キングヘイローのシニア級2年上半期を簡単に表すなら、山あり谷あり……いや、谷あり山あり、というのがぴったりではないだろうか。
フェブラリーステークス13着から高松宮記念を勝利し晴れてGⅠウマ娘となった彼女は、5月中旬のGⅡ京王杯スプリングカップ(東京1400m)と、6月上旬のGⅠ安田記念(東京1600m)を目指した。昨年は間隔をあけて休養十分で臨んだ安田記念が2番人気11着と振るわなかったことから、今年はレースを叩くことにしたのだ。
その京王杯スプリングカップ、3番人気に推されたキングヘイローは道中バ群に囲まれて終始力み通し。最後の直線に入った頃には余力が残っておらず13着惨敗となった。前走GⅠを勝ったのもあって、周囲からのマークもかなり厳しかった。叩きなので結果は求めていなかったにせよ、やはり本人は悔しそうだった。
俺も負けたことに関しては悔しさを覚えたが、安田記念を見据えた上では好都合の前哨戦だと捉えていた。
以下はレース翌日の俺と彼女のレース回顧の場面である。
◇
「────。ま、こんなもんだな。最後に簡潔にまとめると、今回の敗因は道中に尽きる。レースの結果ってのは最後の直線に入るまでに決まってるってよく言ったもんだ」
「もうっ、散々聞いたわよっ! 何度も言わないでくれるかしらっ!」
放課後のトレーナー室、2人で反省だらけのレース回顧を今しがた終えた。
キングヘイローはGⅠを勝って自信がついていたのもあってか、今回の惨敗には結構苛ついているようだった。でもまあ、落ち込むよりこうやって反抗できるぐらいの元気があるのは、それはそれで良いのだが。
今回のレースも細かい指示は出さず、マイペースで運ぶことを第一としていた。いつもの通りである。
東京は誤魔化しがきかないし、走り慣れて結果も出ているコースなので策を弄する必要も無かったのだ。
「やっぱお前の全力を引き出すなら出来るだけ周りにウマ娘を置かずマイペースに運ぶ。これしかねえ」
「……はあ」
本人に面と向かって言ってはないが、いくら修正を試みてもシニア級2年の現段階で未だに
「分かってるわよ。たぶんこれ、治らないってことも……」
──そのことにちゃんと向き合っている。
感心しているのを悟られたくなかったが、思わず彼女をじいっと見つめてしまった。
「……」
「なに?」
「流石はGⅠウマ娘だと思ってな」
「なによそれ!? 嫌味のつもりっ!?」
「褒めてんだよ」
「どうかしら……」
高松宮記念を勝利してお互いGⅠの称号を得ても、関係性は全然変わりない。
「だがな、キング。この負け方は好都合だ」
「どういうこと? ……いいえ、大体分かるわ。でも、あなたにはキングにそれを言う権利をあげるわ」
「勝ったスティンガーや2着のブラックホークも安田記念出走を表明してるだろ? マークはそっちに流れるだろうし、必然的にお前へのマークは薄れる。京王杯よりは有利にレースを運べそうだ」
「そうね。負けて良か──」
彼女はハッとしたように言葉を切り、気まずげに視線を宙に泳がせたあと、誤魔化すように両手でドンとテーブルを軽く叩いた。
「それじゃまるで、キングが負けて良しとしてるみたいじゃない! 一流のウマ娘で、GⅠも勝ったこのキングヘイローが!」
「誰に言ってんだ。負けて良いとはいってねえだろうが。結果的に良かったなってだけだろ。そりゃマークされたうえで勝ち切れたら大したもんだがな」
どんなレースでも勝利を目指して日々を送りトレーニングに励む。その在り方こそ一流のウマ娘だと言い切った彼女にとって、なんか軽いジレンマに陥ってるらしい。と言っても、様子を見る限りそんな深刻なものでも無さそうだが。
「そう考えられるだけで、お前はお前の言う“一流”なんじゃねえのか?」
「……おーっほっほっほ! もちろん、その通りよっ」
「だが『負けて良い』なんてセリフが思わず出そうになるなら、お前も戦略ってもんが分かってきたな。感心感心」
「……あなたのそれ、褒めてるか貶してるか分からないわ」
キングヘイローは腕を組んで目を閉じ、大きくため息をついてから鋭い眼差しを俺に向けた。
「勝つわよ。安田記念」
「当たり前だろ。去年のリベンジとGⅠ2勝目といくぞ」
◇
