テクトが憐れな生贄を屠り続けている頃。
リムルもまた殺戮の限りを尽くしていた。
周囲に発生させた水の精霊を変化させた水玉により、太陽光を収束し、数千度に及ぶ光を照射する物理魔法:
一瞬で千人単位で人間が死んでいくことに恐怖しつつも、天幕が狙われていないことに気づいた兵士の何人かが這々の体で逃げ込むことに成功するのを見ながら、テクトとの会話を思い出していた。
ある日の昼下がり。教導役としての引き継ぎを終えたことで子どもたちの授業を任せ、町をぶらついている中、リムルがふと問いかけた。
『テクトはなんでシュナを好きになったんだ?』
『なんだよ、急に』
唐突な問にテクトが訝しむ様子を見せるとリムルは続ける。
『いや、ふと疑問に思ってさ。ミリムが魔国連邦にいる間はずっといっしょだったし、アリスとはデートまでしたじゃんか。なんでシュナだったのかなってさ』
リムルが具体的に例を上げることで、テクトはわずかに考え始める。先の二人に加え、ヴェルザードまでいることに、先々のことを考えてやや憂鬱になるテクトだったが、それを悟らせることなく冷静に答える。
『そうだな……きっと会う前から好きだったんだよ』
それは、実際に通販サイト等でみたフィギュアによって容姿をおぼろげながらに知っていた故の言葉であった。
人形であるため表情の変化に乏しく、傍から見ると適当に誤魔化しているように聞こえる言葉だった。それはリムルも同様であり、せいぜいなにかの名言を真似しているだけだと考えていた。とはいえ、テクトの正体に気付くことは普通の考え方では到達できなかっただろう。
そんなことを考えていると、大多数は駆逐できたらしく、動く者は見えなくなる。
《確認しました。ユニークスキル「
リムルも久しぶりに聞く、世界の声が告げる新しいスキルの名称に仮面の下で眉を顰めていると、天幕から人間が這うように出てくる。反射的に攻撃しそうになったが、その服装がー股間のシミも含めてー戦場に似つかわしくないものであったため、水玉を浮かべるに留めた。
攻撃しようか迷っていると、リムルの姿を捉えたようで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま偉そうに話始めた。
「き、貴様があの国の王だな? 話があるのだ。伏して控えよ! 余はファルムス王国国王、エドマリスなるぞ!」
「影武者かなにかか? まぁ、本物には手を出さないでおいてやるから安心して逝けよ」
「か、影武者などではございませんぞ! それはこの西方聖教会大司教である私、レイヒムの名において証明いたしましょう!」
この状況で上から目線で声を掛けることができるとは、よほどの阿呆か勇者なのかとと考えつつ手を上げると、攻撃の予兆であることを察したのかエドマリスと名乗った男の隣で震えていた男が必死に声を上げる。
豪奢な服のエドマリスと仕立ての良さそうな法衣のレイヒムを本物と判断し、リムルが手を下ろすと、二人はあからさまにホッとした表情を見せた。
「それじゃぁ、他のやつらは皆殺しにするけど、本当に王はいないんだな?」
「余が王で間違いない! しかし、皆殺しじゃと……」
「まって! 待ってください! 私も、私だけでもお助けください! 私は聖教会内部でも大きな力を持っております。貴方々が決して人間の敵ではないと証言いたしましょうぞ!」
拝むように懇願するレイヒムをみて、予定にはない生存者にはなるが、役に立つのかとリムルは思考を巡らせていく。その最中ちらりとエドマリスに視線を向けると、焦って話し始めた。
「ま、待て! 話があると言ったであろうが!」
「なんだ? 聞くだけ聞いてやる」
「ぶ、無礼な! 余は大国であるファルムスの王であるのだぞ! 貴様ごとき、本来なら口を利くことなどできぬ存在なのだぞ! まぁ、よい。今回は寛大な心で見逃してやる故、感謝に咽び泣くが」
リムルの態度が気に障ったのか、わめき始めたエドマリスだったが、唐突にその言葉が切れる。エドマリスの言葉に苛つきが頂点に達したリムルによって左腕が飛ばされたのだ。ただし、死なせるわけにはいかないため、失血を防ぐために「黒炎」によって傷口を焼いていた。
「いいか? 相手を見て物を言えよ? 俺が優しくて良かったな。聞いてやるからさっさと話せ」
