23時に、お腹がすいた。ただそれだけ。
頭にその感情がピンと来た。連動するように読んでいた本をパタンと閉じて、椅子をくるりと120度くらい自分ごと右に回す。照準はベッドでうつぶせになってスマホを眺める女の子。
「コンビニ行かん?」
「冷蔵庫漁りなよ」
それはそう。どうしようもない正論。
視線も体勢も変えずにノータイムでそんな強力なカウンターが返ってくるなんて思わなかった。まるでいつも僕が突拍子もないことを言っているみたいな反応だね。
けど、男には譲れないモノがある。それが今だ。本屋さんでライトノベルを買う時にブックカバーを付けるか付けないか論争くらいに譲れない。
「コンビニ行かん?」
「一人で行けばいいじゃん。外、寒いし」
「寂しいこと言わないでよ。泣いても良いのか。年甲斐もなく泣くぞ」
「別にあたししかここにいないし……」
確かに。僕がここでギャン泣きしてもダメージを受けるのは僕だけだ。
次の日の朝、ゴミ出しした時にご近所の方々に指をさされてプークスクスされる危険性も限りなく高くなる。それは少しばかりダメージが大きすぎる。ここは計画的撤退と行くのが吉だ。占いでもピンポイントでそう言ってた。
心底面倒そうな表情を浮かべて崩さず淡々と対応する彼女も、内心ではきっと嬉しいのだろう。もう何万回と達してそうなダルがらみを食らって何の感情も出てなさそうなだけにも見えるけども、そういうことにしておこう。
「ねぇー! 行こうよー! 一緒に行こうよー!」
「あーもう! わかった! わかったってば!」
こうなれば最終手段。寝転ぶ彼女へと一気に距離を詰めて、ベッドの横から彼女の背中に手を置いてゆさゆさ揺らす。同時に、他人が見たらドン引きするようなレベルの駄々をこねる。
やっていること自体は、スーパーの床でお菓子を買ってもらえずに泣きわめくイヤイヤ期の子供と同じである。お母ちゃんに『もう置いてくからね!』って最終兵器を使われて、ギャン泣き加速するやつね。全国のお母ちゃん達、ほんまありがとうって感じ。
そんなまさしく子供だましというか子供戻りというか、こんな芸当が案外効く。ほっとくよりついて行った方が面倒くさくないという状況に陥るからだ。故に最終手段。
毎度こういうアホみたいなことをしているから、彼女を引っ張る頼れる男子ムーブが一生できないのかもしれない。よそはよそ、うちはうちムーブで乗り切りましょう。古事記に書いてありました。
「うへぇ。さみぃや」
「だから言ったじゃん……寒い」
「手袋は? こっちは素手だけど」
「素手って言われても……ぽっけに突っ込んどきなよ。あたしは手袋付けてるから」
なんか気持ち重たく感じるドアを押し開けると、ほぼ別世界。ストーブのおかげで温められてた体の表面から、一気に体温を奪いにかかられる。北風が少し収まっても、気温自体はそんなこと知るかとばかりにガチガチに冷え込んでいる。関係ないけど、彼女の対応も同じくらい冷たい気もする。
スリッパの隙間から入る空気から逃げる様に、若干速足になるのをグッと堪える。男たるもの、彼女を射て先に歩き去るなんて武士の恥。無理やり連れだしてる時点で相当恥じな気はするけど。
靴下一枚履いているとはいえ、流石に偽物のクロックスでは飛んで火にいる夏の虫状態だね。熱いんじゃなくて冷たいんだけど。
特に会話の無い約300メートル。家から歩いて三分くらいのコンビニエンスストア。この寒さとちょっとした運動が、この後の楽しみをより質の高いものにしてくれると思うと、ウキウキが止まらない。こんなに距離が近いなら一人で来ればよかったやんかとか言うのは禁句だ。
「ひゃあーっ。寒いね~!」
「マジでそれな!」
入り口でちょうど入れ違いになったカップルが、仲睦まじく手袋に包まれた手を握り合ってたのを見て、ほんの少し羨ましく思ったのは内緒だ。少しというのは嘘かもしれない。結構羨ましい。カップルの後姿をなまめかしく見ているから相当羨ましいのかもしれない。
「ねぇねぇ美咲」
「中、あったかいから」
こっちに視線をくれることも無く一蹴されました。一足先にコンビニの中に入って行く背中が大きすぎて僕は泣いたよ。ハナからそういう性格ってわかってたから良いけどさ。恥ずかしがり屋さんめ。ぐすん。
暖房の聞いたコンビニの中も人影はかなり少ない。店員さんが一人と、立ち読みをするニット帽をかぶったおじさんだけ。
「なんかいる?」
「いらない。財布ないし」
「いいよ。ついてきてくれてありがとうのガソリン代」
「歩きじゃん……じゃあ、これかな」
