結構な数誤字がありました。今回は大丈夫だといいなぁ。
(なんで、こうなったんだろう)
テクトはひとりごちていた。彼らが座っているのは喫茶店の一席で、もうそろそろ昼頃ということもあって、本来なら席も埋まるはずなのだが、周囲には全く人がおらず、店員さえ寄り付いていなかった。
あまりのプレッシャーにカップにひびが入り、テクトの胃も収縮してキリキリと痛んで、吐き気がするような気分になる。
「今日は元々私の約束してた日なんだからあんたはどっか行きなさいよ!」
「あらあら、私だっていろいろ事情があるのよ。あなたは明日も行けるんだから、むしろ譲るべきじゃないかしら?」
(ああ、本当になんでこうなったんだ……)
にらみ合う二人に挟まれて口をつきそうなため息を押さえて押し黙るのだった。
時間は少し巻き戻る。
子供たちとテクトに精霊が宿り、子供たちの危機が去ったのち、結局子供たちは翌朝まで目を覚ますことはなかった。
改めてラミリスに礼を言うと、迷宮から出て転移で帰り、ささやかにパーティーで祝った次の休日の朝。
テクトの部屋にリムルが訪れていた。
「今日はユウキに子供たちの件で話をしようと思っているけど、お前はどうすんだ?」
「……あ~、今日はアリスと出かける約束してるから無理だな。土産替わりにコーラを渡しておこう」
「アリスと? そういえば、精霊の棲家でなんか言ってたな」
この日、リムルは子供たちの危機が去ったことをユウキに報告するためアポイントメントをとっていたが、テクトには先約があったのだった。ユウキに会いに行くのはリムル一人でも問題はなく、また、アリスは前日から機嫌がよかったので、ドタキャンなどすればどうなるかは火を見るより明らかだった。
「お前も大変だな」
「縺薙≧縺? ≧縺ョ縺ッ譛ャ譚・荳サ莠コ蜈ャ縺ョ繝ェ繝? 繝ォ縺ョ蠖ケ逶ョ縺? 繧坂? ヲ」
「え? いまなんてった?」
「何でもないよ」
リムルがニヤつきながらからかうのに対し、ぼそりとつぶやくもリムルの耳には届かなかった。なおもからかおうとするリムルをかわし、待ち合わせの校門前に向かうとすでにアリスは待っていた。
「ごめん。待たせちゃった?」
「そんなに待ってないわよ。時間もまだだし。それより、言うことがあるんじゃないの?」
「ああ、よく似合ってる。かわいいよ、アリス」
アリスはテクトの言葉に頬を赤くして顔を逸らす。が、すぐにテクトのほうに向きなおった。テクトはふと視線を感じ、こっそりとその方向に視線を走らせると、建物の陰からクロエがのぞき込んでいた。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「ふぇ⁉」
少し悪戯心が沸き上がったテクトは顔を赤くしたまま目を合わせないアリスの前に跪くと、手を差し伸べる。
テクトの行動にさらに顔を赤くすると、おずおずと手を重ね、ゆっくりと移動を始めえた。
最初は顔を赤くして動きが固くなっていたアリスだったが、しばらくすると状況にも慣れてきたのか、それともこのまま固くなっているのは損だと感じたのか、やや頬が赤いものの笑顔を浮かべるようになった。
屋台でクッキーを買い、アリスが食べながら歩いているとそれに出くわした。
「テクト、こんなところにいたのね」
テクトたちに声をかけたのは女だった。しかし、その女性はここにいるはずがない者だった。
白い髪に金の目、身のうちに秘める力を御するために以前と比べて見た目の年齢は上がっていたが、それでも見間違うような相手ではなかった。
「な、なんでここにいるんだ……?」
およそ一月前。イングラシア王国よりはるか北の地で新たに絆を紡いだものが、
「白氷竜」ヴェルザードがそこにいた。
「なんでって、言ったじゃない。今度遊びに行っていいかって」
「それは魔国連邦に……とは言ってなかったなぁ、そういえば」
「約束通りでしょ?」
ヴェルザードが微笑む中、テクトは過去の叙述トリックじみたセリフに気付きがっくりと肩を落とす。
まさかの事態にテクトが対応を考えあぐねていると、唐突にアリスが導火線に火をつけた。
「誰よ、このオバサン。邪魔なんだけど」
「ンゴフッ」
「へぇ……」
アリスの唐突なセリフにテクトは噴き出し、ヴェルザードからは威圧感がアリスに向かって放たれる。
アリスからすれば、ヴェルザードは素性の知れない成人女性であり、幼いアリスからすればこの呼称もさほどおかしいものでもないかもしれない。