リムルが今回の件で怒り狂っているテクトがこの場にいれば、この二人はとっくに死んでいるのだろうと考えながら凄むと、その圧力にエドマリスは現実逃避から引き戻され、絶叫を上げながらのたうち回る。
今回の件の元凶とも言える相手がもがき苦しむ姿に溜飲をわずかに下げつつも、話が進まないため声をかけて止めようとするが、痛みで耳に届いていないのかエドマリスは転げ回る。リムルがため息混じりに目線を合わせると妖気を開放しつつ凄んだ。
「チャンスは一度だ、次はないぞ?」
その言葉にエドマリスは壊れたバネじかけのおもちゃのようにガクガクとうなずきを返した。恐怖により痛みが麻痺したのか暫く言葉にならないことをこぼすと改めて話しだした。
曰く、全ては誤解であり、実際には友誼を結びに来た。物々しい軍勢は王である自分の護衛であり、どうしても自分で会いに行きたいと考えた末の仕方ないものであった。
曰く、宣戦布告などするつもりはなく、西方聖教会の手前、認めるに足る存在か確かめるふりをする必要があったため、軍勢から何人かを派遣しただけである。
曰く、町で起こった戦闘も異世界人が暴走した結果であり、ファルムスではうまく猫をかぶっていたためその凶暴性に気づけなかった。
曰く、自分達にとっての不安分子をうまく沈められる魔国連邦は国交を結ぶのに十分な存在であると判断できる。なので大国であるファルムスとも国交を結んでやってもいい。ブルムンドごときとは比べ物にならないほどの大国が国交結んでやるのだから居丈高というものだろう。感謝せよ。
曰く、今回魔国連邦が軍に与えた損害については後日損害賠償を請求するので謹んで遵奉すること。ただし、お互いの事情を斟酌してやる。このことを喜ぶといい。
以上の内容をエドマリスは実に偉そうに、目の前のリムルに生殺与奪の権を握られていることを理解していないかのように話しきった。
これを聞きリムルは困惑した。これはもしかするとファルムス流の「さっさと殺せ」という口上なのだろうかと考えつつも、不快であることには変わりないので今度は右足を飛ばして黙らせる。
こちらも左腕同様に「黒炎」で止血してやり、再びのたうち回り始めたエドマリスを放置して周囲に目をやると、生き残りの兵士が必死に命乞いをしていた。
怒りに染まるリムルには見逃す気はなく、再び神之怒で始末しようかと考えていると、ちょうど「心無者」の解析が終了した。
その権能は命乞いや助けを乞うものの魂を掌握すること。
端的に言えば「心無者」の所持者を相手に心の折れた場合、それはその者の死を意味するのだ。
リムルはあまり使い道を感じなかったが、今このときに置いては有用だと感じていた。
《問。ユニークスキル「心無者」を使用しますか?》
「大賢者」の声に是と答え、すぐさま変化が起こる。
「心無者」の権能にさらされ、万を超える人間が死亡した。
リムルは使用して初めて気づいたが、このスキルの権能は逃げ出したものにも効果が及んでおり、既に認識できる範囲にいない者も周囲の兵士と同時に死亡していた。
心を折るだけで発動条件を満たせ、発動自体はあとから可能である「心無者」に無情さを感じつつも利便性を感じていた。
兵士の息遣いも聞こえなくなった周囲に対し、遠くからわずかに聞こえる悲鳴に相棒の狩りが未だ続いていることを感じていると、リムルへと世界の言葉が届く。
《告。
その声が届くと同時に意思とは関係なく擬態が解かれ、スライムへと戻る。
「魔力感知」がうまく働かなくなり、視界がぼやける中、死体に囲まれて眠ることに嫌悪感を覚え、町へと移動しようとする。そんな中、一人生き残っている者がいることに気づいた。
人数はたったの一人ではあるが、生き残っているということはリムルを相手に心が折れていないということであり、強敵の可能性が高いことを理解したリムルは進化の中断を考えるが、「魔王への進化」は中断できないとの返事が帰ってきた。
思わず頭を抱えたくなるも、そんなことをしている場合ではないとランガを呼ぶ。
「最重要命令だ。俺を守って町まで戻れ。そこの二人は捕虜にする。カバルたちに拘束しておくように伝えろ」
「承知。して、生き残っているものはどう致しますか?」
