オケアノス 七神の料理人   作:黒いの☮

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7. 天おじとフローズン・ダイキリ

Side:店主

 

7月も中旬に入って璃月の朝市に漁が解禁された秋物の魚がぽつぽつと店頭に並ぶようになりました。どれも仕入れたい食材ではありますが、旬にはまだ早く、数が取れていないためにかなりお高くなってしまっています。名残惜しくはありますが、買い物は予定通りに済ませます。後ろ髪を引かれる思いをしながら馴染みの八百屋に顔を出すと、今日も見事な野菜たちが出迎えてくれました。ラディッシュ、ズッキーニ、ニンジン、旬のナスやスイートコーン、そして瑞々しい真っ赤なトマト。欲しい野菜と必要量を主人に告げて用意してもらいます。輸送路の一つにヒルチャールが現れて物流に滞りがあると耳にしましたが、贔屓にしている農家さんのものは無事のようです。

早々に仕入れを終えて、店では未だに再現しきれていない季節感を感じるため、そして新メニュー開発のインスピレーションを高めるために海岸を散歩することにしました。人ごみから離れるように暫く歩くと、白髪白髭の老人――多くの民に天おじと親しまれている方が1人釣り糸を垂らしているのを見つけました。こちらに気づいてもいい距離ですが、釣りに集中しているのか気づく素振りはありません。

 

「おはようございます、天おじ。釣れていますか?」

「これは店主殿。わしは見ての通りのボウズだ」

 

声をかけると天おじはこちらに気づいたようで、今日はツイとらんな、とバケツを叩きながら肩を竦める。

 

「店主殿は朝市ですかな。何かいいものはありましたか?」

「ええ、いい野菜を仕入れることができました。」

「それは幸いでしたな。もう聞いているかもしれんが、ここ数日峠にヒルチャールが陣取って輸送が滞っておりますから」

 

昨日千岩軍から討伐隊を派遣したから2日もすれば元通りになるだろう、と天おじは汗を拭いながら教えてくれました。

 

「体調が好ましくないと伺っていましたが快復されたのですね」

「娘たちに助けられてすっかり良くなりましたわ。医師にも"薬を処方せずとも後は自然と良くなっていくだろう"と言われておるよ。

 それとは別に夏バテ気味だが」

「快復に向かわれているのであれば重畳です。よろしければ今晩快復祝いに一杯ご馳走させてください。」

「うーむ、ちょうど今晩は空いておるし、ありがたい話じゃが……」

「ヒルチャールの撃退しかり、当店も天おじには何度も助けられていますから是非!」

「そういうことなら一杯馳走にあずかろう」

「ありがとうございます。お待ちしております」

 

 

 

バータイムに入って数刻、そろそろ天おじが来店されてもいい時間ですね。お仕事が長引いているのか、などと考えているとドアベルが来客を知らせてくれました。視線をドアに向けると、今朝とは変わって璃月式の正装を纏った天おじがいらっしゃいました。

 

「店主殿、今日は招待してくれてありがとう。相変わらずいい店だね」

「ありがとうございます、天おじ。よろしければこちらにお席に」

「ああ、メニューはいらないよ。最近の夏はとにかく熱いからね、何か涼めて活力が湧くようなものを頂けるかな」

 

天おじは受け取ったお絞りで顔を拭きながら、そのままオーダーを出してくれます。夏定番の清涼感を与えてくれるカクテルといえば、モヒート、ミントジュレップ、ソルティドッグ、モスコミュールなどが思い当たりますが、物理的な暑さに一番効くのはコレですね。

 

「承知いたしました。こちらのラムを使って作らせて頂きます」

 

 

 

~フローズン・ダイキリ~

 

 

 

今回お作りするフローズン・ダイキリはダイキリというカクテルに氷を加えてシャーベット状にしたフローズンカクテルの代表格です。ミントの清涼感も良いですが、昨今のうだるような暑さはシャーベットでしっかりと体を冷やした方が効くでしょう。それにフローズン・ダイキリのベースとなるダイキリは、"ダイキリ"という名前の鉱山で働く労働者が灼熱の環境下で清涼を求めてラムに砂糖や氷を入れたのが始まりと言われています。鉱山というタフな環境下で働く労働者たちやある小説家を支えたカクテルなら天おじが求める活力の糧になってくれるでしょう。

 

フローズン・ダイキリの材料と作り方はシンプルで、

・ホワイトラム       40ml

・ライム果汁(orジュース)  10ml

・マラスキーノ*1      1tsp*2

・クラッシュアイス

これらをすべてブレンダーに入れてシャーベット状になるまでかき混ぜればフローズン・ダイキリ完成です。

後はカクテルグラスに移して、彩にミントを添えてストローを2本刺します。

 

「どうぞ、フローズン・ダイキリです」

「おお、これは暑さによく効きそうだ」

 

 

 

 

 

Side:天おじ

 

あの事件*3から数か月、周囲の助けもあって体調は執務に問題がない程度には回復した。しかし、周囲には夏バテと誤魔化しておるが、気力が戻らない。……理由は分かっている。わしは未だにあいつのことを悔いているのだろう。もっと先人として良い立ち振る舞いができたのではないか、と。そんな雑念が魚にも伝わっているのか、釣りをしてもボウズが続いている。

