魔導列車の試作機完成に伴い、交通網の整備は一つの山場を超えた。現在は運用による周囲への環境に対する問題点の洗い出しと対処法の確立が行われている。
それに触発されてリムルも依り代作成に精を出しており、トレイニーの姉妹の身体の用意も予定しているためラミリスが助手をしている。
そのラミリスも人手不足を感じていて、カイジン達は魔導列車にかかりきりで魔装兵の研究をベスター一人で行っており、ヴェルドラは細かい作業の気配を察すると姿を消すらしい。
ヴェルドラも別に遊んでいるわけではなく知識によって貢献しているため助手をさせるよりは好きにさせるのがよさそうとうことで話がまとまってはいる。
とはいえ研究所へと配置換えをできる人員に心当たりはなく、テクトが頭を悩ませているところにそれはやってきた。
ちょうどその時、テクトはリムルと決済の結果を共有し、ソファにてダラダラしていた。先日リムルのスライムボディを弄り倒してから感触にハマったテクトはストレスの解消にリムルの身体を揉むようになっていた。
リムルが忙しいときはビーズクッションを揉んでいるが、やはりリムルには敵わなかった。
そんなわけでソファに横になりながら腹の上でリムルをいじっていたテクトだったが、ノックの音に頭を起こす。
机に戻ろうとするリムルを制して糸で扉を開けるとシュナが入室した。
「何かあった?」
「お客様がお見えでして、アポイントはありませんが、ディーノと名乗る者がお二人のお知り合いだと」
「ディーノ?」
魔王達の宴での晩餐会で「遊びに行く」と話していたのだが、本当に来たらしい。来た以上は応対するため立ち上がり、客室へと移動する。
飾りっ気は最低限な客室に入ると、先程のテクト同様にソファで寝そべるディーノがいた。
「よう、久しぶり。元気だった?」
ディーノが寝そべったまま挨拶するのにシュナは不機嫌そうな視線を向ける。しかし何も言わずに退出し、茶菓子の用意をしに行った。
「他の魔王の勢力圏で、よくもまあそこまでだらけられるもんだな」
シュナの気を損ねたことでテクトはやや乱雑な口調で話しながら座る。
「で、何しに来たんだ?」
「遊びに行くって言ったじゃないか」
テクトの問いにディーノは飄々答える。テクトは視線で追求していたがディーノはなにも話そうとせず、戻ってきたシュナが配膳を済ませ退出した後、ようやく観念したかのように口を開いた。
「いや、実はさ、ダグリュールのところを追い出されてしまってね」
「「は?」」
「いや、俺って家がなくてさ、ダグリュールにお世話になってたのよ。ついでに言うと、無一文でね。で、どうしたもんかと考えていた時、ダグリュールの息子達がお世話になっているという君達の国を思い出したのさ。そういうわけだから、俺もここでお世話してほしい!」
「断る」
「え?」
ディーノの願いをテクトがバッサリと断る。
断られると思っていなかったのかディーノは目を瞬かせていると、テクトは紅茶を飲み干しておかわりを注ぎ、ケーキへと手を伸ばした。
「それ食ったら帰れよ」
ディーノへと視線を移すことなくケーキを一口食べ、出来栄えに頷く。そんなテクトにディーノは慌てたように口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。じゃあ何か? 俺に野垂れ死ね、と?」
「ああ。良かったな末期の食事が美味いケーキで」
「待てって、そうだ、ギィから手紙を預かってるんだ!」
このままでは本気で追い出されると察したディーノは懐をまさぐると手紙を出す。その封印に使われた妖気にギィの気配を感じるとテクトは顔を顰めつつ開封する。
『ディーノの面倒を見てやってくれ
お前が俺にかけた苦労を考えれば安いものだろ?』
そんな文面にテクトは表情を消すと手紙を丸め、部屋の隅へと放り投げる。あまりにも雑な対応にディーノはドン引きしていたが、テクトは深いため息を吐きながら空を仰いだ。
「いいだろう、魔国連邦に置いてやる。だが、働かざる者食うべからずだ。仕事はしてもらう」
「無茶言うなよ! 俺は働かないことに美学を持っている。ここ数百年、自分で金を稼いだことはないし、自分の金で飲み食いしたこともない!」
「捨ててしまえそんな美学」
胸を張って阿呆なことを言うディーノにテクトは辛辣に返す。気を落ち着けるため紅茶を飲んで一拍開けて口を開く。
「別に最初から専門的なことをしろとは言わんさ。ちょっとラミリスを手伝ってほしい」
「ラミリス? あいつもここにいるのか?」
「詳しい話は本人に聞いてくれ。ほら、行くぞ」
ディーノの疑問には取り合わず、テクトは立ち上がると転移で移動させる。強制的な転移と転移先である百階層の魔素の濃さに驚くディーノを引きずり研究施設へ入ると、ラミリスとヴェルドラに加え、九十五階層で聖霊の守護巨像の改造をしていたはずのベスターがいた。
