転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

107 / 113
103話:反抗の目的

 ラズルの放つ爆裂波がシオン達を壁へと叩きつける。

 

 テクトの保護で強靭となった大聖堂から反射した衝撃がランガとフェルの身体を貫きふらつかせるが、シオンは落ち着いた表情でラズルへと向かい合っていた。

 

 先に起き上がったのはフェル。テクトの祝福(ギフト)によって「自己再生」を得ているためダメージの蓄積が浅いためだ。しかし、ラズルの攻撃の威力により再生しきる前に次が来るためシオンのように素知らぬ顔は出来なかった。

 

 三対一でも押されているというのだから寝ている暇はないと必死に起き上がるフェルとランガを庇うように、シオンが前に出る。

 

「二人とも、しばらく休んでいるといい」

 

「シオン、無茶です!」

 

「我等三人がかりでもこの様なのだぞ」

 

「大丈夫。少し、掴めた気がするのです。二人は私が合図するまで、出来るだけ力を溜めておいてほしい」

 

 シオンは返事を待つことなく大太刀を正眼に構える。

 

「見事ダ。この俺とココまで渡り合うナド、悪魔連中にも滅多にイなかったゾ」

 

 疲労も感じさせず、一本の芯がまっすぐに通ったような構えを見せるシオンにラズルは感嘆する。

 

 しかし、傷一つ付けられていない相手からの称賛など、シオンからすれば屈辱以外の何物でもなかった。

 

「黙れ。その余裕、私が剥ぎ取って見せましょう!」

 

 そう叫んで繰り出した大上段の振り下ろしはラズルの外骨格によって阻まれる。

 

 蟲型魔獣(インセクト)であるラズルは、全身を鋼よりも固い外骨格で覆われている。さらにその表面には特殊な力場が発生しており、魔法を弾いている。

 

 これまでに何度も繰り返している攻防だが、ラズルは淡々と左腕で受け流し、右の拳を振るう。だがその攻撃は大太刀の切先から発された衝撃波に機先を制された。

 

 目眩ましを払う程度の隙であるが、シオンはそこに踏み込み次撃を叩き込む。

 

 ラズルはこれも受け流すが、腕が僅かに痺れた。表情があるのであれば眉根を寄せていたかもしれない。驚くべきことに、シオンはこの土壇場で技量を上げ始めていた。

 

 少しづつ痺れを大きくするシオンの攻撃だが、ラズルは動揺することなく対処していく。なぜなら、シオンへ既に全力だからだ。

 

 固有スキル「闘鬼化」を発動し限界を超えた力を振るっているシオンの動きは、ランガとフェルが戦線を一時離脱したことで既に捉えられつつある。ラズルが攻勢に出ないのは万全を期してシオンを叩き潰すためであり、押されている訳では無いのだ。

 

 そのことはシオンも感じている。であれば、相手の間合いで通じない攻撃を続けるのは悪手にも見えるが、シオンに迷いはない。

 

 かつてのシオンであれば、ただ自分の生死をかけた戦いとして、死ねばその時と考えて踏み込んでいただけだったが、今は違う。部下の教育を任せられたことで大局的な物の見方をできるようになっていた。

 

 避けるべきことは全滅であり、そのためには「超速再生」により余裕があり無理がきくシオンが矢面に立つのが最適である―そう判断して単独で前に出ているわけだが、この場での勝利を諦めているわけでもなかった。

 

 攻撃に「料理人(サバクモノ)」の効果を乗せ、「確定結果」によって法則を捻じ曲げることでラズルの外殻の破壊を試みていた。

 

 弾かれ続けていることも厭わず寸分違わず同じ場所へと大太刀を打ち込んでいく。念じるのは「外骨格の破壊」のみ。

 

 だが、それが結実する前に拮抗していた戦況が崩れ始めた。

 

 ラズルの様子見が終わったのだ。シオンの引き出しは開ききったと確信し、妖気(オーラ)を膨れ上がらせて攻勢に出た。

 

 防御と観察に留まっていたラズルを相手に拮抗していたシオンにそれを跳ね返す術はなく、攻防が逆転する。

 