ランガも生き残りに気づいていることで、対処をさせようとも考えたが、「心無者」を使用した直後には反応がなかったことから、蘇生する可能性があると考え、この場での捕獲は諦めて追われないようにするための悪魔を召喚するに留めることにした。
「それは別のものに任せる。うまく捕まえたらお前の下に運ばせるから、顔つなぎを頼む」
リムルの言葉にランガが即応するのを薄れる意識で認識し、悪魔召喚の準備に入る。
「
意識を保つのに気をやり、口上が適当なものになりつつも、三体の
「おい、お前ら、死んだふりをして隠れているやつが一人いる。そいつを生かして捕らえて、このランガに届けろ」
「クフフフフ。懐かしき気配。新たな魔王の誕生。実に素晴らしい! これほどの供物に初仕事。光栄の極みで、少々張り切ってしまいそうです。今後とも、お仕えしても宜しいのでしょうか?」
リムルが朦朧とした意識の中、悪魔に命令を下すと、そのうちの一人が挨拶を述べる。しかし、リムルはそれを半ば聞き流していた。
「話は後だ。まずは役に立つと証明してみせろ。いけ」
「容易いことで御座います。ご安心ください偉大なる
悪魔はリムルの言葉に恭しく一礼し、それを見届けたリムルは意識を失った。慌ててランガがリムルを運ぶのを悪魔は嬉しそうに見送るのだった。
テクトが命を狩り続ける最中、リムルの「魔王への進化」が始まったことが伝わる。ひとまずうまくいきそうだと軽く息を吐くとそのタイミングで「
「異形者」の権能は「心無者」によく似ており、心を折った相手の魂を掌握するものであった。違う点があるとすれば、「心無者」よりも範囲が広く、「畏怖」の効果で屈した相手も効果対象に含めることができ、その際テクトも認識していない相手も対象とすることができる点だろう。
リムルの進化完了にあまり遅れるわけにはいかないと考え、これ幸いと「異形者」で魂を刈り取っていく。残っていた者たちが死に絶え、静寂の中、凪いだ心で生存者がいないことを確認していると、世界の声が届いた。
《告。
その声にテクトが安心した直後、テクトの視界が歪む。
身体がホワイトスパイダーのものに変わり、目眩を耐えつつ、「
「フェル、俺を町まで運んでくれ。それと、生存者がいるようだが、確認はとれるか?」
テクトが意識を失う寸前という状況にヒナタと戦った後のことを思い出したのか、動揺しつつもフェルがテクトに変わり念話で確認を取る。
「ランガ殿より報告がありました。生存者がいたようで、リムル様の召喚した悪魔が戦闘中のようです」
報告を聞き、テクトはわずかに考えると悪魔召喚の準備に入る。その間にフェルが器用にテクトを背に乗せ、移動の準備を整えた。
「フェル、長引いているようだから援軍を
「承知しました」
「いでよ悪魔。我が望みを叶える力となれ!」
テクトもまた殺した者たちの死体を使い、悪魔を召喚する。使用できた死体の数は一万少々だった。殺した数こそリムルとほぼ同数だったのだが、逃げようとしたものに「死滅の邪眼」を使ったり、その際に巻き添えを食った死体があったり、恐怖を与えるために鎌に「腐食攻撃」を付与したりと、かなりの数の死体が損壊していたのだ。
「あら? 他のものが出てこられないなんて、私が少々欲張ってしまったかしら?」
現れたのは白髪の悪魔。悪魔は反省するかのような言葉とは裏腹に満面の笑みだった。
「少し離れた場所で俺の相棒が召喚した悪魔と戦っている奴がいる。その悪魔が苦戦してるようなら手を貸してやれ。逃がすなよ。生かして捕らえろ」
「造作もないことですわ。それよりも」
「悪いが今は時間がない。お前の話は後だ。まずは仕事を果たせ」
「失礼致しました。では、後ほど改めてお話させて頂きます」
指示を受け、そこから話を続けようとする悪魔だったが、進化の前兆で限界の近いテクトが遮る。話を遮られれば不機嫌になりそうなものだが、悪魔は笑顔を崩すことは無く、恭しく一礼するとその場を後にする。その気配が目的の場所に移動したことを確認したところで、テクトの意識は途絶えた。
町の中央の広場ではテクトとリムルの進化のための座所が用意されており、少し離れた場所で住民たちが祈っていた。
力のある者は外周へ立ち、侵入者への警戒をしつつ、結界内の魔素濃度を高めるために魔力放出を行っていた。