「補充要員を連れてきた。ラミリスは知っていると思うが、魔王のディーノだ」
「ディーノと言う。お前達は知っていると思うが、一応、魔王の一柱だ。働きたくはないが、仕方なく手伝う事になった。ヨロシクな」
やる気は感じられないが自己紹介はしたのでヨシとして状況の報告を聞く。
ベスターがいるのはラミリスに引っ張られてきたらしく、元の研究に心残りはあるものの、携わる内に百階層で研究している内容の完成には立ち会いたいと考え始めたため、九十五階層の研究は一旦後回しにすることにしたらしい。
とはいえ過労と寝不足で休憩は必要なためディーノに雑務の引き継ぎをするよう言うと、ベスターは相手が魔王であることにも物怖じぜずゴリ押しで手伝いを了承させ、引っ張っていった。
肝心の研究だが、千体の依代の作成の自動化である。
用意したのは直径一メートル、高さ三メートルほどの透明な強化ガラス製の円筒である。
培養カプセルと呼ばれるそれは、魔物の育成に利用されている。
カプセル内はリムルが採取していた封印の洞窟の湖の水で満たされており、この水は高濃度の魔素を含むため“魔水”と呼称されている。また、魔素注入口も取り付けられ魔素濃度を一定に保つように魔素を送り込むようになっていた。
千機もカプセルを用意するよりも最初から手作りするほうが早かったのではとテクトは設置中に思ったりもしたが、リムルが楽しそうであるため何も言わなかった。
少々話は逸れるが、魔物の発生には魔素濃度だけでなく、何等かの因子が必要となることが研究で明らかになっている。
例えば、培養カプセルにヘビを入れると、高濃度の魔素に晒されたヘビは死に、その肉体を因子として嵐蛇が誕生する事があるのだ。
安定するかは運次第だが、常に一定以上の魔素の中で発生する魔物は自然発生よりも強靭な個体となることが確認された。
これを利用して魔鋼製の骨格をカプセルに入れ、
自我を持たない骨格への肉付けは悪魔族に任せるため特に造形は予定していなかったのだが、ラミリスはそれでは納得いかなかったらしく様々な措置が取られていた。
一番目立つのは心臓部の精霊魔導核。
強力な核があれば素体はより強靭なものになると考え、全ての骨格に組み込んだという。さらに疑似魂と人造人間への憑依技術が組み込まれ、トレイニーの姉妹が憑依する土台を作っている。
それらはカプセル内で融合し、骨格には筋組織が作られ始めていた。
「面白いな。でもこれだけの数、大変だったろ?」
「まあね。マウザーと違って骨格だけの人形だけどさ、こうやって擬似的な心臓を用意してやれば、カプセル内の魔素が馴染んですごい魔素量を得られると思うわけ!」
ドヤ顔で胸を張るラミリスに素直に感心しつつ能力の予測をすると、少なくともAランクともすれば上位に位置するほどの魔素量になるらしい。
そこに悪魔族が憑依した後の魔素量を少し考え表情の消えたテクトはそのまま考えることを止めた。
ディーノがきて数日。
ディアブロの帰還も近いかもしれないということで執務を終えたテクトとリムルが研究所へと向かうと、ヴェルドラとラミリスが言い合いをしていた。
「だからぁ、成長を促進させる為に、師匠の魔素を直接注入して欲しいのよ!」
「だがなあ、そんな真似をして、コレが壊れたらどうするつもりだ? テクトとリムルに怒られるのは我ではないか」
「これだけあるし、大丈夫だって! それにさ、師匠がリムルに頼もうとしている件、アタシも口添えするから。だから、お願い!」
会話を聞いた二柱は成り行きを見守るべく「狡知之神」で身を隠す。ヴェルドラの頼み事について心当たりを考えるが思い当たるものはなく、考えている内にヴェルドラは魔素を注入し始めてしまった。ヴェルドラの表情も割と楽しそうだったため、元より乗り気だったらしく、景気よく魔素を注いでいく。
培養カプセル内の魔素濃度が一気に異常な値になり、筋繊維のようなものが一気に形成されていく。ここまでは予測の範囲の変化が加速しているだけだが、ヴェルドラの魔素により予想外の事態が起こり始める。
「あれ? 思ってたのと違う……」
事態に気づいたのかラミリスが呟く。
大量の魔素が骨格へと浸透し、その組織を変化させ始めたのである。その性質は魔鉱から変化し、まったく別のものへと変わっていく。
変化を終えた骨格は、神輝金鋼に匹敵する強度に息衝いているような脈動がある。
智慧之王の解析では
未知の金属の発見に二柱して傍観していると、注がれ続けた魔素にカプセルが耐えきれずヒビが入る。
「ちょ、ちょっと師匠!? ストップ、ストーップ!!」
「ぬ? ぬおおぉ、カプセルにヒビがぁ!?」
故障し始めたカプセルにこれ以上放置はできないと二柱は肩を竦めて物陰から出ていく。
カプセルを修理してベスターとディーノも呼び一旦休憩となった。
「チッ、今せっかくいいところだったってのに……」
「そうか、邪魔して悪かった。ケーキはラミリスに回すから戻っていいぞ」