それに加えてアリスにはテクトに対するヴェルザードの気持ちが何となく透けて見えていた。いまだにそういう関係でないこともわかってはいるが、テクトと接する中で感じる年齢の差から気が逸っていた。
そのうえで、テクトと年齢的に釣り合いそうな女性が出てきたのだ。そんなことがあれば、嫉妬心の一つも出てきて口も悪くなるというものだろう。
ヴェルザードからすればアリスは恐れるに足りない存在である。
アリス同様相手の気持ちは看破していたが、なにせ相手はまだ子供だ。転生者であること踏まえた年齢差から考えてもテクトが真剣にとらえることはないと確信していた。
そして、それは当たっている。テクトは今のところアリスの気持ちを受け入れるつもりはない。これから先、魔物であることを踏まえたうえで気持ちが変わらず成長したならば、真剣に考える必要があるだろうが、現在はその状態になかった。
とはいえ、アリスの呼称にはさすがに気に障る部分が大きかった。
「あ、あ~、とりあえず、ここじゃなんだし、どっか入ろうか……」
「そうね、行きましょうか」
「だから、邪魔なんだからどっか行きなさいよ」
二人がにらみ合ったことによって周囲を人が避け、通行の邪魔になっていることを気にしたテクトが控えめに提案すると、ヴェルザードがテクトの腕をとり、寄りかかるとアリスに目線を送る。
アリスがそれに反応して怒り出すのをテクトがなだめながら、近くの喫茶店へと歩き出した。
そして、冒頭に戻る。
にらみ合っていた二人だったが、同時にテクトのほうへと向き直った。
「ねぇ、テクト。私がここに来るのに苦労することは知ってるでしょう? 私と一緒に来てくれるわよね?」
「テクト! 今日はもともと私との約束でしょ! こいつ置いといて行きましょうよ!」
二人が同時に声をかけるのを聞き、テクトは思わず頭を抱えそうになる。
そもそもテクトには前世を踏まえても女性経験が乏しい。さらには、
そんな状態で「思考加速」を最大倍率で行使して出した答えは
「ここまで来るのに苦労があるのもわかるけど、約束は約束だしね。今日のところは三人で回って、最後に次回以降の約束をするってことでどうかな」
完全に日和見な回答だった。
今のテクトの体が本当に人型の肉体であれば目は泳ぎ回り、さらには呂律もしっかり回らなかったかもしれない。
しかし人形であれば、望む言葉をスキルによる制御を強めることによってよどみなく発することも可能である。普段は人形であることにより不便があることも多いが、この時ばかりは自身が人形を纏っていることに感謝した。
(ありがとう、シラヌイ。そして、すまない、前世で妄想の中で馬鹿にした主人公諸君。君たちは一部を除いて偉大な存在だった)
「まぁ、今回はそれで我慢してあげるわ」
心の中でテクトが相棒への感謝と前世での罪を懺悔していると、ヴェルザードはあっさりと引き下がり、テクトの言葉に同意する。というのも、彼女自身無理を言っているのは承知であったため、このテクトの回答を引き出せた時点である意味勝ちといえるだろう。
面白くないのはアリスである。提案を飲めば次回が約束されるとはいえ、今回は邪魔が入ることが確定してしまうし、ヴェルザードの身の翻し方はこの状態を望んでいたようで、実際その通りになっているのは腹立たしかった。
しかして、そこは年の功が勝り、結局のところ、テクトがアリスへ喫茶店にてかしずき、なだめすかされたことでヴェルザードの機嫌がわずかながら下降したため納得したのだった。
「フン! まぁいいわ、今回は私も我慢してあげる! 次はこうはいかないんだから! オバサン!」
「子供は元気でいいわね。子供は」
「なんで二回言ったのかしら」
「そういえば、お互いに紹介してなかったね。この子はアリス・ロンド。自由学園での教え子なんだ。で、彼女が……ルーシェ・アブソリュート。俺が精霊の棲家についての手がかりを知るのに一役買ってくれたんだよ」
不承不承ながらお互いの同行を認めた二人が相手の名前を呼ばずに再びいがみ合い出したのを見て、未だに互いに名前さえ知らないままであったことを思い出し、紹介する。
名前も知らない相手とにらみ合えることにどこか苦笑しつつ二人に互いの名を告げた。ヴェルザードの名を偽ったのは、万が一名前から素性がばれるのを防ぐためだった。
「ふーん。一応礼を言ってあげる、ありがとう、オバサン」
「ええ、どういたしまして。子供は素直でいいわね。子供は」
互いの名前を知ってなお呼称を変えない二人にテクトは頭を抱えたくなったが、こらえることができたのは操作精度を高めていたおかげだろう。
そしてその夜。テクトの部屋にて。
