東の帝国。
それは、最も古き国家の一つ。
正式名称を、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国。
その歴史は古く、魔導王朝サリオン興された二千年前には、すでに帝国の基礎となる国家は運営されていたとされている。
小国であったナスカ王国が長き年月をかけて、大国であるナムリウス魔法王国とウルメリア東方連合を吸収し合併した結果、現在の帝国が生まれた。
その、圧倒的なまでの軍事力を背景として。
そして、この二千年。
統一皇帝、ルドラ・ナム・ウル・ナスカの名の下に。
帝国は、併呑した国々からの一切の反乱も許さずに、強固なまでの権勢を誇っていた。
絶対的支配者による、完全なる統治国家群。
それが、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国であり、一般的に“東の帝国”と呼称される国家の実態なのだ。
帝国皇帝は覇権主義である―と言われている。
現皇帝も“ルドラ”の名を冠する、純血のは王の末裔だからだ。
その実態がどうあれ、皇帝が好むのは絶対的な実力主義である―とされているのである。
故に軍部では、「力こそ全て」という理念の下、実力があれば出世できるという特殊な形態が採用されていた。
覇権主義であるとされる帝国であるが、ここ数百年は大きな戦争を起こしていない。
それは三百五十年前の侵攻の失敗を端に発しており、その失敗を決定づけたのはヴェルドラである。
長き時間をかけてジュラの大森林の先まで版図を拡大しようとした帝国は当時の指揮官の愚かな考えでヴェルドラを従えようと無謀な行いを決行し、前線の兵士から後方の書記官まで一切合切を灰燼に帰し、帝国の野望は断たれることとなった。
帝国は雌伏の時を過ごし、現在。
ヴェルドラによる打撃も癒え、当時以上に蓄えられた力が今まさに咆哮を上げんとしていた。
さて、ここで帝国の政治体制に目を向ける。
帝国では皇帝の両翼として、政治部と軍事部が存在する。その両方、政治の主権も軍事統帥権も、皇帝個人が有していた。
政治部では、世襲制の帝国貴族によって構成される貴族院が権勢を誇っている。ただし、それは表向きの話であり、実際には何の決定権も与えられていない。名誉と権益のみを握らされ、皇帝の意志に従うだけの存在である。
帝国において貴族とは、皇帝の所有物である領土の管理を任されただけの存在であるのだ。
その帰属を支えるのが、高度な学問を収めた役人達である。
様々な企画立案を行う役人の後ろ盾となっているのが皇帝であり、故に、その忠誠は篤い。
そして、軍部も。
軍事統帥権という最高決定権も、国ではなく皇帝が保有する。帝国の軍事力の全てが、皇帝に所属するのだ。
帝国に併呑され、その一部となった地方都市でさえも扱いは変わらない。軍も土地も、すべてを皇帝に接収され、温情でもって貸し与えられているという形式である。この政策により、反乱を完全に封じていた。
これを可能とするのが、圧倒的なまでの国力差である。
帝国は降伏を認めるが、それは全ての権利を召し上げるのと同意である。それを不服として逆らえば、血の粛清が、徹底的な根絶やしが行われる。
圧倒的な武力による恐怖と、臣民となった者への生活保障-この飴と鞭を徹底的に管理することで、長きに亘る帝国の安寧が保たれていた。
これだけ大規模な国家を、たった一人で支配するなど、通常ならば不可能である。しかも、二千年という長い歴史を紐解いてみても、皇帝の支配が揺らいだ事など一度もないのだ。
代替わりしても、色褪せることのない権力。
どう考えても異常であった。
それを為したのが皇帝の御業なのだとしたら、皇帝もまた陣貝の領域に住まう者なのだ。
続いて、帝国の軍事力に目を向ける。
帝国の軍組織には、大きく分けて三つの主力軍団が存在する。
機甲軍団-機甲技師により調整された、機械化兵が主力となる軍団。戦車等を擁する近代的武装軍であり、帝国の技術の象徴である。
魔獣軍団-世界各地で捕獲された様々な魔獣を支配し、その力を操り使役する軍団であり、帝国の力の象徴。