「お前の強さは本物ダ。誇るがイイ。ダガ、俺には勝てヌ。せいぜい、俺の外殻に傷を付ける程度が精一杯ダロウ? もう諦めて、俺の軍門に降るがイイ!!」

 

 ラズルの宣告にシオンは平然と答えた。

 

「ふふふ、笑止。私がいつまでも、無策に暴れているとでも思ったのですか? 遥かな高みへと至る事こそが、私の望み。その先に立たねば、あの生意気な第二秘書(ディアブロ)に馬鹿にされるだけでなく、御二柱のお役に立つ事すら出来ません」

 

「何ヲ?」

 

「察しが悪い蟲ですね。お前を超えると、私はそう言っているのです」

 

 シオンの妖気が膨れ上がり、勢いのままにラズルへと切りつける。

 

 その攻撃はこれまで通り外殻によって弾かれたが、僅かについた傷を見て、シオンはにやりと笑った。

 

「ふふっ、狙い通りです」

 

「下らヌ。やはりお前の攻撃でハ、俺には届かぬゾ」

 

 これまでとほとんど同じ結果であることで冷淡に告げるラズルにシオンは戦意を翳らせることなく向かい合っていた。

 

 

 

 シオンにとって力は正義の象徴だった。

 

 しかし、テクトとリムルに仕えることになり、その考え方のままでいることを懸念したハクロウにより心身ともに鍛え直され、すぐに力に訴えることこそなくなったが、その教えの本質を本当の意味で理解しているわけではなかった。

 

 リムルの定めた“他種族を見下さない”というルールも、馬鹿にしないまでもどこか他人事のように感じていた。

 

 それを責めることはできない。魔物としては当然な価値観であり、生まれながらにジュラの大森林で上位者であった大鬼族に短い期間で変われというのが無理な話だろう。それこそ劇的な切っ掛けでもない限り。

 

 そして幸か不幸かそれは来た。

 

 ファルムスの侵攻により死亡し、意識が消えゆくことに恐怖した。

 

 それは死そのものに対してではない。何の役にも立たぬままに消えていくことに対してではあるが、強烈な恐怖と悔恨を知った。

 

 そしてシオンはリムルとテクトによって救われる。

 

 自分はまだ見捨てられていなかったのだという安堵に満たされた。皆の復活に涙したテクトの姿の記憶は褪せることはないだろう。

 

 魔王達の宴を超えて、襲来した聖騎士団(クルセイダーズ)との戦いの後でテクトに諭され、シオンは更なる切っ掛けを得る。

 

 戦いの中、憎い仇だと思っていた人間に相対しているにも拘らずさほど腹を立てることがなかった。そのことに対する疑問がテクトの言葉で氷解したのだ。

 

 人間の全てが邪悪というわけではない。

 

 魔物にもミリムのように裏表のない明るい者もいれば、クレイマンのように陰険な者もいる。

 

 その者の価値とは当人の生き様で決まり、力の強さは関係しない。

 

 タクトのように工事作業で役に立たずとも、楽団の指揮として才能を開花させた者もいる。

 

 その者の価値を決めるのは他人ではなく、当人であるべきなのだ。

 

 シオンはリムルの定めた最初のルールとテクトの言葉からそう理解した。

 

 そう悟り、シオンの意識は変わる。

 

 シオンには焦りがあった。秘書という役には就いているものの実務面ではコウカの方が役に立ち、さらにはディアブロとテスタロッサという聡明な者達が加わった。このままでは二人もシオンを見限るのではないかという恐れがあったのだ。

 

 しかし、違った。

 

 二人がシオンを忘れることなどないと確信し、彼女の不安は払拭されたのだった。

 

 これによりシオンの心を占めていた醜い感情は綺麗さっぱり消え去った。

 

 シオンの意識は自分へと向けられる。他者を羨むのではなく成長のため自分自身を超える事に意味を見出した。

 

 そうして、シオンの中から焦りが消える。

 

 出来た余裕がシオンの成長を促し、生来の不屈の精神が極限の状況下で開花した。

 

