テクトが突然の休日を告げられて数日後。
この日、テクトとリムルは森の中で模擬戦をしていた。互いに木の間をくぐりながら剣を合わせていく。
「だいぶ操糸人形の扱いもうまくなったもんだな」
「まだまだ魔法を使いながら動けないけどね」
言葉を交わしながら打ち合う二人だったが、ふと動きを止める。
「なんだ?」
「何かいるみたいだね」
接近したことで気配を感じ、その方向へと近寄っていく。修練のために纏っていた
しばらく観戦していた二人は虫の魔物の動きが消極的であることに気づく。付近を観察すると傷ついた蜂型の魔物がいた。戦っているのはその魔物を守るためらしい。
(かっこいいね、あの虫)
(見た目も男心をくすぐるものがあるし、行動もいいな)
その後、ほどなくして虫の魔物が虎の魔物を仕留めその場に崩れ落ちる。死に体で身を寄せ合う二体の魔物を助けようと姿を現したテクト達を見るや、クワガーヘラクレス*1じみた甲虫の魔物が突貫する。窮鼠猫を嚙むといわんばかりの突撃に反応しきれず、テクトの右腕が吹き飛ばされた。
『すでにこれほど近くまで迫っていたとは⁉ だが、一人で来たのは失策だったな! ここで刺し違えようとも貴様を殺し、この子を逃がす!』
「ちょ、ちょっと待って⁉ 別に君たちを追ってきたわけじゃなくて、偶然通りかかって死にかけていたから助けようとしただけで、特に何か理由があるわけじゃないんだって!」
幾度となく繰り返される攻撃を避けながら説得を試みるも効果はなく、むしろ攻撃が苛烈になっていく。このまま力尽きさせるのは惜しいとテクトが思う中、攻撃を止めたのは傷ついていた蜂の魔物だった。どうやら甲虫の魔物の意識がテクトに向いているうちにリムルが治療を行い、説得の材料にしたらしい。
身内の説得もあって落ち着き、謝罪をする甲虫の魔物を治療し、行く場所のないという彼らにテクトが「ゼギオン」、「アピト」と名付けトレイニー達に許可を得て、樹人族の集落の近くではちみつを集めてもらうことになった。
そうしてしばらくは平和な日々が過ごせていたが、突如としてそれは来た。
操糸人形を用いた訓練を一通りこなしたテクトにシラヌイから報告が入る。
≪告。強大な魔力反応を確認。接近してきています≫
『リムル、何かこっちに向かってきているみたいなんだけど』
『ああ、俺も気付いた。なんか俺のほうを目指してる気がするから、今、街はずれに向かってる』
『わかった。私も向かうよ』
テクトがリムルと合流し、街のはずれへとたどり着く。ふと足を止めた瞬間、すぐ後ろが爆発した。
「初めまして。ワタシはただ一人の「
(魔王⁉)
(「破壊の暴君」って、物騒すぎるだろ)
「お前がこの町で一番強そうだったから、挨拶に来てやったのだ」
ミリムと名乗った少女は、彼女の自己紹介の内容に戦慄する二人を置き去りにリムルへと話しかける。
(この覇気。ヴェルドラに匹敵するレベルだ。名乗った内容に嘘はなさそうだね)
「(やっべえな、これ。どうすりゃいいんだ)は、初めまして。この町の主リムルと申します。よくスライムの俺が強いと分かりましたね」
「簡単なことなのだ、この眼「
リムルの言葉にミリムは得意げにする。
「あれ? テクトは気にしてないみたいですね。魔素量ならあいつのほうが多かったりするんですけど」
「ん? 誰だ? そいつは」
「お初にお目にかかります、魔王ミリム。私はテクト・テンペスト。リムルに次いでこの町の責任者をしております」
テクトはうやうやしく御辞儀をし、発動しっぱなしだった「
「面白いな。お前。このワタシを欺くことができたことをほめてやるのだ。それよりもリムルだったか、お前の本性はその姿なのか? あの時ゲルミュッドのやつを圧倒したあの銀髪の人型は変化していたのか?」
ミリムの言葉から偽装の意味はないとリムルが人型になる。リムルを観察し、満足したらしいミリムに目的を問うと挨拶しに来ただけだと言い出した。ほかに目的がなかったことにあっけにとられる二人をよそに事態が動く。
突如、影からランガとフェルが現れ、それぞれの主をくわえて別々の方向に走り出す。離れ始めた二人を尻目にシオンが大剣を、スイレンが刀をもって飛び上がり攻撃を仕掛ける。その場にはベニマルとソウエイがおり、捕縛の後、追撃を仕掛けるため準備をしていた。
