転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

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108話:黄と紫と

 ある日の夜―宴会場にて。

 

 炬燵を囲み、鬼達が集っていた。

 

 長辺の真ん中にはリムルが座り、右にはシオン、クロベエ。逆側の二つは開いており、そちら側の短辺にコウカ。

 

 リムルの対面にはベニマル。その右にソウエイとヒイロ。左側は一つ開けてハクロウ。

 

 そして、最後に残された短辺側にはスイレンが座っていた。一度放逐された故の気まずさがあるのかスイレンは難しい顔で黙っており、それに呼応するかのように全員が沈黙している。

 

 そんな気まずい空気をぶち壊すように扉が開かれ、明るい声が響いた。

 

「お待たせ〜。いや〜、やっぱ寒いときは鍋だよね~」

 

 入ってきたのはテクト。シュナとモミジを伴ったテクトは湯気を漏らす土鍋を卓上の魔法道具に置き、蓋を開く。

 

 中に閉じ込められていた香りが一気に解き放たれる。最近開発した味噌の香しい匂いが雰囲気を和ませ、それぞれの表情が緩む。特にその香りの懐かしさにリムルの気分も上がった。

 

 その間にそれぞれの目の前に酒が用意され準備が整うと、テクトは杯を掲げた。

 

「長々と話してもなんだしな。少々遅くなったが、生き残った大鬼族の再会とスイレンの魔国連邦出禁解除を祝って、乾杯!」

 

 杯が合わさり、小さく音を立てる。

 

 一息に杯を空けるとまずはリムルが鍋から具材を取り、口へ運ぶ。視線を集めつつもゆっくりと咀嚼し飲み込むと満面の笑みを浮かべた。

 

「美味い!」

 

 リムルの言葉に全員が安堵の表情になる。それに反応したのはテクトだった。

 

「む。俺の料理の何が不安だっていうんだ?」

 

「むしろテクト様が関わったからこそ不安なんですよ。前科が大きすぎて」

 

 ベニマルの返答にテクトと事情を知らないモミジ・ヒイロ以外の全員が頷く。実質満場一致ということで流石に反論出来ず、テクトは苦い顔となった。

 

 鍋の具材も問題なしということで各々手を付けていき、舌鼓を打つ。その最中、モミジが僅かに顔を曇らせていた。

 

「どうした、モミジ?」

 

 声をかけたのはテクト。ベニマルにも視線を送ったが、口ごもったため諦めたのだ。

 

「その……私が大鬼族の皆さんでの集まりに参加しても良かったのかと……」

 

「別にいいんじゃないか? ハクロウの娘だし」

 

 モミジが申し訳なさそうにするのにテクトはあっけらかんと答える。空になったテクトの椀をシュナが手に取り鍋から具材を取り分けるのを横目に話を続ける。

 

「ホントはアルビスも呼ぶつもりだったんだけど、ちょうど遠征に出ているみたいで不参加なんだよ。参加できなかった埋め合わせはするつもりだし、今のうちに攻勢をかけるべきだと思うぞ?」

 

 テクトがシュナの差し出した椀を礼を言って受け取る。そのままベニマルの椀へと視線を送ると意図を理解したモミジがハッとした様子で手を出し、それに驚いたベニマルが思わず自身の椀を確保しようとするのを糸とソウエイの腕が抑え込んだ。

 

「なっ」

 

「このまま縛られたいか?」

 

 抵抗しようとしたベニマルにソウエイが小声で脅しをかける。抵抗するようであれば手足を縛り、モミジに食事の世話の全てをさせるという脅迫にベニマルは動きを止めた。

 

「ベニマル様! どうぞ!」

 

「あ、ああ……すまんな」

 

 笑顔で椀を差し出すモミジにベニマルは若干頬を引きつらせつつ礼を言う。満足気に頷くテクトにヒイロが声をかけた。

 

「それにしても、スイレンには何が? 穏やかではないのは何となくわかりましたが……」

 

 ヒイロの言葉に空気が冷え込む。リムルやベニマルがぎょっとした様子になるのにも構わず、テクトは口内のものを嚥下した。

 

「ちょっと俺が感情に呑まれてただけだ。放免になった面子もいるし、どうにかしたいとは思っていた。で、なんとか法の隙間を突けてな」

 

 気負った様子のないテクトの語り口に緊張が解ける。といっても、実のところヒイロの質問は仕込みである。そのため、テクトが落ち着いているのも当然なのだ。

 

 スイレンについてはベニマル達大鬼族をはじめ、気にしている者が多かった。友好国に身を寄せていて動向は解っているだけ安心はできるが、会おうにもテクトが追放した理由も、スイレンの行動の理由も理解しているために難しい。

 

 また、立場が違うものの同様の行動をとったヨウムとグルーシスが現状自由であるため、温情を求めたい部分もあったのだろう。

 

 テクトとしても怒りに任せた八つ当たりの部分があったことは自認しているため手はないかと考えていたのだが、評議会への参加にあたり、法整備を進める最中に手を思いついたのだ。

