転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

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30話:帰還と

 ヒナタが去り、結界が解除された草原に一匹のスライムが這い出てくる。

 

 誰あろう、リムルである。

 

 周囲に人影がないことに安堵の息を吐くリムルの影からランガが飛び出すと、主の無事を確かめるように鼻を擦り付けた。

 

「ご無事でしたか、我が主よ!」

 

 リムルはランガをなで、自身の無事を伝えるが、その表情は能面のように凪いでいた。

 

 リムルは聖浄化結界(ホーリーフィールド)に囚われたタイミングでその場に分身体を残し、本体は隠形法で隠れていた。ヒナタも全力で抵抗してきたAランクオーバーの魔素量を持つ相手が分身だとまでは考えなかったのか、追撃はなかったことで助かったといえる。

 

 分身体が消滅したことで本体から漏れたオーラに感づかれ、再び戦闘に陥るのを防ぐために、リムルは複製しておいた新しい抗魔の仮面を取り出すと、人の姿に変化してかぶりなおす。

 

 そうしてリムルは一息つくことができたが、もう一方は深刻なものだった。

 

「テクト様! しっかりしてください! テクト様ァ!」

 

 ランガ同様に影から飛び出したフェルは必死にテクトへと呼びかけていた。

 

 うつ伏せに倒れた人形の背には三つの刺し傷がある。七彩終焉刺突撃(デッド・エンド・レインボー)のための追撃の跡だった。

 

 リムルはフェルが必死に呼びかけるのをしばらく眺めていたが、魔国連邦が攻め込まれている可能性を思い出し、テクトを一度「胃袋」に回収して帰国しようとフェルに近づいていく。

 

「フェル……俺たちの国が攻められているかもしれない。急いで戻る必要がある。ここで悲しみに暮れている場合じゃないぞ。国での被害を押さえないとテクトも浮かばれないだろ……」

 

「はい、申し訳、ありません……テクト様ぁ」

 

 泣きながら場所をあけるフェルに代わり、リムルがテクトのそばに膝をつく。

 

 「暴食者(グラトニー)」による捕食をしようとすると、人形から声が発せられた。

 

『ああ! 死ぬかと思った!』

 

「生きてんのかよ!」

 

『死の淵から戻ってきた相方に随分な言いぐすゎぁ!』

 

 目の前の人形から響くあまりに元気な念話にリムルは思わず突っ込みを入れる。それに文句を言おうとするテクトだったが、主の生存を知ったフェルが人形にとびかかり、転がしたことで天地が何度も逆転し、念話が乱れた。

 

「七撃目はよけてたのか」

 

『いや、きっちり七回刺されたよ』

 

 テクトが生きていた理由、それはユニークスキル「執着者(シガミツクモノ)」にある。

 

 命の危機にギリギリで踏みとどまることを可能とするスキルであるが、ヒナタの攻撃が精神をも侵すものであったため、一命は取り留めたものの、精神を大きく損ない、応答ができるようになるまで時間がかかっていた。

 

 主の無事にじゃれつくフェルを押さえようと立ち上がろうとしたテクトが現状に気付く。

 

『あれ? 足がなくなってんだけど?』

 

「多分「暴食者」が食い散らかしたな。本体に及ばなくてよかった」

 

 人形には膝から下がなかった。暴走した「暴食者」が体を変化させるために周囲の物体を取り込んだ際に、その浸食が人形まで及んでいたのだ。本体まで侵食が達していれば動けないテクトはそのまま食い散らかされていただろう。

 

 さらに言えば、七彩終焉刺突撃のための刺突によって呼吸器を模した部分が破壊されており、これが先程から念話をしている理由である。

 

 状態を確認し、この場での修復は不可能と判断すると、テクトはひとまず人形をしまいこみ、アラクネへと姿を変える。

 

「とりあえず、すぐに戻ろう。魔国連邦が不安だ」

 

「ああ、そうだな」

 

 転移魔法を発動し、執務館に転移しようとするも、転移先も外界と隔絶するような結界が張られているようで、転移ができなかった。

 

 ヒナタの言っていた襲撃が真実であったことを理解し焦るが、ひとまず気持ちを落ち着け、目的の転移先から最も近い転移可能な場所である封印の洞窟へと転移すると、その場にはガビル達がそろっていた。

 

 ガビル達はテクト達が現れたことに安堵の表情を浮かべると説明を始める。

 