混成軍団-規格外の機械化兵や、狂暴性が強い魔獣など、組織行動のとれない個人主義達の掃き溜め。しかし、それが一つに纏まったとすれば、その力は計り知れない。帝国の心の象徴。だが、その心は未だ幼い。
剣と魔法を主力とする西側諸国と異なり、帝国では魔法と科学が、新たな時代を切り開こうとしていた。
こうした発展の裏には、“異世界人”の存在が大きく関与している。
この世界にはない異界の知識、これに目を付けた者がいたのである。
その名をガドラ。古くから王宮に住まう大魔法使いである。
ガドラは老齢な見た目に反して精力的な人物であり、魔法だけなく、ありとあらゆる知識を欲していた。知識をもたらす相手に区別はなく、集められていた“異世界人”に異世界についても聞いて回っていた。
寿命が尽きようとすれば、自身の編み出した秘儀、神秘奥義:
長年の蓄積により“異世界人”の有用性を知ったガドラは皇帝にも上奏し、その管理の如何を任されている。
その結果、“異世界人”は厚遇され、より多くの“異世界人”が帝国へと集められた。当然、ユニークスキルを持つ者も多く集まり、その研究も進められた。帝国の軍事技術は、こうした側面でも他の追随を許さぬレベルまで発展していたのである。
そして、帝国では騎士という職業は廃れていった。
個々人の練度が戦力に反映されてしまう騎馬による戦闘の概念はなくなり、近代化された兵器による安定的な戦術が確立したためだ。自らの肉体を機械化した兵士は“機士”と呼ばれ、帝国における戦の花形となっていた。
また、魔獣軍団にも異界の知識が活用されている。
DNAに関する知識により、魔獣の力の解析が可能となり、さらに先の研究さえ進んでいる。
そして、混成軍団には“異世界人”が在籍し、それぞれがユニークスキルを発現している。
このように、異界の技術や特殊能力をうまく取り込む事で、帝国は協力無比な軍団を形成している。
これらはガドラが“異世界人”を役立てたこその成果であり、彼の情熱によって帝国軍が強化されたと言っても過言ではないだろう。
ガドラが育てた三つの軍団とは別に、皇帝を守護する集団が存在する。
たった百名からなる中隊規模の集団は
一見すると廃れたはずの“騎士”を名乗る時代錯誤な集団に見えるが、実情は違う。
帝国皇帝近衛騎士団に所属する
その中には“異世界人”も存在しており、帝国の「力こそ全て」という理念を表していた。
古き帝国の血と力ではなく、純粋な実力のみでその座を勝ち取った彼らには、最強である証として伝説級の武具が与えられる。
最高の実力者に最高の武具が合わさる相乗効果は凄まじく、その総合戦闘能力は各軍団にも勝るほどだ。
その待遇も最高といってよく、全員が上級将校として扱われ、特殊任務下での権限は、最低でも大佐クラスに相当する。
帝国軍人の憧れであり、帝国最高戦力-それこそが、帝国皇帝近衛騎士団である。
以上の四つが帝国の戦闘集団である。
これらの軍団を統べるためには、力によって周囲を認めさせる必要がある。
そのためのシステムが、序列強奪戦だ。
第三者立ち合いの下、下位の者から上位の者への挑戦を行い、下克上を起こせれば順位を入れ替えることができる。
この序列強奪戦にはいくつかの条件を満たす必要がある。
軍事行動中には認められず、目撃者がなければ無効となる。また、挑戦して敗北すると、向こう一年は挑戦権を得られない。これは、対戦相手を殺してしまっても同様である。
上位者には挑戦者を殺す権利も認められているため、挑戦には慎重になる必要があった。
求められるのは圧倒的な実力で相手を屈服させる事。
これこそ、「力こそ全て」という、いかにも帝国らしいシステムなのである。
それでも近衛を目指す者が後を絶たないのは、誰もが帝国の理念を胸に刻んでいるが故であろう。
こうして、帝国内序列は明確に定められているわけだが、例外が二人存在する。
それが、ガドラと参謀だ。
ガドラは帝国内で特殊な立場であり、帝国にとっては異邦人のような存在だ。
そして、参謀はさらに特殊な立場であり、帝国において存在しない期間もあるにも関わらず、その立場が保証されている。
だがしかし、それに表立って文句を言う者はいない。