今日も今日とて一人釣り糸を垂らして数時間。今日もボウズか、そろそろ引き上げようか、などという考えがよぎった時、背後から声を掛けられた。振り向いてみると近くの木橋にオケアノスの店主殿がいらっしゃった。店主殿と軽く世間話をしていると、今晩快復祝いに一杯馳走しようと誘いを受けた。以前であれば、他ならぬオケアノスからの誘いに璃月人として大変光栄に思っただろうが、正直今はあまり気乗りしない。なんと答えるべきか逡巡していると、店主殿から普段の礼を兼ねて是非、と珍しく強引な店主殿に押し切られてしまった。

 

七星としての執務を終えてオケアノスに向かう。店主殿であればこの未熟なわしに助言をくれるのではないか、と期待を胸に少し重たい扉を押し開く。数か月ぶりであるが静謐とした店の雰囲気に心落ち着かされる。店主殿からお絞りとメニュー表を渡されるが注文はもう決めている。わしが欲しいのは涼めて活力が湧くもの。店主殿はわしの注文を受けて少しだけ考えるとすぐに棚のボトルを手に取った。そして流れるような手つきで一杯のカクテルを完成させる。

 

「どうぞ、フローズン・ダイキリです」

 

なるほど、フローズンカクテルか。確かにこれなら十分に涼をとることができるだろうが、気力は回復するだろうか。

グラスを受け取って静かに飲む。うまい!ダイキリはもう少し甘味のあるカクテルだったと思うが、これは甘味がほとんどなくライムのほどよい酸味が口をすっきりさせて非常に飲みやすい。"甘い"という先入観があったが、予想を裏切るシャープな味わいで少し背筋を張ってしまった。

 

「店主殿、すごく飲みやすくてうまいのだが、ダイキリはこれほどさっぱりしたものだっただろうか」

「お出ししたダイキリは、パパ・ダイキリやヘミングウェイ・ダイキリと呼ばれているものです。砂糖を入れずに作るのでライムの味わいをより楽しんでいただけるかと」

 

本来のパパ・ダイキリはラムを通常の倍も入れるのですが、さすがに酒精が強くなりすぎるのでラムは通常の量でお作りしています。と店主殿は説明を付け加える。

 

「フローズンカクテルは若者のものと何処かで思っておったが、こうしたシャープなものもあるならもっと早く挑戦するべきでした」

「ライムの他にも、バナナや苺、トマトを使ったものもあるので是非お試しください」

「して、何故このカクテルがわしに活力を与えてくれると?」

「今の天おじがこのカクテルの名前の由来となったヘミングウェイのようだと感じました。」

「ほう?」

「ヘミングウェイは肉体的衰えと精神の不調、大戦後の世界の混乱と様々な要因から、彼の小説家は10年間何も書くことができなかったそうです。多くの批評家は"ヘミングウェイはもう駄目になった"と語ったそうです。」

「肉体の衰えと、精神の不調。ヘミングウェイは如何にしてスランプから立ち直ったんだ?」

「ヘミングウェイの当時の妻は、"私は活気に溢れ、熱意がみなぎっていたので、それを彼に注ぎ込んだのだ。彼は再び書き始めたが、思いもよらず何もかもうまくいくように思えた。*4"と回想しています。

 活力が湧くようなもの、というオーダーを受けながらこのようなことを言うのは間違いかもしれませんが、気力とは己で完結するのではなく環境に大きく影響されるものと思います。気力を取り戻したい、そう思って前を向き続けられれば後は環境と時間が解決してくれるのではないでしょうか」

「そうか、そうかぁ……」

 

環境と時間。確かにその通りかもしれない。これはわしが求めていた答えの1つかもしれない、と頭では思う。しかし、心が欲するところではないような気がする。

 

「確かにその通りかもしれませんな。だが、わしは璃月七星。己の不足を環境の、ましてや時間のせいにするわけにはいかない」

 

失礼。そう言って席を立って店から出ようとすると、店主殿がカウンターから離れるわしの手を掴んで制止する。

店主殿が強引な手段を取るのに驚いて店主殿の方へと向き直ると、目の前の彼はぴしゃりと告げる。

 

「勘違いなされるな。時間が解決してくれる、というのは解決の時が来るまで、常に己の間違いを正して鍛錬し続けるということ。断じて責任を手放すことではありません」

 

"オケアノスの店主"ではなく、璃月の礎を築いた先人としての顔で。

そしてわしはこの店に入るときに期待していたものの正体が分かった。わしは助言などという大それたものが欲しかったわけではない。わしはただ、偉大な先人に背を叩いて欲しかっただけなのだ。前を向け、進み続けろ、と。

 

「店主殿、激励ありがとうございます。璃月七星が天枢として精進を続けます」

 

*1
サクランボのリキュール

*2
tsp=小さじ1杯分

*3
参照:夜蘭(イェラン)伝説任務

*4
引用:老人と海-Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E4%BA%BA%E3%81%A8%E6%B5%B7




ヘミングウェイの"老人と海"を読み、フローズン・ダイキリとシルバー世代を書きたくなった結果がこれです。
私の原神ワールドにはヘミングウェイが実装されています。なので、天おじがヘミングウェイを知っているのは何も可笑しくありません。
天おじはモブキャラの中では5指に入るくらい好きなキャラクターです。資料などが少なく口調など難しい部分もありましたが、今後もちょくちょくモブキャラにも触れて行きたい所存。

UA10,000突破&お気に入り200件突破しました。 ありがとうございます!

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