そうして2人で決意し安田記念に臨んだ。トレーニングは順調、今回も調整の出来は申し分ない。勝てる手ごたえを得て出走した安田記念は──
◇
前走のように中団で囲まれては話にならないので、レースでは先行して前目で運ぶことを指示した、キングヘイローは指示通り先行してレースを進めた。これまで1200mと1400mを使っていただけあって、行き脚はついていた。
内や後方の近くにはウマ娘がいたが、外や前方には極力ウマ娘がいない隊列でレースを運ぶことができていた。
だが──
『さあ、前は広がって200を切った! 先頭は外からフェアリーキングプローン! その内からはキングヘイロー伸びてきた2番手! 更に外からはディクタット突っ込んで2番手に並んできたっ!』
──先行して運んだキングヘイローは直線に入ってからも伸び続けたが、中団後方から運んできた海外ウマ娘2人が外から襲いかかってきた。
『フェアリーキングプローンゴールインッ!!! 勝ったのはフェアリーキングプローンッ!!! 2着は僅かにディクタット、3着に日本のキングヘイローかっ!?』
キングヘイローは力を発揮し3着。
海外ウマ娘に負けてしまったが、日本のウマ娘では最先着となった。
地下バ道に帰ってきた彼女は、やはり唇を噛んで下ろした両の手を握りしめていた。先着されたのは実力のある海外ウマ娘で日本のウマ娘最先着は立派だが、そんなの勝利を目指す彼女には慰めにはならないし、要らないだろう。
俺はただレース運びは概ね良かったことと、最良ではないが良い結果だから胸を張れとだけ伝えた。
彼女の闘志は健在で、その強気な瞳は既に下半期の次走へ向けられていた。
◇
そうしてキングヘイローの上半期が終わった。
高松宮記念が終わって上半期が終わり、夏合宿を経て下半期へ。この上半期、様々な出来事があったが、それらの中から一部振り返ってみようと思う。
俺たちを取り巻く状況は変わったり、変わらなかったり、だ。
◇
担当ウマ娘にはファンからファンレターが届く。
「今日も届いてるな。ありがてえことだ」
安田記念から数日後の午前中。俺の机に上にはファンから送られてきたファンレターがたくさんあった。芸能人のそれを事務所やマネージャーが行うとの同じく、本人に渡す前にあらかじめ中身を確認するのは担当トレーナーの仕事である。
普通に「応援してます!」って内容のものがほとんどだが、たまにあまりよろしくない内容のものもあり、その辺はシュレッダーにかけてゴミ箱行きとなる。あとはアドレスなど個人情報が書かれたものとかも基本的には省くようにしている。内容によってはその個人情報だけ黒塗りにして渡すこともあるが。
ウチのチームの中ではキングヘイロー宛てのものがダントツで一番多い。ジュニア級から活躍しGⅠでも好走を続けているし、加えてあの高松宮記念でその数は爆発的に増えた。
そして数日前の安田記念。3着に敗れたものの日本ウマ娘最先着という事実はファンの心を動かしたようだ。メディアでも称える声が相次いでいる。
俺は薄緑色の封筒を手に取る。中の便せんには丸っこい字が並んでいた。差出人は女性だろうか。やっぱりと言うか、ファンレターを送って来るのは女性が多い。
“キングヘイローちゃんへ。安田記念、凄い走りでした! いつも最後まで決して諦めない、力強い走りに勇気をもらっています!
自分の足で勝利を掴み取ろうとするあなたの姿が一番好きです。これからも、一流のあなたの背中をずっと応援させてください! 秋のレースも期待してます!”
「これはオーケーっと」
便せんを丁寧に元の封筒に戻し、キングヘイロー本人に渡す用のボックスへとそっと入れる。ちなみにだが彼女の勝負服カラーもあってか緑色のものを使うファンは結構多い。
次は濃い緑の封筒で、同じ色の便せんには周りに金の箔押しがしてあるものだった。こうやってファンレター確認をやってていつも思うが、よくここまで様々なデザインの便せんがあるもんだと毎回感心する。
“愛と尊敬を込めて、我が至高の王、キングヘイロー様へ!! あなたの走る姿を見るたび、私の目からは滝のように涙が止まりません。私にとって、キング様こそが全宇宙で唯一無二、絶対的頂点の一流ウマ娘です!!