しかし、実際に攻撃に移ることはできなかった。シオンとスイレンは空中に磔になり、ベニマルとソウエイには糸が巻き付いていた。
これをなしたのはテクトである。実のところ、フェルが連れて行ったテクトは操糸人形のみだったのだ。
フェルも「影移動」を「
そのためランガとフェルの出現タイミングに若干の差が生じ、その時間差でテクトは操糸人形から脱出していた。その後は「隠蔽者」によりフェルをごまかし、糸の操作の精密性確保のためアラクネへと変わり、攻撃を仕掛ける鬼人たちを糸によって拘束したのだ。
「おお、すごいな! お前! ワタシにも何をしたのかわからなかったぞ!」
「申し訳ありません、魔王ミリム様。配下の暴走は主の責。この場はどうか、私への処罰のみでご勘弁を…」
「ふむ。まぁ今回は未然に防いだことだし勘弁してやろう。不問にしておいてやるのだ」
テクトが頭を下げるがミリムは機嫌よさそうにうなずく。内心で大事にならなかったことにほっとしつつ、陶器製の小さな瓶を差し出した。
「ありがとうございます。あぁ、そうだ。お詫びといっては何ですが、これをどうぞ」
「なんだこれは? …………なんなのだこれは!! こんなおいしいもの、今まで食べたことがないのだ!!」
瓶の中身は蜂蜜だった。その味に興奮したミリムはあっという間に嘗め尽くしてしまい。中身が残っていないことに気づくとがっくりとうなだれた。が、すぐに持ち直し、テクトへと詰め寄る。
「おい、テクトといったか? これはもうないのか?」
「あるにはありますが、ただでお渡しするわけには」
「ぐっ、条件はなんだ?」
「我々に対して敵対行動をとらないとお約束いただければ」
「なんだ? そんなことでいいのか? いいだろう! 今後、私がお前たちに手出ししないと誓おうではないか! 何なら困ったときには相談に乗ってやってもいいぞ!」
はちみつに釣られ、ミリムは実にあっさりと篭絡された。テクトの持っていた蜂蜜をすべてせしめたミリムは大事そうになめ始める。
こうして、テクト達は未曽有の危機を乗り切ったのだった。
ベニマル達を開放し、リムルたちと街に戻るテクトに魔王ミリムもついてきてしまった。いや、ついてきたというのも正しくないのかもしれない。どうにもなつかれたのか、アラクネの蜘蛛の体に乗ってしまっているのだ。その手には蜂蜜の瓶が握られている。
(どうすんだよこれ)
(振り落とす訳にもいかないでしょ)
「なあなあ、お前たちは魔王を名乗ったり、魔王になろうとしたりしないのか?」
テクト達がミリムの処遇をどうすればと考える中、ミリムから質問を受ける。
「しませんよ」
「しねーよ」
「え?」
「魔王になって何かいいことでもあるんですか?」
「強いやつが向こうから喧嘩売ってきたりするぞ。楽しそうだろ?」
「別に喧嘩したいわけではないので」
「なら、何を楽しみに生きているというのだ⁉」
「それはまぁ、いろいろと。忙しすぎて休みを取るようになったのも最近ですし」
「あれはお前がそもそもの原因だろ。ていうか、魔王の喧嘩以外の楽しみってあるのか?」
「ないけど…………魔人や人間に威張れるのだぞ?」
「退屈なんじゃないか? それ」
リムルの言葉にミリムは愕然とする。どうやら図星だったらしい。危うく蜂蜜の瓶を取り落としそうになるも、テクトが糸でフォローした。
「じゃあまぁ、そういうことで気を付けて帰れよ」
「お前たち魔王になるよりも面白いことしているんだろ⁉ ズルイぞ、ズルイズルイ‼ もう怒った‼ 教えろ! そしてワタシを仲間に入れろ!」
「ぐえぇ」
「ちょっ、おい⁉ 絞まってる絞まってる⁉」
ミリムが駄々をこね始め、手近にあったテクトの首にスリーパーホールドを仕掛け、テクトが窒息する。
「わかったわかった。教えてやる。ただし、条件がある今度から俺のことはリムルさんと呼べよ?」
「ふざけるな! 逆なのだ! お前がワタシのことをミリム様と呼べ!」
「ならこうしよう。俺はミリムと呼ぶ。お前も俺をリムルと呼べばいい。それでどうだ?」
「むぅ……いいだろう感謝するがいい。本来ワタシを呼び捨てにしてもいいのは仲間の魔王たちだけなのだぞ」
「ありがとうよ。これで俺たちは友達だな」
リムルの言葉に衝撃を受けミリムは固まった。ちなみにこの間もテクトの首は絞まったままである。
「とりあえず、テクトの首離してやってくれないか?」
「あ……大丈夫か? テクト?」