《確認しました。個体名:シオンの固有能力「闘鬼化」が、ユニークスキル「闘神化」へと進化しました》

 

 無論、シオンが狙ってこの出来事を起こしたわけではない。

 

 勝利を諦めずに足掻き続けたからこそ起きた、奇跡である。

 

 

 

「お前に教えてやろう。勝利の女神は、最後まで諦めぬ者に微笑むのだと! いくぞ、“闘神解放”ッ!!」

 

 シオンは迷うことなく変化したばかりの力を行使する。

 

 すでに限界だった肉体は更なる力に悲鳴を上げるが、「超速再生」で無理矢理に黙らせる。

 

 ユニークスキル「闘神化」は「闘鬼化」の上位互換となる能力である。「闘鬼化」のように限界を超えてしまえば意識を失って暴れるようなこともなく、純粋に力と体力と精神を上昇させるのみ。さらには一時的に精神生命体の性質が付与される身体強化系の権能である。

 

 しかし、能力が強力となった分、消耗も激しくなる。

 

 今のシオンではそう長くは持続させられないが、次の一撃で勝負を決める覚悟で一層深い集中状態へと沈んでいく。

 

「何ィ、その力、この俺に迫るダト!?」

 

 シオンの全身から凄まじい勢いで噴き出した妖気に驚くラズルの声もシオンは意に介さない。研ぎ澄まされていく感覚と溢れ出る力の制御に意識を回しながら、シオンは剣を天高く突き上げた。

 

「今です、ランガ、フェル!」

 

「承知ッ!!」

 

「任せました!!」

 

 天からランガの“黒き稲妻”が、地表からフェルの白炎がシオンを包み込む。二人の力を振り絞った魔法がシオンの身体を焼くが、三人に迷いはない。それぞれを信じて全力をぶつけていた。

 

「小癪ッ! 俺の外殻を」

 

天地活殺崩誕(カオティックフェイト)ッ!!」

 

 ラズルの言葉を無視してシオンは炎雷を纏った大太刀を振り下ろす。望むは勝利―そのためにあらゆる事象の結果すらも改竄する事―ただ一つ。

 

 ラズルの外骨格は、シオン達のあらゆる攻撃を防いでいる。

 

 唯一左腕にはかすり傷がついているが、たったの一つだ。

 

 しかし、シオンにはそれで十分だった。

 

 ほんの少しでも届いたならば、それを元にして「最適行動」を取る。その上で「確定結果」を導き出すのが、シオンのユニークスキル「料理人」の真骨頂なのだから。

 

 閃光と快音が響き、一拍置いて切先が地へと突き刺さる。

 

 度重なる負荷に耐えかね、シオンの大太刀が折れたのだ。

 

 だが、立っていたのはシオン。

 

 ラズルの左腕は切断され、肩口から袈裟斬りに深い傷が出来ていた。そこから炎雷が侵入し、内部からラズルの命を焼き尽くしていく。

 

 倒れ伏したラズルから力が抜け、その生命活動が停止したのだった。

 

 

 

 リムルがクロノアに仮面を被せるのを見てルミナスは僅かに安堵した。

 

 クロエとヒナタの行方だが、実のところルミナスは知っていた。真実は大凡はテクトの考え通りで、二人は過去へと飛んでおり、最初からリムルの存在は知っていた。

 

 語られた未来ではリムルはイングラシアからの帰路でヒナタと接触せずに帰還を果たし、ファルムス軍を撃退。その後評議会に差し向けられた討伐軍を率いたヒナタとの一騎打ちを引き分けに収めて和解したという。

 

 その五年後に侵攻を開始した帝国との決戦に挑み、敗北。

 

 突如として復活したヴェルドラが暴れて魔国連邦は滅亡し、帝国軍は壊滅。それに留まらず人類社会を崩壊させかねないヴェルドラを止めるためにルミナス、ヒナタ、クロエ達は戦い、その最中ヒナタが殺害されそれをトリガーにクロエの時間遡行が行われた。

 