キングヘイロー様がもし世界を敵に回すというのなら、私は喜んで正解に相対する
「……まあオーケーだな」
癖はあるが誹謗中傷などの内容はない。これも封筒に戻してからボックスへと入れた。
そんなこんなで仕分けをしていく。カレンモエへのファンレターもあったが、1月以来レースに出ていないので流石に数は少ない。それでも応援や心配するファンレターを定期的に送ってくれるファンもいる。
ダイアナヘイロー宛ては少ないが、中にはウチのチーム全員に宛てた内容のファンレターもそれなりに送られてくる。
残り僅かとなったファンレター。手に取ったオーソドックスな白封筒の宛て名には“キングヘイロー様 坂川健幸様”と書かれていた。
「…………」
実は俺個人宛てへにファンレターが届くこともある。高松宮記念後なんかはいくつも来た。大体は今回のように担当ウマ娘との抱き合わせが多い。
内容としては様々だ。応援したり労ってくれてるものもあれば、単なる誹謗中傷を除いてもかなりキツい内容のものだってある。だがウマ娘を応援する身からしたら、勝利に導けないトレーナーに対し思うところがあるのも分からなくもない。
あとは……これは俺は関係ないことだが、メディアなどの前でトレーナーとウマ娘の距離感が近すぎるコンビなどに対してご意見を頂ける、なんてこともあるらしい──
──いや。実は高松宮記念のレース直後、カレンモエに手を握られているのをカメラに抜かれていて、彼女のファンからお叱りのものが届いたことを思い出した。元々カレンチャンが好きらしく、デビュー当初からファンレターを送ってくれている古参ファンからだった。
「さて……」
ハサミを取る手が若干頼りないように感じる。封筒から出てきた便せんには可愛い柄が散りばめられていた。それに写真が一枚同封されているようだ。
“キングちゃんとトレーナーさんへ。初めて手紙を送ります。
いつもキングちゃんのレース見ています。安田記念は東京レース場に行って、初めてキングちゃんのレースを生で見ました。キングちゃんのレースを見ていると、胸が熱くなります! 安田記念で頑張ったキングちゃんを見て感動して涙が出ました。高校受験頑張ろうって力を貰えます。次のレースも頑張ってください!
トレーナーさんのことも応援してます。長い間GⅠを勝てなくても諦めずにいるのはすごいと思います。高松宮記念、トレーナーさんが泣いてるのを見てわたしももらい泣きしました。これからもキングちゃんをお願いします! 次のレースもレース場まで絶対に応援に行きます”
キングヘイローのぱかプチを抱えピースをしている女の子(顔はアプリか何かのスタンプで分からないようにされていた)の写真が同封されていた。
「……ありがとうな」
それらを戻した封筒を、キングヘイローのボックスの中にそっと置いた。
◇
7月中旬の日曜日の夕方。俺の運転するミニバンはキングヘイローを助手席に乗せて高速道路を走っていた。
次のSAまであと1キロと書かれた緑の看板が目に入ってきた。
「……次のサービスエリア寄るぞ。いいか?」
「構わないわ」
どうしてこのような状況になっているのかを説明すると、今日は中央のウマ娘と地方のレーススクールやクラブとのトレーニング交流会に参加し、現在はその帰りなのだ。
交流会とはURAが地方自治体と共同で開催しているもので、中央でGⅠを勝つなど成績を残したウマ娘にその役が回ってくる。高松宮記念勝利直後にURAから話が下りてきて、休養期間であるこの時期に行われる交流会に俺たちが当てがわれたというわけである。
ウマ娘たちの前で軽く話をして、その後キングヘイローはトレーニングに混ざりつつ、一緒に走るなどして交流。俺も外から見ながら気になったウマ娘に声を掛けたり、あとはスクールやクラブの指導者やコーチたちと話をしたりした。
SAに着き、ちょうど空いた駐車スペースに車を滑り込ませる。休日なのもあってSAは賑わっているようだ。
「キングは降りるか? 土産見るからちょい時間かかるが」
「ええ。私もお店見るわ。終わったらあそこのベンチにいるわね」
落ち合う約束をしてお互い別行動を取った。
俺はトイレを済ませてから、チームやマコなど仲の良いトレーナー陣への土産を購入し、予定のベンチに行ったのだがキングヘイローはまだそこにいなかった。
「…………」
今日のことを労ってなにか飲み物でも買ってやろうと思い、俺は一旦踵を返した。
飲み物を手にしてベンチに戻ったのだが、未だにキングヘイローの姿はなかった。さっき店を回っている時も店内にその姿は無かったので、屋内にはいなさそうだが。
「……どこほっつき歩いてんだ」
