軍備再編を終えた後のある日に観戦中-自分に用意されたポップコーンを完食したラミリスが思い出したように口にした。
「そういえばさ、あの罠ひどかったよね」
メインの画面では丁度即死系の罠にはまった挑戦者達が死亡したタイミングである。
「どれのことかはわからないけど、開発段階だといろいろあるだろ」
設営時のことを思い出し、リムルが苦笑する。当時は思い思いに罠を設置した結果、落とし穴が階層を超えて連鎖し落下死が起きるという事態になっていたりしたのだ。
そういった事象について言及したのかと考えての言葉だったのだが、ラミリスは首を横に振った。
「そうじゃなくてさ。例えばこの前聖騎士が訓練してる階層に置いてみた「
「ん?」
覚えのない名前の罠にリムルが首を傾げる。一方、ヴェルドラは知っていたのか頷いていた。
「おお、あれだな。首の高さに張った糸が通過した者の首を落とす罠だった。先頭の者が突然死んで呆気にとられた後続は見ものだったぞ」
「それ知らないんだけど」
「あれ、報告書出してなかったっけ?」
「ない」
ラミリスはミスを察して目線を逸らす。聖霊の守護巨像の再建が終わり、できた時間で様々な罠を試験的に聖騎士の訓練区画に設置していたのだが、それらの報告は忘れていたらしい。
「まったく、気をつけろよ? で、その罠ってどんなのなんだ?」
とはいえ挑戦者に直接かかわることはなかったので軽く注意することで済ませ、「死神の手招き」なる罠の詳細を聞くと、答えたのはテクトだった。
「俺の「分身体」を道の両脇に設置して糸をピンと張るんだ。で、首の高さに調整して、鎧も一緒に切断できるからその道を通ったらそのままスルッ、ゴトッ、って感じで」
「えっぐ!」
擬音込みでの説明にリムルはドン引きする。極細の糸は視認も難しく罠の近くで戦闘になってしまうと事故が起きかねないと聖騎士達に陳情され撤去されている。そういった事故を防ぐための「分身体」だが、納得はされなかった。
撤去に残念そうな顔をするテクトだが、リムルからすれば当然といった感想だった。
「糸と言えばだ。落とし穴に仕掛けたものもあっただろう? 確か「
「それも知らない」
こちらも聖騎士相手に使用した罠であり、落とし穴に糸を網目状に張り、落ちた挑戦者が某先輩よろしく賽の目切りにされるという罠である。
余談だが、犠牲者はフリッツだった。踏み出そうとした瞬間に足場が消え、そのまま切り刻まれて即死している。流石に凄まじい死に様だったためか、その後数日はヒナタも訓練を課さなかったほどである。
ちなみに、この二つの罠の考案者はテクトだ。
不採用となった罠の話題から連想したのか、リムルも記憶を探りながら呟いた。
「あ~、でも、あれは酷かったよな。吊り天井のやつ」
この吊り天井だが、仕組みとしては単純に天井が落ちて質量で圧し潰すというものだ。
ただし、そこに至るまでが実に悪辣で、複雑な宝箱のトラップ型のスイッチを押すと同時に天井が落ちるのである。実際には罠を作動させるスイッチなのだが、トラップもある複雑な仕掛けは宝を厳重に守る壁にしか見えない。
罠の解除とその間の護衛による緊張が解けた瞬間を狙って落ちる天井は、複雑な仕掛けによって高まった中身への期待感ごとパーティを圧し潰し、ものの見事に全滅という戦果を挙げている。これもテクト考案の罠である。
「でも、リムルのスライムゾーンも中々酷い罠だったよな?」
「いやあ、テクトの罠には負けると思うのよさ」
「うむ。あれは階層丸ごとだが、テクトは単一の罠だからな」
「チクチク系よりも即死系の方がインパクト強いしな」
口々に否定され、テクトは歯噛みする。そうこうしている内に夕飯の時間となり、テクトは釈然としない気持ちで食堂へと移動するのだった。
そんなことを話した数日後、ついに二組目の地下迷宮五十階層の攻略者が現れた。
ちなみに最初の攻略者はマサユキ達である。戦争間近ということで攻略を休んでいるが、到達記録は五十九階層と最前線を走っている。
他の挑戦者のレベルも徐々に上がっており、三十階層攻略者も出始め、
しかし、三十階層以降は初見殺しの罠だけでなく魔物達も集団戦を行うようになるため、邪道な攻略法だけでは対処が難しく、前線では実力勝負となっている。
そのため出遅れていた正攻法で進める者達が復権し、熟練した技術と整えた装備で四十階層まで進めていた。