 一週間後にユーラザニアとミリムが交戦状態に入るため、避難民の受け入れを頼みたいという連絡が入った後、ベニマル達との連絡が取れなくなったらしい。

 

 ソーカ側からも連絡を試みたようだが、やはり連絡は取れないようだった。ベスターもドワルゴンとの連絡をとってはいるが、情報不足で動けないとのことだった。

 

 町に残った幹部と連絡の取れないことに対する不安が大きくなる中、リムルの影からソウエイが現れる。その体は傷だらけで、それを見て、ベスターが慌てて完全回復薬を持ってくる。

 

 ソウエイに続いて現れたソーカたちが言うには、ソウエイの怪我は、ベニマルへの報告のために結界を強引に突破しようとしたのが原因らしい。分身体はすべて消え、それでもとソーカたちとともに強引に突破を試みようとしたところにテクト達が帰還したのだった。

 

 そして、報告の内容とはファルムス王国が軍を率いて魔国連邦へと動き始めたとのことだった。

 

「ファルムス王国か……結界を張っているのもその関係者とみていいだろうな。くそっ! あの時に(豚頭帝の件で)した反省が全く生かせてないとか、笑いごとにもならないな!」

 

「落ち着け、テクト! とにかく、町に向かうぞ」

 

「ああ……ガビルは龍人族を指揮して、ここでドワーフたちの守護を。侵入者がいればできる限り生かして捕らえろ。ドワルゴンへの連絡は状況を確認してからだ。リムル、「空間移動」で町の外周部まで道を作ってくれ」

 

 状況を考え苛立ちのままに吐き捨てるテクトをリムルがなだめると、わずかに時間を空けて矢継ぎ早に指示を出す。リムルが「空間移動」を発動すると、人が通れる程度の穴が開き、町の外周が見えるようになる。

 

「よし、いけそうだ」

 

「ソウエイ、先に行け。ガビル、ここは任せるぞ!」

 

「ハハッ! 連絡をお待ちいたしますぞ!」

 

 ソウエイたちとリムルが穴をくぐり、テクトも続く。穴の向こうでは一瞬で移動が完了したことに、ソーカたちがうろたえていた。

 

 目の前の結界を解析すると「魔法不能領域(アンチマジックエリア)」と「聖浄化結界」よりも魔素の浄化力が低い劣化版の結界の二つとのことで、「多重結界」で抵抗可能らしい。また、魔法不能領域の発動をしている者は結界内部におり、結界の維持は外部から複数人で行われていると推測された。

 

「ソウエイ、魔法不能領域を発動している術者は俺とリムルで抑える。お前たちは結界を張っている連中を探せ。ただし、戦闘はするな。全員で行動し、戦力の確認に務めろ。連絡はこれでできるはずだ」

 

 結界内部に踏み込んでも問題ないことを確認するとテクトはソウエイに指示を出していく。連絡のために自身とリムル、ソウエイの手首に糸を巻き付け、結界内外での「思念伝達」を可能にした。以前の休日での存在確認の応用である。

 

「万が一の場合は俺かリムルも動く。頼むぞ」

 

「ハッ!」

 

 ソウエイたちが音もなく消える。それを確認するとテクトとリムルは頷きあい、結界に入っていく。

 

 結界内では薄くはなっているが、聖浄化結界ほどの効果はなく魔法不能領域がなければ魔法も使えそうに感じた。

 

 焦燥を胸に町を駆け、執務館へと急ぐ、中央部には人だかりができており、何かあったことは明確だった。

 

 テクトとリムルが来たことに気付き、周囲のものが道を開く。その道を進んでいくと何人かがテクト達を目指して走ってきた。リグルドを先頭にリグルや人鬼族の長老たちである。

 

「リムル様、テクト様、よくぞお戻りになられました。ご無事で何よりです」

 

「ああ、心配かけたみたいで、スマンな」

 

「とんでもございません!」

 

 リグルドが跪き感極まる様子に、周りをほかの人鬼族が囲みつつ跪く。

 

 カイジンたちドワーフは比較的冷静ではあったものの、その表情は何かをこらえているようで痛ましく、無事を喜ぶ以上の何かを我慢しているのが見て取れた。だが、彼らの表情以上にテクトはその立ち位置に違和感を覚えた。

 

「まずは報告と相談したいことがございますので、こちらの対策本部の方へ」

 

