話があっちこっちの妄想。
短いのでお気軽にどうぞ。

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『楽しい』だけなら欲は存在しない…


道を踏む

 男は布団の上で目を閉じ、考えた。

 

 

 意味がわからない。

 指定の時間に少しでも遅れると、多くの非難を浴びせられる。こちらの都合を考えられずに、何故他人が決めた時間通りに動かなくてはならないのだ。 

 自分が決められたら、絶対に非難する者はいないのに。

 そもそも、時間だとか時刻だとか、そういう目に見えもしないものを肉付けし、区切るから、このような不幸が生まれるのではないのか。 

 

 

男はしばらく唸るように考え、思いついた。

 

 

 そうだ。時間という概念をなくしてしまえばいいのだ。そうすれば、遅刻やらどうのと言われなくなる。

 

 

しかしその考えには欠点があった。

 

 

 いや、もし時刻や時間がなくなれば、電車やバスの時刻表もなくなる。すると、いつまでも存在しない乗客を待ち続け、交通機関が働かなくなる。

 

 それに、人々はあらゆることにおいて、止(とど)まることを知らなくなるだろう。また、始まるということも知らなくなるだろう。 

 これでは、いつ始まり、いつ終わるのかもわからない町の中で、怯えながら暮らすだけだ。

 電気やガスが通っているのかどうか、仮に通っていたとしてもいつ切れてしまうのか。不安を抱きながら生きることになる。

 

 

 それは苦しすぎる。

 しかし彼は解決策を思いついた

 

 

 そうだ、それならば人ではなくロボットに仕事を任せ、全自動にしてしまえばいい。

 一生、いや、永遠に動き続けることにさせれば、我々人間は寝転んでいるだけで勝手に資源が獲得され、自動的にあらゆる物が作られる。

 金(かね)という存在も消え、全世界がロボットの作る食事、住居、衣服、娯楽によって生活することができる。  

 

 なんと楽な世界なのだろう!!

 仕事が存在しないため、就活がなくなる――つまり、学校なんぞ不要になる。我々が勉強などする必要はない。 

 そして、会社勤め。上司や客にぺこぺこと己の頭を振り回す必要もなくなる。

 全ての人間は解放されるのだ!!!!

 苦しみなどない。ただ快楽に身を浸しているだけでいい世界になるだろう!! 

 そのような世界があれば―――

 

 

 そこで、男は思わず右手をびくんと揺らした。

 自身の甘美な思考に酔ったからではない。

 右の手のひらをまじまじと見つめる。端の方に、小さな赤い点が確認された。先ほどまで右手のひらを置いていた床には、青い画鋲が一つ落ちていた。

 ちっと舌打ちをすると、男は絆創膏を探し始める。

 

 

 痛み……………。

 その感覚は男にべたりと張り付いた。

 

 無限の快楽を得て、欲求の満たされない瞬間はなくて………。

 

 それからどうなる?

 

 

 ………………。

 

 男は絆創膏を雑に貼り付けると、壁に掛かった時計を一瞥する。

 五時四十分

 窓からは橙色になった太陽が、部屋を照らしている。

 すうっと腹の中が虚しくなったのを感じる。

 冷凍庫を開けると、中にはスパゲティやら、チャーハンやらが所狭しと並んでいた。 

 冷凍庫がピーッ、ピーッと悲鳴を上げる。

 男は冷凍庫を閉め、静かな動作で外に出た。

 

 部屋の鍵を閉めていると、隣人が帰ってきたことに気がついた。

 

「おや、品原さん。お出かけですか。こんな時間に珍しい」

 

 男は愛想笑いを、老婆に返す。

 

「ええ、まぁ。夜飯の材料を買いに」

 

 そして、駐車場とは真逆の方向に歩き始める。

 

「あれ、品原さん。車はあっちですよ」

 

「いえ、いいんです。今日は………少し歩きたい。不便かもしれませんが」

 

 老婆はそうかい、とだけいうと、部屋に入っていった。

 

 

 男は歩いた。まだ冬の寒さが残る、春風を浴びながら。何度も何度も車に追い越されながら。

 

 ゆっくり、しかし確かに、自分の足で大地を踏みしめながら。




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