 つまり、先ごろヒナタの蘇生が出来なかったのはクロエと共に時間遡行したからなのだ。

 

 そして歴史にクロエとヒナタが現れると同時に時間遡行した二人が消え、残された身体に宿るクロノアが暴走するのを抑えるために封印を施し然るべきときまで守る、というのがルミナスのした約束である。

 

 多少の差異はあれど同様の形で時間遡行は起きており、それをなぞりつつ急所を抑えて未来を変えるのを目的としていた。

 

 だがしかし、未来は思いもよらぬ方向へと動き出す。

 

 ルミナスが素知らぬ振りをしつつも気にかけていたリムルの傍に、同格として一体の魔物がいたのだ。

 

 クロエの話の話には影も形もない異物(テクト)はルミナスを大いに混乱させた。さらにはリムルが魔王へと名乗りを上げ、テクトと共に正式に魔王の一柱として認められてしまった。

 

 聞いてていた話とまるで違うが、クロエを疑うようなことはない。それだけの実績があるからだ。

 

 それ故にルミナスは齟齬が起きていくのが怖かった。

 

 聖櫃で眠るクロノアの復活が正しく為すことが出来なくなってしまえば、往年の友がどうなるかわからないからだ。

 

 怖れは現実となり、予定外の出来事が起きる。

 

 グランベルが反旗を翻し、あまりに早いヒナタの死。クロノアの復活。

 

 イレギュラーにはイレギュラーを当てるしかないとテクトとリムルへと任せることにしたのだった。

 

 結果としてリムル達はルミナスの期待通り、クロノアの魂へと呼びかける作戦に出た。その後押しとしてクロエの持っていたものと同じ仮面を用いたことで希望を持ったルミナスへとグランベルが語りかける。

 

「嬉しそうですね、ルミナス様。貴女の愛するクロエが戻ると、本気で信じているのですか?」

 

「何?」

 

「クロノアとは、破壊の意思そのものなのでしょう? それを封じ込んでいた聖櫃が消えた今、クロノアを止めるにはクロエの意識を呼び戻すしかない。しかし、本当にクロノアの中に、クロエの“魂”が眠っていると御考えですか?」

 

「貴様、なぜそれを知っておる?」

 

 疑問を感じたのは一瞬。

 

 すぐに盗み聞きをしていた可能性に思い至り目を細める。

 

「そうか、それで貴様は……」

 

「ええ、貴女様の想像通りですよ。世界を滅ぼすのに、これほど手っ取り早い方法はない。私よりも遥かに強い者に、全て任せてしまえばいいのだから!」

 

 そう言って笑うグランベルの目は、暗く淀んだ狂気に染まって見えた。

 

「黙れ! 貴様の思い通りになると思うでないわ!」

 

「そう。世界は常に、私の思いを踏みにじる。今もまた。私の友が逝きました」

 

 そう、この瞬間にラズルが死に、戦闘が一つ終わった。グランベルが僅かに目を伏せる。

 

「フフフ。やはり世界は、私にとても手厳しい」

 

「知ったことか!」

 

 グランベルをルミナスは突き放す。

 

 そんなルミナスにグランベルは静かに告げる。

 

「だから、こんな世界など滅んでしまえばいいのです」

 

「勝手な事を言うでないわ。絶望するなら、自分一人で勝手にするが良い!」

 

 ルミナスはそう叫んで返し、夜薔薇の刀(ナイトローズ)を―故郷の名を冠した愛刀を構える。

 

 グランベルも応じて勇者時代からの相棒である真意の長剣(トゥルース)を抜き放った。

 

 互いに武器は神話級で、そこに大きな差はない。

 

 そして

 

「絶望? いいえ、違いますとも。私はね、たった今、心が希望で満たされたのです!」

 

 そう高らかに宣言するグランベルへと、ラズルの身体から解き放たれたエネルギーが流れ込む。

 

 それはラズルの“魂”そのものであり、力である。

 

 マリア、ラズル、そしてグランベル。

 

 三者の力は、“魂”の中で昇華され、希望を生み出した。

 