 リグルドは感情を落ち着けることができたのか、毅然とした態度で案内を開始する。

 

 その方向は今いる位置から広場とは真逆の方向であり、テクトの中の違和感と不安を増大させる。

 

「リグルド、カイジン、そこをどけ」

 

「テクト様、申し訳ありませんが、先に報告を」

 

「どけといっている!」

 

 テクトが叫ぶと同時に「畏怖」が明確にリグルド達を襲い、思わず道をあける。その隙に広場へと向かおうとしたとき、爆音が響いた。その方向は広場とは違うが、その方向から感知したオーラがベニマルのものであったことから優先順位を切り替える。

 

「起きた後のことよりは起きていることか……ベニマルの方に向かう」

 

 テクトの判断にリムルも応じ、先行して移動していく。不安によって狭まった視界には、安堵の表情を浮かべるリグルド達は映らなかった。

 

 

 

 オーラの発されている先に向かうと険しい表情のベニマルが戦っていた。だが、その戦闘は一方的であり、とても戦闘と呼べるようなものではなかった。

 

 その周囲にはゲルドが率いる猪人族(ハイオーク)の兵士が並んでいた。ベニマルと対面する位置に立つゲルドの表情も険しく、ベニマルを止めきれないわけではなく、止めようとしていないということがわかる。

 

 戦っている相手はスイレンとグルーシスだった。

 

「頼む、ベニマル。矛を収めてくれ。冷静になるべきだ」

 

「バカなことを言うな、スイレン。俺達が冷静でなければお前たちごと焼き尽くしている。いくらお前でも、その女を庇うなら容赦はできんぞ」

 

「いうだけ無駄だぜ、スイレン! ここは俺が抑える。お前は突破して、こいつらを連れていけ!」

 

 見ればグルーシスとスイレンの後ろには倒れ伏すヨウムと彼を抱きかかえた女性がおり、彼らを守るために戦っているようだった。

 

 グルーシスが「獣身化」し、灰色人狼へと姿を変えるとベニマルへと迫る。ベニマルは手に炎を作り出し応対する。その熱量は当たればやけどで済みそうな温度ではなく、周囲の景色が歪む。スイレンも歯噛みするとゲルドの方に向き直り、刀を構えて切りかかる。ゲルドもそれに対応しようと動くも、全員が動きを止めた。

 

「これは、一体どういう状況だ」

 

 止めたのはテクトだ。糸によって全員を縛り上げ、拘束した。

 

 テクトたちの帰還を知り、オーラを収め、動けるものは全員跪く。拘束されたベニマル、ゲルド、スイレンは微妙そうな顔をしていたが、それを気にせずにヨウムに回復薬を与えるように指示を出し、拘束を解くとベニマルに尋ねなおす。

 

「ベニマル、何があった?」

 

 ベニマル曰く、商人に扮したもの達が襲撃をしかけてきたらしい。その者たちは予想以上の力を持っており、大混乱となったようだ。ベニマルはそこまで話すと顔を伏せ、歯が軋むほどにかみしめると、再びオーラが立ち上り始める。

 

「その時に、魔法が使用できなくなり、俺達の力の減少も生じました。そのせいでっ!」

 

「ベニマル殿!」

 

 再び殺気を漲らせ始めるベニマルをリグルドが諫めると、ハッとしたように顔をあげる。息を吐き無理に気持ちを落ち着けたベニマルは無表情に続けた。

 

「襲撃と時を同じくして起きた弱体化の原因が、その女が使った魔法に原因があるのではという話になったので、拘束しようとしたところ、ヨウム殿が介入しまして」

 

 ここにいないヨウムの仲間たちは関係なかったため、事情の説明をせずに宿屋に軟禁しているようだった。

 

「リムルの旦那、テクトさん! すまねぇ! 俺はあんたたちを裏切る気なんざ、これっぽっちもないんだ! ただ、このミュウランを助けてやりたいだけなんだよ!」

 

 その時、回復したヨウムが土下座をして懇願する。それを聞いてあきらめたように座り込んだままだったミュウランが口を開く。

 

「ヨウム、いい加減にして。いいから私を見捨てなさい。貴方まで巻き添えになる必要ないわ」

 

 表情を曇らせつつも、何かを守ろうという決意に満ちた表情を浮かべるミュウランを見て、テクトはその精神に感心する。そうしていると、グルーシスとスイレンが進み出てくる。