大丈夫だとは思うが、トラブルになっている可能性も考慮して探しに行くことにした。カレンモエとは違い、彼女は外出する時変装はしない。一流なのだから堂々としていればいいのだそうだ。GⅠウマ娘となり有名人となった身なので、トラブルとは言わずともファンなどに囲まれているかもしれない。
SAなので敷地内は広く、屋外にも色々見て回る場所があった。家族連れが遊ぶスペースから、隣接した海を眺めるスポットまで。それらを順々に巡っていく。
その海を眺めるスポットのひとつに、人の身長程度の門型のモニュメントに吊り下げられた小さな鐘のようなものが目に入ってきた。その近くに、見知った鹿毛のウマ娘がいた。
「やっと見つけたぞ……」
柔らかい海風にすくい上げられた髪の毛を抑えながら、琥珀色に染まっている海を眺めているようだった。夕日の光が彼女の髪の隙間を縫い、またその鹿毛を透かして煌めいていた。
……なぜか、キングヘイローじゃないように一瞬見えた。
「……ん?」
こちらに気づいていない彼女に向かう途中、立てかけられた看板のようなものが目に入ってきた。そこには“恋人の聖地”と書かれていた。どうやらさっきのモニュメントはそれに関連したものらしい。
なんかそんなものが全国のいくつかのSAとかPAに設置されていると聞いたことがある。
「おい」
「……ひゃっ! 冷たっ!? ちょ、何っ!?」
後ろから近づき彼女の首元に金属製ボトルコーヒーを押し当てると、彼女は肉食動物に突然遭遇した草食動物のように飛び上がって振り向いた。
「もうっ、何するのっ、トレーナー!」
「ベンチにいねえから探しに来たんだろうが」
「だからって首にそれ押し当てる必要はないじゃない!」
「それより何してんだ。まあ、景色が綺麗なのは分かるが」
ここは恋人の聖地。男っ気がないように見えるキングヘイローだが、もしかしたら想い人がいたりして、その男のことでも考えていたのだろうか。実は俺が知らないだけで彼氏でもいるのか。……なんて、しょうもない下衆な考えが1ミリも浮かばなかったと言ったら嘘になるが、口にする必要はなかった。
「ええ、そうよ。ただ景色を見て…………いいえ」
「どうした?」
「今日の交流会で小さいウマ娘たちを見て……私にもこういう日が来るのかしらって……」
彼女は自身の胸の中にある感情を形にしようとしているのが見て取れた。彼女は再び海に目を移し、靡く髪の毛をかき上げる。
「今はまだ走ることしか考えられないけど、いつかはレースを引退して…………その、お母さまが、私が走るのを見ていたみたいに……」
彼女の瞳は、海ではなく自身の未来へと向けられていたようだった。自身の行く道への憂い、みたいなものだろうか。
「……そうだな。未来がどうなるかは分からんが、現役のウマ娘みんながいつかはトゥインクルシリーズを引退して、学園も卒業する。それだけは決まってる」
「………………」
キングヘイローもいつかは俺の手から離れていく。これまで担当してきたウマ娘と同じように。
ウマ娘にとって現役の数年間は人生で最も濃い時間が流れていると思う。だが、人生全体で考えるとほんの短期間に過ぎない。どのウマ娘だって、現役を終えてからの時間の方が圧倒的に長いのだ。
彼女の胸中には何が浮かんでいるのだろうか。未来への希望や不安……それらでさえ、まだ形になっていないのかもしれないが。
改めて内面的にも成長しているのだなと思う。多感な時期のウマ娘……少女と接するこのトレーナーという職業に就いていると、キングヘイローに限らずそう思わされてきた。
自分の行く末を考えられるのは、成長の証だ。茶化す必要はないし、必要なときや求めてきたときに力になってやればいい。
「そろそろ行くぞ。まだまだ東京まで道のりは長いんだ」
「……わかったわ」
「ほら、好きな方選べ」
彼女にボトルコーヒーを二つ差し出す。さっき彼女の首筋に当てたのは微糖、もう一方は無糖だった。
それらを彼女はじっと睨んだかと思うと、手に取らず歩きだした。
「そんな安っぽいコーヒーより、キングはあっちの期間限定のが飲みたいわ」
彼女が指さし向かう先には、某有名コーヒーチェーン店があった。
「トレーナー、あなたに奢る権利をあげるっ。おーっほっほっほ!」
「……しゃーねーな」
こいうところは変わらないな、と思いながら、ずんずん進んでいく彼女の後を追った。
久しぶりにキング書いたらめっちゃ楽しかったです(小並)
なんかすっごい馴染む感じ……
実はちょこちょこ書いてるんで、不定期で間は空くかもですけど底辺キングの後日談含めまた投稿していきます
イ〇イノックス実装あくしろよ