 

 魔国連邦の法は日本における法律を参考にしている点が多い。そこで遡及刑罰の禁止という項目があったのだ。

 

 当時は法整備などされておらず、大同盟発足時の取り決めにはスイレンの行動についての罰則については該当するものがなく、盟主の裁量に依るものとなる。

 

 ここにおける盟主とは、大同盟の盟主―つまりリムルのことであり、実のところテクトには決定権がないのだ。テクトの案が採用されるのはあくまで「リムルが判断材料にした」ということになるのである。

 

 つまり、あの場でテクトの独断によってスイレンに下された追放の言葉の正当性はなく、効力を継続する根拠がない。そこに遡及刑罰の禁止をあわせることで、スイレンへ対する量刑の判断は無罪放免ということになったのである。

 

 方向性が固まったことでテクトはファルメナスに赴いてスイレンと面会し、撤回を伝えると共に互いに当時の事を謝罪して少なくとも法律上は一件落着ということになった。

 

 そう、法律上。つまり表面が取り繕われただけであり、両者とも納得はしているのでわだかまりというほどでもないが、打ち解けたとは言い難い。そこで企画されたのが今回の鍋なのである。

 

 テクトとて今回だけで関係の改善になるとは考えていないが、何もしないよりはましだという判断である。

 

 ちなみに今回の件で最も安堵したのはミュウランだったりする。事態を引き起こした張本人であるためスイレンが追放の憂き目にあったことに負い目を感じていたのだろう。

 

 この場では丸く収まったことで空気も弛緩し、それぞれ鍋へと手を伸ばす。会話も少しづつ増えはじめ、話題は最近の魔国連邦についてへと移った。

 

「そういえば、俺が来た時にやたら盛り上がってましたが、何かあったんですか?」

 

 ヒイロの疑問にベニマルの箸が止まる。ため息でも吐きそうな様子でテクトへと視線を移すベニマルに苦笑しながら、リムルが事情を話し始めた。

 

「日常茶飯事だよ。コイツが原因と言えば原因だけど」

 

 ここ最近の魔国連邦では一定間隔で喧嘩が起きている。その面子はほぼほぼ固定されており、ウルティマとカレラだ。

 

 そして、一連の喧嘩の要因はリムルの言うようにテクトにあった。

 

 それは少し前へと遡る。

 

 

 

 昼間の執務室。

 

 この日ものんびりと仕事を進めていると扉がノックされる。テクトが入室の許可を出すと、カレラが入ってきた。

 

「我が君、少々よろしいだろうか?」

 

「? どうした?」

 

 定期の報告には早いため、テクトは訝しむが、リムルは心当たりがありそうに額へ手をやっていた。

 

「一つ、どうしても言わなければいけないことだと思ってな」

 

「ふむ」

 

 カレラの真剣な表情にテクトは書類を片付けて話を聞く姿勢になる。そのことに一つ頷いて、カレラは厳かに口を開いた。

 

「我等の扱いに随分と差があるように感じるのだが」

 

「?」

 

 カレラの言葉にテクトは不思議そうにするが、リムルは深い溜息を吐いた。

 

 どうにも心当たりがありそうな様子に説明を求めてテクトが視線を向けると、リムルはこめかみを抑えた。

 

「お前さ、こいつらの定期報告のときにどうしてる?」

 

「どうって……報告を聞いて、場合によっては褒めてやるぐらいだろ? 何かあったか?」

 

「そう、そこだ! 私とウルティマは同格なのだろう? その扱いに差をつけるのはいかがなものかと思うわけだ!」

 

 不思議そうなテクトにカレラは思わずといった様子で割り込む。未だに事態が飲み込めていないテクトにリムルは頭を掻いた。

 

「ほら、カレラにはやろうとしないけど、ウルティマの事はよく撫でてやってるだろ? そこら辺のことを言ってるんじゃないか?」

 

 リムルの言葉にカレラが頷く。

 

 その実感のこもった頷きの深さにテクトは最近のウルティマの報告時のことを思い返した。

 

 ルミナスは陰気で陰湿な残虐非道の代名詞などと言っていたが、テクトの前では従順で可憐な少女のように振る舞っている。そのためテクトの評価は仕事熱心な美少女程度であり、扱いとして一番近しいのはアリスだったりする。

 

 ともすれば、嫉妬からツンケンしない分ウルティマの方が対応しやすく、一度なんとはなしに頭を撫でてしまい、それを嬉しそうに受け入れた様子をみてからは割と頻繁に頭を撫でていたりする。というより、ここ最近は恒例行事のようになっていた。

 

「確かに、思い返すと結構撫でてるな。手間でもないし、顔合わせのときによろしくない対応したから、喜んでいるようならと思っていたが、不和を生むなら問題か」

 

「ってか、何でカレラにはしようとしないんだ?」

 