なぜなら、復帰に際して十分な実力を示してるからである。
最も近い出来事であれば紅に染まる湖畔事件だろう。受肉寸前まで至った原初の白を完璧に封印し、その討伐に大きく貢献している。ちなみに功績をあげるような事件がないときには反発する上位者を片端から叩き潰していたので基本的に問題にはならない。
そういうわけで、ガドラと参謀を除いた者達によって帝国皇帝近衛騎士団が選出され、その中から各軍団の軍団長が選任される。また、代替わりの際にもこの百名から選ばれるのだ。
上を目指す者には、機会は平等に与えられている。故に、本当に実力のある者が埋もれることはなく、誰もが己の腕を磨き、虎視眈々と自分の出番を窺っているのである。
そして選ばれたのが、最高位である“元帥”が一名、“大将”が三名であった。
ちなみに、元帥に関しては最上位者が自動で選任されるのに対し、大将は皇帝と元帥、参謀、ガドラの協議の下で適切とされる者が指名される。
この理由は単純で、強いだけでは軍の運用などできないからだ。
とはいえ、各軍団に所属するものは近衛騎士よりも弱い者だけなので、軍団長たる大将が軍団の頂点であることは変わらない。
こうして決定された四名が、対外的な帝国の頂点である。
そして、元帥と三大将には、その地位に見合った武具が与えられる。
帝国皇帝近衛騎士団に伝説級の武具が与えられるならば、それを凌ぐ地位である彼らの武具もまた、これを上回るものでなければならない。
その武具こそ、帝国の秘宝。
古き時代、その武威をもって他国を制圧した最強の宝具-
存在すら疑われる神話級を複数所有している事こそが、帝国の威信を支えているのである。
凡百の人間では、触れることさえ叶わない究極の武具。それを扱うには、資格が必要とされていた。武具に認められて初めて、その真価を発揮できるのだと。
最高の実力に、究極の武装。
正に敵なし、帝国が盤石たる所以である。
その帝国軍に異変が生じる。
突如として纏まりのなかった混成軍団が、一年足らずで一つの意志に纏め上げられたのだ。
それを為したのは参謀の座を預かる女傑だった。
これまでは現れても軍団そのものに関わることのなかった参謀が手ずから軍団を纏め上げたことで、戦争への期待が高まっていく。
そしてその時はすぐそこまで迫っていた。
「ガドラ、少しいいかしら?」
王宮を歩いていたガドラに声がかかる。驚きながら振り返ると、先ほどまで誰もいなかったはずの背後に参謀が立っていた。
「相変わらず、お主は人を驚かすのが好きじゃのう」
声の主を知覚したガドラは呆れたような声を出すが、当の本人は肩を竦めるだけである。
「それで、何の用じゃ?」
「暴風竜の復活、聞き及んでいるでしょう?」
参謀の言葉にガドラは難しい顔になる。
ガドラにとって、皇帝の覇道はどうでもいいことだった。ただ求めるのは西側諸国に攻め込み、ルミナス教を駆逐すること、そして、その道程で親友を殺した“七曜の老師”へ復讐するすることだった。
西側から取り寄せた新聞では“七曜の老師”の悪事が露見し、滅ぼされたとされているが、日曜師グランの正体をかつて“勇者”として活躍したグランベルだと睨んでいるガドラはその生存を確信していた。
ロッゾ一族が滅びたという噂もあるが、情報が錯綜して裏付けは取れていない。それでも、評議会の裏での動きがあることと西方聖協会が弱体化したという情報はないことから、“七曜”の長であるグランベルは恐らくどこかに潜んだだけだと考えていた。
所在は掴めないとはいえ勢力が著しく衰えたことは確かであり、敵を滅ぼすチャンスなのだが、暴風竜の存在により計画の見直しが行われ、出撃は先延ばしとなった。
しかし、そのことに文句はない。ガドラは前回の大遠征の時にも参加しており、間近でヴェルドラの脅威を目の当たりにしている。
今回の計画では、万全を期すために消失を待ってから攻め込む静観派と新兵器で従えようという好戦派、そしてジュラの大森林を迂回する慎重派で意見が割れ、それをまとめる間にヴェルドラが復活してしまったのだ。