「ごめんなさい。嘘です。いや、本当だけど、ちょっと口が滑りました」
文句を言ったディーノのケーキをテクトが回収しようとすると、ディーノは頭を下げながら必死に抵抗する。
例に漏れず魔国連邦の食に魅せられたディーノはすっかり食事を楽しみにしているのだ。
仕事をすることに文句を言っていたディーノだったが、割と真面目に仕事をしている。
現在は千機の培養カプセルの情報の記録をしつつ、息抜きにクロベエの完成させた孔開き武器の性能を試していた。
この孔開き武器とは剣の根本に小さな丸い孔が空いている武器のことで、孔に
魔法武器を作るには刻印魔法による付与と武器の進化による属性付与の二つがある。どちらも付与された力の変更はできず、特に後者は不確定であり進化のために時間もかかる。
そこで望んだの力を切り替え可能にできないかと考えて作られたのが孔開き武器と魔玉である。
武器の孔に魔玉を嵌めることで魔玉に対応した属性の魔法効果を発揮する魔法武器へと変化する。魔玉に蓄えられた魔力を消耗し切るとただの宝玉となるが、魔力を封じることで再利用が可能となる。ただし、魔力の封入は難度が高く、熟練の魔法使いでなければできないらしい。
そしてここからが重要で、複数の孔がある武器に異なる属性の魔玉を同時に嵌めると想定とはまったく違う結果が起きた。
この組み合わせの効果をディーノが試し、ベスターが記帳しており、これがメインの仕事となっている。未知の反応を示す孔開き武器の実験にディーノがハマり、今のように邪魔をすると不機嫌になるのである。
ちなみに実用に耐えうる孔開き武器を作るのは至難であり、鍛冶を取り仕切るクロベエとその高弟四人、カイジンしか成功しておらず、孔は三個が最大である。孔が三個のものはクロベエが渾身の力で打ってもできるかどうかといったところであり、大凡百本に一本といったところだ。
ただし品質にこだわらなければある程度難易度が下がるため、そういったものは迷宮の宝箱に混ぜて冒険者に使用させデータ収集に使うことになっている。
働きたくないといっていたディーノが真面目に仕事をしていることに満足そうにテクトが笑っていると、リムルはラミリスへと向き直っていた。
「それでラミリス、何でそんなに慌てて、依代を完成させようとしたんだ?」
「あ、えっと……」
いきなり核心を疲れたことでラミリスが言い淀む。それを庇うようにトレイニーが進み出た。
「お待ち下さい、リムル様。ラミリス様は、私の妹達、そして仲間達の為に、尽力して下さっていたのです!」
「いや、理由が知りたかっただけで、怒ってませんよ。で、どうなんだ、ラミリス」
リムルは責めるつもりはなかったのだが、普段から怒られることが多いので誤解したらしい。リムルがそれを宥めてラミリスに問い直すと落ち着いたのか気まずそうに答える。
「うーん。冷静に考えると、焦り過ぎてた。アタシはさ、アタシを慕ってくれる子達に、早く自分の身体を持ってもらいたかったんだよ。そしたらさ、あの子達も喜ぶし、アタシ達も人手が増えて大助かりじゃん?」
樹妖精であれば迷宮内での活動はできるが、樹人族は本体付近でしか活動できない。さらに本体も動かせず、肉体を持たない状態では負担が大きいのだ。
それを解決しようと依代を早く完成できるようにして、依代のいくつかを拝借できるようにしようとしていたということだ。
そこまで考えたところでテクトは息を吐いた。それを聞いてラミリスの方が跳ねる。
「まったく、そういう事なら俺達にも話してからやればいいだろ? 別にディアブロ達が連れてきた連中の分が足りなくなっても追加を作ればいいだけだし、トレイニー達には助けられているんだから融通ぐらい効かせるって」
「ホント!?」
テクトの言葉にラミリスの表情が一気に明るくなる。
「嘘言ってどうすんだよ。せっかくだし樹妖精のみんなにはトレイニー同様、霊樹人形妖精に進化してもらってもいいし」
「宜しいのでしょうか?」
テクトの提案にラミリスよりも早くトレイニーが食いついた。霊樹人形妖精への進化は本体の加工、核の用意、魔力の封入など工程が多いため、依代への憑依を考えていたのだが、それを覆す言葉にいても立ってもいられなくなったのだ。
「無論だ。迷宮の運営に研究の手伝いも含め、そちらのほうが都合がいい。つまり、霊樹人形妖精への進化は俺達の都合でもあるわけだ。とはいえ、強制するつもりはない。依代への憑依か、進化を選ぶかは本人が選択してくれ」
悪い顔をしながらのテクトの言葉にトレイニーは僅かに呆気にとられた後、笑顔で頷いた。
「どうやらここは、俺の理解が及ばぬ場所らしい。だが、面白い。俺は俺の
話が纏ったと判断したのか、ディーノは仕事に向かうことをことさら強調して去っていく。それをテクトは苦笑しながらカップを持ち上げつつ見送った。
次回「やらかす阿呆」
感想・評価・お気に入り等ありがとうございます。