レジ横にあるあたたかーいゾーンからカフェオレをコトンと取り出す。カフェオレ美味しいよね、僕はブラック派だけど。
選んだ缶コーヒーと選ばれたカフェオレをレジにおいて、店員さんに向けて高らかに宣言する。
「ピザまん一つ」
このためにコンビニに来たと言っても過言。というか、これが目的だった。
肉まんでは無く、ピザまん。今ならチーズ20%増量という張り紙に見事に踊らされた。チーズの魔力は恐ろしい。
明らかに深夜帯でやる気なさげな店員さんの復唱にちょっと心が躍る。手慣れた手つきでピザまんを包装する様子を見ながら、財布に手を突っ込んで小銭を漁る。が、無いので諦めて大きいのでお会計してもらう。少し財布が物理的に分厚くなるが致し方が無し。
「袋、どうしますか」
「いる?」
「そのままでいいんじゃない?」
「いらないです」
これも時代だよなぁ。昔は勝手にビニール袋が付いてきたんだよって言うのが、あたかも都市伝説的なやり取りだと思われるのも現実的かもしれないね。時の流れって凄い。パ〇キア最強。
たった数円のお話のはずなのに、付けたら付けたでなんか面倒くさいし。いるかいらないで言えばいらないので、ついつい袋無しで持ち帰ってしまう。これがライフハック。
「ありざっしたー」
「熱っ、熱っ」
そうして数円の施しを拒否した人間は、素手で熱々のピザまんを渡されて四苦八苦する羽目になる。
肉まんと素肌の距離は、何ミリだよって言う包装紙一枚分しかない。ほぼ素手で激熱ピザまんを持たされてるのと何ら変わりはない。しかも外は極寒。素肌もキンキンと温度差がとんでもないことになっている。
素手の方はピザまんと激闘。右のポケットも雑にツッコまれた缶コーヒーで地味にあったかいから熱いにシフトしてきている。これが令和に開発されたおでんで白米を食えに続く新種の拷問かもしれない。
「袋、貰えばよかったのに」
「言いにくくない?」
「まぁ、わからなくも無いけど」
コンビニのガードレールみたいなところに腰掛けて、ひたすらピザまんをジャグリングする。いつになったら普通に持てる様になるんだろう。外気に当ててたら多少は冷めるかな。このままだと近所のおばちゃんに『食べ物で遊んだらあかんでぇ~!』って怒られちゃうかもしれない。
男には時には気合でどうにかするしかないかもしれない。気合でピザまんを支えながらセロハンテープをペりぺりと剥がすと、綺麗に湯気を立てて真っ白なピザまんが顔を出してきた。にしても熱い。やけどしちゃう。
カフェオレを手袋越しに両手でぎゅってやる冬場の最適解を真隣でで見せつけられて、こっちは熱々ピザまんに素手で四苦八苦とか、IQの差が出てて悲しくなっちゃう。
それにしても、このガードレールっぽい奴って本当は何なんだろうね。利用客が腰掛けてタバコ吸ったり学生たちがたむろするために使うベンチみたいな扱いになってるけど。本人も本来の用途と違う使われ方をして遺憾の意を表明しているだろう。人じゃなくて物なんだけど。
「ここで食べるの?」
「寒い所であったかいの食べたら美味しいかなって」
「……確かに」
ちょっと不満げな顔をして何か言うかと思ったけど、どうやら反論要素が出てこなかったらしい。やんごとなき雰囲気で自然に俺を横に移動させて、隣に空いたスペースに座ってくる。
急に連れてこられたはずなのに、防寒着にマフラーに手袋と、この世の防寒全てを詰め込んだみたいな格好になっている。そのせいで座っている姿にちょこんと言う効果音が付いてそうなのが良いね。率直に可愛い。
「ピザまん食べる?」
「この時間の女性に食べ物を勧めるなんて、やっぱいい度胸してるよ」
「知ってるか。今どきは20時を過ぎるとカロリー吸収機関が営業停止するから、その時間に食ってもゼロカロリーなんだ」
「あー、はいはい。ゼロカロリーね、ゼロカロリー」
私がゼロカロリー大学で蓄えた知識をそんな無下にしなくても良いじゃないか。実はゼロカロリー大学なんて存在しないし、さっきのも嘘なんだけど。もう完全に慣れきってるよね。対応が玄人のそれだもん。
対応が洗礼されてるのが嬉しいのやら嬉しくないのやら。
明らかに熱々からあったかいくらいにまで熱が落ち着いたピザまん。本来なら半分になってたはずだが、それはもうキレイな饅頭型になっている。
ドラマとかでよく見る半分にパカンと割って仲良く食べる奴を僕もやりたかったのになー、と若干やけくそまじりでピザまんにかぶりつ……
「えっ」
「へ?」
「あっ。いや、食べるんだって思って」