好戦派は確実にヴェルドラを狙える機会が失われたことに怒っていたが、他二つが主流であったため黙殺されている。何せ、新兵器が通じなかった場合は再び計画が破綻する事になるからだ。
であれば、気まぐれな竜種など無視してしまえばいいのではという話なのだが、侵攻のためには魔国連邦と事を構えることは避けられず、そこに座す魔王と暴風竜が手を組んだ以上、無視してもいい結果になるとは思えない。
そこで勢いづいているのが好戦派であり、新兵器であればヴェルドラの支配が出来ると信じて疑っていない彼らは作戦を上奏してしまっている。
理論構築にも協力したガドラはヴェルドラの動きを止める程度ならともかく支配など出来ないという結論を導き出し、それは皇帝にも報告書として提出しているが、「やりたい者がいるのだから、やらせてやればよかろう」と黙殺されてしまった。
さらに、暴風竜だけでも問題であるのに、魔王が二柱も残っている。
強大な相手とはいえ準備期間と数が違うので全軍を動員して相手をするのならば滅ぼすこともできるかもしれないが、そのためには全軍を展開させて有効に活用できる地形へと誘い込む必要がある。だが、数で劣る相手に打って出るほど相手が愚かであるはずもないのだ。
そして、それらのガドラの思惑も含めて、参謀は熟知していた。
故に、ガドラからすれば警戒すべき相手なのだが、参謀は肩を竦めた。
「貴方が何を考えているかはどうでもいいわ。声をかけたのは、人を使うにあたって保護者の許可をもらっておこうと思っただけよ」
参謀の言葉をガドラは訝しむ。彼女が混成軍団を掌握した以上、そこに所属する人員をどう扱うかは参謀の手に委ねられている。であれば、わざわざガドラへ意見窺いをする必要はないのだ。
「ふむ。何をさせる気じゃ?」
とはいえ、聞かれた以上は答えることにも意義はある。ガドラが保護者ということは“異世界人”ということであり、その身に宿す力が目的にそぐわないものであれば適当な者を薦めることもできるからだ。
「目的としては、魔国連邦の地下迷宮の偵察ね。今回の事前調査で不透明な部分が迷宮内部なの。魔導列車なる未知の技術の研究施設が隠されている可能性が高いし、町を丸ごと迷宮内へと収めたという話でね。内部は魔物のはびこる空間だから、戦える者を送りたいの」
「それで“異世界人”か。誰を送り込むんじゃ?」
「
ガドラは挙げられた三人を思い出す。
谷村真治は元は日本の大学生で、白衣を愛用して研究室に入り浸っている。しかし研鑽を怠っているわけではなく、士官としての地位を得ている。
マーク・ローレンは二十代半ばの男で、その肉体は筋肉質。冬でもタンクトップにジーンズという頑強な肉体をしている。
シン・リュウセイは黒髪を三つ編みにして背中流した無口で若い男だ。しかし、言われた事は確実にこなす男であり、身に着けたゆったりとした中華服風の服の下に様々な暗器を仕込んでいた。
彼等はユウキに保護された“異世界人”であり、ガドラが鍛え上げた者達である。
それぞれが実力者であり、不足はないように思える。
「あとは、貴方にも監督をお願いしたいのよ。実力者とはいえ未知の領域に送り込むには、まだ若いもの」
「なるほどのう」
ガドラはようやく参謀がわざわざ声をかけた意図を察した。本来の目的は三人を送り込むための許可ではなく、監督という名目でガドラを送り込むことだったらしい。
「まあ、構わんよ。提出された報告書を見て、調査は必要だと思っておったところじゃ。魔国連邦について情報源になりそうな者にも心当たりがあるでの、そちらも訪ねてみるとしよう」
「そう。では、よろしくね。いい結果を期待しているわ」
参謀はそう言って酷薄に微笑み、踵を返した。ガドラもまた肩を竦め、当初の目的を果たすため歩みを戻す。
「縺セ縺√? ∵ュ」縺励>蝣ア蜻翫′縺ゅ′繧峨↑縺?? 縺ッ繧上°繧翫″縺」縺ヲ縺? k縺代←縺ュ」
その参謀の言葉を聞き取れた者はいなかった。
次回「」
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急に変えると言われて慌てて対応したら、やっぱり現行のままでと言われて……面倒この上ないですよね。
八つ当たりは捗りました。
近く投稿できればと思います。