「精霊のことをごまかすための漫画とコーラを前にして、ユウキのやつ、また土下座してたぜ。テクトによろしくって……なんかお前やつれてないか?」
「ああ、いろいろあってね……主人公ってすごいんだな」
「何があったんだよ……」
ユウキとの話について、情報共有をするために尋ねてきたリムルだったが、テクトはあまり話ができる状態ではなかった。なにせ終始ギスギスした状態の二人の間で緩衝材になりつつ、対応がどちらかだけに偏らないようにバランスをとっていたのだ。疲労感も募ろうというものだ。
「まぁ、大丈夫だよ。今度またどっかで休みを取ることになるけど」
「? よくわかんねぇけど、崩壊の危険も解決したし、俺一人でも問題ないだろ」
背を伸ばしてストレッチをするテクトに疑問を浮かべるリムルだったが、特に詮索することはなく、話を続ける。
ユウキ曰く、子供たちを召喚した国が再び干渉してくることはほとんどないといっていいらしい。
さらおうとすれば国際法に抵触するうえに、子供たちを保護している自由組合を敵に回しかねないからだ。本人が望むなら冒険者としての身分証も発行するつもりとのことなので、子供たちの問題については完全に解決したといえる状態まで来ていた。
「なら、ここでやるべきことは引継ぎぐらいかな……俺はいくつか約束があるけど」
「それが終われば帰らないとな。あいつらも首を長くして待ってるわけだし」
魔国連邦に帰る時期を決めると、テクトの疲労を鑑みてリムルは部屋を後にする。
子供たちの危機を回避し平和に過ごしていると、イングラシア王国を訪れて三ヵ月が立とうとしていた。
「しかし、結局お前は一回も帰らなかったな」
「そうだね。リムルは時々帰ってたけど、俺は三ヵ月ぶりか」
「あいつらも大騒ぎだろうな。俺一人がちょっと帰るだけであの騒ぎだし」
この三か月テクトは一度も魔国連邦に帰ることはなかったのだ。最初のうちは自分が不在の魔国連邦が問題なく回っているのを見たくなかったことが理由だったが、吹っ切れてからは単純に予定が会わなかったのである。
子供たちのことを考えるとテクトとリムルが同時にイングラシアを離れるということはできなかったので、帰るのはどちらか片方だけと決めていた。また、帰るたびに大騒ぎになるため、時間があるからと帰国するようなことはせず、頻度は下げることにしていた。
ここ最近の休日にはテクトは約束に奔走しており、リムルが帰ることになったのだった。
「そういえば話したっけ? ヨウムのパーティーにメンバーが増えたらしいってこと」
「何それ、初耳なんだけど」
「ヨウムのパーティーに魔術師が増えたらしくてさ。ミュウランって名前なんだけど、どうもヨウム君は彼女に気があるらしい」
「ほほう?」
リムルの話にテクトの目が輝く。魔物になっても知り合いの恋愛事情は面白いものらしい。
「しかも、ミュウランのほうも満更ではなさそうな感じなんだとよ」
「ふむ」
「あと、グルーシスも気があるらしい」
「あ~」
「さらになんと、スイレンまでとの話もある」
「……うわぁ」
テクトは話が進むにつれ輝きが増し、やや曇り、最後には顔が引きつった。
恋愛事情を面白がることはあっても修羅場の可能性を楽しむ度量まではなかったのだった。なにせ、自分が突っ込む可能性があるからだ。
「で、テクト。お前はどうなんだ?」
「俺?」
「お前何人かアプローチかけられてるじゃねぇか。どんぐらい気付いているのかは知らんけど」
「あ~、えっと……いや、まぁ、考えたことがないわけではないというか。分不相応であるからどうこうするつもりはないし、そもそもそんなことをする資格がないというか」
「ごちゃごちゃ言うなよ! で、誰なんだ?」
しどろもどろになりながらごまかそうとするテクトにリムルが一喝すると、顔を赤くして目線を逸らし、小さく告げる。
「……シュナ」
「いいじゃないか、俺は応援するぜ」
「そのニヤニヤ顔がなければ、少しは信用できたかもね」
テクトの回答にニヤリと笑いながら意識し始めたきっかけなど、根掘り葉掘り聞こうとするリムルの口を糸で物理的に封じながら、テクトはため息を吐くのだった。
そんなこんなで数日後。魔国連邦に帰国する日がやってきた。
テクトたちの帰国に際して見送りのため門の前に集まった子供たちはすでに目に涙をためていた。互いに泣かないようにと言い合ってはいるが、止まる様子はなかった。
「先生……行っちゃうの?」