だが、彼等を階層守護者である嵐蛇が阻み、その攻撃である
そんな嵐蛇どころかその先の階層の守護者をしていたゴズールまで突破されたことで、町は新たな英雄の登場に沸いていた。
マサユキの時はリムルからの援護もあったので、実力で突破したのは初めてということもあり、運営からの注目度は高い。
さらに言えば、ゴズールはもう一人の五十階層の守護者であるメズールと競うように戦いあっており、その技量は上がっている。これも運営の注目度を上げる要因となっていた。
攻略者は男三人のパーティで、全員がユニークスキル保持者と目されている。さらに、ここ最近で来たばかりの新参者らしく、怪しいことこの上なかった。
その衣装もタンクトップにジーンズ、黒ローブ、鎖帷子の上から白衣とこの世界では珍しいものも混じっているため、“異世界人”である可能性が高い。
彼等の攻略だが、道中では黒ローブが罠を発見し回避、タンクトップが空間をつかんで投げるような動作で魔物を倒すというもので白衣の男はゴズールとの闘いまで出番はなかった。
その戦いも注射器で味方二人に何かしらを投与した直後、動きの鈍ったゴズールを追い詰めたタンクトップの背後から飛び出し、ゴズールの首筋を手術用のメスで切り裂くという鮮やかな手並みだった。
ゴズールの動きが鈍った理由は神経毒のガスを受けたことによるもので、二人に投与されたのは解毒薬らしい。五十階層まで動かなかったのは司令塔の役割を果たしていたからであり、いざという時には動けるため、少数ながらバランスのいいパーティであった。
そんな三人の入国時の登録情報がこれだ。
シンジー:二十三歳、
マーク:二十六歳、
シン:十七歳、
出身地は帝国側の小国となっており、入国目的は商人から地下迷宮の噂を聞いて腕試しをしにきたというものだった。
この世情で怪しむなというのが無理な話だが、申告している職業も中々なものだった。
魔術師とは、二系統以上の魔法をマスターした上位職であり、シンジーは〈精霊魔法〉と〈元素魔法〉を習得していると申告している。
戦闘士も魔術師と似ており、武器術と格闘術の両方を極める必要がある。この両方とは、基礎としての格闘術に加え、最低でも一種類以上の武器を扱えるということだ。
マークの場合は格闘術に投擲術、矛術を扱えるとのことだった。
最後の狩猟家に至っては、魔物を狩る者の最高峰とまで言われている。
射術の中でも弓に特化した弓術を極め、技術のなかでも難易度の高い「隠形法」を扱えなければならない。さらに、「気配察知」の能力を習得する必要があるという、才能だけでは就くことのできない職業なのだ。
そのため、討伐ギルドに属する者達からは、最も頼りにされる職業である。
この世界では、探索系で必須とされる罠や魔物を発見する技能を持つ者は少ない。そのため、狩猟家を名乗れる者は狩猟民族出身者程度という、難易度の高い職業である。
そんな三人がそれぞれユニークスキル持ちで事前にパーティを組んでやってくるなど、疑ってくださいと言っているようなものだが、スパイにしては堂々しすぎており、かといって陽動としては町に工作の気配がなかった。
現在は五十二階層を進行中であり、次の階層守護者であるアダルマンに合わせた不死系の魔物を相手に戦っている最中だ。
特にマークの持つゴズールの守る部屋の宝箱から入手した聖銀製の武器
ちなみに、戦斧以外にも
五十~六十階層の間は不死系の魔物の跋扈する環境ということで、無酸素部屋や、毒沼、腐食ガスなど様々な肉体と装備にダメージを与える罠が用意されていたが、シンジー達は三日ほどで攻略し、ついにアダルマンの待つ六十階層へと到着した。
「七十階層って聖霊の守護巨像だったよな。再建って終わってるのか?」
扉を開こうとするシンジーを見て、リムルが思い出したように尋ねる。どうやら聖属性の武器を手にしたマークを相手にアダルマンが勝てるとは思っていないようだ。
一応報告書は上げているはずなのだが、覚えていなかったらしいリムルにテクトは苦笑しながら答える。
「ああ、暴風大妖渦の楯鱗を使った「魔力妨害」機能の積層式の装甲に各種新兵器。搭乗可能で
「そんなに罠に自信があるのか?」
「見てればわかるよ」