「う〜ん……抵抗感かなぁ。外見で判断するなってのには反論の余地はないけど、ある程度成長した見た目だと前世の研修の影響が抜けないというか……まぁ、ウルでもセクハラって言われたらアウトってのはそうなんだけど」

 

「わかるような、わからんような……」

 

 腕組みして思案するテクトにリムルが納得したような顔になる。その反応にリムルがテクトの意見に流されかけていると考えたのかカレラが声を上げた。

 

「とにかくだ。私とエスプリなどならともかく、ウルティマとは同格だろう? そこで処遇に差を付けるのはいかがなものかと思うわけだ」

 

「一理あるな」

 

「一どころじゃないだろ」

 

 テクトは厳しく頷いた横で茶々を入れるリムルの額を弾いて続ける。

 

「要は、ウルとカレラの対応の違いを是正しろと、そういうわけだな」

 

「……提言という程でもないが、ディアブロには一笑に付されたのでな」

 

 そう、一応は上司であるディアブロには相談していたのだ。しかし、「頑張りが足りないだけでは?」と薄ら笑いで返されてしまった。

 

 そもそもの相談に踏み切った理由も、ウルティマがドヤ顔で自慢してくるのに腹を立てたことによるものだったりするので、私情が多分に含まれた意見具申であることは本人も自覚していた。そのため、執務室を訪ねるのことも迷っていたが、主の暴走を恐れたアゲーラの忠言により爆発する前に直談判となったのである。

 

 ディアブロはカレラの相談を戯言として忘れたので今回の相談はテクトには急なことだったが、考え直せば確かに不公平な裁定をされるのではと考えてもおかしなことはなかった。

 

 であれば、生まれていた差異を埋めることに反対する理由はなく、テクトはカレラの横へと移動すると、その頭を撫で始めた。

 

「へ? あ?」

 

 予想外の対応にカレラは目を白黒させる。

 

 その困惑が予想以上に大きいものであったため、テクトはきょとんとした顔になった。

 

「あれ? 違ったのか? わざわざここまで来たんだし、てっきりウルが羨ましかったりするのかと」

 

「いや、それは……」

 

 違っているというわけではない。主に可愛がられていることを自慢するウルティマに苛ついているのは確かだったが、それ以上に嫉妬していた。だからこそ普段であれば絶対にしないであろうディアブロへ相談という形で頼ることもしたし、わざわざ執務室へとやってきたのだ。

 

 なので、この状況が嫌というわけではないのだ。

 

 一方、テクトがカレラの頭を撫でるという考えにたどり着いたのは、ひとえに普段身近にいる相手が嫉妬を隠すこともなく同じ行為を強請ることが多いからである。

 

 ミリムと手を繋げばいつの間にかヴェルザードへと伝わり、次のデートでは手を繋ぐように強請られる。それが今度は何故かアリスへと伝わり、嫉妬に駆られたアリスの対処に苦慮したりするのだが、これは余談である。

 

 そういったわけで、テクトとしてはウルティマへの対応を止めるのではなくカレラへと同様の対応をすることが自然だったのだ。

 

 顔を赤くして俯きされるがままのカレラを満足気に撫でるテクトにリムルは深いため息を吐いた。

 

 そしてその翌日。

 

 たっぷりとテクトに撫でられ気力の充実したカレラはウルティマに煽られるもそれを受け流し、不審に思ったディアブロに尋ねられたことで直談判から是正された一連の流れを暴露してしまった。

 

 これまで煽られ続けた鬱憤を晴らすべく行われたカレラのよる無駄に臨場感のある自慢げな説明にウルティマが激怒することになる。

 

 結果、周囲を憚らない大喧嘩へと発展し、騒ぎに気づいたリムルによって元凶であるテクトが派遣されて仲裁を行うこととなった。

 

 当初はその規模と勢いに恐怖していた住民達もテクトの保護が万全であったこともあって次第に慣れ、今では賭けの対象となるほどだ。

 

 喧嘩もテクトの一存で様々な趣向が凝らされたものへと変更され、これが住民の心労の軽減に一役買っていた。余談だが、賭けの胴元はテクトが行っている。

 

 ヒイロが来たタイミングはちょうど決着のタイミングだったのだ。

 

「なるほど、ちなみに今日はどうだったんです?」

 

「カレラが勝ったな。前回のチェスはウルが勝ったから今回は腕相撲にしてみたんだ」

 

 実に白熱した試合だったと頷くテクトにリムルは遠い目をする。

 

 種目を変えるのは勝敗を一進一退の状況にすることで不満を溜め込みづらくするためなのだが、これが絶妙なオッズの変動を呼び、賭けの収益を作り出していた。そのためテクトの懐は潤っており、カレラとウルティマを甘やかすことにつながっていたりする。ちなみにウルティマの呼び方はテクトも無意識の内に短く纏められており、リムルは訂正を諦めている。

 

 リムルの表情から何かを察したのか手を差し出すテクトに椀を渡しつつ、リムルはため息を吐くのだった。

 


 

 次回「」




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