《確認しました。条件を満たしました。ユニークスキル「不屈者(アキラメヌモノ)」が究極能力(アルティメットスキル)希望之王(サリエル)」へと進化しました》

 

 グランベルもまた、この状況下で遥かな高みへと至った。

 

 選ばれた者しか到達出来ぬ、究極の頂へと。

 

 究極能力「希望之王」の権能は、奇しくも究極能力「色欲之王」と同じく“生と死”であった。

 

 これで力の位階も武器の性能も並び、条件は五分。

 

 静かに佇むグランベルは、その暗く濁った瞳をルミナスへと向けた。

 

「私の準備も整いましたよ。ルミナス様。今こそ因果を断ち切り、決着をつけましょうか」

 

「そうじゃな。貴様の覚悟、妾がしかと受け止めてやる。そして、必ず殺してやるゆえ、安心するが良い!」

 

 究極能力に目覚めた者同士の戦いは一瞬だった。

 

 一筋の紅の閃光となって、ルミナスの夜薔薇の刀から剣閃が走り、仄暗い蒼の炎を纏ったグランベルの真意の長剣がそれを受ける。

 

死せる者への鎮魂歌(メモリーエンドレクイエム)ッ!!」

 

堅忍不抜(フォーティテュード)ッ!!」

 

 それは、究極能力同士の真っ向勝負。

 

 同じ条件である以上、強固な意思を持つ者が勝つ。

 

 故に。

 

 不屈者たる“勇者”グランベルが負ける要素など何一つなく―しかして、その場に立っていたのはルミナスだった。

 

 血を吐き、グランベルが倒れ伏す。

 

「グ、ガハッ、お見事、です。ル、ルミナス……様」

 

 ルミナスの一撃を受けて死に瀕しているというのに、グランベルの表情は穏やかなものであった。

 

 ルミナスにはグランベルの伝えたい言葉が正しく聞こえていた。

 

 ―だから、こんな困難すら克服出来ぬなら、人類を守るなど到底不可能。それならばいっそ、守護者たる“勇者”の手で、世界など滅んでしまえばいいのです―

 

 彼は最後の希望に賭けたのだと、ルミナスは正しく理解した。そして、その覚悟を受け止めたルミナスは、その思いに応えるべく真正面からグランベルを打ち破ったのである。

 

 ルミナスも事ここに至って、グランベルの考えを理解した。

 

 グランベルが望んでいたのはクロノアの暴走などではなく、正しい覚醒を促して人類の希望になってもらう事なのだ、と。

 

 その不器用さは、千年の時を経ても尚、健在だった。それを感じて、ルミナスは僅かに目を伏せた。

 

「わ、私の悲願など……彼女の、時の重圧を前にして……は、軽い。貴女と、魔王リムル……それに彼女と魔王テクトが加われば……」

 

 この無慈悲な世界では、力なき正義に意味などない。

 

 グランベル程の者でさえも、自身の無力を嘆いていたのだ。

 

「ルミナス! ヒナタの蘇生を頼む!」

 

 聞こえてきたのはリムルの声。ヒナタの蘇生を頼むということはクロエの覚醒に成功したということである。

 

 無事に成し遂げたことを心中で称賛しつつもそれをおくびにも出さず、グランベルへと語りかける。

 

「貴様は十分に役目を果たした。後の事は妾に任せて、ゆるりと休むが良い」

 

 労うのに留めるのはグランベルに対して出来る措置がないためである。

 

 ルミナスの一撃は致命傷であったが、それ以前にグランベルはその全生命力を出し尽くしていた。寿命は既に尽きており、これ以上の延命はルミナスでも不可能なのだ。

 

 魔物と化すのであれば話は別だが、グランベルがそれを望まないことをルミナスは理解していた。

 

「そ、その前にル……ルミナス様、一つ。お願いが……」

 

「何じゃ?」

 

「希望を……私の希望を、あの娘に、託したく……」

 

 その言葉を聞き、ルミナスは一瞬だけ逡巡した。

 

 グランベルのこの一件での行動から何らかの企みを疑い、それを黙殺し聞き入れることにする。

 