「ゲホゲホ…………何とか。折れなかっただけましかな。気を付けてくださいね、ミリム様」
「お前も「ミリム」で構わんぞ、テクトよ。お前のことは気に入ったのだ。何なら配下に加えてやってもいいぞ?」
「いえ、それは結構です。これからよろしくね、ミリム」
「よろしく頼むぞ。テクト」
即答で断るテクトにやや不満そうにするも、呼び捨てにされたことに機嫌をよくしたのか、少し紅潮した様子で笑顔を浮かべうなずいた。
「じゃあ街を案内するけど、勝手にウロチョロするなよ」
「私たちの許可なく暴れないようにね」
「もちろんなのだ」
約束はあっさりと破られた。目に映るものすべてが新鮮なのか、レジャーランドに来た子供のごとくはしゃぎまわり、テクトを引っ張っていく。
アラクネのままだと引っ張られる際に大きい身体が無用な被害を生みかねないので操糸人形も纏っているが、関節部にダメージが入りかねないほどに振り回されていた。
「テクト様、外出ですかな。おや? どなたですかな。このちびっ娘は?」
はしゃぐミリムの前にガビルが現れ、いつものように地雷を踏む。直後ガビルが吹っ飛ばされ、十数mほど地面を削りながら停止した。
「誰がちびっこだ。ぶち殺されたいのか? いいか? いまワタシはとても機嫌がいい。だからこれで許してやるのだ。次はないぞ」
「ぶはっ、川の向こうで親父殿が手を振っていましたぞ」
「君の父のアビルはまだ生きてるでしょ…………」
「あっ」
ミリムが加減したためガビルは無事だった。それでも回復してすぐに立ち上がれるあたり、頑丈さには目を見張るものがある。
「ところでそちらのちb「あ゙あ゙?」お嬢さんは?」
再び地雷を踏みぬこうとするもミリムの威圧を受け、言い直すガビル。魔王であることを告げると唖然としていた。
「ミリム? 暴れないって約束じゃなかったっけ?」
「こいつが怒らせるから悪いのだ。これくらいは挨拶のうちだ」
「喧嘩ならそれでもいいかもしれないけど、普段からそういうのはよくないよ。とりあえず、殴るのは禁止で」
ミリムはやや不満そうにしていたが納得してもらわなければ困る。皆が皆ガビルのように頑丈というわけではないので、加減しても死ぬ可能性があるのだ。まぁ、何も考えずに誰かを怒らせることがあるのは、ガビルを含め数名ではあるが。
その後、テクト達はミリムのことを伝えるため街の中心部へと移動した。
「えー新しい仲間を紹介する。扱いは客人ということになるので丁寧に対応してほしい」
「ミリム・ナーヴァだ」
ミリムが名乗ると住人たちはミリムのことを知っていたようで、口々にミリムのことを話し出す、中には感動で泣き出すものもいる始末だ。
「今日からここに住むことになった。よろしく頼むぞ」
「「え⁉」」
「住む⁉ ここに⁉ 領地は⁉」
「たまに帰れば問題ないのだ」
「「えぇ…」」
「まぁ、本人がこういってるし、そのつもりで対応してくれ」
ミリムの宣言にもいやな顔をするものはおらず、むしろ歓迎といった感じだった。
「テクト達と私は友達だから、何かあったら私を頼るといいのだ」
「友達、か…………」
(友達かぁ)
リムルの先行きを思っての不安そうなつぶやきを勘違いしたのか、ミリムがもじもじし始める。
「そうだな、友達は変だな…………友達というより、その、
「え⁉」
「違うのか⁉」
突然の親友宣言に驚いたリムルが声を上げると、ミリムが泣きそうな顔で詰め寄る。その様子からまずいと察したリムルが親友宣言し、事態は収まった。
結果として、火薬庫など比ではない危険度を持つ魔王ミリムがテンペストの仲間入りを果たすこととなった。住民たちの「親友」コールが響く中、二人はそっとため息をつくのだった。
次回「魔王と蜘蛛と獣人と」
ユニークスキル同士なので、隠蔽に特化した「隠蔽者」なら「竜眼」を欺いてもいいんじゃないかと思った。
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紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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書くべき
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書かなくてもいい