きょとんとした様子のリムルにテクトは不敵に笑い、モニターへと視線を移す。つられてリムルもモニターへと視線を移すと同時に扉が開き切り、戦いが始まった。
そしてあっという間に終わった。
マークの初撃は振り下ろしだったのだが、振り下ろした牛頭魔人の戦斧はいつの間にか骨だけの身体から普通の肉体を得たアルベルトの怨嗟の剣に受け止められ、返す刀で切り捨てられた。
それを見たシンが呆気にとられた一瞬でアルベルトが肉薄し、こちらも切り捨てる。
あっという間に仲間を屠られたシンジーは驚愕しつつも、申請しなかった奥の手であろう神聖魔法:霊子聖砲を放ち、不死系魔物であるアルベルトへ放ったが、弱点であるはずのこの一撃はアルベルトに通じず、シンジーもまた一刀両断に処されたのである。
アダルマンは玉座から立つことなく、傍に控える死霊竜も首をもたげることさえなかった。
まさに完勝といった様子に唖然とした様子のリムルがテクトへ振り返った。
「ちょ、どういうことだよ⁉」
「以前、装備や“信仰と恩寵の秘奥”を授けたことで甚く感激したみたいでな。迷宮内の魔素を取り込み以前の力を取り戻すどころか超えるレベルまで成長をしてしまったんだ」
テクトの解説を受け、リムルが改めて確認すると、確かにアダルマンは弱体化した死霊から死霊の王へと進化しており、アルベルトは
「あの竜は?」
「アダルマンがペットを飼いたいって言ってたろ? 呼び出したのがあれらしい」
確かに前回会ったときに言っていたことなのだが、まさか竜とは思っていなかったリムルは遠い目をする。しかし、疑問が尽きたわけではないため気を取り直して質問を続ける。
「っていうか、霊子聖砲直撃してたよな? なんであいつ無事なんだ?」
「アダルマンが編み出したエクストラスキル「聖魔逆転」ってやつらしい。これで「魔」属性から「聖」属性に切り替えることで、弱点ではなくなって、装備と耐性スキルで無力化したみたいだな」
「聖属性の死者ってなんだよ……」
意味の分からない言葉にリムルが頭を抱える。テクトも一度通った道であるためその背を優しく叩き、慰めていた。
この「聖魔反転」というスキルは、アダルマンが七曜の策略により謀殺されたことに対する詫びとしてルミナスより教えられた「昼夜逆転」という秘儀をベレッタのユニークスキル「
「我が神よ、御照覧頂けましたでしょうか? 我等が勝利は貴方様のために!!」
リムルが落ち着くのを待っていると、アダルマンが勝鬨を上げていた。
テクトが苦笑していると、落ち着いたのかリムルが顔を上げる。
「思ったんだけどさ。今のアダルマン達なら、魔王の守護巨像より強いんじゃないか?」
「頭数もあるし、まず勝てるだろうね。遠隔操作状態ならアルベルトだけでも勝てるかも」
テクトの言葉にリムルはわずかに思案し、ちらりと共に観戦していたラミリスを見る。テクトは意図を察して頷くと、アダルマンへと語りかけた。
「よくやった、アダルマン。戦闘直後で悪いが、こちらまで来てくれ」
「お、おおおぉ! 何も遠慮など必要ありません! 直ぐに御身の側まで馳せ参じましょう!」
「アルベルトも連れてきてくれ」
「承知しました。死霊竜はいかがいたしましょう?」
「留守番で頼む。この部屋には収まらん」
「ハハッ!」
アダルマンが恭しく応じるのに頷いたテクトの後ろで、リムルがシオンへと紅茶の用意を命じる。すると、シオンは真面目な顔で確認を取った。
「骨ですが、飲めるのでしょうか?」
「「……」」
ごもっともな疑問にテクトとリムルは黙り込む。前世では飲食する骸骨のキャラもいたが、あくまで漫画のキャラ。そのままアダルマンに適応されることはないのである。かといって配下であるアルベルトに提供するのにアダルマンは放置ということはできず、リムルは絞り出すように答えた。
「こういうのはさ、気持ちだよ」
「そうですか、承知しました!」
元気よく返事をしたシオンにほっとしながら待っているとアダルマンとアルベルトが到着する。彼らは入室するなり跪いた。
「お待たせ致しました、テクト様、リムル様!」
「御尊顔を拝謁出来ます事、心より感謝しております」
相変わらず大仰な態度にリムルが苦笑した。
「うむ、大義である。アルベルトとか言ったか、貴様の腕前は中々のものであった。そしてアダルマンよ、守護者としての働き、実に見事だ。これからも励むが良いぞ!」
「うんうん。これからも頼んだよ!」