「ピザまんだし」
「そうだけど、そうじゃなくて」
ピザまんとお口の距離が秒速5センチメートルって距離で横から相〇食堂のアレが飛んで来た。誰がどう考えても癖のある甲高いツッコミが入ったね。ニコニコのおじさん二人が脳内のスタジオではしゃぎまわってるよ。
そうじゃないって言われても、食べずにこのまま家に持ち帰って冷凍保存というわけにもいかんでしょう、サカ〇キぃ~。
肉まんとかピザまんって、あったかい時に食べる物でしょ? 冷やし中華は流行っても、冷やした唐揚げは流行らないし、冷やした肉まんシリーズとかも多分流行らないと思うんだ。暖かいごはんって全てを解決するからね。
「食べるんなら別に良いんだけど」
「やっぱ食べたいん?」
「……」
「ほら、僕のお顔をお食べ」
しばしの沈黙が多分答えだ。湯気の落ち着いたピザまんを半分に割って、包装紙のついてる方をカ〇タ×アン〇ンマン方式で渡す。真ん中で伸びるチーズと、一気に広がる湯気が食欲をそそる。
この方式、発言はアン〇ンマンで作法がカ〇タ式の最新型ハイブリット食糧渡しなので覚えていてほしい。貴方の人生の役には1ミリたりともならない。
「……どうも」
「冷める前に食べちゃおう」
放置しておくと恥ずかしがって言い訳やら言いだしそうな気がしてきたので、これ以上暖かいのラインを下回らないうちに食べることにする。
素直に受け取ったってことはそう言う事だろう。わざわざ手袋を外して受け取ってたし、ちゃんとピザまんのぬくもりも感じたかったんだろう。僕の計算は4割くらい当たるんだ。
さて今度こそ。今回はしっかりと半分に割られているピザまんを、真ん中から豪快に齧り付く。
うーん、美味い! これが食いたかったとはちょっと違うけど、やはりチーズ増量は間違いなかったのだ。増量は正義。チーズは全てを解決する。
「おいしい」
「よもやよもや?」
「それじゃないけど」
僕よりも小さな一口でピザまんに齧りつく彼女の口角は、明らかに緩んでいた。美味しい食べ物はみんなを幸せにするからね。ピザまんは完成された食べ物だから。であれば、そこに環境も合わされば無敵というわけだ。専門家じゃないから知らんが。
それからは、お互いにひたすら冬の寒空に吹かれながら、黙々と目の前のピザまんに集中していた。時折、コンビニを出入りするサラリーマンの人や、大学生くらいの兄ちゃんと目が合うのがちょっとだけ恥ずかしかったけど。これも現代の風情みたいなものかもしれない。
「あーあ、食べちゃった。やっぱ美味しいや」
「チーズ20%増量は大きかったねぇ」
「こんな時間に高カロリー……あぁ、背徳感……」
「まーまー! 明日から頑張ればいいのよ」
「明日やろうは馬鹿野郎の精神なんだけどね」
女の子は、やっぱりこういうのは気になるのかもしれない。横で実際に頭を抱えてどう考えてもカロリーをぶつぶつと気にしている人がいる時点で、気になるから気にしているに訂正しなくちゃならんかもしれないけど。
って言うか、完全に他人事みたいな感じのスタンス取ってるけど、深夜に飯を食わせる原因を作ったのは何を隠そう私だ。私が犯人です。
明日やろうは馬鹿野郎の精神だってわかるけども、我慢は体に毒って言うじゃないの。サブ〇ーが次に繋ぐロッテの主砲だったように、サボ〇ーも次にモチベを繋げる良い機会だったりするかもしれないよ? 今、5秒で考えたから多分違うかもしれない。
「いやー、満足した! 満足したね!」
「それは良かった」
いつの間にか空になった缶を捨てるついでに、立ち上がってつま先から背筋を伸ばす。これは大満足大臣としか言いようがないね。
これぞ、僕が冬の夜に求めていたロマン。腰を少し掃いながら、どう見ても子供を見守るような温度感で彼女は見てくるが、それもご褒美という奴だろう。マゾではない。多分。
全てが計画通りではなかった。途中で色々と誤算はあったけど、終わり良ければ総て良し。感動の大縁談ってやつだ。
「美咲は?」
「あたし? あたしはまぁ……満足したかな?」
「無理やり連れだされたのに。かわいいね」
「話振っといて落とすのやめなよ。嫌われるよ」
そんなつもりなかったから許してほしい。本当は美咲の満足する姿を見てご満悦って感じで帰っても良かったんだけど、どうしても一言余計なことを言いたい病気が上回ってしまった。だって、ボケたらこっちが求める満点回答の返しをしてくれるんだもん……いやー、良いスキルをお持ちで。
完全に熱も冷めきって、呆れたようにそそくさと歩き出す彼女の後ろをちょこちょこついていく。完全に立場が入れ替わってら。