 

「リムル様、テクト様、俺からも頼みます。こんなことを客人である俺が口出しできぬは百も承知。ですがそれでも、何卒、話だけでも聞いてはもらえませんでしょうか」

 

「リムル様、テクト様、お願いいたします。この事態を引き起こした一因である彼女を庇い建てする行い、背信行為と捉えられても仕方のないことだとはわかっています。ですが、どうか、ご一考くださいませんか」

 

 三人がそろって土下座をする様に少し考えているとミュウランが再び口を開いた。

 

「私はあなたたちに庇われる資格なんてないの。私のせいで、この町にどれだけの犠牲が出たことか……あの惨状を生み出したのは私なのよ」

 

 ミュウランの言葉にリグルドが顔をしかめ、カイジンが瞑目する。ベニマルは再び歯が軋むほどにかみしめ、握った手からは血が流れていた。

 

「それが、お前たちの隠したかったことか……そのうち知れることだろうに」

 

 テクトのつぶやきに静寂が訪れる。それを破ったのはミュウランだった。

 

 立ち上がったミュウランに思わず動きそうになったベニマルをテクトが糸で拘束し、手でほかのものを制す。ミュウランに目を合わせ頷くとミュウランは毅然とした態度で歩き出した。

 

「ついてきてください」

 

 テクトはベニマルを動かすわけにはいかないと考え、その場に貼り付けにして移動を始める。それに習い、皆が続く中、糸から伝わるベニマルの力に、不安は大きくなっていった。

 

 ミュウランが向かったのは先ほどから進行を妨害されていた広場だった。その場にあったのは多数の魔物の骸だった。

 

「あぁぁ!」

 

「ミュウラン!」

 

「テクトやめろ! まだ聞かなきゃならないことがあるだろ!」

 

 テクトとリムルが広場にたどり着いて数舜、ミュウランの手足から血が噴き出し崩れ落ちる。リムルがテクトに声をかけ、動きを止めさせた。ほかの者にはミュウランが急に出血したようにしか見えなかったが、リムルにはテクトから一瞬だけ糸が伸びたのがギリギリ見えていた。

 

 テクトの足から力が抜け、蜘蛛の体がその場に腹ばいになる。

 

「我々はお二人の申し付けに従い、商人たちに接していたのですが、まさかその中に紛れ込むようなものがいるとは」

 

「馬鹿者! それでは、お二人に責があるようではないか! 

 

「も、申し訳ありません。そのようなつもりは」

 

 人鬼族(ホブゴブリン)の長老の一人が話すのをリグルドが遮るが、すでに遅く、リムルも呆然とし始める。

 

 自分たちの言葉が原因であると、人でない身(魔物)であるにも関わらず、無責任に人間と仲良くしたいなどと理想を理想だけで進めたことが原因だと考え、後悔と怒りで心中が満たされていく。

 

「どういうことだ……何が、あった……?」

 

 上手く思考もできなくなってきたリムルが絞り出した言葉に反応したのはいまだ立ち上がれずにいるミュウランだった。

 

「私が大魔法を使用しなければ、こんなことにはならなかったかもしれません」

 

 その言葉にリムルが激高し動こうとするも、先ほどとは逆にテクトがリムルを止めた。とはいえ、テクトもすでに限界ギリギリであり、糸によって壁を作るだけだった。

 

《告。大魔法:魔法不能領域の影響だけでは、弱体化は起きません。原因の可能性があるのは個体名:ソウエイに調べさせている者たちの方が、高いと推定されます》

 

 物理的に遮られてもかまわず動こうとするリムルを押しとどめたのは「大賢者」の報告だった。

 

 その報告に冷静になり、リムルがミュウランの狙いを察する。

 

 自分だけを殺させることで、自分を庇うヨウムやグルーシス、スイレンに咎が及ばないようにしているのだと。

 

 リムルは大きく息を吐くと、気分を治める。テクトが糸をひっこめると話を聞くために移動し始めた。

 

「浅薄だった代償……か……まだ、俺は傍観者なのかもしれないな」

 

 つぶやきは誰の耳にも届かず消えていく。後ろから声をかけられ、立ち上がって追いかけていった。

 

 

 

 


 

 次回「惨劇の口述」

 

 

 

 




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紅蓮の絆編は書いた方がいいのか

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