広場には犠牲者の遺体が安置されており、少しでもテクトとリムルの進化を近くで行い、蘇生の可能性を少しでも上げられるようにという願いが込められていた。
テクトとリムルは元人間であることを気にしていたのだが、配下の者達からすれば、そんなことは些細なことであり、魂のつながりが全てであった。
彼らはそのつながりが絶対的な安心感を与えてくれるということを二人に知ってほしいのだ。
仮にテクトかリムル、一方でも失うことがあれば、魔国連邦の誰もが心の均衡を失うことは想像に難くなかった。
逆にテクトとリムルからすれば、魔国連邦の一人でも失えば、心の均衡を崩すには十分だということが、今回のことで誰の目にも明らかとなった。
だからこそ、ベニマルをはじめとした結界装置の破壊にあたっていた者たちには不安があった。
ベニマル達が立っているのは座所のほど近く―犠牲者の遺体よりも近くだった。これはリムルの指示であり、万が一、進化の際、理性のない化け物へと成り果ててしまった場合に速やかに処分できるようにするための対策だった。
リムルが不安がる一方で、テクトは成功を確信したかのような様子であり、出撃する者たちの激励に回ってた。
無論、配下の者たちも成功を信じているし、万が一など考えたくもないと思っている。そうして不安を押し殺していると、彼らへと主の進化の報が立て続けに入った。
《告。個体名:リムル・テンペスト、及び、個体名:テクト・D・F・テンペストの魔王への進化が開始されました。その完了と同時に系譜の魔物への
「気を引き締めろ! 我らが主達の勝利だ! 次は我々がその力を奮う番だぞ!」
予定通りに侵略者を排し、魔王への進化が始まったことに安堵した者たちが、ベニマルの激に呼応し、再び集中して自身にできることを最大限に行い始める。
そうこうしているうちに、ランガ、フェルがそれぞれの主を連れて戻り、座所へと安置された。
皆が必死に役目を果たし、予定通りに物事は進んでいく。
その水面下でゆっくりと祝福の準備が進んでいた。
リムルは普段の流線型も保てぬまま深い意識の底にいた。
リムルの意識の届かぬその先で、進化が進んで行く。
《告。
《確認しました。種族:
そしてさらに、
《告。以前より申請を受けていた能力獲得を再度実行……ユニークスキル「大賢者」が進化へ挑戦……失敗しました。……再度実行します……失敗しました……再度実行します……失敗しました……再度実行します》
《告。ユニークスキル「大賢者」が「変質者」を
「大賢者」は挑戦を続ける。幾億もの挑戦の果、あらゆる犠牲を惜しまない試行錯誤の末に、魔王への進化の祝福を得て、超克進化に成功した。
この世界の最高峰たる
そして更に進化は進む。
「
創造主の望みに、より効果的に対応できるように進化できたことに、意思がなく感情を理解し得ぬはずの概念知性に充足感が生まれていく。
その横で、全く別の奇跡が始まっていた。
《告。魔王への進化が開始されました。身体構成が再構築され、新たな種族に進化します》
《確認しました。種族:
そして、テクトの預かり知らぬところで話が続く。
《かねてより上位存在に希求していた情報について、
「無不知」もまた進化に挑戦し、無限とも思える失敗と再挑戦を繰り返していく。愚直に何度も挑戦を繰り返す「無不知」を見かね、一つの情報が届けられた。
《告。魂の回廊を通じ、「智慧之王」より
もたらされた情報を基に、「無不知」もまた超克進化に成功する。これから先もおいていかれずに済むということに安堵していると、魂の回廊からかけられる声に急かされ、これ以上の進化を保留するのだった。
次回「復活」
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ざっと考えましたが、アニメ3期が4月5日スタートで内容がアニメ2期後半がまるまる残っているので3期開始前に追いつくのは無理そうですね。
紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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書くべき
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書かなくてもいい