絶対に途中で止めていたら完璧だったのにね。ちょっと照れながら満足したって言った顔、エグイ可愛かったもん。もうそこら辺のアイドルなら蹂躙できるね。贔屓目入ってないから。
「あと、そんな雑なかわいいじゃ別に照れないから」
「美咲ってツンデレじゃないの」
「自分でツンデレって言う人がツンデレだと思う?」
「解釈不一致」
「あたしもそう思う」
やっぱり、長く付き合いを続けていくと言う事はそれなりに利害の一致も増えていくのかもしれない。
ちょっと匂わせっぽくなったが、多分シンプルに考えが同じだけだ。そんな理想論、簡単には叶わない。現実は厳しいね。二次元の世界なら、きっとさっきの『かわいい』で『う、うるさい! ばかっ!』って帰って来たんだろうな。そう返ってきても、そう返ってこなくてもこっちとしては美味しいから言い得だね。
「やっぱ俺達、良いパートナーだと思わない?」
「うーん、よくわかんないかな」
「そこはサンド〇ィッチマンの真似して言って欲しかったなぁ」
「どっちのネタだっけ」
「ヤクザみたいな風貌してる方」
「どっちもそうだよね」
どっちもヤクザみたいだなんて、人は見た目とか雰囲気とか顔つきとかその他諸々で判断したら可哀そうだよ。二人とも裏社会で一般人恐喝してそうな見た目なのはわかるけど。
人は見かけによらないって言うじゃない。美咲だって、うーんこれは美咲! って言う様な風貌と性格をしてるし。僕は知らない。よくわからない。
「あとは、ついでに言えば手を繋いで欲しかった」
「はい」
「手袋越しだとなんか違うじゃん」
「何を気にしてるのさ……」
「ほら……もっとこう、キュンキュンしたい」
「少女漫画じゃないんだから」
そうやって『ほら、これが良いんだろ』ってオラオラ系男気MAXで手袋付きの手を指し伸ばされてもなんか違うんですよ。一歩分くらい僕より前を歩いてたり、ダルがらみしてくる相手を適当に流したり、全部本当なら立場は絶対に逆だしね。
僕が相当女々しいだけ説ですか? 僕は彼女の人間性が出来過ぎてるだけ説を推します。
少女漫画って言ったら理想の恋愛像みたいなところ無い? 芋けんぴを髪の毛にくっつけてもらうのは遠慮するけど、ドキがムネムネのキュンキュンバクバクモヌリスタみたいな感じの恋愛を教えてもらえるもんだと思ってた。
かの有名な少年誌だって、友情! 努力! 勝利! って男の子三原則を叩き込んでくれるわけだし。女の子版をあってしかるべきだろう。需要があるかは置いておく。
それはそれとして、出されたままの手を放置しておくというのも男としてどうかって話だ。
絶対に使い方は間違ってるが、添え前食わぬは男の恥って言う恋愛系の漫画小説ご用達の言葉もあるじゃろう。意味は違うが、言いたいことがなんとなく伝わればオールOKだ。言語が分からない外国人相手だって、心と心で会話すれば繋がるからね。
そんなわけで、建前は沢山心の中で立てさせて頂いたので、ありがたーく差し出された手を握り返してみる。
「あったかい?」
「思ってたのと違った」
「手袋越しだからねぇ」
手を握ったことは何度かあるはずなんだけど、今までのそれとは明らかに違いました。もっと彼女の手って小さくて、お互いに握ったら言葉では表せないような感情が湧きたつはずだったんですけど、なんだか今は虚しいです。
冬の寒空の下でご主人様の手のぬくもりを守り棟してたわけだから、外面はキンッキンに冷えてるんですよね。そういや、ピザまん食べてた時もわざわざ手袋外してたもんね。
「うぅ……いけず……」
「たまにはいいじゃないのー」
「周りに人がいないからって強気……」
「手、離すよ」
「ごめんなさい」
なんてことない夜の帰路。だけど、ほんのちょっとしたイベント。普段は絶対にやってくれないようなことを、進んでやらせてくれるこの空間には感謝するべきかもしれない。
行きのコンビニで見たあの二人のような、誰もが見ても理想の二人になるかはわからない。都会故、夜空に沢山の星がきらめいているわけでもない。なんとなく空を見上げて見れば、見事に月と飛行機とほんの少しの星しか見えない。ぶっきらぼうな夜空。
でも、これも一つの幸せの形。こうやって手を繋いで、二人並んで歩けているんだからいいじゃない。恥ずかしいにもほどがあるけど、僕の幸福度数は最大まで振り切ってる。
少しくらい不格好でも、この感じが一番の幸せ。マンションに着く直前で手は離された。ここが私のアナザースカイ。