 それはルミナスの甘さであり、寛容さでもある。

 

「良かろう」

 

「あ、ありがたき幸せ」

 

 差し出されたルミナスの手を取り、グランベルは感涙する。同時に、その身体が発光し、光の泡となって霧散し始めた。

 

「安らかに眠るがいい」

 

 ルミナスの声に導かれるように、長き時を戦い抜いた元“勇者”は、その因果から解き放たれて世界へと拡散していくのだった。

 

 

 

 リムルが意識を取り戻すまでそう時間はかからなかった。

 

 脱力して倒れたクロノアとリムルをヒナタの近くに寝かせ、テクトがヒナタの衣服を繕う間に目を覚ましたリムルは説明を後回しにしてヴェルドラとレオンに警戒を頼み、ルミナスを呼びつけた。

 

 何やらグランベルと言葉を交わしていたルミナスは彼の消滅を見届けてからやってきた。

 

「待たせたな……何じゃ、文句でもあるのか?」

 

「いいえ、何も」

 

 激闘の後だというのに衣服に乱れもなく、疲労も見せないルミナスに非難がましい思考をしていたことを気取られ、リムルはとぼける。

 

 追求よりも優先すべきことがあるのでそれらは立ち消えとなり、リムルが本題を切り出した。

 

「俺がクロエの「無限牢獄」に干渉するから、その隙にヒナタの“魂”を回収してくれ。エネルギーが足りなければ」

 

「それは心配要らぬ。妾が何とかしよう」

 

 端的な説明に短く返され、リムルもそれ以上説明せず作業を始める。

 

 リムルが指し示したヒナタの“魂”へとルミナスが権能によって干渉していく。

 

再誕(リ・バース)!!」

 

 クロノアの身体からヒナタの“魂”を取り上げ、そこに変わりとなる高密度のエネルギーを注ぐ。そして、“魂”をヒナタの遺骸へと戻すと、ヒナタは息を吹き替えした。

 

 血色を取り戻したヒナタは小さく咳き込みつつ目を開けた。

 

 そして、クロノア。

 

 ヒナタの“魂”が除かれたことで完全な状態へと戻り、その魂の輝きが神々しいほどの輝きを放つ。

 

 目を開くとリムルを見据え、その胸へと飛び込んだ。

 

「リムルさん!」

 

 いつの間にやら子供の姿へと戻ったクロエだったが、身に纏っていたのが聖霊武装であったためはだけることもなく、半裸の幼女を抱きとめるという事案は避けられた。

 

「どういうつもりだ、リムル?」

 

「詳しく聞きたいわね」

 

 抱きついたのはクロエからなのだが、何故かレオンは青筋を浮かべ、ヒナタは冷ややかな目をむける。

 

 得も言えぬ緊張感が漂うが、それを壊したのはテクトだった。

 

「うまくいったなら、これを抜いて欲しいんだけど……」

 

 仰向けに寝そべったテクトの胸には剣が刺さったままだった。

 

「なんじゃ、随分と頓狂な格好をしておるな」

 

「ボケる暇があれば抜いてくれない?」

 

 肩を竦めたルミナスが剣を引き抜き、テクトは咳き込んで喀血した。

 

「とりあえず、積もる話は後にしようぜ。俺はもう休みたいよ」

 

 全身ズタズタに刻まれた後のテクトの言葉に誰も反対することは出来ず、一旦この場は切り上げることになったのだった。

 

 戦いは終わったわけだが、演奏は続いていた。

 

 楽団員達はずっと演奏の練習を続けていたのだ。テクトの守護があったとはいえその胆力に驚愕しつつも称賛を送り、解散させる。

 

 ぐったりとしたテクトはさっさと休むのだった。

 


 

 次回「臨時会談」




感想・評価・お気に入り等ありがとう御座います。

蒼海の涙編の公開初日に映画館へ行くのに色々していました。詳しくはネタバレになるので何も言えませんが、実に楽しめました。

余談ですが、アンケートに回答頂いた方々の割合は賛成微増といったところのようです。アンケートは来週を目処に締め切ろうと考えています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。