クロエが引き止めようとするのを子供たちが止めようとするが、その語調は弱く、心根では引き止めたがっていることがわかる。対して、テクト達は来ようと思えば簡単に来られると考えているためあまり深刻になっていなかった。
「ははは、クロエは相変わらず泣き虫だな。これをやるから元気出せよ!」
リムルがそういって抗魔の仮面を差し出すとクロエも迷わずに受け取った。
クロエは泣き止んだが一人だけ餞別をもらったことに騒ぎ出す子供たちに、リムルがシュナに用意させた学園の制服を与えて鎮静化する。
「そうだ、アリスにはこれをやろう」
「あ、これって最初に使った!」
「あの時は俺の人形はなかったけどな。訓練に使うといい」
テクトがふと思い出したようにアリスに近づくと、虚空から人形を取り出して渡す。
それは、テクト、リムル、ランガ、フェルの編みぐるみだった。
アリスとクロエが互いにもらったものを見せ合っていると、リムルが手をたたいて注目をあつめる。
「俺たちは帰るけど、しっかり勉強しろよ。別れはつらいが、二度と会えなくなるわけじゃない。国が落ち着いたら遊びに来るさ」
「絶対来てくれよ」
「卒業したら、こっちから行ってあげてもいいんだからね」
「そうだな、来るといい。なんせ国主とその補佐の客だ。国賓扱いだぞ。びっくりするぐらい歓迎してやるよ」
リムルの言葉に約束を取り付けようとするケンヤと強がるアリスにテクトが声をかける。別れを惜しんで気持ちを落ち着けるように子供たちの頭をなでるテクトだが、しばらくしてリムルがしびれを切らした。
『そろそろ行くぞ。テクト』
『もう少し……』
『また会いにくればいいだろ……みんなが笑ってるうちに出発しないと』
『うぐぅ』
リムルから念話で説得されて、テクトが名残惜しみながら子供たちから離れると、リムルに並ぶ。
「それじゃ、またな!」
子供たちに別れを告げてテクト達が王都を出発する。
魔国連邦に帰り、問題の解決を行って、また子供たちに会いに来る。
そんなことを考えながら道を進んでいた。
彼らは忘れていた。
誰かが得をするということは、別の誰かの利益を奪っている可能性があるということを。
彼らは考えついていなかった。
前世よりも力がモノを言いやすいこの世界で、生まれた妬みや嫉みが膨らむとどのようなことになるのかを。
彼らは理解できていなかった。
国家間での利権問題なんて一般人には関わり合いのないものの深淵を。
しかし、テクトには、もしかすれば予測できたかもしれなかった。
この世界は物語が元になっており、物語には山場があるのが付き物ということから、魔国連邦が危機に陥るほどの何かがあるかもしれないことを。
しかし、彼らが直面した危機は案外あっさりと解決できたことで、テクトの危険に対する考えは程度の低いものとなっていた。
また、彼が自身のことを受け入れてしまったことも原因かもしれない。
白氷宮でのヴェルザードとの共感と子供たちとの交流による心理的な安定が、周囲への警戒を解く要因だろう。
彼らはそんな考えの甘さによる
次回「絶望の始まり」
あみぐるみ(アリス用):アリスとの初対面時の模擬戦で使ったもののマイナーチェンジ版。表面の布の強度を高め、汚れのつきにくいように加工している。アリスは空間属性の魔法で操作するため、変な挙動になって取れたりしないように特に縫い目には気を遣っている。
リムル:イングラシアで着用していた毛皮を使用した服に変更。
テクト:リムルのものよりも大きい。贈るものだからと言い聞かせていたが、自分の姿をデフォルメした人形を作るのはちょっとした羞恥プレイだった。
ランガ:巨大化時の大きさを参考にしたサイズ比。最初は小さいほうの角を忘れてしまい、悲しそうな顔をされた。慰めるのにちょっと時間がかかった。
フェル:ランガのものよりやや小さい。毛はふわふわになっている。感触を確認するためのスキンシップにご満悦だった。
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前回投稿からお気に入り件数が300件を突破しました。ありがとうございます。
今回でメインヒロインを確定いたしました。細かい理由なんかはまたどこかで。
紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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書くべき
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書かなくてもいい