「いや、ホント。久々にお前達を見たから、あまりの成長ぶりにびっくりしたよ」
「「ハハァ──ッ!!」」
口々にねぎらわれ、二人が感極まった様子で跪く。
テクトが軽く宥めてから椅子へ座らせると、二人も紅茶に気づいたようだった。
「実に、実に良い香りです。他の方からの提供であれば、嫌みと受け取ったでしょう。ですが、テクト様からのお誘いとあらば、この香りだけで心が癒され、身体の疲れが取れる心地です」
「美味い。甘露の如く、甘く香しい。至福のひと時を与えられ、このアルベルト、感謝の念に堪えません」
大げさに喜ぶ二人に苦笑しつつ、テクトは咳払いを一つして真面目な表情で声をかけた。
「さて、こうしてここに呼んだのはほかでもない。今回の戦いぶりをもって、お前の守護階層の見直しを行うことにした」
「と、言いますと?」
突然の人事命令にアダルマンは困惑した様子を見せる。対するテクトは一度ヴェルドラへと視線を向けた。
「ヴェルドラ、アダルマンと魔王の守護巨像。どちらが強いと思う?」
「うむ。間違いなくアダルマンだな」
「そういうわけだ、アダルマン。お前を七十階層へと昇級させる事にした」
そう言ってテクトはアダルマンへと視線を戻す。当のアダルマンはわずかな間ぽかんとしていたが、言葉の意味を理解して立ち上がり、アルベルトとともに跪いた。
「お、おおおおおおっ──っ!! テクト様からの期待に応えるべく、このアダルマン、更なる努力を惜しみません」
「不肖アルベルト、我が主アダルマンを全力で支える所存です」
快諾したアダルマンにテクトは頷き、五十一~六十階層と六十一~七十階層の入れ替えが決定した。
要件も終わり、アダルマン達を退出させようとしたその時、ディアブロが口を開いた。
「お話の区切りが良いようなので、報告したいことが御座います」
「なんだ?」
「実はですね、我が下僕たるラーゼンから魔法通話が入りまして、御二人に至急申し上げたき儀があるとの事。何でも、ラーゼンの古い師匠とやらがやって来たらしく、その者が御二人への謁見を願い出ているらしいのです。名前はガドラというらしいですよ」
「ガドラねぇ……」
ガドラという名はイングラシアの図書館に置かれていた魔導書の著者として何度か目にした名前だ。ラーゼンが師匠というだけあって有名な魔法使いと言えるが、わざわざ要望を通してやる理由は思い当たらなかった。
「帝国との戦争が間近だってのに、多少名が売れているだけで所属不明の魔法使いなんぞと会ってられるか。どうしてもっていうなら正式な手順踏んで出直せっつっとけ」
「そうですね。ラーゼン如きの意見など、イチイチ聞いてやる必要もありません。私が話を聞いてやる必要もないでしょう」
今日はこれ以上するべき仕事もないため気を抜いたテクトの言葉にディアブロも頷く。
首のコリをほぐすように数度鳴らし、立ち上がろうとしたところで、なにやらそわそわした様子のアダルマンが目に留まった。
「どうした、アダルマン? 階層の移動に際して何か要望でもあったか?」
「い、いえ! そういうわけではなく、その……」
「なんだ? はっきり言え」
「は、はい……あのですね……今の話にあったガドラと申す者なのですが、私の友ではないかと、そう思った次第でして」
「詳しく話せ」
「は、ははっ」
目線を鋭くしたテクトの視線をどう受け取ったのか慌てるアダルマンから話を聞くと、ガドラとは、千年以上前に親友であった男だったらしい。アダルマンが死霊となって生き永らえたのもガドラの施した神秘奥義:輪廻転生によるものであり、ガドラであれば自身に同じ魔法をかけて生き延びている可能性もあるという。
ラーゼンという名にも心当たりがあり、ガドラの高弟の一人ではないかとのことだった。
「ふむ……ディアブロ」
「承知しました。日時を調整の上、会談の用意を整えます」
名を呼ばれたディアブロが恭しくお辞儀をして部屋を出ていく。
日程の調整ができるまでは案外早く、翌日には謁見の準備が整ったのである。
次回「」
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八つ当たりに関して、同時に投稿予定です。
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