撃は忘れられません。
「コンソメスープです。温かいうちにお飲みください」
その言葉に共に手元に置かれたスープカップに視線を落とす。白亜の器が黄金色に輝くスープをより一層際立たせていますね。
「いつ頼んでも美しく澄んでいますね」
スープカップを手に取って口に近づけると、味わう前から"旨い"と確信を持たせる芳醇な馥郁とした香りが鼻孔をくすぐる……。
暫し香りを楽しんでから期待と信頼を胸に杯を傾ける。
――ああ、旨い
言葉が出ない。暴力的な肉の旨味と静的な野菜の旨味というベクトルの異なる味わいが、ぶつかることなく完璧に混ざり合いただただ純粋な旨味としてまとまっている。そこに官能的ともいえるハーブの香りが加わることで完成された一品へと昇華する。
しかし、飲み込んでしまうと完璧な旨味も官能的な香りも露のように儚く消えてしまう。その温かさのみが余韻として感じられる。
「店主殿、やはりこのスープは美味し過ぎますね」
「ありがとうございます。料理が決まりましたらお呼びください」
マスターがカクテルを作っているのを目で楽しみ、舌と鼻でスープを楽しみながら食事について考えているとドアベルを音が聞こえてきました。目を移すと傘を手にした綾華の姿がありました。遠目でも分かる程度には機嫌が良くないようですね。
「綾華、どうしてここに?もう休んでいるとばかり……。あと少し怒っていませんか?」
「……忘れ物を届けに来てくださった天領奉行の方から今日のことを聞きました。無事であるのは分かっていましたが、いつまでも家にお戻りにならなければ不安になると思いませんか、お兄様?」
そういえば今朝はちゃんと傘を持って家を出ましたね。報告を受けたときはファデュイへの対応のみ考えていたのですっかり忘れていました。
「心配を掛けました、謝ります。お詫びに綾華もスープを飲みませんか」
「はぁ……、いつもそうやって誤魔化すのですから」
綾華はいつもと同じく呆れたようにため息を漏らすと、頂きます、と言って私の隣に座りました。
スープで体を、
「店主殿、コンソメスープを追加でお願いします。あと、ローストビーフを頂けますか」
腹が減っては戦ができぬ。足が動くのは胃袋のおかげ。
明日も頑張れるように今日はしっかり食べましょう。
5話を更新したタイミングでこの小説の情報を確認したのですが、
"UAが7000突破"、"お気に入り100件突破"、"評価バー赤くなる"
と、夢のような出来事が!!!
ご好評頂き本当にありがとうございます!
今後も精進いたしますので、応援よろしくお願いします!
小説の視点について、どちらの方式が良いでしょうか
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1,2と同じ(第三者)
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3と同じ(各キャラ)